バナナ茶漬けの味

東京でバナナの研究をしています

二〇二六年三月の日記

3/1

 あまりにも三月の日曜日然とした陽気なのでさすがに散歩でもしたいが、なにせ花粉がおそろしい。私はこのような陽気をおそろしく思う側の人間になってしまった。同居人がスマホに入れているアプリによれば夕方までは花粉が(>_<)の状態であるらしいので、それまで家でゆっくりして、もし夕方調子がよさそうであれば『嵐が丘』を観に行こうか、ファーストデイだしね、という話をして、午前中はレコードをかけながら私は本を読み、同居人はスイッチ2でポケモンのファイアレッドをやっていた。久しぶりにスイッチ2を手に取ったかと思えば二十年も前のゲームをやっている。途中から酒も投入し、昼もパパッと食べてごきげん、なところに、Gくんから連絡があって、夕方まで暇してるのでお茶でもどう、とのこと。

 (>_<)である花粉のまさしくピークであろう時間帯だったが、せっかくなので行くこととし、私とGくんでまずサイゼリヤ、試験終わりで腹を空かせているGくんがミラノ風ドリアとミックスグリルというわんぱくな組み合わせをもりもり食べるのを眺めながら自分はコーヒーゼリー&ジェラートというのを注文した。Gくんはこの一週間でM!LKとFRUITS ZIPPERにハマったといい、それぞれのいいポイントを語り聞かせてくれた。流行るのがわかる、といっていて、流行るのがわかるというのも大事な感覚だなあ、と私は思いながら、家に帰ってから見てみたくもなった。サイゼリヤを出て、近くの喫茶店で友だちとの交換日記を書いていた同居人と合流し、公園でピクニックすることにした。そのために私は家からコーヒー豆とミルとフィルターと熱湯の入った水筒を持参していたのだった。中目黒のほうの西郷山公園まで行ってみると、あまりにも三月の日曜日然とした光景が広がっていて最高。コーヒーはぬるくて濃かったがそれもまたよし、という感じで、そのまま中目黒、目黒まで歩き、南北線に乗って、白金高輪でケーキを受け取るというGくんと別れ、私と同居人は六本木まで行った。この時点でやや花粉症が怪しかったものの、そのあと『嵐が丘』を観た。すべてが過剰な性と死の話。まず冒頭、画面が真っ暗ななかに誰かの息づかいのみが聞こえていて、性的ななにかかと思いきやとんでもないミスリードだったところからずっとおもしろかった。帰り道で同居人がジェイコブ・エロルディのことを「エロなんとかさん」と呼んでいて、私は蓮實重彦がちくまのエッセイで「高何とかさん」と書いているのがツイッターで拡散されていたのを思い出した。(それでその「高何とかさん」は「「高何とかさん」の淫らなまでの卑猥さ」と続くのがやばい。)

 映画館を出たあたりから同居人は花粉症のやばさをうったえ、そのまま帰宅してすぐにシャワーを浴びていたが、鼻のずびずびが治らず、ほとんど倒れるようにして寝てしまった。申し訳ない、と思った。

 

3/2

 そういえば『嵐が丘』はずっと昔に読んだ記憶がある、しかし読んだということしか覚えておらず、中身にかんしては、ヒースクリフという隣に住んでいる男が悪いやつだった気がするというくらいのものだったから、今回の映画には意表を突かれた。隣に住んでいる、というのも昔の私の解釈だとほんとに、隣家、のイメージだったので、八キロも離れているという映画内の描写もおもしろかった。

 それにしても今回の映画のおもしろいのは一対一の関係性がいくつも描き出されていることだと思った。ヒースクリフとキャサリンはもちろん、キャサリンとネリー、ネリーとヒースクリフ、ヒースクリフとイザベラ、……とそれぞれが一対一の関係性のなかで秘密をもち続ける。レインボーのジャンボに似ているエドガーだってきっとキャサリンやイザベラや、もしかするとネリーとの間にも秘密をもっているだろう。しかしそれぞれの関係がどんなものであったかは、映画からだけではわからない。けっきょく当人たちにしかわからない、というのは『センチメンタル・バリュー』にも似ていて、ルックも質感もまったく異なる映画であるにもかかわらず、なにか共通するものを見出せるようでもある。SNSでの安易なレッテル貼りや物語消費とは離れたところにある当人たちだけの親密な空間、という「いま」の映画なのかもしれない。

 週末の天気がよすぎたせいもあって、同居人も私も花粉症の症状がひどい。やはり風邪を引いている感じもする。私は早退して耳鼻科に行った。耳鼻科はこの時期ものすごく混むそうで、私が行った段階で五十人待ち、順番の券をもらってから一度帰宅して豚汁を作った。なんでも花粉症にはごぼうがいいとのこと。成分を逃すまいとあえてアクも取らない。同居人も早めに会社を出て、耳鼻科がもう受付終了だったので近所のクリニックに行って、花粉症と軽い風邪ですね、寝てください、といわれ、薬も処方されなかったという。私は耳鼻科でちゃんと強い薬を処方されたので、ただ寝てくださいで済まされた同居人がかわいそうでならなかった。豚汁と納豆とサバを食べ、早々に寝ようとしている。豚汁が我ながらかなりおいしかった。豚汁の核はごぼうである、とあらためて実感した。

 

3/3

 同居人も私も発熱と頭痛で一日じゅう寝込んでいた。大げさでなく「寝込んでいた」という表現がふさわしくて、ご飯を食べる以外は無限に眠れた。頭が痛いから寝るのか、寝過ぎて頭が痛いのか。GくんがおすすめしてくれたFRUITS ZIPPERの「ぴゅあいんざわーるど」という曲のPVを見たりした。松本かれん、いわゆるまつかれがいいと思った。

 

3/4

 昨日寝込んだかいがあって今日はわりとふつうだった。

 Charli xcxによる『嵐が丘』のためのアルバムを聴くと、曲によってはわざとらしいほど「恋愛映画のためのバラード」っぽい曲をやっていて、このわざとらしさこそが今回の『嵐が丘』の核であるよなあ、と思った。わざとらしいまでに濡れ続ける、字面どおりの意味における「濡れ場」に満ちた映画で、そのわざとらしさが頂点に達しているのは、再会したヒースクリフとキャサリンが破滅的な雨宿りをするシーン。せっかく雨宿りをしているのに一度屋根の外に出てまで水を足すヒースクリフ。濡れれば濡れるほど渇く。だから水を絶やしてはならないのだ。……というようなわざとらしい語りをも誘発するような映画だった。

 マユリカの「うなげろりん!」の最新回のタイトルが「SEO」で、まさか「サーチ・エンジン・オプティマイゼーション」の話をしてないだろうと思いながら聞いたら「ストイック・エヴリデイ・オナニー」のことでかなりウケた。何回か前の名作「冒険日」の続編でもあって、また「冒険日」のほうも聞いて、やはりウケた。『嵐が丘』もほんとは真剣に見ずこれくらい素直にウケていい映画なのかもしれない。

 

3/5

 夜、同居人が手羽先の塩焼きをご所望だったのでスーパーで五本入りを買って帰った。手羽先の塩焼き、というのは料理というほどのものでもなくて、火にかけたフライパンにごま油をふり、手羽先を置いて、上からてきとうに塩をふりかけ、パチパチ焼き、そのまましばらく眺めているといい感じに焼き色がつくので、火を止め、さっと油を切って皿に乗せる、ただそれだけの食べ物なのだが、何度かやっていると私なりの細かな手順のようなものが定まってゆく。まんべんなく焼き色のついた手羽先こそが美しかろうという価値観が、私に細かな工夫をさせる。たとえば今日のような五本入りを、フライパンの端に同じ<の向きに並べて、まず皮の面から焼く。皮が先、と誰に教わったわけでもないが、まあ焼き肉でいうホルモンと同じであろう。フライパンの手前に五本を並べると、先に引いてあったごま油に手羽先から出てくる油が混ざり合って、<<<<<の下に溜まってパチパチ音を立てる。油は真ん中の<の下に集まる。だから私は頃合いを見て、一番右の<を一番左に移動させ、また一番右の<を一番左に移動させを繰り返して、すべての<が等しく油に浸ってパチパチ音を立てるように、すなわち等しく美しい焼き色がつくように、いうなれば手羽先の集団行動を指導する。皮の面に焼き色がついたら、今度はいっせいに回れ右、<<<<<が>>>>>になって、同じくまた集団行動のループに突入する。動けてない子いないかな、と私は全体を見る。わからなくなったら手上げるよー、と、手上げてね、でなく、手上げるよー、というのが生徒の自発性をうながす。

 

3/6

 昨日くらいから「滋味あふれる」という言葉が私の頭のなかにあって、べつに頭のなかにあるだけで口に出してもいないし、どこかに書き留めてもいないし、そもそもジミだっけ? シゲミだっけ? という段階だったのだが、どうして「滋味あふれる」が頭にあったのかといえばPullmanのアルバム『III』を聴いたからだ。「滋味あふれる」がなんなのか私にはよくわからないがこのアルバムのことをいうのだろうと確信している。二〇二六年にもなって、いわゆる音響派っぽいサウンドが真摯に鳴らされていて、あまりに美しい。そのPullmanを聴いて「滋味あふれる」を思い浮かべていた私の前に現れたもう一枚の滋味あふれるアルバム。それはかの世界的スター、ハリー・スタイルズのアルバムであった。滋味あふれる、真摯なダンスミュージックが鳴らされている。声を張り上げないときのハリー・スタイルズの歌声が、声を張り上げないときのエズラ・クーニグに似ている、という気づきも得られた。一聴して、いいアルバムだと思った。

 仕事のあと『ウィキッド 永遠の約束』を観に行って、あまりノリきれずに終わってしまった。そもそも『ウィキッド』はいうなれば『オズの魔法使い』を「原作」に置いた二次創作として作られていて、原作の物語構造や善悪のあり方を反転させ、原作では役割的に配置されていたキャラクターたちを活き活きと描くことを目指した物語だといえる。そういう反転が、物語前半にあたる一昨年の『ウィキッド ふたりの魔女』ではとてもうまくいっていたように思えた。悪い魔女エルファバと善い魔女グリンダの友情が原作を凌駕するかたちで実現され、感動もしたのだった。しかし物語も後半に至るとどうしても原作との整合性をとることが目指され、ふたりの友情は原作の展開に左右されてしまう。いうなれば『ウィキッド 永遠の約束』における最大の敵は原作なのであり、それでも活き活きしようとするふたりの友情が中心に躍り出た結果、周囲のひとびとについての物語は圧縮される。特にネッサローズとボックの物語は、原作と接続するならこうなのだろうとは思いつつ、あまりにもひどい。それでもまあ、結果としてふたりの友情が原作を超えるといえるラストを迎え、気づけそうな伏線にも気づかずに新鮮に驚くことができたので、最後には満足して帰宅した。

 

3/7

 あえて夏っぽく過ごしてみよう、という同居人の提案で、午前中にプールに行き、帰ってきてうどんと惣菜のコロッケを食べ、たっぷり昼寝した。夜はスシローをテイクアウトしネットフリックスでWBCの日本対韓国戦を見てみた。そういえば今朝、録画されていた「情熱大陸」で菊池雄星という選手を見、「アド街」の町屋の回で鈴木誠也という選手が町屋出身であることを知ったので、わずかながら個々の選手に注目できる状態で見ることができた。スポーツというのはやっぱり選手のことを知っていたほうがおもしろい。おむすびのおいしい国に生まれた大谷も当たり前のようにホームランを打っていた。町屋出身の鈴木誠也は二本もホームランを打っていて、さすが、もんじゃのおいしい街に生まれただけあるなあ、と「アド街」のことを思い出した。菊池雄星は素人目にはいい球を投げていたが初回で三失点してしまったのが痛かった、しかしそこからよく耐えた。「情熱大陸」では米を食べるのが大事というようなことをいっていて、さすがおむすびマン大谷の高校の先輩なだけあるなあ、と思った。

 午前中にプールに行ったときに、二人のおばあさんが施設内のベンチに座って話していて、近くに座っていた私にも一部が聞こえてきた。片方のおばあさんが「そこは一生入れるの?」と聞いていて、おばあさんも「一生」を「ずっと」の意味で使うのかと驚いたが、続きを聞いてみるとおそらく老人ホームの話をしていて、「もうマンションにも住めないし、あと二、三年したら入ろうかと思ってね」、ようするに「一生」というのはほんとに「一生」なのだ、「そうするとプールに歩きにも来られないでしょ」「そうよ、出られないんだから」「そうよねえ」と続く会話において登場した「一生」に宿る切実さを同居人にも共有しようとしたが、うまく伝わらなかったかもしれない。伝わったかもしれない。

 

3/8

 今週の「日曜美術館」は過去の名作回の再放送ということで一九八〇年に大江健三郎が出演しフランシス・ベーコン(番組内表記はフランシス・ベイコン)について語ったという回が選ばれていて、べつにふだん「日曜美術館」なんて見ないのに、大江と聞けば録画してまで見る私だった。ベーコンの絵の「気持ち悪さ」を自らの創作論である異化に引き寄せる大江の語りがおもしろい。「でも、この絵、気持ち悪くないですか?」と大江に聞く進行の女性もおもしろいし、それを受けてやや笑いながら、「人間は気持ち悪いものだと思うんです」と返す大江もいい。人間とはもとより気持ちの悪いものであるということをまずは認めなければならないし、特に二十世紀はボタンひとつで世界が滅びるような兵器が生まれてしまった時代なわけで、そんな時代に生きる我々こそはもっとも気持ち悪い人間である、と語る大江が、いまの世の中を見てなんというだろうか、というようなことも考える。……みたいなことを思いながらも、けっきょく、大江がしゃべっている姿を長めに見ることができたのが素朴にうれしい。未発表作品が掲載されている「群像」も買おうかと思った。

 今日の朝は外の定食屋で食べて、そのまま同居人の友だちの家へ交換日記を届けに行ったのだけれど、昨日夏らしく過ごしたせいか、これからはもう毎日暖かいものだと勘違いしていて、私も同居人もアウターなしのパーカー姿で出てきてしまったものだから、凍えながら、できるだけ日なたを選んで歩いて、それでもちょっと凍えた。その寒さのせいもあってか私は頭が痛くなってしまい、帰宅してさっきの「日曜美術館」を見てからちょっと寝た。起きるともう昼で、同居人は午後には会社の同僚の家に遊びに行く感じになっていたので、見送って、私はバファリンを飲んで、ちょっとすると頭痛が和らいだので外に出た。バファリンを飲んで明確に頭痛が和らいだのは久しぶりだった。うれしさゆえにはしゃいで、中華定食屋で回鍋肉と担々麺のセットを食べて、マスクもせずに外を歩き、渋谷から銀座線に乗って上野広小路で降り、桜咲きにぎわう上野公園を通って、谷中霊園のほうへ抜け、日暮里から山手線に乗って電車に乗って帰った。マスクもほとんどつけずにこれだけの横暴をはたらいてもさほど鼻詰まりが悪化した感じがない。私は花粉症を打ち負かしたか?

 電車のなかでは『日本共産党 「革命」を夢見た100年』の続きを読んで、読み終わった。これでも概略であろうとは思いつつ、党の歴史と合わせ、戦後の政治史の一端も整理できてよかった。まず日本共産党の百年とは国内外の政治状況に振り回され続けた百年であったといえる。もちろん「違法」とされた戦前期や戦後の徳田体制が党の土台にあることは確かだろうが、ソ連と中国を相次いで批判し、宮本顕治の指導下で国際的には独自路線をとり、国内的に躍進していった七〇年代あたりからがいまの党に直接的に繋がっているように思う。もちろん宮本─不破─志位という継承もあるし。社会党が村山富市政権下で保守に傾いたことで共産党がもともと社会党のいた位置に入ることができ、以降は護憲の姿勢を明確化した、とか、政局、という感じがしておもしろかった。二〇〇〇年代に入って以降、とりわけ安倍政権において安保改正や改憲の動きが強まる。この本には二一年までの状況が書かれているが、むしろそのあとの、直近五年こそが「いま」なわけで、あらためて高市政権とはなんなんだ、と思うし、もっといえばトランプってなんなんだ、というのがほんとに直近の「いま」なわけで、そういう世界的状況が、花粉症を打ち負かしたかどうかが気になっている私じしんの「いま」と並列することの実感できなさがある。今日はなぜかダイナソー・Jrを聴き、『日本共産党』のあとにはこの前ブックオフで買った舞城王太郎の『山ん中の獅見朋成雄』を読み始めて、私が書きたかった、と思った。そういう「いま」。

 

3/9

 獅見朋家の男の背中には代々立派な「鬣(たてがみ)」が生えていて、祖父や父と同じように、それはやがて成雄にも受け継がれる。

 僕の首の後ろにも、他人よりもちょっと濃いめの産毛が生まれたときから生えていて、これが物心ついたころから僕の抱えた爆弾だったのだけれど、十三歳になってすぐのある晩、自分の鎖骨をこすっていて、そこにいつもとは違う感触を感じてうつむいて、首元に赤くて長くてコリコリと固い明らかな鬣の発芽を確かめたとき、それまでは祖父と父と同じように背中に負ぶっているつもりだった爆弾が、気づけば僕だけ胸の上にも置かれていたと知ってショックで、その上さらにその導火線にとうとう火が点けられたのを実感して、僕は絶望した。もうじき僕は自分の背骨のラインや肩甲骨の平たい出っ張りを見れなくなるんだ、と思った。布団の上に寝転んだ時の弾力も感触も地肌とシーツの距離感も変わるんだし、シャツやトレーナーやセーターやジャケットを着たときの着心地も変わってしまうんだし、夏の熱気も冬の寒気も鬣にきっぱり遮断されて、背中の皮膚を包む空気は夏涼しく冬暖かいままになるんだし、それより何より、自分が周りの人間よりずっと毛深くなってしまうことがそもそも単純に恥ずかしかった。背中の鬣は僕としてもそれなりに覚悟していたし諦めてもいたわけだけど、僕だけが、背中だけじゃなく背中から肩を乗り越えて首の周りで胸の入口まで毛で覆われることになりそうだと知って、恥ずかしさと悲しさもひときわだった。僕は陸上部に入っていて、僕も父も祖父も、獅見朋家の人間は皆足が速くて僕も一年の頃から県大会に出場したりしていたのだが、僕は僕が鬣を持つことが辛くて悲しくてみっともなくてやりきれなかった。背中に鬣があって足が速いなんて、それじゃまるきり動物じゃないか、と僕は思った。蹄のない、二足歩行の馬。あるいは犬か狼。そんなイメージが恐ろしかったので、胸元から鬣がにょきにょき生えてきて、僕の肩と背中を覆い始めてから、僕は必死になって勉強した。僕は人間でなくてはならなかった。口をポカーンと開けて息して眠ってご飯を食べてグラウンドをシパシパ走ってるだけで生きてる場合じゃなかった。鬣がある分、僕は自分が人間であることを人一倍強く主張しなくてはならない、という気分だったのだ。

(舞城王太郎『山ん中の獅見朋成雄』(講談社文庫)p.7-p.9)

 ──このように長く引用してみると、舞城王太郎の文章というのはくどいし同じようなことの繰り返しに満ちてもいるわけだが、それが文章を停滞させるのでなく、むしろ加速させているように感じられるのがすごい。ある日ふいに自分が毛深くなっていっている──獅見朋成雄の場合はそれが「鬣」だというから特殊ではあるけれど──のを発見する中学生の焦りを描出するのにこれほどぴったりな文章があるだろうか、と思う。こういうのが書きたいのだった、と私は思った。私が書きたいのは舞城だったのか。小説を書こうかな。

 同居人は今日もチョコザップに行っていてえらかった。と書いたがそもそも昨日の日記に私と同居人がチョコザップに行ったことが書かれていない。昨日チョコザップに行ったのだ。で、同居人は今日も行ったからえらい、という話だ。私は今日は行かなかった、筋肉痛が出てきたから。

 

3/10

 若林が休養している間にまたミスター綾部がオードリーのANNに出て、また「ハングアウト」の話をしている。とにかくみんなハングアウトしろ、というのが綾部の主張なのだが、それがどういうことなのかというと、ようするになにかいつもと違うことをしようというリズムを作る、いつも決まりきったトントントントンというリズムで過ごしているのなら、そこに、トントトトトン、という違うリズムを入れてみる、このトトトトンこそがハングアウトだよ、ということらしくて、一ヶ月前に続いてまたいいことをいっている。そもそも綾部はただ行ってみたいからアメリカに行ってそのままずっと住み続けているひとなのだからすごい。べつにファンではないがほんとうにすごいことだと思う。夜は『レンタル・ファミリー』を観に行った。だいたい予告編の印象どおりの映画だろうと予想しながら観て、まあおおむねそのとおりではあったのだが、思ったよりよかった。作劇のまとまりのよさゆえに、映画で描かれていたことがすべてで、逆にいうとそれ以上のことはない。柄本明の、流暢なわけではないがなんとなく芯のある英語の発音がよかった。帰ってきてからは3・11関連の動画を見たりして、もう十五年、と思った。

 

3/11

 そういえば昨日の午前中にオフィスの外でずいぶん雪が降っていて、仕事中にふとオフィス内を立ち歩いていた私は窓の外が真っ白なのに気づいて「雪だ! 雪降ってますよ!」と声を上げ、それで何人か窓際に来て「あれ、ほんとだね」と興奮したのだったが、その雪はほんの三十分ていどでやみ、積もりもせず、午後には晴れて、そのまま今日にかけて晴れっぱなしだったので、今日の私は昨日の雪が現実のものだったのかそれとも幻だったのかがもはやわからなくなって、昨日一緒に雪を見て騒いだひとにも聞いてみたが、そのひともやはりわからなくなっていた。いま思い返せば昨日のはずいぶん大粒の雪で、あんな大粒が現実にありえるのかといわれれば自信がない。見たものがすべて現実とは限らないという話でもある。今日の夜はネットフリックスで『ワンピース』のシーズン2の第一話を見た。非現実にあふれた話。私は『ワンピース』にかんしてはいわゆる実写ドラマ勢なので、新キャラっぽいひとが出てくるたびに、原作勢である同居人に「誰?」とか「再現度高い?」とか聞いていた。同居人いわく、原作のスモーカー大佐が好きだが実写だとちょっと変、とのことだった。私は原作のスモーカー大佐を知らないので実写でもまあまあいいと思った。

 ビッグ・シーフのギタリストであるバック・ミークの新しいアルバムがけっこうよかった。演奏メンバーからして実質的にビッグ・シーフといえる曲もありながら、ちゃんと違う音に仕上がっている。私がビッグ・シーフに感じるニール・ヤングっぽさはじつはこのひとが担っているのか、とも感じる。ギターの音もそうだが、それこそどこかニール・ヤング的ともいえる、なんらかのマスコットキャラクターが歌っているかのようなかわいげのある歌声がいい。

 

3/12

 昨日はバック・ミークのアルバムがよかったと書いて、じっさいここ数日何度も流しているのだが、他にはフガジとビリー・ウッズとオウテカを聴いている。フガジを聴いているのは完全に先週のanon pressに樋口恭介が投稿していたフガジのイアン・マッケイについてのエッセイの影響であり、ビリー・ウッズは何週間か前の「シットとシッポ」で荘子itが話していた影響であり、オウテカはべつになんの影響でもないのだが聴いていて、それぞれ音楽のジャンルとしてはまったく異なっているが、いずれも単調さの美学とでもいうべきものに貫かれているようでもある。単調、というと語弊があるかもしれないが私の日記なので語弊があってもいい。もちろんフガジもビリー・ウッズも一曲一曲にはかっこいいリフやビートがあって、かっこいいボーカルやラップが乗っていて、抑揚も展開もあるのだが、たとえば『13 Songs』や『GOLLIWOG』というアルバムを通して聴いたときの印象、あるいはアルバム総体の存在感とでもいうべきものを捉えると、どちらとも同じことをひたすら繰り返しているような感じがある。しかしその繰り返し、単調さこそが、ソリッドでかっこよく、心地いいものとして私のなかに響いてきている。単調と冗長は違う。単調であることはかっこいい。

 今日は仕事のあとにフガジを聴きながらちょっとだけ小説を書いたり『山ん中の獅見朋成雄』を読んだりして、私がそうしている間、同居人は『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』を観に行っていた。最高、といっていた。

 

3/13

 金曜日の夜になると、また一週間が終わった、と思う。月曜日の朝には、また一週間が始まる、と思う。じゃあ土日はなんなのかといえば土日は土日だ。同居人は明日また会社の同僚と山に登るとのことで、前日から炭水化物を摂取したいといって夜に五右衛門に行きタコぺぺを食べた。帰宅してテレビをつけるとMステでM!LKが「爆裂愛してる」という流行っているっぽい曲を歌っていて、たしかに元気が出そうな曲だと思った。そのあと日本アカデミー賞を、河合優実が司会をやっているからという理由でちょっと見た。同居人は明日朝早いので早めに寝た。私も明日は朝から『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』を観に行く、という土日の、土。

 

3/14

 同居人は朝から飯能のほうの山へ、私は『マーティ・シュプリーム』を観に日比谷へ。最高の映画だった。かなりウケたし、泣きそうにもなった。二時間半という時間をまるで感じさせない。観たあとに主人公の歩き方を真似たくなっちゃう映画は久しぶりかも。私もマーティ・マウザーよろしく眉毛をつなげてしまおうか、とすら思う(私の眉毛にはそのポテンシャルがある)。

 サフディ兄弟の映画は『グッド・タイム』も『アンカット・ダイヤモンド』も最高だがやっぱり『マーティ・シュプリーム』が一番だと思えたのは、初めてサフディ兄弟の映画を(今作は兄のジョシュ単独だが)スクリーンで観ることができたというのもあるし、もちろん今日の今日における感想だからというのもあるが、やっぱりティモシー・シャラメという当代一のスター俳優がその魅力を最大限発揮しているからというのがでかい。『グッド・タイム』のロバート・パティンソンだっていまを代表する俳優のひとりだけれど、「スター」ということであればシャラメだ、と思わせられてしまう。いかに彼の言動に賛同できかねる部分があろうとも……。そもそもシャラメ本人がいうように今作のマーティ・マウザーという主人公はシャラメのパーソナルに近しいみたいで、観たあとに思えば、二〇二五年の全米映画俳優組合賞の受賞スピーチにおいてシャラメが「偉大さを追求している(in pursuit of greatness)」という言葉を放った時点から今作のプロモーションが始まっていたのではないかと錯覚するほどに、ティモシー・シャラメ=マーティ・マウザーはスクリーンの内外で尊大に躍動し続ける。早口でまくしたて続ける。

 同居人はこの前の『嵐が丘』におけるジェイコブ・エロルディと比較して今作のシャラメが「早口すぎてメロくない」といっていて、たしかにそのとおりなので私も笑った。早口なうえに〝イマイキ〟すぎるのでメロくない。しかし自分を信じて偉大さを追求する者としての色気というか、色気というと安直だが、覇気は大げさか、よくわからないが、際立ち、とでもいうしかないようななにかを感じさせられる。簡潔にまとめれば「自己中心的なクズ野郎」になるのかもしれないが、そういうキャッチーさとは離れたところにある「生」のきらめきが二時間半映される。

 そうした、際立ち、は映画そのものの作りによっても支えられていて、思い返してみてもほんとに一秒たりとも停滞がない。常に何かが動いているか、そうでなければシャラメがひたすらくっちゃべる。運動と早口に満ち、生命が躍動する。そもそもこの映画は卓球やピンポン玉(=精子)の反復運動を通じて生命を繋いでいく映画なのであって、最後のあの赤ちゃんがいまも生きてるなら七十歳過ぎだなあ、などと考えて、変に泣きそうにもなる。どうして五〇年代を舞台にした映画で八〇年代ポップ(とそれにリスペクトを捧げるダニエル・ロパティンの劇伴)がかかってるのかといえば、あの赤ちゃんが劇中のマーティくらいの年齢になる頃の音楽だからなのかもしれない。そう思うと、マーティの〝イマイキ〟な姿を同時体験的に描く映画でありながら、あの赤ちゃんが大きくなった頃に誰かから聞かされる昔話のような趣きも漂う、いまと過去と未来をいっぺんに感じさせるような映画になっている。だって、マーティとウォーリーが詐欺まがいの卓球でボロ稼ぎしてからのガソスタ大炎上、犬猛ダッシュ、のくだりなんて、何十年も後から語られる武勇伝のようなノスタルジーが漂っているではないか。(「それで振り返ったら、その犬が、めっちゃ猛スピードで野っ原のほうに走ってっちゃったんだよ!」)

 それで日比谷のTOHOシネマズを出てからは、私も劇中のマーティよろしく刈り上げようと思って銀座のQBハウスで気持ちよく刈ってもらって、終わってからマーティを見たらそんなすごく刈り上げているわけではなかった。キム・ゴードンの最高にかっこいいアルバムやダニエル・ロパティンの劇伴を聴きながら電車で渋谷に移動して意味もなく歩いたあと、最寄り駅の近くのルノアールで舞城王太郎の『山ん中の獅見朋成雄』を読み終えた。読んでいる途中から強烈に思っていたことが、終盤の

「あのねえ、成雄君、前から思ってたんだけど、君、目の前にあるもの、とりあえず全部丸呑みにするっていうの、やめた方がいいよ。なんかそれのせいで、結構損って言うか、余計な回り道ばっかりしてそうなんだもん」

(舞城王太郎『山ん中の獅見朋成雄』(講談社文庫)p.229)

 ──というセリフでいい表されていて笑った。その後同居人が帰ってきて、山の感想を聞き、『マーティ・シュプリーム』のことを話した。帰宅してからは昼寝もしてゆったり過ごした。

 

3/15

 昨日変な時間に食べたせいか眠りが浅かった。それもあって午前中はゆったりと過ごした。同居人も昨日の登山の疲れがあったのと、午後から仕事に行かなければならなかったので午前中は寝転がっていた。WBCの日本対ベネズエラ戦をやっていたので、せっかくだから途中から途中まで見た。それから同居人は仕事へ、私は渋谷に『しあわせな選択』を観に行った。変な映画だった。変な映画だし、もっと短くてもいいように思った。あ、これコメディか、と途中で気がついて、なんやかんや主人公は一線を越えることなく終わるのかと思いきや、そのあとふつうに越えてしまった。カメラワークで技巧が凝らされているのもあって飽きずに観ることができた。が、やはりもう少し短くてもいい。映画館を出てから一度帰宅してゆっくりしたが、ふと、今日友だちたちとの飲み会だったことを思い出し、急いで向かって、遅刻した。みんなそれぞれに人生を進めていた。私は進めていないが、進めていないことに焦りはない。同居人は仕事のあと同僚と新宿のスシローで食べ、『私がビーバーになる時』を観、家の鍵を持っていなかったので私の飲んでいるところまで取りに来てもらってしまった。私が飲み会のあることを忘れていたのだから、私のほうから出向くべきだったか……

