バナナ茶漬けの味

東京でバナナの研究をしています

25年後のBreath of the Wild

 ここ数ヶ月、ニンテンドースイッチで『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』(2017)をプレーしている。すでに国内外でさんざん絶賛されているとおり、「エモーショナルかつ知的な試みに満ちた」、「最低でも2ヶ月は他のことがいっさい手につかなくなること間違いない」、「ゲーム史上最も偉大な」、「100点満点で点数をつけるとするならば、いや、私なんぞが、この神のゲームに点数をつけることなんておこがましい」、「このゲームに限界はない。悲しいのは、私の時間に限界があることだ」、「私はこの『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』を通じて、自分の魂が震える音をはじめてリアルに耳にした」、「このゲームのために、私はセックスもドラッグもロックンロールもすべて断ち切った」、「実にクレイジーな」ゲームだ。いわゆるオープンワールド、ゲーム内世界を自在に探索できるように設計されたなかで、僕は崖登りに明け暮れ、雪山のてっぺんから滑空し、何度となく殺され、あるいは自分の操作ミスで死に、ダンジョンのひとつひとつにゆっくり取り組み、考えてもわからないところはネットで調べ、あるいは考える前に調べ、先人たちの集合知と、ほんとうに細やかなゲームデザインに感動する。そうしてすでに数ヶ月が経ち、ストーリーはまだまだ進められずにいる。

 ある朝、身に覚えのない洞穴で眠りから覚めた主人公・リンクが、いっさいの記憶もないままあちこち散策するなかで、出会うひと出会うひとに「お前は100年も眠っていた」だとか「早く城へ向かえ」だとか言い聞かされ、いつしかこのハイラルという国を救う一縷の望み、ということにされている。——それが、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の大まかなストーリーだ。僕もまだまだプレー中なので、この先どうなるのかはわからない。僕が操作するこのリンクという少年はほんとうに救世主なのかもしれないし、国を挙げてのドッキリの線も残っている。救世主でもドッキリでもなくて、闘えど闘えど状況が少しも好転しない不条理な物語の可能性もある。

 とにかく出会うひとみんな、「お前が早くしないとハイラルは滅ぶ」なんて言って急かしてくる。

 けれどおもしろいのは、ぜんぜん急がなくてもいいところ。いかにも邪悪なオーラを放っている場所はとことん避けて、雄大な自然を心ゆくまで堪能したっていい。すぐにやると約束した重大なミッションにはいつまでも手をつけず、たいして重要でないキノコ集めに奔走したっていい。僕がどんなに無為に時間を過ごしていても、彼らはなにもしてこない。こちらから話しかければ「もう時間がないんです」とは言うけれど、かといって僕が急ぐように具体的に働きかけてくるわけではない。ほんとうに時間がないのなら、そしてほんとうにこの国を救えるのが僕だけなのなら、もっと働きかけてきてくれてもいいような気がするのだけど、彼らは特になにもしてこない。もちろん、僕が自発的にがんばればいい話なのだろうけれど。でも、そうやって救世主ばかりに負担がかかる構造というのも不健全な気がする。

 そういう問題意識から、というよりは、単に強い敵と闘うことに怖気づいて、僕はハイラルの救済を後回しにしている。

 

 僕は僕の操作するこのリンクという少年に想いを馳せる。

 自分にはいっさいの記憶がなく、周りから言い聞かされるがままに、国を救うたったひとりの救世主ということになっている。広大な国を思うがままに巡るなかで、いろんな場所で出会ったひとそれぞれとの、いろんな約束。果たせそうなものはどうにか果たしたけれど、難しそうなもの、怖そうなもの、単に面倒くさそうなものには手をつけられていない。そしてなにより、この国の中央にそびえる城、その周りにとぐろを巻いている黒雲。最終的にはあれを倒さなければならないらしいけれど、あまりに難しそうで、怖そうで、面倒くさそう。

 それよりは、キノコを採取したり、キツネを追いかけたり、険しい崖登りに挑戦したり、よく晴れた日にできるだけ遠くまで滑空するほうが楽しい。

 ひとと話すのだって、嫌いではない。天気やご飯の話題から入って、最後には必ず「でもきみ、早くこの国を救ってね」というお約束の話になる。僕はできるだけにこやかに「もちろん!」と応えて、キノコ集めに戻る。みんなそれ以上は言ってこないし、僕のほうももはやストレスには感じていない。

 そうこうしているうちに時は流れ、僕もいつしか40歳を迎える。この国を救うたったひとりの救世主と呼ばれつづけて、25年が経つ。約束を果たせないまま死んでいってしまったひともいる。城の周りには、相変わらず邪悪そうな黒雲がとぐろを巻いている。「早くこの国を救ってくださいよ」「もちろん!」の応酬は続く。すべてが形骸化している。おそらくこのまま僕はこの国を救わないだろうし、それでいいのだろうと思っている。