 

3/16

(公開を前提とした日記、つまり友だちも読むかもしれない日記で書くのがほんらいためらわれる内容、しかし読まれない可能性が高いし、読まれたとしても大丈夫だろうというある種の信頼があるから書くが、)久しぶりに会った友だちたちと基本的には楽しく会話し、変わらないねえ、という感慨にふけり、あっという間に流れる時間を過ごすなかで、ときおりうまく笑えないひとときがある、ようするにいわゆるホモソなノリとか、場合によっては直球のミソジニー発言だとかがふいに登場してヒヤッとさせられる、そういうときにどうすればいいのかがまだわからない。どうすればよかったか、と次の日にも考えることとなる。そういう発言をするその友だちが昔と変わってしまったというわけでもなく、むしろ、変わらないねえ、であるからこそそういう発言が出てくるのもさもありなんということなのであって、その意味では、この先も変わらないだろうねえ、ということでもあるし、だからといってべつに友だちじゃなくなるわけでもないのだが、じゃあ私は友だちが変わるようにもっと強くいうべきだったのか? 「いい過ぎてるわ」とちょっとチョケながら軽くいうくらいではだめなのか? しかしこの、べき、とか、だめ、というのも、いったい私はなにさまのつもり? ──ということを毎回考えることとなる。私だって正しいわけではないし、友だちからしても、私が平気で遅刻することとか、それでも悪びれないとか、私にたいしてもっと強くいいたいであろう場面というのは多々あるはずなのであって、それでも議論せず対立せずに楽しく話し、変わらないねえ、で済ますというのが久しぶりに会う友だちとの飲み会。しかしそれでいいのか? ──という堂々巡りに私はおちいっている。こんなふうに変な書き方になってしまったが、ようするに私も、そして友だちもホモソノリによってダメージを負っているのであって、こんなことは世のなかにいくらでもあるのだろうが、私も私なりに日記に書いておいてもいいと思った。というか昨日から私がこの話を共有しようとせずにへらへらしていたがために同居人とぎくしゃくしていて、今日の夜になってようやく、ゆっくり時間をとって話すことができたのだった。ありがとうございます。その流れで同居人が、もっといろんな友だちと話したほうがいいよ、というので、LINEしようとすると、電話もしなよ、というので、とりあえずSにかけてみると、意外とすんなり出てくれて、雑談して、焚き火の約束をした。

 アカデミー賞で『マーティ・シュプリーム』が一部門も獲れなかったことにかんして「かなり『マーティ・シュプリーム』っぽい結末だ」といっている英語圏のツイートが流れてきて、たしかに、と思った。『センチメンタル・バリュー』が国際長編映画賞を獲っていたので、そうだよなあ、いい映画だったなあ、と思い出した。あと昨日の『しあわせな選択』はやっぱりかなり変でオモロかった。だいぶオモロかったかもしれない。『罪人たち』のパフォーマンスがかなりかっこよかった。

 

3/17

 ジェイムス・ブレイクの新譜がかなりいい。ちゃんと時間をとって聴かなきゃ、という気持ちにさせられる傑作。「Rest Of Your Life」という曲の後半の旋律が昔のゼルダの音楽をほうふつとさせるもので楽しい。「真空ジェシカのラジオ父ちゃん」にゲストとして出てきた池城どんぐしさんというピン芸人のひとがかなりおもしろかった。「どんぐし」という芸名の由来を聞かれたどんぐしさんが、「びっくり」のことを「びっくし」っていったり、「いきなり」のことを「いきなし」っていったりするじゃないですか、あの感じで「どんぐり」のことを「どんぐし」っていってるんです、と説明していて、それだけでもうおもしろい。夜は『まどマギ』を見進めた。

 

3/18

 さいきん寝ている間に夢をよく見ているような気がする。今朝の夢は思い出せない。一昨日の夢の一部は思い出せる。同居人と一緒にどこかの本屋に行っていて、私は右手にスタニスワフ・レムか誰かの分厚い文庫本を持ちながら店内を歩いていたのだがじつはその本は私がその前にブックオフで買った本、つまり私の私物で、いま考えるとそんな紛らわしいことをしていた私が悪いのだが、私はその文庫本を店内の平積みされている本の上に置きっぱなしにして本屋を出てしまい、すぐに気がついて取りに戻るも、置いたはずの場所に本はなく、店員さんに聞いてみると、いや、なかったですよ、とはぐらかされ、いや、僕の本なんですよ、と食い下がると、じゃあブックオフのレシート見せてください、という話になり、レシートなんてもちろん持っていなかったので諦めた。そのあと、かなり嫌な夢を見た。

 

3/19

 ①ここ数日はさほど鼻水も出ないのですっかり花粉症を打ち倒したものだと思っていたが、昨日の夜に薬を飲み忘れて、そしたら今日はずいぶんと鼻水が出た。

 ②iPhoneの最新のiOSはトゥルッとヌメっとしていてなんだかキモい、という話を同居人から聞いていたので、私は自分のiPhoneにアップデートの通知が来るたびキャンセルしていたのだが、昨日の夜、許可した覚えなんてないのに勝手にアップデートされ、ついにトゥルヌメのiPhoneになってしまった。トゥルヌメにはそのうち慣れるだろうからまあいいとしても、はてなブログのアイコンが奇妙に薄くなってしまったのは悲しい。濃く力強いペンの時代は終わったのだ。

 ③カミナリの二人とジェイムス・ブレイクが同い年であることに気がついた。たぶんいま三十七歳。だからどう、ということもないのだが、強いていうならば、それぞれ若くから世に出て成功したひととしていいキャリアを歩んでいる、そこに私も惹かれているのだった。(というか「三十七歳」ってなんだかいいよなあ、と思う。三十五でも四十でもなく。三十八でもなく。三十七歳ってギリ若者な感じがする。)

 ④高市早苗はいまごろトランプと話しているのかなあ、と思う。今日は戦争反対・9条改憲反対のデモがあって、何日か前には行こうかとも思っていたのに、ふつうに仕事をしていて行けなかった、というか忘れてしまっていた。私なんてそのていどなのだ、と落ち込む。──と書きながらさほど落ち込んではいなくて、そのこともまた悲しい。

 ⑤何日か前に電話したときSに──そしてそれ以上にYさんに──おすすめされた『メダリスト』をアニメで見進めた。そもそも同居人からおすすめされていたこともあって既に途中まで見ていたので、今日は四話から見た。生徒とコーチとの関係の美しさがそのまま物語のおもしろさに直結しているようで素晴らしい。漫画はすごいところまで行ってるよ、と同居人が教えてくれた。

 

3/20

 曇りかと思いきや意外と一日じゅう雨、という日だった。三連休の初日だから許せた。午前中はまた『メダリスト』のアニメを見た。あとは高市早苗とトランプの会談のニュースがかなりXに流れてきた。正直、ホルムズ海峡に自衛隊を派遣すると明言せず、かつトランプの機嫌を損ねなかった、ということだけでもまだマシだと思ってしまったが、しかしそもそもどうしてトランプなんていう狂人の機嫌をうかがわなければならないのか、とは思うし、それを是としているかのような高市の「媚態」と呼べるような態度も悲しい。ほんとうは「媚態」なんて失礼な言葉を使うべきではないのだが、そうとしか思えない。これではアメリカの属国ではないか、というような意見もわかる。しかし私のXにかなりの偏りがあるかも、とも思う。『メダリスト』はとにかくいのりさんと司先生の関係が素晴らしい。

 昼から、同居人の友だち夫婦とその赤ちゃんに会うために多摩川のほうへ。多摩川駅の駅前には「せせらぎ館」といういいコミュニティセンターがあって、広々とした休憩スペースが無料で開放されてい、それだけでもう素晴らしいのだった。友だちは、子育てをどうするか、という私や同居人にはとうてい想像の及ばないようなことを話していてすごい。赤ちゃんにもたくさんファンサしていただいた。おいしいコーヒーも飲んで、解散した。せせらぎ館の素晴らしさが忘れがたくて、帰りに最寄り駅の周辺で読書のできる開放的なスペースを探したが、わかってはいるがそんな場所はない。穴場の喫茶店が今日は営業していたので入って、それぞれしばらく読書して過ごした。私は昨日から岩波現代文庫の『死へのイデオロギー 日本赤軍派』を読んでいる。駅ビルで惣菜を買って帰宅し、『メダリスト』のアニメのシーズン1を最後まで見、『ワンピース』のドラマの続きを見、『虎に翼』のスピンオフドラマ『山田轟法律事務所』を見た。

 

3/21

 早起きしてタイムズで車を借りて、SとYさんを途中でピックアップし、府中の郷土の森公園というところのバーベキュー場に行った。何年も前にSが焚き火台と薪を買って、みんなで一度だけ焚き火をやった、あのときと同じ場所で数年越しに焚き火をやろうという話なのだった。昨日の多摩川駅前のせせらぎ館が無料だったのにも感動したが、今日の府中市郷土の森のバーベキュー場も無料なうえに予約も不要で、やはり感動した。Sが家の襖の奥のほうに保管していたという薪は、見ないうちに湿気っていたり、土に還っていたり、独自の生態系を栄えさせていたりしないか心配だったが、なんのなんの、よく乾いていて、苦労せずに火をおこすことができた。焚き火のパチパチというのは木が爆ぜる音なのか? とにかく耳心地がよい。よく晴れていて、焚き火なんてせずとも暖かかったが、そこであえて焚き火もやっちゃう、というのが粋なのだった。

 SもYさんも話していて楽しい、というか自然に話せる感覚がある。男子校出身で感情が抑圧され起伏のないジジイになってしまったSと私、いっぽう感情を豊かに表現するYさんと同居人、という構図にて会話することが多いが、その定型も楽しい。もちろん私やSは特権的な無神経さを反省すべきで……、などといってみる時間をも楽しんでしまう感じがあった。Sが昨年の夏に体験したあわや大事件という出来事を聞いて私も同居人も爆笑した。また行きの車中でも焚き火中にもとうぜん『メダリスト』の話になって、とにかくいのりさんがすごいのはもちろんなのだが、それだけでなく登場人物全員がよくて、号泣してまう、とYさんが述べていた。ただひとり、夜鷹純というひとにたいしては、なんなん、と思っているが、ハリポタのスネイプ先生よろしくじつはうんたらかんたら、という展開でもあったらぜったい泣いてまう。アニメのシーズン2はYouTubeで公式に公開されているという耳寄り情報を聞いた。

閑話休題、的にさしこまれる鳩

 ひとしきり薪を燃やして、焚き火のピークと呼べる部分は過ぎ、あとは木が燃えきって冷えるのを待つ時間。そここそが焚き火を焚き火たらしめる時間なのだ、と書いてしまうことはできるが、思ってもいないことを書くのはずるいか。

 焚き火が終わってからは、ロイヤルホストまで行って昼から豪遊し、また車で帰った。今日走った道沿いにはハンバーグ屋やステーキ屋が異様に多かった。なぜなのか考えると、やはりロイヤルホストで私たちがハンバーグやステーキを食べたことが、なんらか世界に作用したのだとしか説明がつかない。同居人だけはハンバーグでもステーキでもなくグリルチキンサラダのようなものを食べていたので、帰り道のハンバーグ屋とステーキ屋の多さに言及していなかった。帰宅してからは『R-1グランプリ』をボーッと見て、九条ジョーがおもしろかったと思ったが点数が低くて、しかし野田クリスタルがいっていることももっともだと思った。そのあとは『メダリスト』のシーズン2を二話くらいYouTubeで見進めて、いのりさんすごすぎ、と泣いてまった。(泣いてまう、の過去形はなんだ?)

youtu.be

 

3/22

 洗濯機と壁の間に落ちてしまった下着を拾おうとして、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の映画の予告編におけるライアン・ゴズリングのような体勢になった。まだ映画を観ていないのでシチュエーションがどれほど一致しているかはわからない。

 今日はNくんとNさん──と書くと二人とも「N」になってしまうが、というか二人は夫婦なのでじっさい二人とも「N」ではあるのだが、私としてはNくんの「N」は苗字、Nさんの「N」は名前のつもりで書いている、そのNくんとNさん──の家にお邪魔して、赤ちゃんともご対面した。また同居人に自意識過剰だといわれてしまうかもしれないが、私は赤ちゃんからのウケがいい。なぜかというと、これはもうわかりやすく、丸い眼鏡をかけているから。今日も赤ちゃんの目の前でちょっとおどけた顔をしたり手のひらをパタパタさせたりして、笑顔のファンサをたくさんもらった。三連休で二回もひとのお子に会わせてもらって(しかもどちらもお母さんお父さんは同居人の友だちであって)、私まで元気のおこぼれをもらったようでうれしい。しかし夜には熱が出てきてしまった。早く寝る。

 

3/23

 久しぶりに一日じゅう頭が痛い感じだった!

 

3/24

 friends&というアーティストの『folx』というアルバムがとてもよくて、Apple Musicで聴いていたのだけど、どうもApple Musicで配信されている二八曲・二二分というのはアルバム全体の四分の一ほどを切り出した部分であるらしく(じっさいApple Music上のアルバム名は『folx (1/4)』となっている)、全編を通して聴くのはBandcamp上でのみ可能であるみたいだったので、久しぶりにBandcampを開いて、いくらかわからないが課金も辞さないつもりでいたら、課金の欄が見当たらない。というわけで課金せずに聴いてしまっている。昔、浪人していた頃とかにBandcampで課金せずに聴けるアーティストを探して聴いていたときの、これほんとにいいのかな、という気持ちを思い出す。そのあとストリーミングサービスが出てきて、最初はやはり、これほんとにいいのかな、と思っていたが、じきにそんな気持ちは忘れてしまっていたのだった。それにしてもほんとにいいんだっけ? 「Name Your Price」という表記も見当たらない。数回だけ無料で聴けて、そのあとまた聴くには買わなきゃいけない、みたいなやつだっけ? とにかく聴いている。

 『folx』は一一二曲・九三分のほとんど全編がサンプリングとコラージュに覆われ、過剰であればあるほどいいというマキシマリズム的な、ハイパーポップ的な美学に貫かれ、アヴィーチーもニール・ヤングも登場するアルバムで、このように書くとカオスで聴きにくいように思えるが、じっさいは独特のポップさにあふれた素晴らしい内容なのだった。コラージュの合間合間に挟まれる二分ていどの曲がどれもいい。

 Bandcampの「概要(Overview)」によると八年八ヶ月と一日をかけて完成したというアルバムには、「出典(Citations)」として数多くのサンプリング元が列挙されている。アルファベット順に並んだ膨大な出典の一つ目は「A Complete Unknown. Film. 2024.」──つまりボブ・ディラン。一一二曲中の数曲にはボブ・ディランの曲名が冠される。ここで「概要」に戻ればそもそもこの『folx』というのは「「フォーク・ソングス」が「フォークというジャンル」へと資本主義的に変化した歴史についてのアルバム(folx is about the history of capital transforming 'folk songs' into the 'folk genre'.)」であるそうで、つまりフォークと資本主義についてのアルバムなのであろう。そのことを踏まえると「これほんとにいいのかな」的なサービスであるところのApple Musicにおいてアルバムの四分の一しか配信しないという選択にも納得できる。Apple Musicはあくまで試し聞き用。ほんとに聴きたければBandcampに来て、「エピグラフ」や「概要」や膨大な「出典」と向き合いながら聴いてくれ、とでもいうような……

 ……今日はそれと、暇なのでカカロニ栗谷の借金うんぬんについての流れを追っていて、さらばのYouTubeは昨日見ていたので、カミナリのラジオも聞いて、たくみくんかっこいいなー、と思って、最後にはカミナリのYouTubeの最新回を見て、借金うんぬんとは関係のないところでの栗谷のおもしろさも見えてよかった。名作回だった。『死へのイデオロギー』も読んでいる。同居人は会社の同僚としゃぶ葉に行っていた。寿司は食べなかったという。しゃぶ葉の寿司ってどんなんなんだろう?

 

3/25

 私がBandcampの仕様を忘れていただけで、昨日の『folx』も数回再生していたら「購入してください」という通知が来た。ぜんぜんそれは構わない。それで購入画面を見たら「Name Your Price」式になっていて懐かしかった。しかし資本主義もテーマのひとつになっているであろうアルバムにたいして自由に価格をつけるというのは、考えてみればなかなか熟慮の必要がありそうではないか。

 ところで昨日から身体のあちこち──肘や膝や手の小指や足の小指──を部屋のあちこち──ベッドの端やあらゆる出入り口──にぶつけている。成長期? 日に日に大きくなるみずからの身体の大きさを把握しきれずにぶつけまくる、というのはいかにも成長期らしいエピソードではないか。しかし私はべつに成長期ではない。気をつけて生活すべし。

 

3/26

 同居人は有休でいい一日を過ごしていた。ほんとは山に行きたいがために取得していた休みだったが、雨のため断念し、しかし山でなくともいい一日を過ごすことはできるということなのだ。私は仕事のあと合流して『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観に行った。いい映画化だと思った。原作の科学パートがかなり大胆に簡略化されていて、知的探求という面では抑えめになっていたかもしれないが、原作未読の同居人でも話をすんなり飲み込めたというから、簡略化の仕方がうまかったのだろう。それにしてもライアン・ゴズリングというひとはいい顔をしている。ハンサムだということをいいたいわけではなくて、いやもちろんハンサムではあるのだが、さびしさとおもしろおかしさを同時に語れる顔だと思う。いつしかのアカデミー賞で『ラ・ラ・ランド』が間違えて読み上げられたときのライアン・ゴズリングの顔はかなりよかった。あと、ザンドラ・ヒュラーもよかった。ザンドラ・ヒュラーが劇中で往年の名曲かのように歌い上げる歌は振り返ってみれば予告編でも使われていた曲で、なんとハリー・スタイルズの曲なのだった。あんなに名曲の雰囲気があるのに知らない……、と思って調べてみたらなんとミュージックヴィデオがYouTubeで十五億回再生されている化け物級の曲だった。ハリー・スタイルズはいいキャリアを積んでいる。あと、アストロファージはのりの佃煮とコラボすべきだと思った。逆か? のりの佃煮がアストロファージとコラボすべきなのか。

 

3/27

 紛争地域の子どもたちへの支援を目的としたコンピレーションアルバム『HELP(2)』をいまさらながら聴いた。みんないい曲を提供していて素晴らしい。こういうときにいい曲を提供するひとはかっこいい。一聴してBC, NRとBig Thiefがいいと思った。King Kruleのインスト曲もかっこよかった。仕事のあと川沿いに行って桜をちょっと見た。マヂラブのラジオで、村上が、桜並木より一本だけ立ってるほうが好きなんだよなあ、といっていて、たしかに、と思いながらも、並木もじっさいに見るとまあきれい。しかし川沿いの桜はライティングによるドーピングがなされているのでそのまま評価するわけにはいかない。昼間にももう一度見させていただきますね、という気持ちで川を後にした。同居人が帰ってくるのをルノアールで待って、帰宅してからはNHKのバタフライエフェクトのヨーロッパ移民史の回を見た。

 

3/28

 私は仕事だった。私は自分が仕事であることを忘れて柴田聡子とElle TeresaとLe Makeupのライブのチケットを買っていて、同居人と行くつもりでいたのだったが、仕事で行かれないので一枚は同居人の友だちに譲った。しかしローチケの電子チケットアプリだと二枚中一枚は本人分として譲渡が不可になっているようで、そうなると同居人は私のスマホなしではリキッドルームに入れない。なので今日の私は同居人にスマホを渡し、自分はスマホなしで仕事に行った。不便な局面もあったがあんがいいけるものだった。しかし昼休憩で外に出ても時間がわからないのでキツかった。街中に時計というものは意外と少ないのだ。念のため早めにオフィスに戻ったらぜんぜん時間が余っていた。

 仕事を終えてから、同居人が帰ってくるまで暇なので『死へのイデオロギー』を読んだりテレビでYouTubeを見たりした。連合赤軍の山岳ベース事件はじつに奇妙な経過をたどるのだが、もし仮に私がそのときその場の一員だったとして、加害もせず被害も受けずに切り抜けられたとはとうてい思えない。たしかにこの状況なら……、と感じてしまう。「共産主義化」というシンプルな、しかしそのじつなんとなく禁欲的で闘志がありストイックっぽい雰囲気、というだけの標語のもとに自己鍛錬を積み、自分たちに「総括」を課すメンバーたち。そのように目標がきわめてあいまいであるにもかかわらず、個々の行動や結果にたいしては「甘え」であり「敗北死」であるというふうにきっぱりと即応的な判断が下される。

 暴力への参加を命ぜられて、全員がかなり積極的に激しく尾崎を殴り、ひどく弱って抵抗もできない状態になっても手をゆるめなかった。それは自己防衛のために行われた行為だったが、イデオロギーの名のもとでは、尾崎を援助するためでもあるとされた。しかし彼は死んでしまった。もし彼らが殴ったために死んだのだとしたら、彼らは殺人者だ。そして共産主義化獲得のためのみんなの努力は、彼らを誤った道へ誘ったことになる。これに対して森は、尾崎は彼らの行動のせいで死んだのではなく、自分自身の過ちのために死んだのだといいきった。尾崎は、みんなの援助にもかかわらず、共産主義化の地平を獲ち取るだけの強さがなかったために敗北死を「選んだ」のだ。

(パトリシア・スタインホフ著/木村由美子訳『死へのイデオロギー 日本赤軍派』(岩波現代文庫)p.170-171)

 森恒夫による当意即妙の合理化によってメンバー間の暴力や殺人が許されるいっぽうで、なにが「共産主義化」的でなにが「共産主義化」的じゃないかということも森の一存によって個別に判断されるため、みずからに「総括」が向くことを恐れたメンバーどうしの暴力がエスカレートする。

 

3/29

 よく晴れて、春っぽく、しかし風の強くない、あたたかい一日だった。午前中から目黒の自然教育園に行った。同居人は初めて行ったというがいたく気に入ったようだった。花や木を見て、かわいいね、といっていた。ばいも(貝母、別名:アミガサユリ)という花を特に気に入り、何枚も写真を撮っていた。ばいもは古くから咳止め等の生薬としても使われてきた植物だが、副作用として心肺機能に障害をもたらす。──ということを調べながら、それにしてもそのへんの草から薬が作れるなんて、この世界はうまくできすぎてるなあ、と感動した。私は、ナントカとかいう、一九六〇年代くらいに絶滅したかと思われていたがその後二〇〇〇年代に再び現れたという植物が気に入った。一度表舞台から姿を消し、数十年後の奇跡の復活。ストーリーもいいし、枝のてっぺんにチョロっと姿を見せる若葉のみずみずしさも美しい。園内には桜も咲いていた。おばあさんの集団が桜の近くで写真を撮りたそうにしていたところに同居人が声をかけて撮影してあげていた。

 自然教育園の次は、東横線の都立大学駅のほうの目黒区民キャンパス、および八雲中央図書館に行こうということで、目黒駅前からバスに乗った。桜の花の見頃は今週末ということになるのだろう、庭園美術館も花見客で賑わっていたし、目黒川沿いなんていわずもがなだった。じっさい桜は美しいので賑わうのもわかる。満開と呼べるのはほんの数日間なのに、はかなさをいっさい感じさせないほど咲き誇るのがかっこいい。

 以前は花見にたいしてハスっていた私だったがここ数年はせっかくなら味わいたいという方向へ転じていた。

 都立大学駅前に着いて、ナポレオン軒という、ラーメンでも油そばでもなく釜玉麺という新ジャンルを提唱している店で食べてから、目黒区民キャンパスへ向かった。駅前の桜並木もやはり見頃で、小規模ながら祭りもやっていた。いろんなジャンルの踊り手が順繰りにステージに登場し、古今東西の音楽に合わせて踊っている。目黒区民キャンパスのホールでもバレエの大会をやっていて、今日はどうも踊りの日でもあったようだ。外のあたたかさがそのまま持ち込まれたように図書館もあたたかくて、どうしたって眠くなる。読書もそこそこにして出た。青木淳悟と高橋源一郎の本を借りた。区民キャンパス内にも桜が花を咲かせていて、信じられないほどの数の子どもが遊んでいた。私と同居人がなにげなく腰掛けた石段のすぐそばが、サッカーをしている子どもたちにとってのゴールに設定されていたようで、邪魔になっちゃいけないのでどいて、都立大学駅前に戻って、倉式珈琲店というところでアイスコーヒーを飲みながら読書を続けた。いかにもチェーン店っぽい佇まいだが知らない店だ、と思っていたらサンマルクグループだそう。すかいらーくみたいにサンマルクもさりげなくグループを拡大させているようだった。

 東横線で中目黒、そこから日比谷線に乗り換えたとき、隣に座っていた中年の夫婦が「遠いなあ」と話しているので、聞き耳を立てていると、どうもそのまま日比谷線で上野に行って桜を見るみたいだった。中目黒から上野へ? 花見に本気? と思ったが、あとでこのことを同居人に話すと、花見に本気なひとは中目黒なんか来ないでしょ、といっていて、中目黒のアンチなのだった。同居人は図書館いらい眠気との闘いを続けていて、帰宅してしばらくすると寝ていた。夜はテレビを見たり『死へのイデオロギー』をほぼ終わりまで読んだりした。カニエの新しいアルバムも聴いた。古きよきカニエが戻ってきたようで、心地よい耳心地だ。

 

3/30

 仕事のあと、新宿でNくんとKくんと焼き肉を食べた。歌舞伎町の奥まったほうの、Googleマップのとおりにはたどり着けないところに店があって、変な場所、と思ったが、とてもおいしかった。しんみりした話をするつもりだったが途中からかなり前向きな方向に弾んだ。私たちは外に出て友だちと遊ぶべきだし、散歩をしたほうがいい。しかしこれはたんなる「べき論」ではなくて、じっさいに外に出たいし散歩をしたいからそうする、という話であり、いってしまえばそれ以上でも以下でもない。だからこそ素晴らしい会だった。いい気分で、帰り道で小説を二行書き進めた。帰宅してからは同居人と長く話をした。日プ新世界の映像も少し見た。

 

3/31

 なにか書きたいことがあったと思うのだが忘れてしまった!

二〇二六年二月の日記

2/1

 カミナリのYouTubeにおけるニンテンドー64の『ドンキーコング』の音楽を堪能する回、およびその作曲者たるデヴィッド・ワイズについての一連の回を見ていらい、私は「とげとげタルめいろ」のBGM(「Stickerbush Symphony」)に心酔し、ことあるごとに聞いていた。小学生の頃に近所のけんちゃんの家で一緒にプレイした記憶もよみがえっていた。私の家の斜め向かいに位置するけんちゃんち……。そこにお邪魔する形で、私と弟は64の『ドンキーコング』シリーズをプレイし、「とげとげタルめいろ」に苦戦した。幼かったけんちゃんは私の名前を正しく発音せず、二文字目と三文字目の間に「く」を挟んだ。

 その「Stickerbush Symphony」が、xaviersobasedというラッパーの「Packs Gone」という曲においてサンプリングされているのを今日聴いて、私は興奮した。いい感じにチョップされたビート。xaviersobasedはアンビエントを切り刻んだような浮遊感あるビートに特徴のあるラッパーで、その参照元のひとつにドンキーコングのBGMがあるというのは納得がいく、というか、私もYouTubeでたとえばAphex Twinを流しているときに「Stickerbush Symphony」や「Aquatic Ambiance」がサジェストされるので親近感が湧く。また同じサジェストにおいてゼルダのBGMもよく出てくるが、そういえばこの前のライブでlilbesh ramkoがゼルダのBGMをサンプリングした曲をやっていたなあ、ということも思い出し、彼もやはりインターネットの同じようなサジェスト圏の出身なのだろうと納得がいった。

 という話ともうひとつ、カミナリのYouTube、という方向でいうと、まなぶくんがPKを十本連続で成功させるチャレンジをやっている今回の動画がおもしろかった。それとラップスタアに出ていたKee RoozがラッパーのFarmhouseとビートメイカーのRhymeTubeと一緒に二十四時間でEPを作る様子を撮影したVlogもとてもよかった。昨年観た三宅唱の『THE COCKPIT』にも通じるが曲作りの様子を見るのはおもしろい。これはもしかするとラップだからなおさらおもしろいという側面もあるのかもしれないし、たんに制作全般がおもしろいというのもあるかもしれない。制作そのものにおもしろさがある、ということを私は昨日くらいから考えていて、それはツイッターの風見さんの四コマ漫画がきっかけだった。風見さんの漫画は、おそらく風見さんがふと思ったことをタネにし、それを市井の名もなき登場人物にいわせ、対話させる形で描いているようなのだが、そうやって、なんとなく思ったことをただツイートするのでなくわざわざ四コマという形に作り込んでゆく、そういう背景をも勝手に想像することで、読者側としても四コマをより深く味わえるというのは間違いなくあるだろうと思う。つまり「どうしてこんなふうに作ったんだろう」というような形で作品の裏側や制作過程を思うことが、その作品をよりおもしろくするのではないか。

 たとえば日記でもなんでもいいが、文章を日常的に書いていることで、本を読むときに文章の味わい方が変わってくる、つまり「こんなふうに書けるのか!」という書く過程への想像が広がってくる感覚がある。そうなると、読むのが楽しくなるから日記を書いている、という側面もあるのかもしれない。

 今日はYouTubeを見たり、『名探偵プリキュア!』の初回を見たり、昼寝したりした。同居人は昨日からずっと腹痛が続いていたが夕方頃にようやく治ったようだった。保坂和志の『季節の記憶』を読んで、おもしろいし、なんとなく『よつばと!』みたいだ、といっていて、なるほどそれは考えたことがなかったがおもしろい視点かもしれない。私は夕方に新宿駅まで行って、共産党の街宣を見た。田村智子や吉良よし子の演説は明快。高市政権には賛成できかねるということをあらためて認識した。帰りにブックオフに寄ったら中公新書の『日本共産党』という、党百年の歴史を解説する本があったので買った。共産党のみならず戦後の政治史が私の頭からごっそり抜けている。学び直したいと思う。夜は同居人のリクエストでケンタッキーとミスドを買って帰った。お腹に不安があるときこそジャンキーに、という、逆転の発想。これが功を奏した。

 

2/2

 グラミー賞はお祭りの側面が強いものだと認識しているが、それでもバッド・バニーが最優秀アルバム賞を受賞したのは私もうれしい。昼休みに見たジャスティン・ビーバーのパンイチパフォーマンスもかっこよすぎ。彼なりのSWAGを体現している。同じく昼休みに聞いた「マユリカのうなげろりん!」の最新回に笑わせられた。たーっぷり、お湯っ気、コンスタントにシコってるやつ、冒険日。前半と後半でまったく間髪入れない形でビートスイッチのように展開が変わる構成が美しく、この反射神経のよさがマユリカの魅力であるなあ、と思った。夜は同居人が走るというので、私はその間、かなり久しぶりにチョコザップに行った。

 

2/3

 もちろん、すべての選挙は情緒的である、ということもできるのだけれど、それにしたって選挙が情緒的になりすぎ。「なんか変えてくれそう」だから高市早苗が「応援」される。どう変わるのかは検討されない。とにかく「がんばってる」。自民党のほかに支持を広げている党もやはり「なんか変えてくれそう」なのだ。逆に、「変わらなさそう」な旧態依然とした感じが漂っている野党は「応援」されない。「文句ばっかりいってる」。(しかしほんらい野党のほうこそ「変えてくれそう」なものなのに奇妙な逆転が起きているのは、今回の選挙が自民党というより──高市みずからがいうように──高市早苗という個人にたいする信任投票の様相を呈してしまっているからだろう。)

 それで、その「なんか変えてくれそう」という情緒はショート動画や切り抜きと相性がいいものだからどんどん拡散される。高市個人への信任投票という磁場も強まる。そうなると自民党としてもそこにお金や人員を投下したくなる。いっぽう動画を作る側にも収益が入るから、もっと再生されるために動画の内容はより感情的になる。「外国人問題」が強調される。そういう現状すべてにたいし、私も情緒的・感情的に、むかつくなあ、と思う。逆に左翼の側だってそういう情緒的なキャンペーンを大きく打てばいいのかもしれないが、いまいちうまくやれていないと感じる。共産党のツイッターはレスバっぽいノリをやめたほうがいいと思う……。そういうなかで田村智子のYouTubeの「ストリート対話」という企画はとてもいい。さわやかさを感じる。そうやってさわやかさを感じている私も選挙や政治を情緒的に捉えていて、けっきょく高市政権に賛同できずむかついているから文句ばっかりいってるということになるのかもしれない。だから勉強も、と思って、ひとまず『日本共産党』のさわりを読んでいる。『置き配的』もちびちびと読んでいる。夜、わりと遅くまで仕事していた同居人と合流して、近所のコンビニを回り、プリキュアのお菓子を探したが、なかった。

 

2/4

 今日の夜もプリキュアのシールが入ったお菓子を探して同居人と近所を大きく回り、十軒ほどのコンビニを覗き、最後にはもっとも家に近いコンビニを確認した。私は最後のコンビニが近づいてくる段階で、そこにあるだろうと確信し、なんなら頭のなかではもう「探し求めているものは、いちばん近くにあったのです」というような文章を書き始めていたのだが、なかった。

 

2/5

 同居人は『季節の記憶』のよかったところに付箋をちょこちょこ貼りながら読んでいて、今日読み終わったので、付箋を貼った箇所を音読で発表してくれた。会話がいかにも「会話」っぽくないのがいい、といっていたが、まさしくそうだし、

「つぼみちゃんはこの四番目だからクイちゃんがつぼみちゃんの前にきても、やっぱりクイちゃんは四番目だろ? 数えてごらん?」

 と言うと、確かに四番目でどうして四番目より前なのにやっぱり四番目になってしまうか息子には理由がわからなくて、僕もこの説明はなんだか大変なような気がしたから、

「クイちゃんが入るとつぼみちゃんが五番目になっちゃうから、かわいそうだからクイちゃんは入るのやめよう」

 と言って曖昧に納得させて──と、そんなことをチャーハンを食べ終わってもしばらく話して、それから息子がつぼみちゃんのところに遊びにいったあとで僕の方も仕事をはじめて次のコンビニ本の『天才たちは奇行した──〝私と狂人の違いは、私が狂人でないことだ〟ダリ』という本の章立てが一応まとまったあたりで、二階堂がやって来た。

(保坂和志『季節の記憶』(中公文庫)p.311-p.312)

 ──これで一文なのもいい。

 

2/6

 仕事のあと山手線、中央線、青梅線と乗り継いで夜の九時頃に青梅駅に着くはずが、山手線も中央線も遅れていてけっきょく十時前に着いた、電車が混んでいて汗びっしょりになった。今日はわりあい暖かかった。電車の遅れに伴ってホテルに到着する時間も遅くなるので電話する必要があったが、道中で同居人に「電話してくれる?」といわれたときに、私は最初、なんで僕が、という感じで返事をしてしまい、いやな空気になりかけた。

 どうして青梅のホテルに泊まるのかといえば、明日の午前中に奥多摩の高水三山という低山に登ろうとしているからで、昨年の秋頃から続く同居人の山ブームの最新回というわけだった。その前乗りというつもりで青梅に来たが、さっきも書いたように到着が遅くなって、十時にホテルにイン、明日は五時半頃に出るつもりなので滞在はきわめて短い。しかし大浴場もあったし、夜鳴き担々麺なるうれしいサービスもあったし、いいホテルでよかった。フロントのひとに「明日は何時頃出られますか?」と問われた同居人が、少しにごしながら「あー、五時、とかですかね」と答えているのを私は隣で見ていた。部屋でテレビをつけるといつのまにか冬のオリンピックが始まっているようだった。

 

2/7

 いつもと違うベッドだからなのかうまく寝つけなかったようだった。はっきり目を開けるまではいかないものの、身体はほとんど起きているような奇妙な状態におかれながら夜を過ごしていたようだった。ベッドが狭かったとか、ふだん着ない浴衣だったとかもあるが、カーテンをちゃんと閉めていなくて眩しい月明かりが私たちのベッドを照らし続けていたというのも大きかったかもしれなかった。

いまマスコットキャラクターの間で瓶底メガネがアツいらしい

 眠りが浅かったぶんむしろ朝はすんなり起きることができて、五時過ぎ、ほんのり火照るような身体のままホテルを出、まだ暗いなか「鮎美橋」というどうしたって『じゃあ、あんたが作ってみろよ』を思い出さざるをえない細長い橋を渡って青梅駅へ向かった。(ここで「鮎美橋」の話を挟むのは不要なのだが、こういう不要な記述こそが日記を日記たらしめる。)駅前のセブンでおにぎりとゆずレモンとウイダー、いや、下山後に判明するのだが、「ウイダーinゼリー」という名称は二〇一八年までのものだそうでいまは「inゼリー」というのが正式名称であるところのinゼリー、を買って、青梅線という、これも下山後に知るのだが「東京アドベンチャーライン」という別名がつけられているらしい電車に数駅ぶん乗り、軍畑駅というところで降りて、高水三山の山行へと突入した。

 高水三山というのは高水山、岩茸石山、惣岳山という隣接する三つの低山の総称で、山登り初心者向けのハイキングコースとして知られる。というのを私と同居人はNetflixで配信されている志田未来主演の『下山メシ』というドラマで知った。『下山メシ』はいかにもテレ東制作らしいというか、その名のとおり下山後のご飯の描写に重きを置いたドラマで、なんなら登山の描写は全体の尺の半分にも満たない。登山パートはいかにも楽そうに見える。志田未来が微笑みながら三つの山を簡単そうに縦走していたものだからよほど楽な山行なのかと期待していたが、いざ自分たちで行ってみると、難易度こそ高くないもののそれなりに体力の削られるコースだった。ドラマのなかと違っていまが真冬、しかも今日が曇りのち雪という予報であったというのももちろんある。六時過ぎに軍畑駅から歩き始め、登山口から林のなかへ入る頃にちょうど空が白んでいった。暗闇から徐々に浮かび上がってくる木々や、はっきりと見えないが足元を流れているのだろう小川の音が、ふつうに昼間に登るときよりも山の荘厳さを強調した。私たちが夜に寝ている間にも、山は、森は生きている。仕事や選挙の話をしながら登って、高水山頂手前の常福院という寺に至るとうっすら雪が降り始めた。雨じゃなく雪でよかった、と寒さに少し感謝もしながら、高水山から岩茸石山へと進むと、木々のなかから

「ゴロゴロゴロゴロ……」

 となにかの鳴き声のような音がするものだから、私たちも立ち止まって

「鳥?」

 と声を発してみるがもちろん返事はない。鳥か、それとももしかして熊のいびきかも、という怖い想像も浮かんできつつ、

「ゴロゴロゴロゴロ……」

「鳥?」

「ゴロゴロゴロゴロ……」

「鳥?」

 というお互い一方通行のやり取りを繰り返しているうちに音は聞こえなくなった。あとで同居人が調べたところによればヤマドリという鳥が威嚇するときの鳴き声に近かったかもしれず、しかし熊のいびきも調べてみるとたしかにそれに聞こえないこともなかったかもしれないという微妙なところだった。

 オーソドックスな高水山、山頂付近に岩や石が多い岩茸石山と来て、最後の惣岳山には岩場に手をかけなければ登れないほどの急登が待ち構えていて、たしかにこの三山は山登りの基本を押さえられるコースなのだろうといえる。志田未来もここを登ったのか? じっさいにその急登から登ったかどうかはわからないが少なくともロケで来ていただろうことは間違いなく、それであんなに楽そうな表情を浮かべていたのなら志田未来は私の思うよりずっと豪傑だということになる。しかし惣岳山の山頂を過ぎて残すは下山のみという段階に至ると、私たちもご飯のことばかりを考えるようになったというのは志田未来と同じで、街の喧騒から逃れるのが登山の醍醐味であるはずなのに、やがて街の音が聞こえてくると「よし、よし」と繰り返しながら、十一時過ぎに下山しきった。『下山メシ』において志田未来が入れていなかった蕎麦屋に入ることができて、温かい蕎麦と天ぷら、おでん、瓶ビールという大はしゃぎをやり、ととのい、御嶽駅からまた青梅線あたらめ東京アドベンチャーライ、青梅駅で中央線に乗り換えて新宿まで本を読んだり寝たりした。同居人におすすめしようと持ってきていた保坂和志の『生きる歓び』を読んだ。

 帰宅してシャワーを浴びてからも昼寝して、夕方になって同居人は元バイト仲間のひとと飲みに行き、私は散髪ののち、どこかの街宣を見に行こうかとも思ったが寒いのでやめて、ツイッターで共産党の街宣のライブを見て、ラーメンを食べて、『置き配的』を少し読んで、そのうち同居人が帰ってきた。

徐々に白んでゆく冬の空に、木々の黒が後れをとる

山のクイ研

意匠の凝らされ

岩ってひとつひとつかっこいいからすごい

連なり

ほんとうの蕎麦屋でフィニッシュ

 

2/8

 朝起きたら雪が降っていた。ベランダにも積もっていた。朝に投票に行ってそのままロイヤルホストで食べようかというつもりだったが、あまりに寒いものだから、雪がやむまで家でゆっくりすることにして、そのうち眠くなって一時間くらい寝た。で、起きたら雪がやんでいたから外に出て、投票所に着いたらやはり同じタイミングでぞろぞろとひとが集まってきていて、子どももいたりして、賑やかだった。比例は共産党に入れて、小選挙区はどうしようか迷ったが、自民じゃないなかでいちばん勝ちそうなひとにした。(いま日記を書いている時点では、これだけ自民大勝のなかまだ競っているようだ。)そのままスーパーに行って、夜の鍋の具材と、昼の惣菜を買って帰宅し、食べて、午後はOPNのレコードを流したりしながら『置き配的』や『日本共産党』を読んだり、スマホでアメフトのゲームをちょっとやって同居人に「やめな」といわれたりした。鍋を食べながら「相席食堂」の「街ブラ-1グランプリ」を見ている間に開票の時間になって、まあわかってはいたが気持ちが落ちた。ほんとは争点なんてひとつもなくて、ノリと雰囲気だけがあり、「なんかがんばってそう」で「変えてくれそう」な自民党(というより高市)がそのノリや雰囲気を掴んだということなんだろう。正直どんな政策を掲げようが勝っていたんじゃないかと思ってしまう。で、僕はノリと雰囲気で絶望している。……と、ナイーブになったときにだけ「僕」に戻ると、なんだか「僕」という人称がナイーブなものであるかのようになる。

 

2/9

 昨日のテレ東の選挙特番において、ピーちゃんこと太田光が高市早苗にたいして「意地悪」な質問をしたという「炎上」の当該シーンがツイッターに転載されているのを見てみると、ぜんぜん意地悪じゃない、というか太田は「選挙期間中に掲げていた政策が実現できなかった場合、責任の所在はどこになるんでしょうか?」というしごくまっとうなことを少しも意地悪そうでなしに──どちらかというとむしろ遠慮がちに──質問していて、その太田にたいして高市が「これから一生懸命やろうとしてるのに、意地悪やなあ」と、ここぞとばかりに関西弁を使ってかわしているその態度のほうがよほど「炎上」ものだろうと私には感じられたのだが、これだって私が反・高市的なノリと雰囲気のなかに身を置いているからそう感じただけなのかもしれない。もし私が親・高市的なノリと雰囲気の側にいたなら私もやはり太田にたいして「意地悪やなあ」と、いや、私は関西弁話者ではないから「意地悪だなあ」と思っていたかもしれない。しかし選挙で大勝し、その獲得議席数で考えればやりたい政策をいくらでもできてしまう、ほとんど大統領的な立場に立とうとしている政治家に向かって「意地悪」な質問をするのは当然、というか一般に政治家と呼ばれるひとたちにたいしては「意地悪」な目を向けてしかるべきと考えれば、意地悪でなにが悪い、と胸を張るべきところでもある。この「意地悪」が炎上してしまうことじたいが、いまの政治がノリと雰囲気だけの情緒的なものになっている(そして高市がそのノリと雰囲気をうまく掴んでいる)ことの証左だといえる。対立ではなく対話を、とはいうが、こういう態度をとるひととどうやって対話すればいいのか、と思ってしまう。

(ところで、ノリと雰囲気、と昨日から書いているが、これがなんのことなのか自分でもよくわかっていない。分ける必要があるのか? しかしノリと雰囲気ははっきり切り分けられないとしても別個のものであるようには思う。距離感の違いだろうか。たとえば高市自民にたいしてほとんど「推し活」をしているような状態にあるのが「ノリ」で、なんとなくいいかも、なんとなく変えてくれそう、という「なんとなく」の磁場にいるのが「雰囲気」であるとか。きわめて感覚的な話であるけれど。)

 しかしそういうノリや雰囲気こそをポジティブなものと捉えて、それをむしろ利用するかたちで対話してゆく方法もありえるわけで、田村智子のYouTubeにおける「ストリート対話」はそのひとつの実践だといえる。YouTubeにおいて田村智子は「たむとも」である──高市早苗が「サナエ」であるように。親しみやすいニンを活かして、相手の話に耳を傾けながら、自分の伝えたいことも無理なく伝える、あれぞ対話ではないか。あるいは対立でも対話でもなくすべてを包摂してみせるというやり方もあって、今日のNFLスーパーボウルのハーフタイムショーにおけるバッド・バニーがそれを体現していた。MAGAにたいして「アメリカとは「合衆国」のことだけではない」と宣言するかのように、「ゴッド・ブレス・アメリカ」といい放ち南北アメリカのすべての国名を列挙する圧巻のパフォーマンスに私も涙した。ヘイトよりパワフルなものはただひとつ愛のみ。巨大で多様な「アメリカ」をあらためて浮かび上がらせ、そこに生きるすべてのひとたちを並び立たせる、ポップカルチャーの頂点。日本の私までをも元気づけてくれた。

 で、今日はマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのライブに行った。高校生のときに『ラヴレス』を聴いて一度は見てみたいと思っていたマイブラを見る機会がついに訪れ、噂どおり入り口で耳栓が配られていることに興奮したのだった。全身に響き渡る轟音。ノイズのなかにうっすらメロディやボーカルが聞き取れる、聞くというより浴びるに近いライブ。これを六十過ぎのひとたちがやっていると思うとおもしろい。マイブラの曲はメロディラインそのものは非常にシンプルで、音響の面において極限まで誇張したガレージロックだともいえる。それをあらためて感じるライブでもあった。序盤は曲が始まるごとに衝撃波が来るようでビビり散らかしていたが、徐々に慣れたのか、それともたんに耳が麻痺してきたのか、中盤はふつうに気持ちよく楽しんで、しかし最後の「you made me realize」の長いノイズはほんとうに耳がちぎれそうに感じてけっこう本気で怖かった。途中、ケヴィン・シールズが何度か演奏を止めるときがあって、私としては、あれだけの轟音をいっきに鳴らそうとするのだからうまくいかないこともあるのだろう、というくらいにしか考えていなかったが、一緒に行った同居人は準備不足ではないかとも感じたらしい。そもそも同居人はマイブラを通っていないので、私の懐古趣味に付き合わせてしまったといえる。付き合わせたうえに耳を一時的に壊してしまって申し訳なかった。

 帰りにGくんからかかってきたLINEの電話に同居人が応えて、マイブラのライブがひとり二万もしたのに……、というようなことを愚痴っていて私は肩身が狭かったが、そのあとスピーカー通話に切り替えて、衆院選の話をけっこう長めにしたり、Gくんがこの前の水ダウの高野さんの飛び込み企画を熱烈に推すのを聞いたり、私からは「相席食堂」の「街ブラ-1グランプリ」で真空ジェシカのガクが今年は角刈りにしていなかったように見えたがラジオを聞くとじつは角刈りにしたうえでカツラで隠していたらしくそれがバレなかったことを川北が喜んでいてウケた、という話をしたりした。帰ってきてからはバッド・バニーのパフォーマンスをまた見て、また涙ぐんだ。

 

2/10

 夜は弟と焼き肉を食べた。新しく働き始めた彼がごちそうしてくれるというので甘えた。実家から職場に通っているという弟は、家賃なし、車あり、食事あり、かつ給料も実家に入れず貯金に回していいといわれているそうで、現状、かなり満ち足りている。先月両親が京都に旅行に行っている間、弟はひとり実家に残り、車で滝を見に行くなどしていたそう。その話ひとつとっても、彼が健やかに暮らしていることがわかる。職場もいまのところホワイト、かつお世話してくれている先輩がさっさと帰りたい派のひとだそうで、同じくさっさと帰りたい弟もその恩恵にあずかっている。焼き肉のテーブルを囲んで向かい合いつつも、私も弟も互いに目を長く合わせるのがなんとなく気恥ずかしい。肉の様子を気にするそぶりを見せながら近況を報告してくれる大きな姿に、ずっと昔の、度入りの眼鏡をかけてむしろ両目がくりくりと大きくなって見える小さな姿が重なって、なんとなく感傷に浸りながらも、たらふく食べて、弟はやはりさっさと帰りたがるので早々に解散した。私は帰宅してAlex Gのレコードをかけながら本を読んだりスマホのアメフトのゲームをやったり、YouTubeを見たりして、眠くなった頃に同居人が帰ってきた。同居人は友だちと飲んでいた。家でまたバッド・バニーのハーフタイムショーを見た。何度見ても最後で泣いてしまうのだった。

 

2/11

 今日、同居人はもともとお母さんと湯河原の梅を見に行く予定だったそうだが、雨なので中止。では代わりにどう過ごそうかというところで、映画を観に行くでもよかったのだが、セカストのアウトドア専門店が千葉や埼玉にあるという情報をどこからか得てきて、じゃあレンタカーで行こうかという感じで私もそれに賛同し、十一時半頃に出発した。埼玉の越谷と千葉の印西、どちらに向かおうか……、印西のほうの店舗は私が実家にいた頃によく行っていた千葉ニュータウンのあたりにあるようだった。その懐かしさもあって、しぜん印西を選んで、近くにおいしいラーメン屋でもないだろうかと同居人が調べたところSUSURUがYouTubeで紹介している家系ラーメンの店があった。

 朝にGeeseのTiny Desk Concertの動画を見たこともあって、道中ではまずCameron Winterを流しながら、政治や同居人の職場の話をした。同居人の職場のひとは、同居人の話しぶりからするとかなり個性豊か。大豆田とわ子をさらに誇張したようなドラマづいた身振りをするひともいれば、すべての発言にデリカシーがなく、しかもそれらが光の速さで発せられるために聞く側もそのデリカシーのなさを指摘できないというひともいたり。……というような話をしながら、Cameron Winterの次にはくるりの新譜、そしてニュータウンが近づいてきたのでlilbesh ramkoを流しているうちに、王道家直系の「修」というラーメン屋に着いて、列に並びながら、家系ラーメンの歴史を調べた。長距離トラック運転手だった吉村さんが九州の豚骨と東京の醤油をかけ合わせたらおいしいのではないかと考案したのが発祥、という興味深い逸話からの、ゴシップめいた「お家騒動」のおもしろさ。ようやく私たちの順番になっていざ食べてみると、クリーミーさも感じるおいしい家系という感じで、身体も温まってうれしかった。

 それからセカストがある「ビッグホップ」という商業施設に着き、ガチャガチャをやったり、東京で売れなかったのだろういろんなキャラクターグッズのアウトレットのような店を覗いたりしながら奥に進んで、いざセカストへ、と思いきや、休業中だった。調べが足りなかったかもしれない。代わりに他のアウトドアショップに寄って、同居人は山用の新しい靴やアウターを買っていた。私はなにも買わなかったが、遠い昔に来たことがあるようなビッグホップの、さびれていながらもそれなりにひとが歩いている不思議な光景を楽しんでいた。施設の端のほうになると空きスペースも見受けられるのだが、リミナルスペースと呼ぶにはひとが多い。そういう奇妙な雰囲気がなんとなく施設全体に漂っていて、その象徴ともいえるのが、入り口に描かれたかわいいマスコットキャラの後ろに佇む、真っ黒でなんだかわからない怖い生き物なのだった。

 「鉄道忘れ物掘り出し市」なる、時間が経過して払い下げられた遺失物のアウトレットショップが期間限定で開かれていたのも変で、大量の傘、ポーチ、財布、リュック、トートバッグ、腕時計、イヤホン、イヤホンの充電ケース、新品の地球儀、……地球儀なんて忘れるだろうか?

 帰りの車内ではKOHHとサニーデイ・サービスとSieroを流した。帰宅してから、同居人が買った靴を履き慣らすために外出して、サイゼリヤで食べ、そのまま近所を大きく歩いた。

他人を糾弾するドビーをガチャガチャでゲット

 

2/12

 先週のオードリーのラジオを聞いたら、スーパーボウルを観戦しにサンフランシスコへ行ったオードリーの二人が現地のピース綾部とお送りする内容で、久しぶりの綾部のべらべらしゃべりがおもしろかった。渡米八年でまだちゃんと英語を話せるわけではないが、みんな笑ってくれているし、パーティーにも毎度呼ばれるし、それでいいのだ、というミスター綾部。アメリカでなにして稼いでるんだと聞かれるが、べつになにもしておらずただ「視察」している、それでいいのだ、というミスター綾部。日本人はヌメヌメしてるからみんな外に出て友だちとハングアウトしろ、という力強いメッセージも発せられ、元気が出た。

 スーパーボウルはシアトル・シーホークス対ニューイングランド・ペイトリオッツというカード。私の応援するロサンジェルス・ラムズはひとつ前のカンファレンスチャンピオンシップでシーホークスに敗れ去っていたので、どうせならそのまま優勝してくれ、としぜんシーホークスに肩入れする形になる。シーホークスのQBはサム・ダーノルド、このひとについては若林もラジオで話していたが数年前まではバストとされていた選手で、大敗した試合において「フィールド上にゴーストが見える」と弱音を吐いたのが全米に拡散されミームになってしまっていたほどだったのが、今年は新天地シーホークスで躍進、ついにスーパーボウルへ、という背景もあるため応援しがいがあるのだった。

 ……と、私は何日前の話をしているのだ。日本時間で月曜日の昼にシーホークスが勝ってスーパーボウルは終わった。しかしやはり試合そのものよりもハーフタイムショーに胸が熱くなったのだった。今日ラジオを聞いたから今日書いた。今日は一日じゅうどうにも眠かった。同居人は頭が痛いといってさっさと寝てしまった。

 

2/13

 晴れていて、明日が暖かくなるという予感に満ちた一日だった。もちろんすでに天気予報を見てこの土日が暖かいであろうことを知っているからこその予感でもある。中道改革連合は小川淳也が代表になって、小川淳也といえば『なぜ君は総理大臣になれないのか』を見る限りだと真面目で愚直で直情的ともいえる人物で、政策うんぬんよりいかに感情にうったえるかが重要ないまの政治においてはある意味いい人選なのではないかとも思えるがどうだろう……。夜は『ブゴニア』を観て、おもしろそうだと思っていたが、あまり、というよりぜんぜん期待を超えてこなかった。私がブラックユーモア的な描写を好きでないというのもあるのかもしれないが、それにしたってスベッていると感じてしまう。テック企業の若い女性社長と搾取され見捨てられてきた陰謀論者の対立、というのを描くにしては展開のうねりが少なく「演技合戦」に終始してしまっていた印象だし、オチも読めてしまう。ショッキングな展開が物語の躍動に寄与していない。地球平面説とかのジョークもサムい。そもそもヨルゴス・ランティモスが得意とする箱庭的な絵作りが、答えのない現代社会の広がりを描くのに向いていないのではないかとも思う。同じく現代社会をブラックユーモア的に描くのなら、作家じしんがもがいているのが透けて見えるアリ・アスターのほうがずっと好印象、と思うが、それはさっきも書いたとおり私がブラックユーモアをそんなに好きではないというのも大きかろう。……といろいろ書いたがおもしろく見られたのは事実。前の前の席のひとがずっといびきをかいていたという環境の悪さもあった。

 

2/14

 昼間に外に出て少し自転車をこいだら想像以上に気持ちがよかった。日なたはあたたかく、日陰は肌寒い、これくらいの気温がいちばんいい。もう少し高くてもやはり「いちばんいい」といいそうなものだが、今日の気温は今日の気温でいちばんいいのだった。

 午前中は家でゆっくり『日本共産党 「革命」を夢見た100年』の続きを読んだりした。

 日本共産党は五全協(引用註:第五回全国協議会)で新綱領を採択した後、カムフラージュのため「球根栽培法」という表紙を持つ非合法機関誌『内外評論』の一一月八日号に論文「われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない」を載せ、工場や農村の戦闘的分子から構成される中核自衛隊を軍事組織として創設し、軍事基地や軍需工場を破壊したり、売国奴を襲撃したりするとともに、パルチザンへと発展させ、山岳地帯に根拠地を構築していくことを訴えた。また、火炎瓶などの武器製造の教科書も「栄養分析表」という表紙で作成される。

(中北浩爾『日本共産党 「革命」を夢見た100年』(中公新書)(p.181))

 この本を読む限り、日本共産党は戦前にはそもそも非合法組織とされて低迷し、戦後に合法化したのちにも、国際的な共産主義勢力の状況に振り回されるかたちで武力闘争主義と平和革命主義を不安定に行き来したり、党内の派閥争いが絶えなかったりして、五十年代まではなかなか支持を広げられずにいる、その流れを私もいちいち同居人に口頭で共有している。武力闘争を説いた機関誌を「球根栽培法」という仮の名でカモフラージュしていたという上記の話は、そういう歴史の話とは関係なしにふつうにおもしろかったのでやはり共有した。

 夕方に同居人が渋谷で少し仕事があったので私も一緒に家を出て、渋谷駅のひと混みのなか自然に解散したその様子が、我ながら『ミッション:インポッシブル』のラストシーンのように華麗だった。仕事を終えた同居人と合流して、ホワイトシネクイントで『ファーゴ』を観た。同居人は観たことなかったというので正当に観る権利があるが、私は過去に観たことがあるのでたんなる懐古趣味のおじさんになってしまった。が、久しぶりに観るとかなりおもしろい。昔よりいまのほうが間違いなくおもしろく感じている。まずもってサスペンスであるのに盛り上がりすぎず、なんならフランシス・マクドーマンドは終始日常のトーンに徹していて、きわめて変な映画。ある人物からすれば無計画で場当たり的でアホすぎる事件であり、ある人物からすれば衝動にかられた結果のすべて無意味な事件であり、ある人物からすれば動機もよくわからない陰惨な事件である、その誰もが最後までわかりあわずに終わるのがすごい。そのわかりあわなさにおいて不条理なコメディともとれるし、雑に、やっぱりコーエン兄弟はアメリカを捉えるのがうまいなあ、とつぶやいてみることもできる。「実際にあった事件に基づく」と宣言しておきながらフィクションであるとか、ある種ブラックユーモア的であるともいえて、その点で昨日の『ブゴニア』も思い出す。『ブゴニア』がスベっているように感じられてしまったのは同時代的であるがゆえかもしれないとも思った。たとえば二〇五〇年に『ブゴニア』を昔の映画として観たらふつうにおもしろく感じられるのだろうか、とか? 終わってからは同居人と感想を話しながら代々木公園のほうまで歩いて、そのまま原宿に抜け、タイ料理屋で食べた。二人でフォー、カオパット・ガイ(鶏チャーハン)、トマトと卵の炒めもの、揚げ春巻き、エビマヨネーズを頼んだら、ひとつひとつがボリューミーだったので明らかに多く、最後には私が大食いチャンピオンになってしまった。腹ごなしに家まで歩いた。それもやはり気持ちのいい散歩となった。

 

2/15

 特に用事があるわけでもなく地元の駅に降り立って、駅舎のほうを振り返るとそこにはなにもなく、霧がかった湿地帯のような、浅い沼のような寒々としたなかに、ショベルカーが二、三台置かれてある光景が広がっていて、霧の向こうに遠くのマンション群が見えた。見知った駅舎がないせいか駅前の道のありようも変わっていて、Googleマップを見ながら曲がりくねった路地を進むと、麻婆豆腐丼と麻婆豆腐麺のセットが売りの中華料理屋にたどり着き、食券を買おうとしたが、券売機のお札を入れる部分が店のお手製なのか、段ボールでできていて、いっぽう私の持っていた五千円札がしわくちゃだったためになかなか挿入することができず、焦って何度も試しているうちに五千円札はボロボロになってしまい、後ろに並んでいたリンダカラーのDenみたいなお兄さんに「早くしてくれませんかねえ」と耳元であおられ、すいません急ぎますと返しながらもう一度財布のなかを見たらピンピンの千円札があったので、最初からこっちを使えばよかったと思いながら券売機に挿しこんだところで目が覚める。四時と六時に目が覚めた記憶があって、これがそのどちらのタイミングで見ていた夢なのかはわからない。明らかに昨日の夜食べすぎたせいで眠りが浅く、かつ昨日の出来事が夢の内容に直結しているようでもある。湿地帯にショベルカーが置かれている光景は、昨日の代々木公園で、噴水をリニューアルするための工事現場を見たところから来ているだろう。Googleマップを見ながら曲がりくねった道を進むのは、昨日のタイ料理屋への道中と一緒。麻婆豆腐が売りの料理屋は、そのタイ料理屋で麻婆豆腐を頼もうと決めていたのにすっかり忘れて春巻きとエビマヨを注文した後悔があったゆえに夢にまで出てきたのだろう……

 夢のことを日記に書いてからまた寝ると今度は八時半に起きて、また寝て、次は九時半に起きた。『名探偵プリキュア!』は今回もかわいらしく、新しい敵キャラも人気が出そうだと思った。「タイマン森本」の粗品の回を見て、ゲラゲラ笑った。粗品はいじられてこそだと思った。森本もやはりうまい。

 昼前に家を出て、隣駅まで歩いて、とんかつでも食べようかという話をしていたが、道の途中になんと五右衛門があって、おそらく以前からあったのだと思うが、というか考えてみればたしかに前からあったような気もするが、今日初めて発見したかのようにびっくりしてそのまま吸い込まれて、タコのペペロンチーノとたらこクリーム的なパスタのハーフアンドハーフを注文した。タコぺぺオンリーでもよかったかもしれない。その点、タコぺぺオンリーで注文していた同居人の賢さが光る五右衛門となった。店を出て歩きながら、途中でアイスコーヒーをテイクアウトしちゃったりして。とにかくあたたかい。午後は同居人が友だちと高円寺まで行くというので、電車に乗るべく改札を通って、私も同居人もそれぞれトイレに行く形で、昨日に引き続き華麗に解散した。

 私は高円寺には行かず、代わりになにをするのかといえば散歩。この前の渋谷〜東北沢〜笹塚〜方南町〜高円寺という名作回が忘れがたいが、高円寺を目的地にすると同居人にキモがられるため目的地は変えようと思いつつ、それでもやはり京王線、井の頭線、中央線あたりの馴染みのない土地に行きたい。Googleマップを開いて、前々から気になっていたクネクネと大きな公園、和田堀公園を目指すことにした。井の頭線に乗って永福町で降り、公園を目指すと、なんとその入り口には大宮八幡宮という大きな神社もある。私は神社も好きなのでこれはうれしかった。気まぐれにおみくじを引くと中吉。中吉くらいだと、そうですか、と流すしかない。そのまま歩いていくと和田堀公園に突入した。

 私がGoogleマップを見てすべて「和田堀公園」として認識していたタツノオトシゴ状の大きな公園は、善福寺川という川沿いに走る緑道と、その道すがらにときおり現れるいくつかの広場からなる一帯であって、じっさいには和田堀公園はその広場のひとつであり、全体を通称するならばむしろ「善福寺川緑地」という呼び方のほうがふさわしそうだった。とはいえ和田堀公園には和田堀池という池があるという点でいかにも公園然としており、緑地を代表しているといっても過言ではない。その池がいまの時期は生態系保全のために一度水を抜かれていて(池の底に堆積したヘドロを取り除く目的だという)、しっとり露わになった土が鈍色の艶を放ち、それはそれで私の足を止めさせる魅力があるのだった。

 川沿いの緑地ではところどころ親子連れがボール遊びをしている。またサイクリングロードとしても活用されているようで、小さい子が小さい自転車を器用に走らせている。三時を過ぎて西に傾いた日がやわらかく眩しい。杉並区はまだ私にたいしてこんな素晴らしい公園を隠していやがったか、と思う。片耳だけイヤホンをして「ラジオ父ちゃん」や「うなげろりん!」を流していたが、中谷作のラジオドラマがあまりに変すぎて散歩の気持ちよさを邪魔するので聞くのを中断し、公園の音に集中した。

 途中、車道と公園が交差するところに信号があって、なんとなく見たことがある風景だと思う。『花束みたいな恋をした』において有村架純が「こういうスキンシップは頻繁にしたいほうです」みたいなことをいっていた場所に似ている。調べてみると、私のいた場所がドンズバではなかったものの、おそらくそのまま善福寺川沿いを何キロも歩くとそのロケ地に辿り着けそうだった。しかしそこまでするほどでもないので行くのはやめた。行くのはやめつつ、緑道の素晴らしさから抜け出せず、けっきょくタツノオトシゴ状の緑地の終盤までなぞるように歩ききった。Aphex Twinを流しながらそのまま北上して、荻窪駅に着いて、線路をまたいで、前々から気になっていた本屋Titleまで歩いた。ユリイカの分厚い大江健三郎特集号が置かれているのを見つけたところで、同居人から電話があったので一度外に出て、近くにいるなら高円寺に来なさい、とのことだったので向かいかけたが、やはりせっかくだからと思ってTitleに戻ってユリイカを買った。それからまた荻窪駅まで戻って、ラーメンを食べて、すぐに後悔しながら高円寺へ。同居人は友だちのHさんととその妹のSちゃんと飲んでいて、おおむね恋バナ、二軒目(同居人たちにとっては四軒目か五軒目)ではSちゃんの友だちのMさんも合流してさらに恋バナ、私もわからないなりに堂々とアドバイスし、楽しく過ごして解散となった。堂々とためて、ゆっくり話せばそれっぽい、というのはなにごとにおいても通じる。

 帰宅中にふと横を見ると同居人が目をつむって気持ちよさそうな顔をしていて、聞けば、風を感じているというのだった。

かなり予想外の景色

知らない下ネタみたいな言葉

知らないひとのタイムカプセルみたいな景色

桜だか梅だかも咲いたりしちゃって

 

2/16

 昨日の日記は我ながらよかった。見た夢の話に始まり、天気の話にも軽くふれながら、散歩の話を中心にもってくる構成。単純に長く散歩したからというのもある。基本的に時系列に沿って書かれたオーソドックスな日記でありながら、「タコぺぺオンリーで注文していた同居人の賢さが光る五右衛門となった。」など、細部に気の利いた表現が散りばめられているのも、にくい。いっぽう今日はそんなに書くことがない。昨日の夜も眠りが浅く、二時半くらいに目が覚めてトイレに行った。だから今日はなんとなく眠かった。

 一昨日くらいからバッド・バニーの二〇二三年のアルバム『Un Verano Sin Ti』を聴いている。これが大ヒットしていたとき私はバッド・バニーを聴こうとしていなかったが、いまとなっては後悔。八十分と長いがいいアルバムだと思った。Un Verano Sin Tiは「きみのいない夏」という意味だそうで、昨年のDeBÍ TiRAR MáS FOToS=「もっと写真を撮っておけばよかった」といい、バッド・バニーの曲には喪失や不在の感覚がある。祝祭だけでない。少しかすれたようで、ぶっきらぼうにも感じられる歌声が、その切なさを支えている。

 

2/17

 フレデリック・ワイズマンの映画は新作が出るたびに気になっていたし、その題材(というか場所)も興味をそそられるものばかりだったが、だいたいの尺が三時間とか四時間とかで、うおー、それはちょっと長いかも……、そんなに集中力が続くとは思えず、なおかつその長さの映画を観るとなると休みの日がほとんど一日つぶれるような感覚でいなければならないためずっとスルーしてきていた、そんな私が昨年ついにアテネ・フランセ文化センターで『病院』(一九七〇)と『福祉』(一九七五)、早稲田松竹で『ボクシング・ジム』(二〇一〇)を観て、あまりにおもしろかったものだから感動して、次の新作はぜったい観ようと決意したのだった、そんな折にとうのワイズマンが亡くなってしまった。といっても九十六歳だったというからすごい。「新作」が撮られ続けていたことがすごい。

 ワイズマンは近作が特に長時間なのかと思いきや昔から長尺映画を作っていて、私は観たことがないがたとえば昔の『臨死』(一九八九・358分)と近年の『ボストン市庁舎』(二〇二〇・274分)とでは同じ長尺といっても時間感覚も編集のノリも異なるのではないかと思うのだが、なにせ観ていないものだからわからない。『ボストン市庁舎』のほうはU-NEXTで観られるようなのだが、じゃあ観てみるか、とはならない。こんな長い映画を家で観ることなどできない。家でできることなんて少ない。今日は一緒にタイプロ2を流していたらtofubeatsが出てきてウケた。tofubeatsは褒め上手な進行役に徹していて、関西弁の気のいい兄ちゃんなのだった。

 

2/18

 仕事でAI生成を使うたびに便利さを感じつつ、こんなくだらないことに電力を、という思いがよぎる。だけど、電力が使われて森林が減る……、というところまで想像できているかといえば否で、そのようによくいわれているから書くだけ、というていどの問題意識しか私は持ち合わせていないし、AIによる生成は先人が積み上げてきたものへのフリーライドであるという立場に立って常にムカつけているわけでもなく、どちらかといえばまあもうしょうがないよね、と現状を追認するようなモードでいる。し、じっさいAI生成を日常的に使ってしまっているわけで……

 とはいえツイッターで拡散されているような、AIで作ったトム・クルーズとブラピの戦闘シーンみたいなものにたいしては、彼らが──とりわけみずからの身体を酷使してアクションを演じ続けてきたトム・クルーズが──積み上げてきたものを毀損しているように思えてつらくなる。そもそも生成されている動画がいいとは思えない。クオリティが高い、とは思う。しかしよくはない。殴り合いとして凡庸で、アイデアに欠ける。その点においてもトム・クルーズの創造性を、そして生の身体性を毀損している。創造性のほうはこの先もしかするとAIに追いつかれてしまうかもしれないが(といってもAIは「創造」しないだろうが)、生の身体性にかんしてはいつまでもトム・クルーズがAIの先を走り続ける。目の前の映像に映っているのがじっさいに演じられた身体である、という驚きこそが映画を観る楽しさのひとつなのだと、AIの作った動画を見て、あらためて、逆説的に気づかされる。

 今日はそこそこ遅くまで仕事した。同居人は『クライム101』を観て帰ってきた。変な映画だったし長かった、といいながら同居人が説明してくれるあらすじを聞く限りけっこうおもしろそうで、もしかすると同居人の説明が映画以上によかったのかもしれないが、私も観たいと思った。ところで、バッド・バニーの来日ライブが、Spotifyでバッド・バニーをよく聴いていたひとのみの招待制、であるらしく、なんやそれ!と叫んでしまった。

 

2/19

 今日はいろんなアーティストの来日ライブがあったっぽい。ピンクパンサレスにもギースにも惹かれたが、私と同居人はアレックス・Gのライブに行った。なにせアレックス・Gのことが大好きだから。私はアレックス・Gを当代最高のソングライターのひとりだと思っている。のひとり、なんて付けないで、当代最高のソングライター、と断言してしまってもいいくらい。二年前くらいの来日のときはO-Eastだったが今日は六本木のEXシアター、どうもこちらのほうがでかいらしい。私はライブハウスの大きさがよくわかっていない。リキッドルーム<O-East<EXシアターという感じ? その次はどこでしょうか? ……そんな話はどうだってよくて、とにかく最高のライブだった。繊細さとダイナミズム、タイトさとよれよれ感、ロックの正統と奇妙さ、私が「USインディロック」だと思っているすべてがアレックス・Gには宿っている。バンドメンバー間の仲のよさ、雰囲気のよさがそのまま反映されたような演奏が曲のよさをも引き出していて、私は昨年の『Headlights』というアルバムのことがようやくわかったような気にもなった。

 グッズで馬が描かれたTシャツが売られていて、午年だからなのか、とか、まあたしかにアレックス・Gは馬が好きそうだなあ、なんてことを考えていたのだが、ライブにおいて演奏された「Afterlife」のサビの最後でアレックス・Gが

「ヒィーヒィーヒィーン」

 と馬のいななきのように歌うのを生で聴いた同居人が、「だから馬のTシャツなんじゃない?」という名推理を披露していて、なにが「だから」なのかはよくわからないのだが、非常に納得させられた私だった。(しかし「Afterlife」はサビに突入する前の歌詞が「When my horse was kicking」であるらしくて、「ヒィーヒィーヒィーン」というのはほんとうに馬のいななきなのかもしれなかった。)

 

2/20

 仕事のあとに『センチメンタル・バリュー』を観た。かなりすごい映画だった。きわめて個人的でエモーショナルな話が結果として普遍性を獲得する、のではなく、普遍的になるべく完璧に作られている。俳優たちの最も素晴らしい演技がひとつも見逃されないように撮られている。口のなかがからからになった。小まめな暗転が重層的な語りをもたらし、一回一回の明転のあとに、そういうことか、と観客が把握できるまでの時間さえもがデザインされている。だから映画としてふつうにめちゃくちゃおもしろい。激ネムのため寝る。

 

2/21

 バナナ倶楽部のnoteにSが投稿した一週間の日記が、ノートに手書きしたものを撮った写真になっていて、新鮮に驚く。スマホやパソコンで書くのと違って日ごとに文字の雰囲気にブレがある。それに加えて内容も違ってきている。手書きだからこそ公開を前提としないプライベートなことまでも書けていて、プライベートすぎる箇所は写真加工で黒塗りにされている。自然に手が動いて──あるいはあえて使い古された比喩表現を使えば「筆が走って」──饒舌になっている。Sの日記には気持ちが書かれているのがいいと前から思っていたが、そういう気持ちの部分がさらに強まっている。しょうもないイラつきが描かれていて、これぞ日記だ、と思う。

 翻って私じしんの日記は、スマホで書いているうえに公開することを前提としていて、気持ちが書けていない。私が生活のなかで感じたしょうもないイラつきや恥ずかしさについては書かれておらず、代わりに映画や本の感想ばかりがある。日記っぽくない、と思う。しかし日記っぽさなんてものは考える必要がない。仮にそんなものがあったとしても、私の日記なんてまだまだ日記っぽいほうで、このていどでは日記か日記じゃないか論争も巻き起こりようがない。

 それとも映画や本の感想を通して私の気持ちが浮かび上がってきているのかもしれない。しかしそれは書き手である私にはどうしてもわかりにくい。けっきょくは特になにも考えずに書くしかない。

 ということで見たものの話をすると、一昨日の夜に「相席食堂」の「街ブラ-1グランプリ」の続きを見て、カナメストーンの零士の泣きっぷりと山口さんの零士へのジジイすぎる眼差しにも笑わせられたが、ママタルトの大鶴肥満の実家訪問はどうしてもインパクトが強くて私の目も潤んだ。昨日『センチメンタル・バリュー』を観ながらやはり肥満家のことも思い出していた。父親のほうに目をやれないまま言葉を絞り出す大鶴肥満と、その腕をさすり続ける檜原の姿が、どうしたってノーラとアグネスに重なる。「四年前のあれはジョークのつもりだった」という父親の弁明を受けていちおう和解しみんなで餃子を包むという形で終わったロケにたいし、肥満はあれでよかったのかな、ということを話した私と同居人だったが、そんなことは肥満家にしかわからない。ノーラとアグネスとグスタヴの関係がうまく収まったのかどうかというのもけっきょくは当人たちにしかわからない、そのわからないはずの話をまるで私にもわかるかのように描いていた『センチメンタル・バリュー』という映画はやっぱりすごい。

 もちろん親子間の不和というテーマはこれまでいろんな映画で繰り返し描かれてきたテーマだろうけれど、それを家の話とし、単線的な語りを避ける脚本と、言外に多くを語る美しい演技に感動させられる。子どもの頃にノーラが書いた「家」についての作文によって、家族の歴史や境遇を自然に把握できる導入からしてうまい。

 また、うまいということでいえば、なんといってもアグネスの息子であるエリックの誕生日会にグスタヴとノーラが参加するくだりの作劇。前回口論によって別れた二人がぎこちなく再会し、テーブルを囲むなかで、互いにジョークのセンスが合う──そしておそらく世界でもっとも気が合う者どうしである──ことがあらためて確認され、一緒に煙草を吸うために中座するに至って、前の喧嘩がすっかり忘れられたような親密な空気が流れるが、その夜、軽口のつもりのグスタヴの発言からいっきに空気は最悪になってしまう。……というところまでの一連の流れが、台詞はもちろんだが、むしろ目配せや目逸らしによって語られる、それらがすべてカメラに映されていて胸が詰まるのだった。

 そういう作劇や演技や編集の妙というようなものとは対極にあるのが、今日ようやく見た「水曜日のダウンタウン」の高野さんの飛び込みリベンジ企画であって、生放送を見逃したがゆえにそのまま見ずにいたのを、Gくんが熱烈におすすめしてきたので見てみたのだったが、これはやっぱり生放送(と擬似生放送)であるがゆえのおもしろさが多分に作用していたはずだなあ、と感じる結果となった。やはり生には遠く及ばない。生なら抜群におもしろかったんだろうなあ、という想像はできる。それでも高野さんのことは好きだからいま見ても楽しいは楽しい。「あー、やばいやばいやばい、やばいことになってるよー!」という、悲痛なのかどうかもよくわからない叫びが頭に残る。たまっていた「水ダウ」の他の回を見て、やはり空気階段のタクシーのコントは名作だと思ったりしながら午前中を過ごし、昼に外に出て、同居人は友だちに会いに吉祥寺へ、私は暇なのでまた渋谷〜阿佐ヶ谷のバスに乗って、阿佐ヶ谷から馬橋公園というところを通りつつ高円寺まで歩き、中央線で神田へ向かった。あとから同居人も合流してKANDA SQUARE HALLにてマック・デマルコのライブを見た。マック・デマルコはサービス精神旺盛なボーカリストとして存在し続け、バンドメンバーはみんなうまい。とにかく気持ちがいいライブだった。終演後に外に出てもほどよい気温で快適。神保町のサイゼリヤで軽く食べてから帰宅して、ピーコックで明日の登山のための行動食の買い出しをし、同居人が登山計画を立て、私は日記を書いて、寝た。

 

2/22

 激ネムなのでパパッと書く。朝四時半に起きて、中央線で高尾、そこから中央本線で笹子という駅まで行って、滝子山という山を登った。笹子に着いたのが七時、しかし駅前の「笹子餅」というあんこ餅の店が開いていて、五個入りの包みを買ったところ、「お気をつけて」とたいへん快く送り出していただいた。

 雲ひとつない最高の気候。難所の続く尾根のルートか、初心者にもやさしい沢のルートかが選べる分岐において、私たちは沢のルートへと進んだ。小川のせせらぎがたえず傍らに聞こえ続ける、清涼な山道。同居人が持っていたブリタの水筒の中身が早々になくなりつつあったので、小川でくんでみた。ブリタのフィルターもあることだし大丈夫でしょ、と私もためしに飲んでみたがまったくもって大丈夫、むしろおいしいとはっきり断言したい爽やかな水。もちろん澄んだ小川の印象も相まってのものではある。その小川とおおむね並行して歩きながら、ときに離れて山中へ入るタイミングで、私も同居人もイヤホンでそれぞれラジオを聞くということも試してみた。どうせ登りは息が切れ会話もままならないので、どうせなら誰かがしゃべっているのを聞こうという作戦であった。私はイヤホンを片耳だけにつけ、同居人は骨伝導イヤホンをつけ、私はスマホにダウンロードされていた「真空ジェシカのラジオ父ちゃん」と「マユリカのうなげろりん!」を流した。同居人は「空気階段の踊り場」と「令和ロマンのご様子」を聞いていたようだった。しばらくそれぞれの笑い声だけが響いた。

つらら

銘菓・笹子餅

 小川とまた合流する地点に至って、休憩がてら笹子餅をひとつ食べてみるとべらぼうにうまい。餅の柔らかさ、あんこのやさしさ、小川のせせらぎとの相性、どこをとっても一級品のあんこ餅だといえた。そこからしばらく歩くと、にわかに、雪原、とでも形容できそうな開けた場所に出る。そこを懸命に登っていく必要があった。今回の山行において私がもっともきつさを感じた箇所になった。しかしそこを抜ければもうほとんど山頂で、最後の分岐からの短い急登を先に行った同居人が、「ここ偽ピークじゃないよ!」と下にいる私に声をかけてきた。なんでも滝子山は登りきったと思った場所がまだ山頂ではないという「偽ピーク」を仕掛けてくるというのが登山者のレポートに頻出する話題であるらしく、私たちも警戒していたのだが、身構えすぎていたようだ。私も喜んで登ると、山頂からはあまりに雄大な富士山が見えるのだった。見える、むしろ見えすぎている。滝子山は富士山と二十キロ程度しか離れていないという。それゆえに私たちの想像より高い位置にものすごく大きく見えて、かえって見失うかのような、奇妙な感覚におちいる。

 頂上でカップヌードルと笹子餅の残りを食べながら、目の前の富士山を見て、何度も「おお」とか「ええ」とかいった。いつの間にか十二時半を過ぎていたが、あとは下るだけ。同居人にとっては膝の痛みが出るか出ないかという恐怖とたたかう後半戦である。私にとっては息が切れないのでボーナスステージ、のつもりであったが、登りが長かったぶん下りも長い。ふだん履かない登山靴のなかで足の裏が徐々に痛み、それでなくとも疲れが押し寄せる。同居人の疲れはもっとひどい。しかし同居人が登りたいといった山なので我慢してもらうしかない。西に傾いた日に照らされる木々の美しさを味わう心の余裕もない。後続の何人ものひとたちに抜かされながら、ほうぼうのていで人家のある通りまで下りて、そこから初狩駅までがまた長い。ぎりぎりになるまで駅舎が見えなかったのもしんどかった、が、見えてしまえばこっちのもので、意気揚々と時刻表を見ればなんと五分後に高尾行きが来る。となると、この遅々とした下山もなにか計画どおりであったかのような気までしてきて、いやあ、最高だったね、といいながらボックス席に乗り込んだのが夕方の四時二十分頃だったか。そのまま高尾まで爆睡して、頭が痛くなった。

 高尾から新宿までは中公新書の『日本共産党』の続きを読みながらうとうとして、一度帰ってから銭湯にでも行きたいね、という話をしていたのもとうぜん立ち消え、帰宅して家で湯船に浸かって、UberEatsでいきなりステーキを注文して、ばくばく食べて、激ネムになった。

急な雪原が僕の息を切らす

youtu.be

 

2/23

 駅前のドトールの店内中央にある長いテーブルは片側に五人、合わせて十人が掛けられるようになっていて、その形状だけをとってみればヨーロッパの映画やドラマに出てくる裕福な家庭の食卓のようだともいえるが、違う点としてまず、いわゆる「誕生日席」──テーブルの短辺に位置する上座としての座席──がないこと、そしてなにより、テーブルを長く二分するようにガラス板による仕切りが設けられていること。ガラス板の表面は無数の白くて小さな丸に彩られていて、もちろんこれは向かい合って着席したひとどうしが気まずくならないようにデザインされた仕切りであるわけだが、ではこの仕切りがコロナ禍の前からあったかなかったかと考えてみると定かではない。なかったような気もして、だとすればこのガラス板はコロナ禍によってこれまで意識されてこなかった気まずさが具現化されたものだ、と大仰にいうこともできる。いや、コロナ禍以前からあったような気もする。(話は変わるがこの種のガラス板の仕切りはドトールに限らずチェーン店には設置されていがちで、この前早稲田で入ったルノアールにもやはりあった、しかしそのルノアールのガラス板はいわゆる型ガラスというのか、向かいのひとがでこぼこした柄の集合体になって見え、ひとが動くたびにその集合体がざわざわとうごめく、黒沢清の『Cloud クラウド』を思わせる不気味さが漂っていておもしろかった。)

 ガラス板が白くて小さな丸に彩られていても、向かいの席の様子はあるていど見えてしまう。今日私の斜め向かいに座っていたひとはスマホを買い替えてきたばかりなのか、二台のスマホやパッケージをテーブルの上に並べ、片方のスマホの表面に保護フィルムをまさに貼らんとしていて、私はつい視界の端でちらちらと見てしまった。ひとがスマホに保護フィルムを貼る瞬間なんてそうそう見られないから。保護フィルムの貼り付けにおけるもっとも重要なポイントといえば、やはり「気泡」であろう。しぜん、私の関心も、向かいのひとが気泡を入れることなくフィルムを貼り終えられるかどうかというところに集中する。しかしちらちらと見ていたはずなのに、向かいのひとが気泡を気にかけるそぶりを示していたかどうか、私にはわからなかった。ここにおいて、やはりガラス板が仕切りとしての働きを見せたということになろう。

 ……ということをドトールで大前粟生の『プレイ・ダイアリー』を読みながら書いていた。正しくいうと、読みながら書くことはできないので、途中から本を置いてスマホで書いていた。どうしてこんなことを書いたかというと第一には向かいのひとがスマホに保護フィルムを貼っているのを見たからだが、それだけでなく、『プレイ・ダイアリー』にも影響を受けている。表題作の「プレイ・ダイアリー」は日記体の小説で、日記の書き手はどうやら俳優として自分とは別の人物を演劇で演じるための準備をしている。書き手が演じようとしている人物のことが、ほとんど書き手と同一化したような書きぶりで語られる、という特殊な入れ子構造がとられているのだが、それは置いておいて、今日の私に響いたのは、日記のはずなのに日々の出来事とは別の文章がふいに現れるということだった。たとえば「大学生のとき、二〇一〇年代の終わりに役者をはじめた。」(p.41)という一文で始まる段落は、その日の出来事ではもちろんないし、書き手が書き手じしんのためだけに書くにしては骨組みがしっかりしすぎている、つまり読み手の存在が前提とされているように見える。ようするに日記っぽくない文章であり、こういう文章が出てくると日記体の小説としてのリアリティが崩れるようにいっけん思われる。しかし日記を毎日書いている私からしてみれば、こういう日記っぽくない文章が日記内ににわかに立ち上がってくるということは、ある。なぜそういうことが起きるかというと、やっぱり読み手の存在を前提としているからだろう。でもその「読み手」には日記を書いている自分も含まれる。未来の自分が読み返したときのことを想定してもいるし、なんならその瞬間、現在進行形で書いている自分が、同時に読み手として存在しているという側面もある。自分のなかにぼんやり浮かんでいた考えや思いをここらへんで一度文章にしておこうという、書き手=読み手として日記に対峙する自分がそういう文章を書かせる。だからこそさっきの「大学生のとき、二〇一〇年代の終わりに役者をはじめた。」という文章も、むしろ日記体としてのリアリティを強固に感じさせるくだりとして飲み込める感覚があった。そういうおもしろさがある「プレイ・ダイアリー」という小説を読んでいて、じゃあ私もいきなりドトールのテーブルの話を書いてみるか、と思ったのだった。

 今日私がドトールにいたのは夕方、同居人が美容院に行っている間のことだった。今日はとにかく暖かく、風も強く、春が来たとしか思えない一日で、夕方にもアウターなしで外に出ることができていた。昼間にはスウェットでも暑いくらいだった。昨日の登山の筋肉痛が足全体に出てきているなか、昼にイメージフォーラムまでチャールズ・バーネットという監督の『マイ・ブラザーズ・ウェディング』という映画を観に行って、その帰りに改良湯に入った。

 『マイ・ブラザーズ・ウェディング』を観た帰り道では同居人が「ショーン・ベイカーっぽさも感じたね、ぜったい影響受けてるよね」といっていて、じっさい今回のチャールズ・バーネット特集上映の公式サイトにはショーン・ベイカーのコメントも載っていた。かなりいい映画だと思った。実家脛かじりの青年ピアースが結婚式に葬式に奔走するコメディ、ともいえるが、結婚式や葬式は終盤だけで、その他の多くは日常生活における奔走。発砲されないいくつもの銃や、叶えられない階級闘争。オフビートっぽいようできわめてソリッド。社会派、ともいえるが、ふつうに暮らすひとびとの姿を撮ったら自然と社会派になっていた、といったほうが正しい。

 もともと一二〇分あったのをディレクターズカット版で八〇分まで削ったという、その削ったのであろう箇所がなんとなくわかる編集だが、そうなると逆に、ピアースとお父さんがなぜか何度も取っ組み合いの喧嘩っぽいことをしているシーンなんかが残っているのがとてもおもしろく感じられてくる。

 

2/24

 先週ライブに行った流れでこの何日かはマック・デマルコをよく聴いていて、「Treat Her Better」のサビのギターがシャムキャッツの「She's Gone」を思わせるものだから今日は久しぶりに『Virgin Graffiti』をアルバムごと再生して泣きそうになった。なんという成熟。「カリフラワー」なんてわりと正統にギターポップのようなのに、どこまでもさらさらしている。

 それにしてもマック・デマルコを聴いているとネバヤンも聴きたくなるし、先週のライブにおけるやわらかく厚みのある演奏を思い出すにつけメン・アイ・トラストも聴きたくなるし、そういえばマック・デマルコが出てきた映画があったなあ、と二〇一六年の『サマーフィーリング』のことも思い出されるし、いろんな連想の出発点となるひとだと思った。し、こういうなんでもない連想こそを日記に残しておこうと思った。

 今日は同居人が会社の同期との飲み会に行っていたので、私は仕事のあとルノアールで大前粟生の『プレイ・ダイアリー』の続きを読んで、読み終わった。昨日の日記に書いたことと似ているが、日記の書き手としての「私」と読み手としての「私」が交差しながら、日記を書く、という身体を演じているような日記体の小説で、しかも書き手の「私」は俳優として別の誰かを演じている生活を送っている、そういう入れ子構造において、演じるとはなにか、日記とはなにか、小説とはなにか、ということを重層的に問うような小説にもなっていてすごくおもしろい。併録の「小さくて大切な場所を守るための日記」も含め、おそらくいずれの日記の内容も作者──いわば日記の書き手の書き手──である大前さんがじっさいに見、読み、ふれたものによって構成されている。大前さんが、自分ではない誰かとして、自分でも見、読み、ふれたものにかんする日記を書いている。ここにもまた入れ子構造がある。日記を書くというのは「私」として生きる日々を記録するということ。「私」として生きる日々を日付によって守るということ。であるからこそ、ふいに日記っぽくない文章が現れることがあるのだ、という昨日の話に戻る。日付によって守られた安全地帯だからこそ書けることがある。……といろいろ書いたけれど、いまいち整理できていないように思う。だいたい私が「重層的」などという言葉を使うのはうまく書けないことをごまかしているときなのだ。何日か前に『センチメンタル・バリュー』について日記に書いたときにもやはり「重層的」という語を使っていて、それも同じくごまかしだと思う。

 

2/25

 日記の話を続けると、もう何回か書いているような気もするしじつは書いていないような気もするのだが、日記を毎日書くためには日記を毎日書ける身体になる必要がある。あるいはそういう身体になっていることに後から気づく。身体、なんて書くと大げさなようだが、じっさい、トイレに入ったあと手を洗わないと気持ちが悪いのに似て、夜寝る前に日記を書かずには済ませられない、そういう生理的感覚が私じしんの生活のなかにもたらされているのを感じる。たくさん散歩して疲れた日の終わりに、もうさっさと寝てしまいたいのに、その日の散歩道の素晴らしさについて長々と書かずにはいられず、歯を食いしばり、ぐずりながらなんとか書く、なんてこともあったり……

 昨日の『プレイ・ダイアリー』に引き寄せれば、日記を毎日書く身体、は、日記を書く《私》を毎日演じる身体、ともいえる。日記は有限だから、すべての出来事やすべての考えを書けるものではない。ということは日記を書くとき、これを書く、これは書かない、という取捨選択を意識的にも無意識的にも繰り返す必要がある。ある一日の日記は、その日の《私》が取捨選択をしてそのように書いた結果としての日記である。だから私が毎日書いている日記は、毎日続いているという点においてまぎれもなく連続性・同一性をもっていつつ、そこから一日一日の日記を抜き出して眺めてみるごとに異なる《私》が現れる。もちろん一日一日の内容が異なるのは当たり前なのだけれど、それだけでなく、それを、その日、そのように書いた、書き手の《私》そのものが日ごとに異なるような。そしてそれは、その日、そのように書く《私》を私が選んだということ、すなわちそのような《私》を演じて日記を書くことを私が選んだということである。一日ごとに違う《私》を選んでいるから、『プレイ・ダイアリー』の「大学生のとき、二〇一〇年代の終わりに役者をはじめた。」(p.41)のように、その一日を大きくはみ出して《私》の歴史をおさえなおすような文章がある日ふいに現れることだってある。

 だいたいいまこのように日記を書いている私──とここでいう「私」は一般的な意味ではなくいま日記を書いている私のことだ──だって、ふだんの生活における一人称は「僕」なのであって、いまはあえて「私」として日記を書く《私》を演じているといえる。いまこの瞬間から「僕」として書くこともできる;今日は雨だったが、どこかあたたかみのある、週末から続く濃厚な春の気配を残したままの雨のように思えた。同居人も「いい雨だね」といっていた。ここまでちゃんと雨が降ったのは久しぶりかも。雨が降った、そのことじたいが季節の変わり目を知らせる。会社で仕事をしている間にも、雨が窓に当たって弾ける音が聞こえて、やはりいい雨だと思った。夜は「相席食堂」を見て、たくろうのロケもよかったが、それ以上に後半、囲碁将棋・根建が世界の格闘技をマスターしていくという企画に笑わせられっぱなしだった。ひとが痛がって最後には泣いているのを見て笑っている。……と、今日のことを書いてみたこの文章を、私ははたして「私」と「僕」どちらとして書いたのだろうか。

 

2/26

「ある一日の日記は、その日の《私》が取捨選択をしてそのように書いた結果としての日記である。だから私が毎日書いている日記は、毎日続いているという点においてまぎれもなく連続性・同一性をもっていつつ、そこから一日一日の日記を抜き出して眺めてみるごとに異なる《私》が現れる。もちろん一日一日の内容が異なるのは当たり前なのだけれど、それだけでなく、それを、その日、そのように書いた、書き手の《私》そのものが日ごとに異なるような。そしてそれは、その日、そのように書く《私》を私が選んだということ、すなわちそのような《私》を演じて日記を書くことを私が選んだということである。」

 と昨日は書いたが、しかし内容が毎日異なるとしても見た目やレイアウトはだいたい同じなのであって、それなのに一日ごとに違う《私》だとわかるのがなんでかというと、こと私の日記にかんしてはもちろん私じしんが書き手だからだし、私が私の日記の最大の読み手でもあるからだろう。ひとの日記にかんしてはわからない。

 認めざるをえないときが来たようなのだが、どうやら花粉症なので、鼻がずびずびしているし、頭がぼんやりしている。熱っぽいような気もしている。早く寝ようと思う。ひとつだけ今日のことを書いておくと、今日は仕事のあと同居人と集合して、同居人が友だちにあげるという観葉植物を買いに渋谷のスクランブルスクエアまで行ったのだが、そこの店がパク・チャヌクの『しあわせな選択』とのコラボキャンペーンみたいなのを開催していて、たしかに予告編を見る限り『しあわせな選択』には植木鉢が登場するのだけれど、その登場の仕方というのが、おそらく主人公が他人の頭の上に植木鉢を落とそうとしているというシーンにおいての登場であって、観葉植物のお店としてこのコラボはいいのかね、と私と同居人は笑って、しかもそのあと同居人が店員さんに「『しあわせな選択』って……、植木鉢落とす映画っぽくないですか」と聞いていたので私はさらに笑った。店員さんは苦笑いしながら「そうみたいですね」といっていた。

 

2/27

 私も数年前までは自分が花粉症であるという自覚があったのだが、ここ数年は症状がほとんど出ていなかったために、さもそうではないかのように振舞ってきた。周囲の花粉症患者に向かって「つらそうだね」、「それはキツいね」などと語尾に軽薄な「ェ」が透けて見える相づちを打ち、この時期独特の、空気がほんのり黄みを帯びているかのような街の雰囲気にたいしても「花粉がそうとう飛んでるのかね」と、これまた同じく「ェ」を隠しきれていない浅はかな感想を述べてきた。夜はすやすやと眠り、昼間には大手を振って屋外を闊歩した。そのツケが回ってきたのだろう、いまや鼻はたえず詰まり、喉まで痛み、頭が重く、同居人にも「今日なにも中身ある言葉を発してないよ」といわれる始末でございやす……

 まだ鼻や喉だけで、目にきていないだけ私はましか。会社で席が隣の同僚はたえず鼻をかみ、目も赤く、明らかに調子が悪そうで、今日は帰り際に「眠いです」とうったえていた。私もここ数日眠い。鼻詰まりによる慢性的な酸欠が眠気を引き起こしているという説が私と彼の間で有力だった。

 昨日は品川の教会でキャメロン・ウィンターのピアノ弾き語りによるライブがあったみたいで、伝説的なパフォーマンスだったと絶賛するツイートがいくつも流れてきた。いいなー、と素朴に羨ましく思いながら、私じしんはライブに行ってもいないのに「教会でのピアノ弾き語り」という情報だけでキャメロン・ウィンターの『ヘヴィ・メタル』というアルバムへの理解が深まるのを感じていた。教会の壇上に置かれたピアノを黙々と──という矛盾する表現がふさわしく思えるようなストイックさが漂う──弾きながら、震える声を張り上げてひとり歌い上げる姿。そのようなキャメロン・ウィンターを思い浮かべながら聴くことで、アルバムはさらに美しく感じられるのだった。『いいライブは、行かなくとも曲への理解を深める』。そんな格言めいた文言を書き残してしまいたくもなる。しかしこれはけっきょく行ってないからこその悔しまぎれの書きぶりでもある。

 今日はその『ヘヴィ・メタル』を聴きながら夜の街を歩いたら、夜なのに鼻が詰まりに詰まった。私は勝手に、夜には花粉が飛んでいないと考えていたのだった。もしかして夜にも飛んでいるのか。だとすると私はこの時期気持ちよく散歩できないのだろうか。そんな悲しみに寄り添うようにキャメロン・ウィンターの歌声が響いた。散歩は途中で断念して、駅前のルノアールで同居人を待った。同居人は友だちと夜ご飯を食べに行っていて、そういうとき私は家で待っていてもいいのだが、せっかく一度家を出たのだからどうせなら外で待っておこう、という変な気持ちがはたらいていつもカフェにいたり散歩をしたりしている、そのなかの散歩が封じられたのは痛い。同居人と合流しての帰り道に、右折レーンから右折すると見せかけて直進するズルい車がいて、私はそういう車を見るたびちょっとだけ怒っているので、同居人に共有した。「いまみたいな車、だめだよねえ」と、今回のようにじっさいに目の前で犯行が行われていれば共有できるのだが、そうでないときはなんと伝えればいいのか。

「日本の車道についての話です。交差点において、右折専用の信号が設けられている場合がありますよね。直進(と左折)用の信号が赤になったのちに、赤信号が点灯したまま、その下に右矢印が表示されて、右折可能であることを示すような形式の信号のことです。私の観察するところによれば、多くの車はこの右折専用信号に則って正しく右折しているのですが、まれに、とりわけひとどおりや車どおりの少ない深夜や早朝に、直進用の信号が赤になったあと、右折用の矢印が表示されているタイミングで、右折レーンからそのまま右折すると見せかけて直進するズルい車が見受けられます。もちろん対向する右折車がいない場合に限っての振る舞いではあり、誰にも迷惑をかけていないともいえるのですが、それでも、このような行為は信号無視の一種であるし、許されないと私は思うのです。しかし、この行為の許されなさをひとと共有したいとき、この行為をなんと呼ぶか私が知らないがために、以上のような説明をいちいち繰り返すか、あるいはじっさいの犯行現場にたまたま居合わせるかしないとならないわけです。そこで、このような行為に名前がついていれば教えていただきたいのです。交通法上の正式名称があればそれを、あるいは通称やネットスラング的な表現、なんでもかまいません。もしいずれもなさそうなら、あなたが呼称をつけてください。その場合、あなたがつけたということも明記していただけますと幸いです。」

 とChatGPTに聞いてみると、「信号無視」、「右折レーン違反」、「右折レーン直進」、「右矢印抜け」、「右折レーン偽装直進」など、それくらいなら私でも思いつくよ、というくらいのものばかりが出てきてつまらなかった。「右折レーン偽装直進」だけは少しいいかもしれない。

 

2/28

 品川駅かどこかで電車を待つ列に並んでいると、前にメッシがいて、私から声をかけたのかどうかは定かでないが、流れで一緒に自撮りをすることとなり、しかもそれを彼がインスタのストーリーズに載せた。私は正直そこまでメッシという選手の偉大なる軌跡に明るくない。そんな私ていどの人間が彼のストーリーズに登場してしまったことがいま考えると申し訳ない。そのあと電車に乗ると、今度はトム・ヨークとジョニー・グリーンウッドが隣にいた。二人とも疲れ切った顔で吊り革につかまっていた。ジョニー・グリーンウッドの顔を覗き込むと重い前髪の下にぎらついた眼が隠されていてびっくりした。そこで同居人から名前を呼ばれて目が覚めた。

 今日同居人は朝からお母さんと湯河原まで梅を見に行っていた。梅を見るのにかこつけてのハイキングでもあるが、いずれにせよ、老境、という言葉が頭をよぎる。私は仕事だった。花粉症が相変わらずひどくて、ずっと鼻が詰まっていた。オフィスにいても鼻水が出る。ということはこの季節花粉症患者に逃げ場はないのか? 鼻詰まりもあってかどっと疲れ、帰宅してテレビをだらだら見、久しぶりに見たジャルジャルのYouTubeで信じられないくらいゲラゲラ笑った。「サンチュ知らなくて焼く奴」。同居人はハイキングのあと浅草のほうで友だちと遊んでいて、そのような体力の面においてまだ若さを発揮しているといえた。イスラエルとアメリカがイランを攻撃したとかのニュースも、疲れていて追いきれない。

二〇二六年一月の日記

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 昨日フットンダを途中まで見て、めざましをかけずに寝たら、今日は目を覚ましたのが十時前くらいだった。それも同居人に声をかけられて起きたので、そうでなければ午後まで寝ていたかもしれなかった。朝と昼は簡単に食べた。爆笑ヒットパレードのトム・ブラウンの「剛力」を見てゲラゲラ笑い、午後はバナンザをやって、やはり画面酔いした。私はバナンザをやると画面酔いするようだった。同じくオープンワールドであるところのゼルダだとそんなことはないので、目の前のものを殴って破壊して回るというバナンザ独特のゲーム性によって、画面上の方向感覚がうしなわれがちであるというのが大きな要因であるように思った。途中で同居人にコントローラーを渡すと、同居人は少し引きの視点にしてプレイしていて、そんなことができると知らなかった私からしてみれば、なるほどたしかにそうすれば酔いもましになるかも、と思わせられるプレイっぷりであったが、もう今日の私には続きをプレイする力は残されていなかった。(ツイッターで検索したら私と同じように酔いを感じているひとは多いようで、カメラの設定でもましになるそうだった。)昼寝したのち、酔い覚ましの意味も込めて夕方に家を出て近所を散歩した。私は同居人にたいし「パトロールしてきます」といったが、これは以前テレビに出ていた排外的な自警団を意識しての冗談であって、外でいえるようなものではない。よくない冗談であるとは思うが、ただの近隣の散歩を「パトロール」と称する、そのちぐはぐな感じがおもしろく、しょうもなくとも発してしまった。これしきのことがおもしろいのも年末年始ならではの余裕。「パトロール」しても街にひとは少なく、なんならひとり手ぶらで歩いている私じしんがもっとも不審な人物であった。エバースのオールナイトニッポンを聞きながら歩いた。町田が「モテコーデ」で街に出た数日間のトークが抜群におもしろく、佐々木の合いの手も相まってまさしく漫才のよう。ミスドがやっていたらうれしかったが、そんな都合よく開いているものではない。ピーコックは開いていたので、お菓子など買って帰った。夜は豚のしゃぶしゃぶ鍋。ミリオネアを見ながら食べたのち、マリカをやった。マリカは酔わずにできた。マリカで勝ったほうが明日の行動を決めるという対決において勝利した同居人から明日の登山が提案され、私も負けたので従うことにした。高尾山の隣の南高尾に登るという。

 

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 朝六時に起きて、山手線、中央線を乗り継ぎ、相模湖駅からバス。大垂水という山中のバス停で降りて南高尾縦走の山行に突入した。私たちのほかには中年の男女一組しかバスには乗っていない。三月末をもって廃止されるバスコースであったようで、それでも年始から営業してもらっていることをたいへんありがたく思った。道すがらに見えた「Green Spot」なるレストランや「Sunset Memory」なるカラオケスナックもなんともいい雰囲気を醸していたが、ああいう店もゆくゆく閉まってしまうのだろうか。それともすでに、……というようなことを考える私は「Green Spot」にも「Sunset Memory」にも行くことのない人間であった。

遺跡じみた高速道路の橋脚

こんなところで降ろされたとて……

 南高尾縦走、と書いたが、ようするにいくつかの低山を登り下りするコースであって、縦走という立派な言葉がふさわしいかどうかはわからない。年始の山中の空気はどこまでも澄み、ひとけのなさも相まって入山の段階から道行きへの期待が高まった。年末年始のぐうたらのせいか、序盤の同居人は強い息切れに見舞われたが、じきに慣れ、雑談の余裕が出てくる。行きの電車内でそれぞれ読んでいた本──大江の『「雨の木」を聴く女たち』中の「「雨の木」の首吊り男」と、今村夏子の『とんこつQ&A』──のあらすじを互いに話したり、ふつうに目の前の山の話をしたり、年末年始のオモロかったもの/ことの話をしたり、今年の抱負を話したり……。「「雨の木」の首吊り男」において、語り手の「僕」は仕事仲間であり日本文学のゴシップ好きであるカルロスから、あなたは自分の家を建てるとき、夜中にふと首を吊ってしまわぬようにと天井の梁をすべて隠すようにお願いしたそうですね、と訊ねられ、はてそんなこともあったっけか、いや、あるいは若いときの僕だったらそんなことを冗談として発していたかもしれない、と思う。その描写がおもしろかった、と私は同居人に話した。

ものいわぬ賢者

 左右に木々が絶えない。そのすき間から、遠くの山々や、ふもとの湖の水面のきらめきが見えた。同居人はヤマップという山のアプリにて今回の山行を記録していた。ヤマップ上で山として表示されている場所を通過するごとに登頂した山としての記録が増える。それを期待しての縦走でもあった。低山続きではあるが細かなアップダウンが私たちの体力を奪い、もしこれでヤマップで登頂した山のカウントが増えてなかったら泣きわめいてしまうかもしれない、と語っていた同居人であったが、はたして何時間もかけてすべての行程を終え、下山してからスマホで確認してみると、しっかりすべての山が記録され、なんとなれば特に意識していなかった山の名前までもがカウントされていて、同居人のヤマップ上の登頂数は大きく増えた。私たちが歩いてきた南高尾のルートは、最後には高尾山口駅にて通常の高尾山のルートと合流する。そちらは大勢のひとで賑わっていて、急なひとごみがどこか心地よくもあり、しかしこのなかで私たちだけが違うルートを辿ってきたということの変な優越感もあり。帰りは京王線で爆睡した。

 最寄り駅で疲れきった身体にラーメンをキめてから、一度帰宅し、荷造りをして、今度は各々の実家へと向かった。地元に着くとなんと雪が降っていた。なぜ?

 

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 実家らしい話3連発:①母は紅白を見ていて、ちゃんみなが出てきたときに「あれ、ちゃんみなってモデルじゃないんだっけ?」と思ったらしく、聞けばゆうちゃみと混ざっていたそう。昨日の爆笑レッドカーペットにはゆうちゃみとみちょぱが出ていて、「この二人はモデル? ちゃんみなはラッパーね?」と再確認があった。②母と弟のさいきんのお気に入りはSixTonesの森本慎太郎だという。私も森本は好きだ。というか紅白などを見てもあらためて思うが、SixTonesというグループは健康的なホモソーシャル的いちゃいちゃに満ちていて、どこまでが彼らの素の部分でどこからがプロデュースされたものであるかはわからないがどうしても惹かれてしまう。録画されていたドリーム東西ネタ合戦に田中樹が出ていたので「田中樹も回すのとかうまいよ」とおすすめしておいたが、母としては森本慎太郎のいまどきらしからぬ佇まいを気に入っているという。③弟は腰を、父は膝を悪くしているらしく、昨日の夜に積もった雪をかくのは私の役目かと思われたが、「こんなのすぐに溶けるよ」という北海道出身の父の一言によって免れた。そのあと私が自分の部屋でだらだらしている間に、けっきょく父と母で軽く雪かきしてくれていたようだった。

 昨年一年間に見、読み、聞きした作品のうち個人的によかったものをまとめ、はてなブログにアップしようと思ったが、いざ振り返ろうとするとやはり私の日記は一覧性に欠ける。ぱっと見返したときに、いつなにを見、読み、聞きしたのかがわからない。これは先月にも少し考えようとしてやめた日記のレイアウトの問題にもかかわるだろうが、やはり書き方を変えるべきなのか? ……というところで、内容や書き方を変えるのではなく、各日にタイトルをつけて日付の横に表記すれば、流し読みで見返したとしてもいつなにを見、読み、聞きしたのかがわかるのではなかろうかということを思った。たとえば今日であれば、タイトルは「実家らしい話、日記のタイトルについて」という感じ。昨日は「南高尾縦走」、一昨日は「新年、剛力、パトロール」か。しかし日記にタイトルをつけるとなるとこれから毎日つけなければならないため、そんないますぐやるやらないを判断できるものではない。覚悟がいる。

 昼も夜も父がふるさと納税で頼んだという食材をもとに母が作ってくれた料理を食べ、合間にはいつしかの『相棒』の再放送をちらっと見て、話が分からないので水谷豊の動きだけで笑ったりした。夜は同居人と電話した。同居人は友だちと初詣に行き、飲み、帰宅したという。明日の過ごし方を話し合った。あとはSieroが出ている「ニートtokyo」のリンクがLINEで送られてきたので、私もそれを見て、なぜか敬称にこだわり続けるSieroを見て微笑ましく思った。ラップスタアのサイファーステージがSieroにしてみれば誤算だったらしく、あらためてパフォーマンス動画を見てみると、たしかにひとり浮いていた。涙ぐましかった。

 

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 実家ならではの弛緩しきった時間を過ごした。昼寝もしたし、弟がスーパーの本屋に本を取りに行くのに同行して、私はなにも買わずに帰ってきたりもした。ドリーム東西ネタ合戦を少しだけ見たり。あとは『「雨の木」を聴く女たち』を読み進めて、帰りの電車で読み終えた。私小説が拡張されたような、小説とはなんなのかということをあらためて問いなおすような短編集で、読みにくい箇所もあったがおもしろい。どことなく八〇年代っぽさ、というとすごく粗いが、なんとなく初期の村上春樹的な風通しのよい諦観のようなものをも感じさせるところがあって、そういえばこの短編集が出た八二年には既に村上春樹も登場しているのだなあとあらためて思った。しかし最後の「泳ぐ男」における性欲の描き方というか、怯えきった加害性のようなものについては、よくここまで書けるものだと驚かざるをえない。擬似的な私小説としてすさまじい。(擬似的な私小説、というのがふさわしい表現かどうかはわからないが、たとえば「さかさまに立つ「雨の木」」における「僕」のハワイ行きの経緯や顛末などは物語小説としては明らかに細かく描かれすぎている、というか端的にいって過剰かつ不要であって、そこにこそ作者である大江の私的な体験というのが滲み出ているように思う。それでいて文体はまぎれもなく小説的であるからして、擬似的な私小説とでも呼ぼうかという気持ちになったのだった。)

 都内に帰ってきて同居人と合流し、帰宅して、家ではYouTubeを見たり(カミナリのYouTubeにおいて、U字工事の益子卓郎に「なんだおめぇ」といわせるという企画が開始まもなく終わったのはかなりウケた)、『豊臣兄弟!』の初回を見たりした。『豊臣兄弟!』はいまのところ太賀と池松壮亮を見るドラマ。なおかつ太賀のお父さんであるところの「木村」こと中野英雄のツイートを見るのも楽しい。

 

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 社内においても、あるいは社外にたいしても年始のあいさつを繰り返す今日のような日が、私は嫌いではない。私よりむしろパソコンのほうが休みぼけしているかのような調子の悪さ。

 夜はNくん、Mさん、M、Hさんとの、忘年会がリスケされたものとしての新年会で、ここにおいてもやはり年始のあいさつを繰り出すこととなった。チヂミがおいしかった。「いよいよニーゼロニーロクですね」といいつつ、ほんらい忘年会として企画されていたがために話題はしぜんニーゼロニーゴーのことになる。仕事や人生における転機を迎えるひとあり、紅白の出場歌手をぜんぜん知らなかったひとあり。「今年こそ「倍倍FIGHT!」でがんばりますよ」と、曲をぜんぜん知らないのに使ってみたり。しかしせっかく年始なのだから気持ちも新たにして抱負を掲げるというのはいいことだろう。私も今年は日記のほかにもいろいろ書きたいと思っている。

「『Blonde』以降、その時代を象徴するような、あるいはみんなの共通の体験となるようなアルバムというのは出ていないのではないか」という話になって、それは『Blonde』史観とでもいうべきものに偏りすぎているのでは、と思いつつ、たしかに思い浮かばない。もはやアルバムの時代ではなく、シングルの時代、あるいはドーパミンの時代。しかしそんな逆境においても「おれはこの先の人生で「アルバムで聞け」ということをいい続けていきますよ、「涙がキラリ☆」を聞きたかったらちゃんと『ハチミツ』を流して、「歩き出せ、クローバー」のイントロまで行くべきなんですよ」というMの話を聞いて、ジジイすぎる、と思いつつ、私もニーゼロニーゴーベストの記事に「よかったアルバム」としてアルバム単位で列挙するタイプの人間なので首肯せざるをえない。そういう話をして、もっと話せそうな感じもありつつ解散した。もっと話せそうなくらいがちょうどいい。帰宅すると暖房をつけた部屋で同居人が寒がっていて、風邪でも引いたのかと聞くとそんなことはないという。同居人も同居人で、仕事始めで疲れたのだろう。会社の先輩が『ラヴ上等』を見て、「キービジュアルに水かけた子いなくなかった?」というので、「水かけられたほうのあもなら、途中参加だったからキービジュアルの撮影には入れなかったらしいですよ」と同居人が答えると、どうも先輩のなかでは「水かけた子」=あもであるらしく、Baby(=「水かけられた子」)側に立ってしゃべっていたらしかった。それがわかって、同居人はとっさに「◯◯さん、「水はヤベェ」側なんですね」とツッコミを入れることができたという。

 

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 なんの足しにもならないようなことこそを書き残しておけるのが日記である。その観点で、今日私が会社で放ってスベリ気味だったツッコミについても書いておこう。隣の席の後輩が身体の正面に置いたキーボードと右側に置いた別のモニターのキーボードを同時にカチャカチャやっていたので、「小室哲哉みたいだね」とたとえツッコミを入れたところ、「あ、……あれすよね、シンセサイザーですよね」と返され、ややウケに終わった。夜、この話を同居人にすると、「それはかんぜんにスベッてるし、おじさんすぎる」と指摘されてしまったのだった。しかし私かて小室哲哉に思い入れがあるわけではない。いわなければよかった。

 それと、これまた違う話で、思いついたので書き残しておくが、もしM-1にアマチュアとして出るならばアマチュアであることを活かした(フリにした)ネタをやるのはありかもしれないと思ったのだった。たとえば「どうもー、◯◯と◯◯で◯◯ですー、今日は名前だけでも覚えて帰っていただければ」「おまえそれプロがいうやつだろ、あんまりアマで名前覚えてほしいやついないだろ」「どうも、アマです」というツカミ。……と書くとあまりおもしろくない。シャワーを浴びながら考えていたときにはおもしろく思えたのだが、書くとビミョー。これも書かなければよかった、となるのかもしれないが、書かなければいいようなことをも書いて、スベッてもいいのが日記という場である、と、今日の冒頭の話に戻るようでもある。

 タル・ベーラが亡くなったという。もっとも偉大な映画作家のひとりだった。

 

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 つやちゃんがanon pressに寄稿していたSieroの『THE GOAT TAPE 4』についての批評が素晴らしかった。なにが「リアル」なのかがわからないまま世界が壊れていっていることだけはわかる、その「リアル」を非物語的に羅列しているSieroのラップと、それが時代と共鳴してしまっていることのすごさ。優れた批評は作品の新たなガイドラインとなる。同居人にもLINEで共有した。その同居人は今日は東京ドームにtimeleszのライブを見に行っていた。原が楽しそうでよかったという。帰ってきてから、いとうあさこの「情熱大陸」を見たら演劇で共演した原が映っていて、そのあと再生した「タイムレスマン」にももちろん原が登場した。「タイムレスマン」は企画があまりに投げやりなのでぜんぜん見ていなかったが、今回はおもしろかった。原が活躍するとおもしろいという、同居人の原びいきもある。それからNetflixで配信が開始されたスタートエンターテイメントのカウントダウンライブも見始めて、ここにもやはり原が登場し、奇しくも原の日となった。

 

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 今日はまた「タイムレスマン」を遡って見て、「殺陣マン」なる、timeleszの面々が殺陣に挑戦しその採点で競う企画において、またもや原が活躍していたのでよかった。同居人の原びいきにあてられて私も気づけば原を目で追うようになっているが、いや、同居人の原びいきがなくとも「タイムレスマン」を見ていれば原こそがこの面々の盛り上がりの核となる男であることにきっと気づけたのではなかろうか。しかしそもそも同居人がいなければ「タイムレスマン」を見ることだってないし、その同居人だって、べつにもとより男性アイドルに興味の強いひとではなかったわけで、そうなると「タイプロ」がNetflixで配信された影響というのは大きい。また私は個人的にはSixTonesが気になっているが、それはやはりまず『すずめの戸締まり』の声優として知った松村北斗がその後『夜明けのすべて』や『ファーストキス』においても好演していたことで、彼の所属するグループにも興味が及んだというのが大きかろう。しかし私はtimeleszにしてもSixTonesにしてもきわめて薄いファンであって、あえて俗っぽい話題にふれるならばたとえば菊池風磨の炎上になんかは興味がない、というかぴんとこない。私とtimeleszやSixTonesとの間には、マイナスの方向に感情を動かされるほどの時間的な蓄積がない。いわゆる「推し活」というフェーズに移行するにはたぶん時間的あるいは金銭的蓄積が必要で、私はそこに興味を及ばせることができない。女性アイドルについても同様。それにしても私が男性アイドル以上に女性アイドルにたいして興味をもてていないのは、たんに家のテレビで見るYouTubeのチャンネル権を同居人に握られているからだろうか? それとも同居人に「おじさん」だと思われたくないがために(あるいは異性にたいする大なり小なり欲望を帯びた眼差しを悟られたくないがために)興味をもたないようにしている? 私は禁欲的にふるまうことをみずからに強制している? いやそこまで大げさなことではあるまい。だいたい私はNewJeansにたいしては同居人の前でもそれなりの興味を示してみせて、「NewJeansおじさん」だと揶揄されていたのだった。興味を示そうと思えば示せる。

 

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 寒いが、暑いよりはぜんぜんまし。仕事終わりにモンベルに行ったら韓国語をしゃべるひとたちがたくさんいて、そういえばモンベルが韓国で流行ってるみたいな話をツイッターで見かけたな、と思った。ツイッターと現実世界が繋がった。しかしモンベルを介するまでもなくツイッターと現実が繋がっていることはうんざりするほど明らかで、特にこの一週間ほどは超ダサいアカウントが始めたネット上の私刑が、あっという間に現実へと波及し、そこからさらに(さもありなんという感じはするものの)考えるうるかぎりもっともくだらなくてもっとも迷惑な「元迷惑系」とも繋がってかなりげんなりさせられたが、私としては、彼らじしんの幼稚な万能感よりも、彼らのようなひとたちの投稿に数万ものいいねが集まり、彼らを正義と見なす好意的な反応が多いことに悲しくなってしまう。彼らを褒める投稿に多く見られる「必要悪」という言葉。「(いい悪いは置いておいて)行動するだけえらい」というきわめて素朴なノリが、果てはトランプのような究極に幼稚な万能感を振り回して世界を壊す為政者を生んでいる。明日早く起きるのでもう寝なくちゃ!

 

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 山へ行くとなれば、ふだんの様子からは考えがたいほどの早起きが可能になる同居人。いっぽう私には大学のサークルの朝練によって鍛えられた早起き筋がかろうじて残っているので、起きようと思えば起きられないこともないのだった。二人で五時半頃に起きて、まだ暗く寒いなか出発し、山手線で新宿、そこから中央線、中央本線を乗り継ぎ、小淵沢駅から小海線という、木々のなかを縫うように進む美しい単線鉄道に乗った。長い道中ではときに眠り、ときに大江の『新しい人よ眼ざめよ』を読み進めた。ウィリアム・ブレイクの詩の節々に導かれて、「僕」はみずからの来し方を振り返り、長男「イーヨー」との共生や、彼が成長することによって巻き起こる混乱と安寧の日々を描く。《この障害児学級の息子の同級生たちのために、そのような子供たちが将来この世界で生きてゆくためのハンド・ブックというものを書きたい》、《そのような障害児学級の子供に理解できる言葉で、この世界、社会、人間とはどういうものかをつたえ、それでは元気をだしてこれらの点に気をつけて生きていってくれ、といいたい》と希求しながら、その困難さにも突き当たって、《むしろ息子のためにというより、ほかならぬ僕自身を洗いなおし、かつ励ますための》《まずいまの自分に切実な要素となっている定義が、どのような経験を介して自分のものになったか──そしてそれをいかに強く、無垢な魂を持つ者らにつたえたいとねがっているかを、小説に書いてゆく》行為の結果として、この『新しい人よ眼ざめよ』が結実したのだろうと、冒頭の「無垢の歌、経験の歌」を読めば了解される。しかしそのような「僕」の泥くさいともいえる思いを念頭に置かずとも、次の「怒りの大気に冷たい嬰児が立ちあがって」という短編はそれ単体で美しい子育て小説。私は電車のなかで読み進めながら、泣きそうにもなってしまった。

 小海線は木々の間を縫って進む。『悪は存在しない』を思わせるような、この地方独特の雰囲気をもつ木々が車窓を横切る。それがときおり途切れて、ふと遠くに山脈が見える。山々はそのてっぺんに雪を冠していて、私も同居人も「おっ」と声を上げる。日本一標高の高い駅であるらしい野辺山駅で降りて、強く冷たい風にさらされながら、飯盛山の登山口を目指す。私たちのほかに歩行者は見当たらない。

 同居人の予想どおり(あるいは期待どおり)登山道にはうっすらと雪が積もっている。これのために昨日私がモンベルで買ったチェーンスパイクをおのおの靴に装着し、登り始めると、靴の裏からザクッザクッと雪のつぶれるような、あるいは霜がくだけるような音と感触が響いてくる。まず、その楽しさ。しばらく登るといっきに視界が開けて、雄大な八ヶ岳が! とっさに、ペットボトルの天然水のジャケットのようだ、と俗っぽい感想をいだいた私は見ようによっては愛らしい。同居人がこの前のtimeleszのライブのために買っていた双眼鏡を転用して八ヶ岳の中腹を見れば、スキーをしているひとたちが判別できる。その楽しさ。そうやって序盤から楽しく始まった登山が、そのあと頂上に至るまで盛り上がりを保ったまま続いた。足元はずっと楽しく、雄大な景色には途中から富士山も加わって、木々の間を轟音を立てて吹きすさぶ冷たい風までもが心地いい。飯盛山登山、というが、正確には平沢山・大盛山・飯盛山という三つの山頂がすぐ近くに集結している場所であって、私たちの辿ったルートからまず手前にある平沢山に登ると、残る二つの山を眼前に確認することができる。ご飯を持ったような美しい円錐型であることから「飯盛(めしもり)」と名のついた山は、そのはるか奥に見える富士山と相似形のようにも思えて、もしかすると富士山のほうが飯盛山と名づけられていた歴史もありえたのではないか、と冗談めいたことを思う。

 そうなればFUJIYAMAではなくMESHIMORIであったわけで……

 雲ひとつない空もありがたい。また八ヶ岳の裾野の広さにも驚かされる。眺めのよさでいうとどの山も素晴らしいのだが、やはり飯盛山は頂上に一本の木も生えていないがゆえに四方の景色が特別美しいように感じる。そのぶん吹きっさらしでもあって、頂上でゆったり過ごそうという計画は早々に諦め、下山に突入した。下山ルートは日当たりのよさもあってか積雪が少なかったのでチェーンスパイクを外し、それらをカラビナでリュックにくくりつけて、いかにも登山者っぽい雰囲気を醸せているような気持ちになったり。雪はないがそのぶん霜が多く、悪路といえば悪路。ふつうの土に見える箇所をときに深く踏み抜きながらも、しかし基本的には穏やかに下った。ずっと下りだったのもありがたかった。下山なのに登りがあると、私も同居人も「損をした」気分になるのだった。山道を抜けて、清里駅へ向かう車道に出てからはむしろこの登り坂があって、二人とも「損だ」、「無駄だ」などといい合いながら歩いた。小海線で隣り合う野辺山駅から清里駅まで、山を経由して歩いたことになる。

 電車まで少し時間があったので、駅前の飲食店のどこかが空いていないか探したが、そばやほうとうののぼりを掲げている店は準備中か貸し切りになっていて、仕方なく入ったK's cafeというパスタやピザの店。そこがかなりよかった。天井の高い木造の内装もあたたかみにあふれ、店員さんのホスピタリティが高くて心地よい。「お先、カルボナーラから出来上がりました」、「ナポリタンも出来上がりましたよ」と運んできてくれた二皿はいずれも絶品。カルボナーラは最後までとろっと濃厚なクリームがもちもちの麺に絡みつく。ナポリタンはアツアツの鉄板の周囲にオムレツ状の卵が足されていて、予想外のパワフルメニュー。登山の疲れによってなんでもおいしい状態になってはいただろうが、それを差し引いてもおいしかった。コーヒーも身体に沁みたが、残念なことに電車の時間が近づいてしまったため、グビグビと飲み干して店を出た。

 ふたたび小海線に乗って、隣の甲斐大泉駅へ。駅からほど近いパノラマの湯という温泉施設、およびそこに隣接する八ヶ岳いずみ荘というところに泊まった。パノラマの湯、を名乗るだけあって露天風呂からは山脈が一望できる。私は眼鏡を外したおぼろげな眼で暮れゆく空と山々を眺めて、そのなかに富士山らしき姿も認め、ぬるめの湯に浸かりながら長いことぼーっと見ていたのだったが、最後に立ち上がって別の方向に目を向ければ、そちらにも富士山らしき山影が。もしや私がずっと見ていたのは偽富士山だったのか。風呂を出て、部屋で三十分ほど爆睡してから、七時頃に食堂で爆食。三時頃にパスタも食べたのに、二人で天丼、ミニそば、まいたけ天うどん、焼き鳥二本、大きな唐揚げを注文して、しまいにはフードファイトのようになった。それもあっていよいよ眠くなり、早々にベッドに入ってから、しかしなんだかんだ日記はきちんと書こうと思い、ここまで書いてきたが、もうフィニッシュです。

サンは日本海側で、私は太平洋側で暮らそう

年に一回、八ヶ岳で会おう

雪にはお気をつけよ

富士山も見えるし

双眼鏡で見たっていいし

サンの好きな感じの森かな? どうかな?

最後にはおいしいカルボナーラも食べよう

 

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 昨日は下山後の入浴と爆食を経、長めの日記を書き終えてあっという間に眠れるかと思いきや、外では風が吹き荒れ、それに応じて私たちの泊まる部屋の換気扇がうなり続けるものだからなかなか寝つけなかった。うなりが一定なのであればまだよかったであろうところを、風の強さに合わせてボリュームが増減するものだからしんどい。かといって換気扇を切ると、うなりはなくなるものの、今度は風が吹くごとに外の換気扇の蓋なのかなんなのか、が揺らされてカタカタ音を立てる。けっきょく私も同居人も一晩じゅう眠りの浅いままだった。どうせならもっと起きてもっと書けていたかもしれない日記に、ひとつ明確に書き漏らしたこと。飯盛山から下山した際に、沿道の家から地元のおじさんがとつぜん「どうだった?」と話しかけてき、同居人はびっくりして「ひっ!」と飛び上がってしまったのだったが、私は気を取り直して「素晴らしい眺めでした」と応え、双眼鏡を持っていたので八ヶ岳に向けるとスキーをしているひとが見えた、という話をした。「ああ、そう、そりゃよかった、また来てね」といってくれたおじさんは、やはり地元民として家の裏の山にたいする誇りのようなものを感じているということなのだろうか。私は私の住んでいる地域にたいして誇りを感じられていない。

 今朝は宿で朝ごはんをいただいてから電車まで時間があったので、同居人は宿の内湯に入り、非常に気持ちよかったといっていたが、私は内湯の定員が二名だと聞いて、もし私が入っている間に他の男性客が入ってきてしまったらどうしよう、たとえば私が湯に浸かってエーエーため息をついているときに親子連れがやってきたら、私は、ああ、すいません、すぐ出ますので、などといいながら慌ててフルチンで部屋に戻る、そんなことになったらいやだなあ、などと心配をしてけっきょく行けなかった。それで私は部屋で『新しい人よ眼ざめよ』の続きを読んでいた。「落ちる、落ちる、叫びながら……」は単純にエピソードそのものがオモロすぎる短編で、読んですぐその内容を同居人に話し、よかった箇所を読んでもらいもした。同居人もいまや「イーヨー」に夢中。宿を出ると、晴れていながらも細かな雪が宙を舞っていた。

甲斐大泉駅前

 甲斐大泉から小海線で小淵沢まで戻り、特急あずさに乗ってあっという間に新宿へ。そこから家までは半ば自動的に行動して、帰宅後は座ることなく洗濯を回したりチェーンスパイクや靴を洗ったりし、午後は昼寝してから、同居人は高校の部活仲間との焼き肉へ、私は渋谷へ『ヤンヤン 夏の想い出』の4Kレストア版を観に行った。初めて観たのは大学のときに最初はおそらくパソコンの小さな画面で、それから早稲田松竹か新文芸坐でも観たか。何度観てもみずみずしく生と死のにおいに満ちた映画であって(結婚式に始まり葬式に終わるのだから徹底されている)、かつこんなにも短い三時間はないのではないかと思えるほどに群像劇の場面どおしがシームレスに(あるときは連想的に、またあるときは重奏的に)繋がり続けるなかで、「生と死のにおい」などといってしまうのならば、どうせならさらに大きく、人生のすべてが映っていると断言してしまいたくなるほどの、わざとらしさに満ちているようでもありながら真に迫っている、やはりオールタイムベスト級の映画。あらためて観ると、いかにもエドワード・ヤン印といったところの窓の反射の演出がこの映画においてもこんなにも用いられていたかと思うが、それらすべてたんにかっこいいだけでなく、窓の手前側=登場人物たちの側と向こう側=都市風景を同時に捉える装置として美しく機能していて惚れ惚れする。私たち観客は窓のどちら側にいるのか、という問いも浮かぶ。またイッセー尾形の器用さに支えられた映画でもあって、伸びやかに口笛を吹き、鳩を肩に乗せ、ピアノを弾き語り、「人生はすべてが初めてだから」云々と説き、トランプマジックを披露し、というすべてを担うその抜群の存在感に思わず笑ってしまう。

 ヤンヤンが最後に読む、あまりにできすぎている手紙。「僕がおばあちゃんに話しかけなかったのは、僕の話すことなんておばあちゃんはぜんぶ知ってるからだろうと思ったから。おばあちゃんは遠くに行ってしまったみたいだけど、僕に行き先をいわなかったのは、僕がもう「知ってる」と思ったから?」という、いうなれば彼方への手紙を聞いて、私は逆にスチャダラパーの「彼方からの手紙」を思い出した。

 

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 ヤンヤンの机の上に『名探偵コナン』の一巻が置いてあった、というのも、今回の発見として書き記しておこう。

 録画していた『かぐや姫の物語』を途中まで観て、アニメーション表現に感激した。外に出ると、まこと冬晴れというほかない天気。一昨日の飯盛山から見た八ヶ岳の美しさに見惚れ、帰宅してからもYouTubeで八ヶ岳登山の動画を見ていた同居人は、ヒュートラ渋谷でやっている『小屋番 八ヶ岳に生きる』というドキュメンタリーが気になり、まあそんなにおもしろくないだろうが八ヶ岳にたいする興味が高まっているいまを逃したら観ることのない映画だろう、ということで観に行っていた。八ヶ岳は山域のなかにいくつもの山小屋や山荘が存在しているがゆえに「小屋ヶ岳」とも呼ばれるという、その小屋の番をするひとたちに焦点を当てたドキュメンタリーだが、事前の予想どおりというべきか、映画としてはおもしろくなく、なんならYouTubeで登山のチャンネルをやっているツトムというおじさんの八ヶ岳登山動画のほうが見応えがあったほど。映画がおもしろくなかったせいか、そのあと同居人は元気がなくなってしまった。いっぽう私は同居人が映画を観ている間にルノアールで『新しい人よ眼ざめよ』を読み進めていたので気分がよかった。

 ──イーヨー、腕を強く掻いてみよう! とか、足は歩くように動かして、進んでゆこう! などと僕はつねに声をかけるのだが、そして息子はそのたびに、次のような愛想のいい返事をかえすのだが……

 ──はい、そういたしましょう!

 しかしいったん水に頭をつけてしまうと、夢のなかの遊泳者、あるいは超スローモーションのフィルム画像めいた動きをおこなって、それを改良するふうはないのであった。水のなかに先廻りして指令をあたえつづけようと、ゴーグルをつけて脇に潜りもするのだが、水のなかの息子は切れの深い卵型の眼を大きく見開いて、静かな感嘆をあらわし、鼻や口許から気泡が光りながらひとつずつ立ちのぼるのが見えるほど、穏やかに穏やかに身動きしている。それはもしかしたらこのような態度こそが、水のなかで人間のとるべき自然なかたちではないかと反省されたりもするほどなのであった……

(大江健三郎『新しい人よ眼ざめよ』収録「落ちる、落ちる、叫びながら……」より(p.93))

 このように文庫本から書き写しながら、原文のままに太字表記にしたイーヨーの言葉。それをおそらく大江は、直筆の原稿において何重にも書き重ねることで、原稿用紙上のじっさいの見た目としても太字にしていたのだろうと、昨年大江の直筆原稿を見た私には容易に想像できた。

 お昼をコメダで食べ、帰ってからはゆったりと過ごして、夜はおでん。timeleszの原が出ているドラマと菊池が出ているドラマのそれぞれ一話を見て、変、と思った。ドラマがあまりおもしろくないこともあって、同居人はけっきょく元気になりきらないまま寝てしまった。

コメダの窓に降る雪

 

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 東京のどこかの裏路地、妖しげな灯籠の立ち並ぶ細道を自転車で走っていた。夜。しかしそのあと仕事をしに会社に行くことになっていて、懸命にペダルをこぐも、もはや始業に間に合わないことは必至だった。……という夢を見た。私は以前にも自転車で走り、そして今回と同じように目的地に間に合わない夢を見たような気がしていた。もしかすると日記に記録しているかもしれない。検索をかけてみると、なんとほぼ一年前、昨年の一月八日の日記に記述があった。

 夢;友だちの結婚式に参加するために渋谷へ。集合まで時間があったので、自転車で式場の周辺をぐるぐる回ることにした。その途中で他の参加者ともすれ違って、早く来なさい、的なジェスチャーをされた。それでも走り続けていると、思ったより遠くまで行ってしまって、足も動かなくなってき、もはや結婚式に遅れることは間違いなしという状況になってしまった。それでも頑張って、どうにか十五時過ぎには会場に着くことができたが、そもそも九時集合だったらしい。(たしかに自転車に乗り始めた時点では朝だったので、夢のなかではあるが不思議と辻褄は合っている。それでも、九時前から十五時過ぎまで自転車に乗っていたという時間の飛び方には、夢ならではの自由を感じる。)式はとっくに終わっていて、新郎である友だちだけが残っていた。

 一年前に見た夢においても、私はもはや間に合わないとわかっていながらだらだらと自転車に乗り続けていた。また、どちらの夢にも共通している、不条理な時間の経過。暇をつぶすだけのサイクリングのつもりが、九時前から十五時過ぎまでの長丁場となってしまった一年前。夜なのに翌朝の出社に向けて(そう、私はなんと翌朝に向けてペダルをこぎ続けていたのだ)自転車に乗っていた昨日。この時間感覚というのは夢ならではだともいえるし、この自転車の夢独特のものだという可能性もある。ペダルをいくら懸命にこいでも時間内に目的地へとたどり着かず、全体の時間が引き伸ばされてゆく。どうしてこんな夢を? 私は自転車にまつわるトラウマをかかえているのか? 思い当たる節としては、私が息切れしやすく、せっかく自転車に乗っていてもすいすいと進んでいる感覚に乏しいままだという、現実における事情がある。息切れによって行動を制限されている。自転車に乗ることじたいを好きでいながら、思うようにこげないというもどかしさが、私に昨日のような、あるいは一年前のような夢を見させるのかもしれない。

 同居人は今日、友だちとご飯に行っていた。友だちは昨年のベストアルバムとしてメイ・シモネスを挙げていたという。同居人はSieroをおすすめしたらしい。

 

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 息切れすることなくこぎ続けられる、走り続けられる、泳ぎ続けられる、あるいは高く跳躍できるとか、ボールを遠くまで投げられるとか、踊れるとか、そういう私にはない身体性をもったひとへの素朴な憧れというのもある。ブレイキンを見てすごくかっこいいと思うし、あのよくわからない横揺れダンスみたいなのにたいしてだって、あんなふうに勢いよく動いたら楽しいだろうなあ、と思っている。器用であることにも憧れる。『ヤンヤン』も『ポンヌフの恋人』も、常人離れした器用さをもつ人物によって物語が推進されていく。いっぽうには人生のなんたるかを説く立場で現れ、もういっぽうには人生や世界そのものと激しく対峙する主人公として現れる。イッセー尾形やドニ・ラヴァンの一挙手一投足に目を奪われながら、私は彼らのことをとても魅力的だと思う。

 もしくは、私にはできないことを、彼らが映画のなかでやってのけてくれているのかもしれない。

 今日は同居人がスープジャーで会社に持っていきたいというミネストローネを作りながら、Netflixで『ボーイフレンド』のシーズン2を見進めて、楽しかった。あとは畠山丑雄さんが芥川賞をとったというのがめでたかった。『改元』もおもしろかったし、さもありなんと思う。『改元』の出版元である石原書房の石原さんが喜んでいたのもよかった。石原書房の活動を私は応援している。

 

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 同居人の元同僚が登山用のスティックをくれるそうで、夜、同居人が受け取りに行くといって家を出てゆき、すぐに帰ってくるかと思いきやそのまま音沙汰がないので、飲みに行ったかと察し(そしてじっさいそのとおりだったわけだが)私は『新しい人よ眼ざめよ』の続きを読み、ついに最後の表題作「新しい人よ眼ざめよ」にさしかかったはいいものの、ウィリアム・ブレイクの詩や、前の短編集から続く「雨の木」にまつわる観念的な話が序盤に続き、また連日やや寝不足だったこともあって、あっという間に眠くなってしまい、ベッドに入って寝るに至った。だがすぐ帰ってくるつもりであっただろう同居人が鍵を持たずに出かけていたので、その帰宅に合わせて鍵を開ける必要がある、そのことが頭にあったせいかなかなか深く眠れない。だらだらと浅い眠りが続いた。とはいえ、同居人からの「かえります」というLINEに起こされて時計を見るともう0時前で、眠れなさを感じていながらも都合二時間ほどが経過していたわけだった。三十分ていどだと思っていたのでびっくり。同居人が行く前と帰ってきてからは『ボーイフレンド』を見ていたのと、YouTubeの「THE FIRST TAKE」にPxrge Trxxxperが出ていたので見た。『ボーイフレンド』で最年少であるRYUKIを見て私も同居人も、若すぎる、かわいすぎる、と騒いだものだったが、考えてみればパージはそのRYUKIよりさらに若い。がんばっている、と思う。がんばっている、でいうと、同居人が昨夜、timeleszの原としゃべる夢を見たという。原は、もっとがんばらなきゃ、というようなことをいっていたらしく、同居人は、向上心があってえらい、と思ったという。

 『新しい人よ眼ざめよ』はずっとおもしろい短編集で、最後に表題作がやってくる構成もかっこいい。観念的な話で眠くなったと書いたが、きちんと覚醒して読んでいればその部分こそがおもしろいはずで、半分まどろみながら文字をなぞるだけで通り過ぎてしまった箇所を、私は日をあらためてまた読もうと思った。

 

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 エイサップ・ロッキーのアルバムがついに出た! 八年ぶりだという。一聴して、けっこういいアルバムだと思った。夜は神田でGくんと同居人と食べた。Gくんの合格祝いであり、誕生日祝いでもあった。また山岳部であったGくんに登山のなんたるかを聞く会でもあり、同居人が冬山や南北アルプスについてあれこれ聞き取っていた。Gくんはバリをやっていたらしい。「『バリ山行』読みたいねんな〜」といっていた。私たちが「貸そうか?」というと「自分で買おうかな」といっていた。激ネムのため寝る。

セブンの浜ちゃん、落ち込んで見える

 

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 刻一刻と移りゆく場面場面。そのひとつにおいて私はカービィになって動いていた。カービィとしての私は巨大な地底空間をめまぐるしく駆け回る。地底空間のなかには地表からのやわらかく神話的な光が降り注ぎ、岩々や生き物たちを等しく神話的に照らし出している。私は巨大な翼をもった鳥のようなものを追いかけている。鳥のようなものはほとんど翼を羽ばたかせることないまま地底空間をとんでもない速さで滑空し、岩々を破壊し、生き物たちを蹂躙しながら進む。その後ろを、一定の距離を保ったまま追いかけているカービィとしての私。とつぜん、鳥のようなものが、上から降り注ぐ神話的な光のほうへ上昇してゆく。私と同じく鳥のようなものを追いかけていたケンタウロスの集団も合わせて宙に浮かび果敢に追いかける。巨大な翼をもつ鳥、それを追うケンタウロスの集団、そのさらに後ろからやや遅れをとりながら追うカービィこと私、という三ぐるみがみな光のなかに昇っていく構図を、私は、めっちゃ神話的、と思いながら見ている。

 翼をもたないケンタウロスたちが、やがてバラバラと墜落してくる。光の降り注ぐ地底に積み重なるケンタウロスの身体。そのなかのひとりが頭だけをこちらに向けて、私を糾弾するように目でうったえてくるので怖かった。

 ……私は夢のなかでカービィとして駆け回っている場所を『カービィのエアライダー』の世界として認識していたが、じっさいの『エアライダー』はおそらくもっとポップ。一度キヨの実況で見たときに情報量の多さに恐れおののいた記憶が、私に神話的地底空間を見させたのかもしれない。そんな夢を見たあとだったから朝はぼんやりしていて、洗濯物を干し終えたくらいでようやく目が覚めた。

 同居人は横浜のほうへ高校の先輩とアウトドア用品を買いに、私は目黒で開催されたHさん企画の「文徒」というイベントに参加した。「文徒(ぶんと)は、創作文芸・同人誌の作者と、読む人々が集まり、その場で持ち寄った本を読み、言葉を交して味わうための小さなイベントです。文学フリマのように「並べて売る」のではなく、「持ち寄って読み合う」ことに主眼を置きます。」……そのとおり、およそ三十分黙読、およそ十分感想を述べあうセットをストイックに繰り返した。会場となるカフェKaffaに集まったのはおよそ十人。Hさんの旧知の文芸仲間や他のイベント、ツイッターで知り合ったひとたちだという。私にHさん以外の知り合いがいなかったのもあって最初は緊張したが、感想を述べあう時間を一、二回経るうちにいい感じにほどかれた。うまく回らない口で読んだ作品の感想を述べたり、他のひとの読んでいた作品の感想を聞いたり、ときにはそれが私じしんの作品の感想であったり、あるいは私が感想を述べている相手がまさしく読んでいた作品の書き手のひとであったりする、この「その場」感というのはたしかに文フリにはない心地よさ。伝えるのも伝えられるのも楽しい。リアルであることの可能性を感じる。

 十九世紀のイギリスの作家の詩を訳出している方の本があり、その「最後の人間」という詩の冒頭が「二〇〇一年」という時代設定から始まっていた、そのように時間も場所も離れた作家によるこちら側の時代への想像力がおもしろい。とか、俳句というのは季語の置かれ方によっていっきに情景が広がってくるからほんとにおもしろい。とか、奇想SFっぽい作風だがあくまで自分の身体の感覚に根ざして書かれているのがおもしろい。とか、私の掌編と同じように突発的な思いつきから書き始められているようだが展開のさせ方がまるで違っていておもしろい。とか、読みながら思ったことをすぐに伝えられるのはいい。私はなにかをすぐにいうのが苦手なのだが、たどたどしくとも述べることに意味がある、と素朴なことも思った。

 解散してからはエイサップ・ロッキーのアルバムをまた聴いた。やはり私はけっこう好き。「STAY HERE 4 LIFE」という曲のトランジションはかなりVegynを思わせる。あと、やはりエイサップ・ロッキーは声がかっこいい。しかし八年待たせたならフランク・オーシャンやリアーナも引っ張り出してきてほしかったという気持ちもたしかにわかる。まあまずはロッキーじしんがカムバックしてからか。(といいつつ、エイサップ・ロッキーの場合は八年の間におもしろいシングル曲をちょこちょこ出していたので、まったくのカムバックというわけでもないのかもしれない。そこの感覚は私には掴みきれていない。)帰ってきてから、同居人がカミナリのYouTubeの「U字工事・益子卓郎に「なんだおめぇ」をいわせたい」という企画をまた再生していた。昨日も見た動画だが、何度見てもおもしろい。益子さんが下ネタをいわれたときだけ露骨に赤面してたじろいでしまっているのが楽しい。

 

1/18

 同居人は朝から会社の同僚と鎌倉のほうの山へ。私はやや迷ったのちにユーロスペースへ『汚れた血』を観に行った。迷ったというのは、もう何度も観ている映画だし、なんなら昨年も家で同居人と観たから。もうどんな映画であるかは知っているつもりだが、しかしやはり私が映画というものに興味をもつきっかけの作品であるので、スクリーンで観ておくに越したことはない。と思ってけっきょく行った。話は知っているが、まあ何度観ても異様な構成の映画。いちおうSF的な物語が展開される、その途中に、とにかくジュリエット・ビノシュの美しさが目に焼き付けられ続ける長い夜が挟まる。アレックス=ドニ・ラヴァンの「もしきみとすれ違ってしまったら世界全体とすれ違うことになる」という言葉。なにがそこまで彼を駆り立てるのか、物語展開だけで考えてみるとよくわからないのだが、大写しになるアンナ=ジュリエット・ビノシュの顔を見続けていれば、そんな言葉が発せられるのも当然、という気持ちになってくる。つまり真に映像的説得力に満ちているのであって、これを二十五歳で撮ってしまったということにあらためて驚かされる。物語上の必然性に欠けていても映像で観客を納得させられるのであればいい、という賭けに挑んだ、カラックスとビノシュという若き恋人たち。

 そしてもちろんカラックスの分身ことドニ・ラヴァンの「疾走する愛」であるわけだが、昨年も観たばかりであるために、ラジオの電源をつけるくらいからもう、走るぞ、走るぞ、と身構えさせられて、こちら側としてもやや照れる。照れながらもやっぱり疾走はかっこよくて、いっきに大学のときに引き戻されるようでもある。

 引き戻された勢いで大学生のようにすた丼を食べて、まどろみながら代々木公園まで散歩した。途中、爆笑問題のウーチャカこと田中とすれ違って、同居人にLINEした。日曜日の午後の代々木公園は美しい。公衆トイレにもいい具合に光が差し込んで、男性用の小便器の縁がきらめき、写真を撮りたくなるほどに美しいのだが、たとえ僕の他に誰もいないとしても、トイレでカメラを構えるものではないという暗黙の規範に縛られ、なにもせずに泣く泣く立ち去った。空いているベンチに座り、『新しい人よ眼ざめよ』を最後まで読んだ。素朴にかなり感動した。振り返ってみれば大江の小説には感動させられていることが多いのだが、今回はなかでも際立った感動のように思える。これまでより直接的な私小説のようであるこの短編集が、「僕」と「イーヨー=光」との共生のあり方の大きな変化に至る過程を描いているからかもしれない。これまでいくつもの小説のなかに擬似的に描かれてきた、もはや一読者の私にとっても親しみ深い人物である二人。加えて、これまで描かれてこなかった「僕」の妻や「イーヨー」の弟・妹も姿を現す。つまりこれは二人だけでなく家族全体にかかわる大きな変化なのであり、そのことについてもメタ的に言及されているのが新鮮。

 ──あなたの小説が、そうしたイーヨーを読みとらせる方向づけで書かれているからでしょう、それは。あなたがわざわざ捩じ曲げて書いているとは思わないけれど。ヨーロッパから戻ってイーヨーを見て、あなたがショックを受けた、そのとおりなのだろうと思いながら読んだけれど。……あなたが留守の間、イーヨーが悪くて困った時、イーヨーにあなたが見てとったものを、私やイーヨーの妹と弟が感じとっていたのではない、とは思ったわ。

(大江健三郎『新しい人よ眼ざめよ』収録「新しい人よ眼ざめよ」より(p.320-321))

 小説家の「僕」は長男「イーヨー」のことを小説に書くにあたり「小説的」な方向づけをしていて、それが現実の生活の実感と必ずしも一致するわけではないのではないか、ということが、妻によって指摘される。そして「イーヨー」は最後に「新時代の若者」となって「僕」の前に現れる。ここにおいて、「僕」と「イーヨー」の共生も新時代に突入するのだと、読者の私にも強く感じられ、感動する。

 代々木公園の原宿側の出口広場では、上下デニムにリーゼントのおじさんたちがロカビリー調の音楽に合わせて身体を揺らす謎の集まりが催されていて、多くの観光客に囲まれ、動画を撮られていた。山から帰ってきた同居人と合流すると、まだ元気だというので、夕方から『万事快調〈オール・グリーンズ〉』を観に行った。おもしろかった! 南沙良、出口夏希、吉田美月喜というまさしく「新時代の若者たち」、これからの映画を担ってゆくだろう俳優たちが、それぞれの魅力を最大限発揮して、キツくなりそうな題材や台詞をかっこよく、美しく成立させている。三者三様の魅力にあふれているのが素晴らしいし、またもやいい友だちとして登場した黒崎煌代もたまらなくいい。荘子itの音楽も、南沙良のラップもよかった。あとシンプルに、よくこんな企画が通ったなあ、とも思った。栽培、原発、ストゼロ、サイファー、名画座、と振り返ってみればてんこ盛り。この時代に新しい青春映画の傑作を作ってみせようという気概を感じた。帰宅してからは豚汁を作りながら原のドラマや『豊臣兄弟!』を見た。

でかい木はいい木よ

 

1/19

 同居人の会社の先輩が『冬のなんかさ、春のなんかね』について、私にはわからなかったけど一話だけ見てみてほしい、といっていたらしく、帰宅してから二人で見てみたら、まあ予想どおりではあるのだがしゃらくさく、会話もほとんど頭に入ってこなかった。杉咲花と成田凌がミッシェル・ガン・エレファントを流しながら話しているコインランドリーに、もし間違って入店してしまったらどうしよう、とか、関係のないことを考え、同居人としゃべりながら見てしまった。成田凌はずっとこんな役ばっかりでいいのか、と勝手にキャリアの心配をした。今泉力哉は、まあほんとにずっとこんな感じの話をやっていくのかもしれない。そうなると逆に、二十年後、三十年後もまだやっていたらすごそう。

 見ていてキツい、というようなことでいえば、昨日の『万事快調〈オール・グリーンズ〉』だってキツくなりうる感じの映画だったはずなのに、キツくならずに楽しく観られたのは、もちろん三人の演技の素晴らしさや編集のテンポのよさもあるだろうが、それだけでなくやはり「新しい青春映画の傑作を作ろう」、あるいは「南沙良や出口夏希や吉田美月喜という必ずや次世代を担うであろう俳優たちのフィルモグラフィーに奇妙な傑作を刻もう」という気概に満ちていたからではないかというふうに思う。『汚れた血』だって、「ジュリエット・ビノシュの美しさを映画史のなかに残そう」という気持ちによって作られていないか。そういう、気概。もちろん気概だけでいい作品が完成するはずはないが、少なくとも気概はあったほうがいい。(それでいえば『冬のなんかさ、春のなんかね』にだって、テレビドラマでああいう会話劇を定点カメラでやろうという気概があるのかもしれないが、いまのところそれがドラマのおもしろみに繋がっているように、個人的には思えない。テレビ画面とボソボソ声の相性のよくなさ、というのもあるかもしれない。)

 

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 同居人は今日の夜から静岡に住む弟くんの家に遊びに行った。明日一緒に山を登って帰ってくる。その準備を私も手伝った。あとは「アメトーーク!」の昨年末の拡大放送回が録画されていたので、ぼんやり見たりしていた。「運動神経悪い芸人」というのを初めてきちんと見た。昔は「ヒザ神」ことフルポン村上の動画がツイッターに流れてくるのを見て、やりすぎてるだろ、と思ったが、いまはそんなこと思わない。べつに、やっていようがおもしろければいい。バラエティー番組なのだから……

 実家でよく街ブラロケ番組を好んで見ている父は、タレントがあたかもたまたま通りがかったかのように店に入っていくのを見て、こんなの事前に許可取ってるに決まってるじゃんね、とよく口にするが、それだってべつに番組の演出を非難するというよりは、ただいってみたいだけなのだろう、といまになってわかる。げんにそういう番組や演出を好んで見ているわけなのだから……。偽物、建前、やらせであるとわかったうえで、好んで見ること。あるいはこういったときの「本物」や「偽物」というのもひとつの相対的な見方に過ぎなくて、テレビである以上、絶対的な「本物」など存在しない、というふうにも考えられる。

 あるいは、父のいっていた、こんなの事前に許可取ってるに決まってるじゃんね、というフレーズは、思春期の私や弟の前でそのような「偽物」の番組を見ていることにたいする照れ隠しのような意味合いも含んでいたかもしれない。かつての私は物事の価値を評価するときに「本物」であることに重心を置いていたように思う。たとえばスティーヴ・アルビニが録音した『イン・ユーテロ』はそうでない『ネヴァーマインド』より本物っぽいとか。メソッド演技はそうでない演技より本物っぽいとか。生放送は収録より本物っぽいとか。しかしそれら本物っぽさもあくまで「ぽさ」であって、けっきょく私が感じる「本物」/「偽物」なんて相対的で主観的なものでしかない。テレビ番組が本物か偽物かなんてどうでもよくて、それを見て笑ったという事実だけが本物なのだ……

 というのはたんなる軽口。ところでさっき私が書いた、父の、こんなの事前に許可取ってるに決まってるじゃんね、というフレーズも、こうやって文章にすると発声されたときのニュアンスが失われるように思う。父がこれを発声するときの、ちょっと皮肉めいた笑いの感じ。それが書かれた文章にはない。一種の脱文脈化ともいえる、この書かれ文章の集合体がたとえばツイッターであるわけで、そういうひとつひとつの書かれ文章をタイムラインで見る側は、そこに勝手に文脈や感情を見出だそうとするわけだから、そりゃあ齟齬が生まれるよなあ……、というのもやはり軽口。

 

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 黒くて、気後れするほど軽いクレジットカード

 何十年も前に森を焼くときに使ったカードだった

 森の声が聞こえる(「もっと右を走れ」)

 森の声が聞こえていることがマルフォイにバレて、ラリアットされる

 ……という、今日の夢のメモが日記に記されている。なにやらおもしろい夢だったという印象のみが残っている。

 昨日の日記に書いた「メソッド演技はそうでない演技より本物っぽい」というような感覚は、身体や心ごと役柄に没入してゆくような演技論がいかにも純度の高いものであるように思えたから、そしてじっさいロバート・デ・ニーロやダニエル・デイ=ルイスの演技を見てすごみを感じ取っていたからであるが、いまになって思うと、私が感じた彼らの演技の「すごみ」の半分くらいは、フィルムに映る演技そのものというより、フィルムに映っていない役作りエピソードによってもたらされていたのではないだろうか。じっさいにタクシードライバーとして数ヶ月働いた、とか、いかにもすごそうだし……。私のような素人は、様々な周辺情報によって飾り立てられていればいるだけ、簡単に「本物」であると信じ込むことができてしまう。なおかつその「本物」は容易に移動しうるものでもある。現に私は大学生のとき、ブレッソンに影響を受けたという濱口竜介の「本読み」にふれて、これが本物だ、とすぐさま鞍替えしたのだった。「本物」なんてものはしょせんそのていどなのだ、ということもできるし、そうだとしてもやはり本物と呼べるものは存在するだろう、と夢想したい気持ちもある。あるいは、方法や技術そのものが本物かどうかではなく、個別の作品が本物かどうかという議論をすべきなのかもしれない。そういう本物を、私がこれまで述べてきた可動式の「本物」と区別して、仮に「モノホン」と呼びならわすこともできるかもしれない。しかしある作品が「モノホン」であるかどうかというのも、けっきょくどこまでいっても主観ではある。

 ところで、私が「本読み」についてを三浦哲哉の授業で教わったときに三浦先生がいっていたのか、それとも私が勝手に思い浮かべたのかは定かではないが、私は「本読み」についてはっきりとした視覚的イメージをもっている。「本読み」とは感情や起伏や意味をできるだけ排して台本を声に出して読むこと。そうすることで、台本は、まっすぐに張られた柔らかな膜のようなものになる。起伏のない真っ白な膜。俳優たちは自分に割り当てられた台詞を読み、台本に書かれた順番どおりに、相手の台詞に続いてまた自分の台詞を読み上げる。それを繰り返すうちに、互いの台詞に反応し発声する身体ができあがって、真っ白な膜が下から自然に突き上げられるように、ときになだらかな、ときに激しい凹凸が浮かび上がる。互いの台詞に反応する身体どうしだから、台本が読まれるたびに膜の凹凸は異なる形をとる。つまり一回ごとに異なる形をとる柔らかな膜とそこに凹凸をつける身体を準備するのが「本読み」という方法であり、「身体や心ごと役柄に没入してゆく」メソッド演技に対比して書けば「身体がそのまま役柄になる」ということになるだろうか。違ってたらすみません。

 大江の『新しい人よ眼ざめよ』も、まるで同じとはいわないが「本読み」に似ている要素があるかもしれないと私は考える。大江=「僕」が大学生のときに出会ってから常に心のうちにあり励まされ続けてきたジェイムズ・ブレイクの詩という柔らかな膜に、「イーヨー」と共生するなかでの様々な出来事にふれて凹凸が生まれる。そのたび「僕」は詩の意味を再発見し、感動し、その感動が「イーヨー」との生活にあらためて持ち込まれる。……という、一回ごとに異なる形をとっていただろうと思わされる生の過程を文章にした小説で、これは保坂和志を読んでいるときの感触にも近いかもしれない。

 同居人は今朝早くから弟くんと静岡の山に登っていた。寒いなか大丈夫だろうかと私は心配した。途中で送られてきた山中の写真が水墨画と見紛うほどの雪景色であったうえに、その後なかなか連絡がとれなかったので少しビビったが、たんに電波が悪かったらしい。心配しすぎた。帰りは荷物が多いようだったので品川まで迎えに行った。これも心配しすぎだったか。帰ってきてからはゆっくり入浴してから『ボーイフレンド』の続きを少し見た。夜、日記を書きながらclaire rousayの『sentiment』を聴いて、もしかしてcarolineの『caroline 2』の参照元(あるいはたまたま一年先輩の同時代的音楽)なのではないかと気づいた。もうみんな気づいていたかもしれないが。あと、ピッチフォークがサブスクリプション制を導入していて、サイトを見にいってみたらアルバムレビューの点数のところがぼやかされ見えないようになっていてウケてしまった。うまくいくと思えないのだが……

 

1/22

 claire rousayとcarolineが似ているのは生楽器にオートチューンのボーカルを乗っけていること、なおかつそれが奇をてらう感じでもないこと、アンビエントに似た音響的広がりをもっていながらメロディーラインは感傷的であることなどサウンド面においても感じ取れるし、YouTubeでときおりサジェストされる「but it's raining」や「playing in another room」や「driving in rain」的な編集をされた音源の雰囲気をみずからやっている感じ(それぞれのアルバムにはまさにそういう曲が収録されている)も、なんとなく時代の空気を捉えているように思える。時代の空気、と雑に書いてみたが、はたしてなんなんだ……

 

1/23

 けっこう、かなり寒くなってきている。それでも私は夏より冬のほうがましだと捉えている。しかし寒さのせいなのか、昨日くらいから左の肺がたまにチクッと痛むのがちょっと不安。気管支炎や肺炎かのような、チクッと、ではあるが、いまのところ痛みもひどくないし、ほんとにたまにではあるので、いったん様子を見ましょう。暖かくして過ごしましょう。坂本慎太郎のアルバムがかっこいい。衆院選にたいしていまからかなりうんざりしている。

 

1/24

 同居人が昼過ぎから夕方まで早稲田のほうで仕事があるというので、私も一緒のタイミングで家を出、渋谷で軽く散髪してから散歩することにした。髪を散らし、歩を散らす。そんなのんきなことを考えていたが、そういえば渋谷から早大正門までを繋ぐバスがあったことを思い出し、乗った。渋谷を出て、原宿、千駄ヶ谷、四ツ谷、と、くねくね走るバス。名作だといえた。私は都内を走るバスにたいし、たんにどのような道を辿るかという観点のみによって、名作かそうでないかという評価を下していた。まだ開拓の序盤ではあるが、いまのところは渋谷から五反田へと向かうバスが一番の名作。派手でこそないが、なんといっても目黒不動尊の敷地内の狭い道を通るのがかっこいい。その他に、渋谷から阿佐ヶ谷というバスもあり、こちらはまるで異なる二つの「谷」を繋ぐという意味でいい路線、かつ序盤に宇田川町をつっきるのがかっこいい(逆に阿佐ヶ谷から渋谷の場合、いわゆる奥渋谷と呼ばれる、SPBSの前の道を通るのでそれはそれで楽しい)のだが、道という観点でいうと大通り沿いが多めなのがやや残念。……という並びのなかでいうと、渋谷から早大正門という今日の路線は、くねくね具合と車窓を流れる景色の楽しさの観点で間違いなく名作なのであった。

 土曜の午後の早稲田大学の穏やかさもまた私の気分をよくした。キャンパス内のどこかラウンジのような場所で本を読んで待つことを考えていたが、試験前なのか、建物内には意外と学生が多くたむろしていて、やや気後れ。とりあえず「村上春樹ライブラリー」というのに初めて入ってみて、開催されていた黒人女性の文学とジャズにかんする展示を見、いくつか本をメモった。そのあとはどうにか空いているエリアに座って、福尾匠の『置き配的』を読んだ。ずいぶん前に読み始めた本だが、けっこうむじー、と思ってしまいいったん寝かせていたのだった。福尾匠と荘子itの「シットとシッポ」においてとっかかりにいいとしておすすめされていた第十回から先に読んでみると、ちょうど村上春樹の話が出てきて、それが今日の気分に合っているような気持ちにもなる。そのうち同居人の仕事が終わって合流し、なんとなく大学生じみたもの、ということなのか、油そばを食べてから最寄り駅まで戻って、しかし同居人としては油そばはあくまでおやつとのことで、ケンタッキーとミスドに寄って帰った。大暴れ。そのジャンキーな感覚の延長として、今日はなんとなく家で映画やドラマを見る気分にならず、YouTubeをつけて、SixTONESがシンガポールでわちゃわちゃする二時間の動画を見た。私はSixTONESの健康的な男子ノリにハマっている、というか軽く憧れていて、なんてことない動画なのに二時間ほぼ丸々見てしまった。カミナリのたくみくんの母校の小学校が廃校になるというので、その前に思い出の遊具で遊びつつ、まなぶくんをモテ男にしよう、という動画もゲラゲラ笑いながら見た。子どもの頃って運動神経いいやつがモテたよね、というかなり素朴な振り返りに基づくいかにもホモソーシャルなノリの動画ではあるのだが、楽しく見ることができるのは、けっきょくちゃんと彼らが外に出ているからではないかという気がする。湿気た部屋でしゃべっているだけじゃなしに、ちゃんと外に出て遊ぶこと。それがSixTONESにもカミナリにも共通している。

 同居人は明日山に登りたそうにしていて、私もそれに半ばノリつつ、でも昨日ちょっと肺が痛かったんだよね、といういらない共有をしてしまい、登山はなしになった。

 

1/25

 寒い。日の光さえもがあまり足しになっていない。『置き配的』をもう一度頭から読み直そうとしつつ、だいたいの時間はぼーっと過ごし、昼になってにわかに回鍋肉が食べたいと思ったので日高屋までテイクアウトしに行った、そのときの自転車の寒さも耐えがたく、ふと左手の猿はこの冬どうしているだろうか、まだ生きているだろうか、猿もきっと寒かろうと思って、「左手のない猿が捨てた、右手用の手袋」とツイートした。日高屋には回鍋肉がなく、代わりにバクダン炒め、他に唐揚げと餃子とチャーハンを買って帰り、同居人と一緒に食べた。午後は昼寝したり、やはり『置き配的』をちびちびと読んだり、スマホでアメフトのゲームをやったりした。スイッチ2でぜんぜん遊んでいない。今日やろう、今日やろう、と思いながら、ただただ怠惰で……

 私以上にずっと寝転がって過ごしていた同居人が、夕方になって、もう十分に寝たから歩こう、といい出し、寒いなか歩いて駒沢公園まで向かった。道中では私もまだあまりわかっていない『置き配的』について少しずつ噛み砕きながら話した。そのときに補助線となってくれるのは福尾匠みずからが荘子itとやっている「シットとシッポ」であり、そこで話されていた町山智浩のツイッターの話とか、本のなかに登場した具体的で日記的なエピソードを私も借用しながらしゃべっているうちに、話はツイッターのフィルターバブルやエコーチェンバーのような、もう既に語り尽くされているだろう内容へとずれていったが、そういう語り尽くされているだろう話題であってもみずからの言葉で語り直すことが大事、ということこそが今日の私と同居人の、あるいは『置き配的』のテーマのひとつでもあったので平気でしゃべった。それにしても、インプ至上主義になってからのツイッターはほんとにドイヒー。そのときどきの流行りにノれているかどうかでインプは増える。フィルターバブルもなにも、そもそもなんの意見ももっていない事柄にたいし、もっともらしいツイートがタイムラインに並ぶことで、あたかもそれが自分の意見であるかのような気持ちになってくる。自分の意見なんてもともとないのに。そういう時代だからこそ自分の言葉を語る場所を確保しておくべきで、それはたとえばリアルのしゃべりでもいいし、たとえば日記でもいい。その意味で日記とは日付によって守られた言論空間であるともいえる。

 公園を抜けて玉川通りに出る頃にはほんとに寒くなってきてしまって、道端にふいに現れたやよい軒に吸い込まれるように入った。昼は日高屋、夜はやよい軒という、いやしかし意外にジャンキーともいいきれない一日。最後にはもし映画を作るならどんな話がいいか、というところに至って、やよい軒を出て、そそくさと電車に乗って帰宅した。帰宅してからはきのこのスープを作りながら『豊臣兄弟!』を見た。いまのところ特になにも思わず見ている。

 

1/26

 月曜日からまあまあ働いた。SieroとSonsiがラップを始めるきっかけになったという「貧乏なんて気にしない」が収録されたKOHHのアルバム『MONOCHROME』を聴いたり。KOHHの声が若い。精神性はいまの千葉雄喜と変わらない印象で、感心した。一曲一曲が長い感じ、あとこれはオートチューンなのだろうか、わからないが声を低く加工する感じに十年前という時間を感じた。坂本慎太郎の『ヤッホー』もまた聴いた。歌詞の置き方がいまの千葉雄喜と似ていると思えて楽しい。テレビで党首討論を少し見た。

 

1/27

町のあちこちには空き家をよく見るが

土足で訪れちゃいけない

道を歩く人がこちらを見ているが

誰も声をかけちゃくれない

夢はいつかこの町で暮らすこと

見えないあの人たちと話すこと

崩れかけた軒先をくぐり抜け

ここにかつていた人に会釈して

(坂本慎太郎「ゴーストタウン」)

 ──という歌詞からは、あえて細い路地を選んで歩きながら左右の家々の軒先を覗いてみたいという散歩的好奇心、あるいは鈍行電車に乗りながら左右に流れる家々への日の当たり方に思いを馳せる車窓的想像力、とでもいうべきものを感じる。しかし、歌詞の語り手から町の人びとは見えていない。向こうから話しかけられることもない。散歩的好奇心には限界があるということ。あるいは無邪気に人びとの生活を覗き見ようとすることへの自己批判。語り手はあくまで部外者に過ぎない。

 もしくは、「ゴーストタウン」というタイトルに導かれるようにゴースト的なもの、この世ならざるものを想起することもできる(「ゴーストタウン」の「ゴースト」がそのままゴーストの意でないとしても)。語り手は「見えないあの人たち」と話したがる。かと思いきや、終盤に至ると今度は「誰も僕のことは見えない 見えない 見えない」と歌われる。語り手もまた「見えない」側になりえる。逆転の可能性がある。見ている側も見られている側も「見えない」かもしれないというこの話からは、昨年のマミアナの演劇『翳りゆく部屋のリミナリティ』のことも思い出される。見えないものはほんらい意識すらされないのであって、「見えない」と意識されているのであればその段階で相手への想像力がはたらいているのだといえないだろうか。つまり、たんなる好奇心から出発して、相手の生活・暮らしへの具体的な想像力へとアクロバティックに至る過程が、この歌には描き出されているといえないだろうか。……いえないだろうか、もなにも、いうのは私の勝手だ。

 その勝手な私は今日もそこそこ仕事した。同居人はオフィスの近いGくんと昼ご飯を食べた。Gくんが変な角度の自慢をしてきて、なんやねん、と、よかったね、を同時に思った。

 

1/28

 今日会議のなかで知ったナイスな言葉:カウチポテト族。「ソファー(カウチ)に座り込んだ(寝そべった)まま動かず、主にテレビを観てダラダラと長時間を過ごす人を、「ソファーの上に転がっているジャガイモ」にたとえて揶揄または自嘲した、アメリカの俗語的表現である。(中略)物質的に豊かではあるものの、精神面で荒廃している状況や、現代における生活習慣病など不健康な状況を表す代表的・象徴的イメージであるとされる。」とウィキペディアには書かれているが、なにをいってますのん、私と同居人はカウチポテト族として日々楽しく過ごしている。今日はカウチポテト族として『ボーイフレンド』の続きを見、カウチポテト族としてツイッターで衆院選関連の雑多な情報を追った。私のツイッター、マイ・エックスを見ると自民党(というか高市早苗)は失速しているように思えるが、じっさいはそんなこともないのだろう、と、いまのうちからバランスをとろうとする心の動きが出てしまうことに奇妙な悲しさがある。

 

1/29

 渋谷のWWW Xへtofubeatsとlilbesh ramkoのツーマンライブを見に行った。ラムコは昨年のピューロランドで見たとき以上に熱量にあふれた佇まいで、いまの若者たちにとってのロックスターはラムコのようなひとなのかもしれない、と思いながら、私はジャンプの際にもつま先だけは床につけっぱなしでいるおじさんスタイルで臨んだ。音割れはエモい、というかほとんどギターのように響いていて、やはりこれはロックなのだ。たぶん客層もラムコのファンが多くて、ライブもすごい盛り上がりだったので、後半のtofubeatsは分が悪いのではないかといらぬ心配をしながら見ていたが、ほんとにいらない心配だった。さすがベテランというべきか、ライブ巧者というべきか、盛り上げ上手。ラムコのラスト曲「Homesic/暮らし」の《楽しい時間は早く過ぎる》という一節とtofubeatsの冒頭「PEAK TIME」の《盛り上がる時は一瞬で終わる》という一節がリンクしていて、そういう意味でもDJだといえた。「RUN」で終わってから、同居人と、一緒に見ていたH先輩──同居人の高校の同級生であるが昔から背が高かったために同居人は勝手に「H先輩」と呼んでいて、私もそれに倣って呼んでいるところのH先輩──と一緒に町田商店で食べて帰った。H先輩は定期的にフルマラソンやハーフマラソンに友だちと挑戦しているが、話を聞けばたんなる趣味のていどを超え、もはや部活であるかのように統率されているおもしろいコミュニティなのだった。いまこそ部活が求められているのかもしれない。

 

1/30

 昨日も披露されていたlilbesh ramkoの新曲「LaLaLa」をあらためて聴いて、やっぱりロックだ、と思った。昨日のライブにおけるほとんどモッシュに近い盛り上がりのなか、スマホを縦に持って動画を撮る若者たちの姿を、私は後ろから爪先立ちで身体を揺らしながら見ていたのだった。そんなふうに動画を撮ってもどうせブレブレだし音もそんなによくないだろうに、どうして撮るのかといえば、この日この場所でライブを目撃したことの(自分じしんへの)証明になるからであり、スマホを掲げて動画を撮る仕草がそのままステージに向かって拳を突き上げる動作と相似だからであろう。ようするに、むしろかなりライブに没入している行為なのではないかということ。それを年長者たる私が邪魔してはいけない。しかし昨日のようにさらなる年長者たるtofubeatsとのツーマンというような形で開催してくれればまだ行きやすい。そういう意味でもtofubeatsには感謝しなければならない。

 昨日の疲れが残っていて、朝は出社ギリギリまで寝てしまった。

 夜は同居人と集まってそばを食べたのち、『恋愛裁判』を観に行った。真面目に考えられていて、おもしろかったし、いいシーンもたくさんあったように思うけれど、なんとなくもったりしているようにも感じられ、しかしよくいえば、現代的でいかにも「速い」テーマを扱っているのにこのようにもったりしていることが、私たち観客が立ち止まって考えるきっかけを与えてくれているのかもしれないといえる。齊藤京子の声の低さに支えられた映画でもあって、常にどこか冷めている感じ、見た目にはアイドル活動にも恋愛にも情熱がなさそうに見える感じが、かえって終盤のブレなさを強調するようでもあった。また、アイドル描写に気合が入っていたのもよかった。どれほどリアルなのかどうかは私にはわからないが、リアル、と感じられるていどにはリアルだった。映画館を出たら寒くて、そそくさと帰宅し、急いで入浴し、同居人はあっという間に寝てしまった。

 スマホに入れているGoogleフォトのアプリがときおり勝手にハイライトを作って知らせてくれる、その通知が今日も来て、「楽しかった思い出」というようなタイトルだったので開いてみたら、一枚目にサークルのときのNの写真が表示され、その次もN、その次もNで、けっきょく十年前くらいに撮ったNの写真が六枚ほど提示されて終わったのでおもしろかった。

 

1/31

 夕方まで仕事してから同居人と合流し『HELP/復讐島』を観に行った。有害な男性性や支配/服従という関係性にかんする映画ともいえるが、ジャンル映画らしいケレン味にあふれ、超えちゃいけないラインを超えていて楽しかった。レイチェル・マクアダムスがテキパキとサバイバル術を開陳していくシーンで、まったく関係ないのだが、昨日の『恋愛裁判』の倉悠貴が齊藤京子を追って家を出てゆくときにきちんとコンロの火を止めていたのをなぜか思い出して笑ってしまった。都会のマンションにおいて火は止めなければならないものだが、無人島においては火を絶やしてはならない、そういう対比が無意識に浮かんでいたのだろうか。……と、もっともらしい解釈を加えてみましょうか。映画が終わって帰宅している途中で同居人が腹痛をうったえ始め、そのまま帰宅してからも痛がっていてかなりかわいそう。

二〇二五年十二月の日記

12/1

 映画の観客は、映画内の出来事の目撃者でもある。ことホラーというジャンルにおいては、出来事の当事者たる登場人物たちの多くがなんらかの理由で口を閉ざさざるをえないということもあって、私たち目撃者の存在が重要になる。私たちもそこに居合わせた、私たちもそれを見ていた、という、目撃者としての感覚。もしかするとホラー映画こそ物語と観客の距離が近いジャンルだといえるのかもしれない。べつに私はホラーを多く観る人間ではないが、昨日の『WEAPONS/ウェポンズ』においては特にその目撃の感覚が強かったように思う。恐ろしい悲劇として語られてきた物語が、最後に喜劇に転じ躍動する様を目撃したのは、あの町の数少ない人びとよりむしろ私たち観客のほうなのだった。……とここまで私は昨日とほぼ同じことを書いてしまっているが、日記を書きつけているGoogleドキュメントを、私は月ごとに新しいものにするので、昨日の日記との重複をほとんど意識しないまま、月が変わってリセットされたような感覚で書きたいように書いているのだった。昨日の日記に書いていないことを加えるとするならば、一日経つとじわじわと終盤の展開以外の部分が思い出されてきて、ジャスティンやポールの多面的な人物描写は『スリー・ビルボード』以降の映画という感じがあったなあ、という感想も浮かんできていた。人間を描けている映画だと思った。

 今日は「映画の日」ということもあってなにか観よう、しかし観たい映画はだいたい席が埋まっている、じゃあこれにしましょうか、ということで同居人と『果てしなきスカーレット』を観に行った。細田守というひとのどこまでも素朴な人間観・善悪観に基づくいっさい照れのない物語は、ある種の作家性が濃厚に表れているものだともいえて、そういう意味ではそこまでひどくはない(というか予告編で流れる邦画のほうがよほどひどそうだ)とも思ったが、端的におもしろくない部分が多々あったのが残念。人間が描けていない、ということになるのか。その素朴な世界観をじっくり煮込んだような登場人物である聖というひとがぜんぶ悪いような気がしなくもない。

 スカーレットの父の最後の言葉であり物語の核のひとつといえる「ゆるせ」にたいする考察が劇中でとうとつに始まり、そこに敵キャラまで参加してくるシーンにはウケてしまったが、その考察が終盤でまたぶり返し、もはやアニメーションであることを放棄し人物がまったく動かないままセリフでぜんぶしゃべるという展開にはさすがに興醒めしてしまった。観客=目撃者、という今日の最初の話に照らせば、まさしく、なにを見せられているのか、状態といえた。またこれも脚本のせいなのかもしれないが、シーンごとの一枚絵的な見せ方には迫力を感じるものの、アニメーションとしての連続性に欠ける箇所が多く、編集前のラッシュなのかとすら思った。宮崎駿が見たらなんというのか。とはいえこうやっていろいろしゃべりたくなる映画ではあって、観に行かなきゃよかったとはならない。

 映画館を出てからもわりと暖かくて、同居人とあれこれしゃべりながら帰った。

 まったく別の話、といいつつ、今日の「目撃」の話から連想したことではあるが、『同時代ゲーム』のおもしろさには、ほんらい「僕」から「妹」への私的な手紙であるはずのものを私たちが読めてしまっているという、目撃(あるいは覗き見)の感覚も寄与しているかもしれない。ようするにあれは私的な手紙の流出なのだ。

 

12/2

 先々月までは「僕」として書いていた日記を、ふとした思いつきから先月は「私」として書き、「私」性に引っ張られてのことかそれともたんなる偶然か、一日二〇〇〇字というのがなんとなくのノルマになってしまっていた私。その「私」としての長大な日記も先月の下旬には目に見えて失速し、一ヶ月続けた「私」としての日記にたいする総括のようなものも特にないまま気づけば十二月に突入していた。私は今月、日記をどのように書くべきか決めかねていた。もう二〇〇〇字というのはやめよう。そのことだけを考えていた。二〇〇〇字というノルマをもたないいまの私は、たとえばもう、ここで日記を終わらせることだってできるのだった。あるいは今月は日記ばかり書いていないで、少しは他のものも書いたり、先月ほとんどできなかった読書に時間をあてたりするのもよかろう。そうした態度の表明として、やはりここで日記を終わらせてしまうのはありな気がしていた。

 

12/3

 昨日の夜は同居人と駅ビルのとんかつ屋で食べたのち、今年のベストなになにはなに、ということを話しながら帰ったのだったが、ベストブックはと聞かれれば『同時代ゲーム』かなとすぐに答えられるのに、たとえばベストムービーは、と問われたときにパッと出てこない私がいた。たんに映画と本で私の過ごす時間が大きく異なる──映画は二、三時間だが、本は数日、数週間、あるいは数ヶ月かかる──というのもあるだろうが、それにしたって思い浮かべられなさすぎ。なんだかんだいって『ワンアフ』かなあ、あ、この前『スプリングスティーン』を観たときに、そういえば『フォーチュンクッキー』もいい映画だったと思い出したよ、というようなことをいいながら、夏より前に観た映画のことが思い出せずにいる。夏の暑さで記憶がなくなった? いや、私の記憶力の乏しさによるところが大きい。Filmarksに記録する習慣を習慣としてみずからに根づかせることができなかった私は、その代わりにここ数年は日記を書くことで観た映画を記録しているつもりであったが、私が書いている文章型の日記のレイアウトというのは、あとから特定の話題を抽出しようとする際の一覧性に著しく欠ける。その一覧性のなさが私の記憶力(あるいは思い出し力)の乏しさに繋がっているように思う。私の日記は、よくいえば、見、読み、聞きした作品が私じしんの生活となめらかに溶け合っているような書きぶりであり、よくいわなければ、あらゆる作品を真っ白なGoogleドキュメント上に平板化し収集してゆく作業だった。このように書くとどちらがよく、どちらがよくないのかわからない。

 しかしこうやって書いているうち徐々に思い出せてくるもので、『旅と日々』もよかったが三宅唱でいえば『THE COCKPIT』が非常によかった。三宅唱は、なんというか、平たくいってしまえばセンスがいい。映像的運動神経、とでもいおうか、映像のリズムに身を任せたくなる。その快楽が、室内で、しかもほとんど定点カメラ(三宅唱にならうなら「キャメラ」)によって撮影された『THE COCKPIT』においても強烈に浮かび上がってきてい、さらにカメラによって映し出されるのがそれこそセンスを磨く行為ともいえるビートメイクであるものだから、二重にセンスの話になっている。……いや、『THE COCKPIT』も『旅と日々』も先月観たばかりの映画なのだから思い出せて当然なのだ。もっと前の……、そう、今年はアラン・ギロディの年だった! 『ミゼリコルディア』、『湖の見知らぬ男』、『ノーバディーズ・ヒーロー』という三作どれも年間ベスト級におもしろく、どうして忘れられようか。

 そのアラン・ギロディを忘れていたのもやはり私の日記に一覧性がないから。そうであれば私は日記のレイアウトをさまざま試してみるべき段階なのかもしれなかった。ときおり私は本屋で分厚いカフカの日記本を手に取り、ぱらぱらとめくってはそのストイックさに感動し、(いかにも「日記」的な)文章のみで綴られる日記に憧れをいだいていたが、私とカフカでは時も場所も違う。しかも私はブログに日記を公開している。当然日記の書き方も違ってくるはずなのだった。(しかし、どんなふうに?)

 

12/4

 M-1の決勝進出組が発表されていた。今年から真空ジェシカのラジオを聞き始めていた私は彼らがまた決勝に行ってうれしい。もちろん真空ジェシカの決勝進出なんてなんの意外性もないわけだが、それでもうれしいのはラジオを聞いているからだろう。知っているひとたちが行った感覚? しかしラジオを聞いても彼らのひととなりがわかるわけでもなく、相変わらず知らないひとたちのままではあった。(こんなふうに? しかし今日くらいの内容ではべつになんの「書き方」の実践にもやっていないわけで、こんなふうに、もなにもないのだった。あるいはいま書いているこのカッコ書きの部分こそが、こんなふうに、の中身なのかもしれなかった。日記には日付による区切りがあるが、このようにカッコを使うことでその区切りをくぐり抜け、前日の続きを書くことができるのかもしれない。ここに日記の新たな書き方の可能性があるのか?)

 

12/5

 昨日か今日あたりからはっきりと冬の空気になっていた。空気の冷たさが冬のそれ。朝と夜はもちろん寒いし、昼間晴れていても風が冷たい。しかしこの冷たさを嫌がっていない私がいた。今日は金曜日。明日は土曜日。明日も晴れ。明日の散歩を楽しみにしている私だった。せっかく『ひらやすみ』のドラマを見たのだし、阿佐ヶ谷にでも行こうか? いや、明日はこのところまるでできていない読書をする日にしようか? 同居人は明日、会社の元同僚の実家近くの山でみかん狩りをするそう。いい予定。

 Apple Musicが今年私が流した音楽の趣向をまとめてくれていて、それによれば今年の私はバッド・バニーをもっとも再生していたらしい。それは感覚的にもわかるのだが、二位がジャスティン・ビーバーで、謎。三位FKAツイッグス、四位ビッグ・シーフ、五位ザ・ウィークエンド。私の実感に照らせばキャロラインが入ってきてもよさそうなものだが、五位以内にいない。ジャスティン・ビーバーをそんなに流したのか? アルバムを二枚出したから? FKAツイッグスも二枚出しているし。秋以降の私はラップスタアを見ていることもあって日本語ラップに興味が向きつつあるが、それはApple Music上にはさほど反映されていない。興味をもっているからかツイッターのタイムラインにも日本語ラップの新譜情報が流れてくるようになって、今日はBABYWOODROSEというひとを知った。サイケふうのジャケットも『Trapadelic』というアルバムタイトルもファンカデリックのオマージュであって、べつに中身がファンカデリック的であるわけではないにしても、リリックからも音楽好きなのだろうことがうかがえる。トラックもかっこいい。そしてなにより、これまで聞いたことのないフロウ。こんなふうにノることができるのか。すさまじく非定型的なノリ方のようで、じつは韻が踏まれているがゆえに、リズムを失わずに聞くことができる。まるで思いつきのフリートークのようにくねくねと進んでゆく内容もよい。文体を感じさせるラップ。アルバム冒頭の「Intro of japanese trap」はポエトリーリーディングふうに始まり、開始五秒ほどで「いや、けんちゃん、これビートひどいわ」とトラップのビートにすげ替えられるのだが、じつはポエトリーリーディング性こそがこのひとの味なのではないかとも思わせられる。

 YouTubeのほうのハイライトも見てみたら今年私はYouTubeブライアン・イーノとエセル・ケインを流しまくっていたらしい。サジェストのなさるわざといった感じでおもしろい。(このように情報を羅列することが私の日記に欠ける一覧性を回復することに繋がるか?)

 

12/6

 ニューバランスの1300番といえば「雲の上を歩いているよう」とも「スニーカー界のロールスロイス」とも呼ばれる名品であるという。足幅の広い私にとってスニーカーとはまず第一にニューバランスであるわけで、私はこの名品たる1300を、五年ほど前にコロナの給付金のうちおよそ三万円余りを使って購入したのだった。白、灰色、淡いブルーといういかにもニューバランス的な色合い。私の足は幅のみならず全体のサイズにおいても大きいから、そのぶん大きい1300は私の部屋の玄関にてご立派な存在感を放った。まさにロールスロイス

 私はこの五年間、雲の上を歩き続けて、1300をボロボロにした。外側のスウェード部分もチリチリになり、また脱ぎ履きする際やごみ出しでほんの少し外に出る際にスニーカーのかかとをつぶす私の悪癖のせいで廃車寸前まで追い込んでしまった1300を、私はもはや会社に履いていくことはできず、ここ二年ほどは別のニューバランスを履く日のほうが多くなっていた。それでも今日のように、なにをすると決めたわけではないがばくぜんと散歩の予感が漂う日には、かつて雲の上を歩いた記憶がよみがえり、靴箱から1300を選ぶのだった。

 同居人が朝からみかん狩りに出かけるというので、私も同じタイミングで家を出、なにはともあれ散髪しに行った。私は渋谷のマークシティのところのQBハウスをよく利用していた。順番待ちの間に読書ができ、そしてなんとなく他の店舗と比べてうまい具合に仕上げていただけるというのも私の気に入っていた。待っている間、私は大江の『「雨の木」を聴く女たち』を読み進めた。冒頭の「頭のいい「雨の木」」は先日読んだ『現代伝奇集』にも収録されていて、同じ短編を二つの短編集の冒頭に持ってくるなんてありなんすか、と思いつつ、同じ短編から別の形で想像力が刺激されて短編集が二つできあがったのなら、それはそれで仕方ないしおもしろいことだなあ、とつぶやいているうちに私の番。お坊ちゃんふうの髪型になり、今日一日、姿勢よく歩き続けるという運命が定まった。私は1300のエンジンをふかしながら、さてどちらへ、とGoogleマップを開いたが、渋谷から歩き始めるとなると、このところの私は東急百貨店のあったところから神山町のほうへと抜けがちなのだった。今日もやはりそうしながら、途中で左折して駒場方面へと歩いた、その道が、何度も通っているエリアのはずなのに初めての道で、私は先月おぐセンターへ行ったときと同じ感覚におちいった。エリア全体のことをなんとなく知ったつもりでいても、一本一本の道のことをまだまだ知らない。道を知らなければ、今度は逆にそのエリアのことをまるで知らない気がしてくる。それがおもしろい。

 駒場方面に行くとなれば駒場キャンパスを通りたくなるのが必然で、特にこの時期は美しくくさい銀杏並木を見られるいい機会でもあった。トイレを借りに学食棟に入ったときの、あの学食独特のにおい、あれも私を懐かしい気持ちにさせた。銀杏の美しさ・くささよりもむしろ学食のにおいのほうが思い出を喚起する力に満ちていた。なんといえばいいか、肉まんの生地の部分が蒸されているような、あるいは餡かけラーメンの餡の部分がよく熱せられているような、それとももっとシンプルに白米の炊き上がったようなにおい……

 しかし私は学食で食べず、銀杏並木を端まで歩いてキャンパスを出、駒場公園を通って、千里眼に行ってしまった。学食のにおいをかいだことでの懐かしさが奇妙に作用した。しかし私の思い出ほどおいしくなかった。もう私じしんがこのようなラーメンのモードではなくなっているということなのかもしれなかった。

爆笑イエローカーペット

 腹ごなしに歩き続ける必要があった。私は東北沢のほうから笹塚を目指した。笹塚といえばUがかつて住んでいたアパートがある。その前まで行って、写真を撮り、UのいるLINEグループに送った。大学のとき私はUが笹塚に住んでいるのを奇妙に思っていたが、いざ歩いてみると笹塚は駒場から近く、特にサークルの練習のあるグラウンドに行くには便利なのだった。私はその感慨をもLINEした。Uの住んでいた部屋はアパートの横っちょを通って裏の階段から上がった二階のところで、私はそこに家具を運び込んだような、あるいは運び出したような記憶があり、となるとUの引っ越しを手伝ったのかとも思ったが、そうではなく私が一人暮らしを始める際にUからテレビとソファをもらったのだった。ソファは捨ててしまったがテレビはいまだに使っている。気まぐれな散歩がUの部屋の記憶に繋がり、私の部屋のテレビへと繋がる。部屋、といえば、先月観た『翳りゆく部屋のリミナリティ』にかんするアフタートークのようなものをYouTubeにアップしたとNくんがツイートしていたのを思い出し、聞きながら歩いた。首肯する部分も多く、実りあるトーク。いっぽう私は私の書いた文章のなかで舞台美術などに言及できていなかったことにも気づき、私に見えていたもの/見えていないものの違いもおもしろかった。笹塚からさらに北上する方面へは、十号通り・十号坂という活気ある商店街を通る。ちょうど年末の大売り出しというのをやっていて、日頃利用しているわけでもないのに感謝されてしまった。その先、Googleマップを見ると方南町という地名が出てきて、私には馴染みがないが、いつか家で見た、アンジャッシュ渡部が東野幸治と一緒に方南町でロケをするYouTubeを思い出して、思わぬ形でのロケ地巡りとなった。といっても私はその動画を真面目に見ていたわけではないので、二人が最初にいた公園くらいしかわからない。そこの写真を撮って同居人にLINEした。さらにくねくね北上すると、ふいに神田川が現れる。私は川をちらちら見ながら歩いたが、周りのひとたちは誰も川を見ない。それが地元のひと、川が日常になっているひとのすごさだと思った。しょせん通りすがりの散歩客に過ぎない私は、住宅街でもきょろきょろしてしまう。駅前の商店街で店々を覗きながら歩いているときの身体が、住宅街に入ってからも続いている。私がきょろきょろし、ここに豪邸があるなあ、などと思っているときも、周りのひとたちはスマホを見ながら歩いていたりする。その姿を見て、私は、歩きスマホはよくないよ、とは思わない。代わりに、毅然としている、と思う。毅然とした生活者。スマホを見ながら早足で歩くひとについていけば、駅か、商店街へ出る。そうやってまた私はいい商店街の雰囲気をかぎつけ、そのまま歩くと、はたして妙法寺商店街なる、これまた活気ある道に繋がった。大きい妙法寺だけでなく周辺にはいくつもの寺があり、思えば近くの高円寺という場所も「寺」であるわけで、ここでタモリならば気の利いた知識を披露できるのだろうが、私にはなにもない。妙法寺ではちょうどコーヒーと古着と本のマーケットが開催されていて、私はインドの共同体についてのZINEを購入した。なにかコーヒーも注文しようと思ったが、なんとなくおしゃれで、できなかった。こういう情けなさが私にはあった。そそくさと立ち去って、寺の間を縫ってさらに北上、十四時半くらいであったが既に日が傾き、寺の境内が美しく照らされていた。新高円寺駅を経て、新高円寺通りを上り、蟹ブックスに入った。『季刊日記』というたくさんのひとの日記が収録された本気の日記雑誌を手に取ってぱらぱらめくり、おののいて、panpanyaの『そぞろ各地探訪』を買うにとどめた。『季刊日記』に載っている日記にはそれぞれその日聞いた音楽やラジオも記録されていて、それにならえば、今日の私はBABYWOODROSEの『Trapadelic』、Andrew Agedの『crown』、「マヂカルラブリーオールナイトニッポン0」、マミアナのアフタートーク、Geeseの『Getting Killed』、そしてこのあとYo La Tengoの『Painful』、「空気階段の踊り場」、徳利の『NAMA』を流しながら、合間合間にイヤホンを外して街の音を聞いていた。蟹ブックスを出る頃に足の疲れを感じた。ボロボロの1300には既に、ありし日の雲の上の履き心地はない。アウトソールもインソールもつぶれ、またスニーカー全体の構造に緩みが出ていることもあって、私の足裏にはダメージが蓄積されていた。休みがてら、駅前のドトール珈琲店に入って、文フリで買った山本浩貴の『フィクションと日記帳』を読み進めた。収録された「フィクションと日記帳」は昨今の日記・日記本ブームや書くこと・生きることを巡る状況を整理しながら山本さんの日記論を並走させる論考で、鮮やか、かつエモい。いつも思うが山本さんの文章は(きわめていい意味で)エモい。日記とは「言語表現全般の最小モデルとしての」ものであり、「表現と生が強く紐づかざるを得ない引き受け=宛先の形式」であり、(日付による区切りがあることで)「読み書きにおいて人体に優しい表現形式」である。高円寺から阿佐ヶ谷まで歩いて、タイタンの事務所の前を通り、『ひらやすみ』にも登場した駅前の不動産屋を見、バスで渋谷まで戻った。バスでは寝た。

 そこから家についてほどなく同居人も帰ってきて、夕飯どうしようか、という話から、私はちょうど聴いていた徳利の「SALMON」という曲に出てきた「スシローのサーモン」というフレーズを思い出して、「スシローは?」といってしまい、みずから取りに行くこととなった。受け取りまでに時間があったので、近くのブックオフに入ると、大江の『晩年様式集』が売られていて即座に購入した。同じブックオフで以前『洪水はわが魂に及び』を購入したこともあり、近くに住んでいる大江好きと私との間で、ブックオフを仲介しての本の受け渡しが発生している可能性があった。夜はNHKのクマ特集の番組が録画されていたのでそれを見たりした。クマ関連のニュースを追っている同居人からしても新しい情報があり、かつじっさいにクマの出没するエリアで生活するひとにも密着した、いい番組だった。なぜか録画されていた報ステで闇バイトの指示役のニュースを見、水ダウ、かりそめ天国、と見て、同居人はその途中で寝た。今日はみかん狩りののちに温泉にも入ってきたとのことで、いい休日を過ごしていたのだった。

閉まりゆくエレベーターに向かってお辞儀をする立ち位置が完全に被ってしまったとき

散歩でたまたま通りかかった商店街が盛り上がっていたときのうれしさ

 

12/7

 午前中、同居人が美容院に行っている間に読書をし、その後写真美術館でペドロ・コスタの展示を見て、映画のほうがやっぱりいいな、と思い、ユーロスペースで『みんな、おしゃべり!』を観た。これはおもしろかった。ろう者とクルド人の喧嘩がたんに二項対立になるのでなく、それぞれのコミュニティにグラデーションがある様は、属性でひとくくりにしようとする世の中への闘いでもある。同居人はこの一週間ほどずっとお腹の調子がよくなかったが、映画の間はどうにか耐えた。いっそのこと、という逆転の発想で、帰りにケンタッキーとミスドを買って夜ご飯とした。NHKの『未解決事件 File.08 日本赤軍vs 日本警察 知られざる攻防』の後編を見た。前編は見ていないが、後編だけでも見応えがあった。重信房子というひとが上品で聡明な老婦人としてインタビューに答えていて、しかしその内容には迫力があり、すごかった。

ペド・コス

 

12/8

 昨日は同居人を待っている間に本屋でサニーデイ・サービス特集のミュージックマガジンを買って、曽我部恵一のインタビューを読んだのだった。「いまは三人だけでステージででっかい音を鳴らすのが気持ちいい」という段階だという曽我部恵一。今年二回見ることができたサニーデイ・サービスのライブではまさしくその言葉が体現されていた。特に四月末にアラバキロックフェスで見たサニーデイ・サービスの、いまだに「初期衝動」という表現を使いたくなってしまうほどの音の塊を思い出すと私はいつでも涙を浮かべることができる。やり続ける、ということが凝縮された言葉の数々のようにも思えて、いいインタビューだった。オアシスの再結成はうれしかったがミヤシタパークに行ったときにギャラガー兄弟の巨大な写真が掲示されていて、資本主義の圏内の出来事だ、と冷めてしまったという曽我部恵一に私も共感した。ミヤシタパークに掲示されると冷める、しかしいっぽうで、徳利さんの広告が渋谷モディのスクリーンに出てaespaのジゼルと並んだ、といわれるとおもしろいと思う。これはモディはよくてミヤシタパークは冷めるという感覚でもあるし、ギャラガー兄弟と徳利さんでは立場がまるで違うではないか、というのもある。

 あと昨日のことでもうひとつ、なにか書き足したかったことがあった気がしたのだが、忘れた。昨日は夜に頭が痛くなって早く寝たのだった。頭痛は今日まで続いていた。U-NEXTで『芸人キャノンボール2025』の第一話を見た。私は特に有吉・おぎやはぎ劇団ひとりチームのやる気のなさや、とにかくゆっくり楽しんでやろうというフィーリングに共感しおもしろく見たが、借りられるのが女性限定で、かつ芸人たちはあくまで上から選ぶ立場、というところにどうしても引っかかりをおぼえてはしまう。元々の番組コンセプトでもあるのだろうし、男の俗っぽさ、軽薄さの記録ということでもあるという理解のもとに、いっぽうでは楽しく見られるのだが、いやだなあ、とも感じるのは、べつにジェンダー論を持ち出すまでもなく、私のなかにこういうノリをいやがる感覚が内面化されているのだということでもある。そしてもちろん、一緒に見ている同居人がそういうノリを非難していたからというのもある。というかそれがでかい。「きみはこういうのがおもしろいんだね、やっぱり」といわれると私は縮こまる。私ひとりでこれを見ていたとしたらどうだっただろう。しかし私ひとりでもきっと芸人たちから女性たちへの言葉のかけ方にもヒヤヒヤさせられた。それでもおもしろいはおもしろい……

 夜には青森のほうで大きな地震があって、ここもわずかながらしばらく揺れていた。

 

12/9

 ……おもしろいはおもしろいから続きを見たくなるもので、けっきょく『芸人キャノンボール2025』を最後まで見た。私としてはやはり有吉・おぎやはぎ劇団ひとりチームとジュニア・後藤・小籔・くっきーチームの悪ふざけのノリやジジイすぎる会話が好きで、特に歌が上手いひとを探す第三ステージにおいて、有吉チームが知り合いの女性タレントに一方的に電話をかけ、電話口で歌ってもらい、「ご縁がなかった」として一方的に断る意地の悪いノリにはおおいに笑わせられた。最終ステージでノブチームから吉村を奪うのも最高。何度も挿入される「summer, 2025」というテロップの、一回一回のタイミングも素晴らしい(ジュニアチームのセンチュリーのフロントにセミを仕掛ける劇団ひとりの姿を捉えながらの「summer, 2025」!)。総論としては楽しかったし見てよかった。GeeseのフロントマンであるCameron Winterのソロアルバム『Heavy Metal』もいまさらながら聴いて、あまりの素晴らしさに思わずウケた。夜は同居人の友だちたちとぶりしゃぶを食べた。

 

12/10

 Skippaが自身の飼い猫をテーマにシンガロング系の新曲を出していて、うまいし、いいと思った。愛しい飼い猫のことを歌った曲をライブにおいてみんなで歌えるのならそんなに気持ちのいいことはないだろうから。いま私がシンガロング系の曲を出すなら……、いまのいま、ということであれば、近所の交差点付近の道路補修工事において稼働しているクレーン車のかっこよさについて書くかもしれない。やはりふつうの交差点にクレーン車がある光景は異質。しかも昨日と今日にいたっては、クレーン車はその長い首を車用の信号機の真上に位置させる形で作業を進めていて、ボタンひとつで信号機を破壊しえる、そういうスリリングさがふつうの交差点のなかに持ち込まれているようでもあって、いっそうかっこいい。なおかつもうひとつかっこいい点として挙げられるのが……、このところ毎晩のように現れ黙々と作業し翌朝には消えているクレーン車が、交差点にやってくるところと去ってゆくところを、私は一度も見ていないのだ。いつのまにか現れいつのまにか去ってゆく。さながら『マッドマックス 怒りのデス・ロード』におけるマックス(トム・ハーディ)ではないか。

 同居人は今日、お母さんと一緒にBlack Country, New Roadのライブに行っていた。私も行くつもりで買ったチケットだったから、行けなかったのは残念だったが、同居人としてはかなり楽しかったらしく、それならばよかった。行けなかった私のために「BC, NR」と描かれたパーカーを買ってきてくれた。

 

12/11

 珍しく在宅での仕事となった。夜は外につけ麺を食べに行った。SEEDA『親子星』、Skaai『Gnarly』、Cameron Winter『Heavy Metal』、BABYWOODROSE『Trapadelic』、claire rousay『a little death』。BABYWOODROSEの「London」は曲全体でひとつの旅行記になっていて、韻をきかせつつ浮遊感のあるフロウが気ままな旅の描写そのものと重なり合っており何度聴いてもすごい。今日出た新曲では千葉雄喜からDMが来て会ったといっていて、かなり駆け上がっている。やる気に満ちあふれている。私もそろそろなにか新しい小説を書きたい気持ちになっているが、どのように書き出せばいいかわからないので、とりあえず文フリ向けに書いていて間に合わなかったものに手を加えていた。

 同居人は会社の部署の忘年会で、遅くに帰ってきた。

 

12/12

 いつしか激サムの冬になっている。手がかじかんで日記の文字も打てませんよ! ……とはいえなにも書かずに寝るわけにもいかないので、つれづれなるままに心にうつりゆくよしなしごとを書くならば、カミナリのYouTubeおもしろ、たくみくんがダラダラ雑談してるところからバシッと演者モードに切り替わる瞬間があるのが毎回おもろい、SEEDAさんアルバムかっこいいなー、「SLICK BACK」のLEXかっこいいなー、客演でカマすのかっこいい、思えばCartiも客演でカマしてるときのほうが僕は好きかもしれない、「Carnival」での入り方とかやばいもんなー、FKA Twigsはヤバいアルバムを一年に二枚も出しててすごいなー、寒すぎる、スタミナ焼肉定食、うま! 『じゃあ、あんたが作ってみろよ』もいいドラマだったなー、竹内涼真のことが好きになったよ、ツイッターに上がってたオールアップのときの竹内涼真もよかったなー、なんというか、健康的な男性性という感じがする、ツイッターといえば米津がアップしてたレゼのダンス動画、思わず何度も見ちゃったよなあ、あとツイッターといえば、講談社文芸文庫のinfoとして出てた新刊の『文学地図 大江と村上と二十年』ってやつ気になるなあ、こうやってツイッターばかり見てるの、僕もけっきょくドパガキってことだよなあ、明日は同居人と同居人のお母さんと私で山に登る予定。

 

12/13

 朝早くに起きて湘南新宿ライン国府津、そこから御殿場線というのに乗って谷峨という駅で降り、同時に十人までしか渡ってはいけないという橋を渡って登った大野山は、傾斜がほどよく、途中途中に木彫りの動物が置かれ、標高が上がるにつれ眺望がよくなっていくとてもいい山。すすき揺れ揺れ、風が冷たい! 七〇〇メートルちょっとの低山ながら、頂上はほぼ全方向にいい眺めが広がる。「晴れてればそっちに富士山があるんだけどねー」と同居人のお母さんが指していた方角の雲がやがてほんの少しめくれて、思っていたよりでかい富士山の一部が見えて笑ってしまった。そんなにでかいのかよ! 頂上で寒がっていた他のみんなも「富士山!」とコールしていっせいにスマホを構えるのでおもしろい。帰りは山北駅方面へ抜ける道、大野山には何度も登っているというお母さんが一度も通った覚えがないという道で下山した。ずっと車道だった。歩きやすいけども山の醍醐味はないね、と思っていたが、でかい工事現場やでかい建造物に出くわして楽しかった。工事現場は新しい東名高速のトンネルで、建造物はいまの東名高速。高速道路というのは道路というよりは巨大建造物に見えるのだ。

 山北駅付近を腹を空かせて歩いていると、ナポリタンのあるカフェを発見。志田未来が低山に登り下山後に地元のご飯屋で食べる『下山メシ』といういかにもテレ東のドラマにおいて、大野山のあとはカフェでナポリタンを食べていたので、今日は朝からナポリタンの腹になっていたという同居人であったから、ドラマ内のカフェとは別の店であっても思わず立ち止まってしまう。そんな私たちのもとに、店の犬が近寄ってくるものだから、入らざるをえない。犬の名はさくらで、そこはさくらカフェという店なのだった。思いがけず入った店だったが内装が素晴らしく、ストーブが温かく、ご飯もおいしかった。同居人はナポリタン、お母さんはルーロー飯、私は焼きチーズカレーをいただいた。なんとなく店の内装やにおいが私の祖父母の家をほうふつとさせて、しみじみ懐かしくもなった。トイレには「In My Life」の歌詞が貼られていた。

 帰りの御殿場線に途中から乗ってきた中学生くらいの男の子三人組は、同居人によれば行きも同じ電車に乗っていた子たちだったという。今年になってようやく山のよさに気づいた同居人からしてみればその子たちくらいの年齢で山に登っているのは早熟。車窓を見ながら「電車に手振ってるひとがいたから振り返したわ」としゃべっていて、心根のいい子たちだと私も思った。中学生らしいふざけやイキりがいい方角を向いている。途中でお母さんと別れてから、私も同居人も電車で爆睡して、乗り換えるべき駅を寝過ごした。ぼんやりしながら遠回りで帰宅して、夜はラップスタアのファイナルを見た。イキりやカマしについて考えながら(たとえばPxrge Trxxxperはイキりのスイッチをはっきり入れているが、VERRY SMoLにはイキりのペルソナがもともと備わっている感じがする)、私がいちばん食らったのはけっきょくイキらずカマさずにしかしもっとも会場を味方にしたSonsiだった。相変わらず泣かせにくる。と同時にキャッチーな曲を作る才能も抜群で、既にKoshyにビートを提供されているのもさもありなんという感じがした。同居人がすぐに寝たのでキャメロン・ウィンターを聴きながら日記を書いた。今年のベストに入れてしまいたいくらいいいアルバム。

石がある

トンチかと思ったらべつにそうではない

すでに主人公が通り過ぎたあと

このような意匠がこらされている

ここにも

徐々に技巧がこらされてゆく

徐々に……

標高にしたがってさらにこらされてゆく仕組み

こらされの極致

作家性も加わってくる

紅白のYAZAWAよかったな~

巨大建設現場

巨大建造物

あまりによすぎるカフェ

山北駅近くに木彫り工房を発見


12/14

 暴力革命の一員として作戦に参加していた。最初は誰かとバディを組んでいたが、じきに単独行動になった。産業革命期のラッダイトのように、高度に発展したロボットを破壊する活動。ガストで配膳をやっているロボットからかわいらしさを抜いたような無骨なロボットに、剣みたいな、巨大な釘みたいな鋭利なものを何度も突き刺した。ロボットはそれでも動き続けていた。私は非暴力へと転向し、最後にはジュースのペットボトルだけを持って出撃、もしかしたら敵に撃たれるかもしれないが、それでもかまわない、という覚悟で外へと踏み出したタイミングで目が覚めた。

 暴力革命から非暴力への転向というくだりは明らかにこの前NHKで見た重信房子のインタビューの影響を受けていた。私から夢の話を聞いた同居人は「それはノブの影響だね」と、なぜか重信房子のことをノブと呼んでいるようだった。

 午前中は昨日録画していた『THE W』を見た。わざわざ録画して、というのはまあ粗品の審査が気になったというところが大きい。じっさい見てみたら、大会をガチなものとして成立させんとする粗品の心意気はすごいが、やや独りよがりな印象も否めない。やりすぎ、いいすぎ、と思う。ラップスタアと同様に、ここにおいても「カマし」の力学がはたらいている。大会をガチなものにしようとするあまり、大会そのものを腐す方向に向かい、それがけっきょく『THE W』はつまらない、という論調を強化してしまうのなら意味がない。というか『THE W』はつまらない、という論調じたいがおかしくて、もっといえば、そもそもお笑いを競技的に評価する流れ全体が歪みを生んでいるようにも思うが、競技的なおもしろさを私が楽しんでしまっているのも事実。そういう時代なのだ、といってしまうこともできる。ただし評価・審査・分析するならちゃんとやるべきで、そういった意味では粗品はちゃんと言葉を尽くしていたし、評価・審査・分析的な文脈では誠実だと思った。賛否を受けて立つ姿勢はすごい。しかし粗品の発言に仮託して『THE W』はつまらないというだけのネットのひとたちは自分で考えないミソジニストだろうとも思う。というかじっさい『THE W』もおもしろい。紺野ぶるまとニッチェはやっぱりうまいと思ったし、他のひとたちももっとおもしろくなりそうだった。もっとおもしろくなりそう、とかいっちゃってる時点で私もお笑いの評価・審査・分析的な時代に乗ってしまっている。(とんでもあやのネタがキツかったのはそういう時代の文脈に照らせないからかもしれない。でも「アイドルのその先」というくだりは笑った。)

 そんな評価・審査・分析的な素人であるところの私は昨日の山登りによる前ももと尻の筋肉痛をかかえていて、同居人もふくらはぎが痛い、怪我したかもしれない、とずっと泣いていた。しかし同居人がいつもうったえる痛みはけっきょく何日かすれば落ち着くので、今回もそんなに重篤なものとは思わない。とりあえず寝転がってなさい、といった。さらに雨がちだったこともあって二人ともだらだらと過ごし、夕方に一念発起してまず銀座のワークマンに行き、その後『ズートピア2』を観た。アニメーションの連続性や躍動感にあふれ、入植・侵略を描いた話もウェルメイド。私と同居人がよく話すところの「超えてくる」感覚までには至らなかったが楽しめた。土地を追われた爬虫類たちがこっそり運営しているバーの光景が『罪人たち』のようだったのと、陰謀論めいたポッドキャストの配信者と手を組むというくだりが、おそらく意識はされていないだろうが二〇二一年の『ゴジラvsコング』に似ていた。アメリカではこういう配信者の姿が大作映画で何度も描かれるほどに一般的なものなのかもしれないと思った。シャキーラの歌声は相変わらず元気が出るね、といいながら帰宅して、主題歌のミュージックビデオを見たら、シャキーラがアニメの世界に溶け込み、いろんなことをしていてウケた。

 

12/15

 昨日の『ズートピア2』での陰謀論的配信者の姿を見て思い出したのが、『WEAPONS/ウェポンズ』でジョシュ・ブローリンが建てていたいかにもアメリカ郊外のデカ家のことだった。私はあの家を見て、このタイプの家って新築されることあるんだ、と思ったのだった。しかしもちろん新築されることもあるのだろう。なにげないシーンにこういう想像力が内包されてるからこそ映画はおもしろい。/Archy Marshallの『A New Place 2 Drown』のインスト版が出ていたので聴いて、やっぱり傑作だと思った。かつて私はこのアルバムとKing Kruleとしてのアルバムを聴いて、同世代の天才が出てきたと興奮したものだった。いまでも天才だと思っているけれど。/先週の「アメトーーク!」を見て、生活が苦手だというガクの話に強く共感した。同じ感じで、いつしかの徳井さんにも共感したものだった。「明日にしよう、明日にしようと──」「じゃあもう来年まとめてやろうと──」「想像を絶するだらしなさによって──」私は自分がふいに大金を手にしたときのことがいまから怖ろしい。

 

12/16

 会社の忘年会で同居人の帰りが遅かったので、『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』を最後まで読んでからカミナリが『青鬼』をプレイするYouTubeを見た。一時間×3という長い動画だったので、同居人が帰宅するまでに見終わらず、しかし最後まで見たかったので同居人が布団に入ってからテレビで続きを流していたら怒られた。『青鬼』で一度死ぬたびに『ブシドーブレード』というゲームで次にどちらがプレイするか決めるというくだりがおもしろかったのだ。

 

12/17

「私が書いている文章型の日記のレイアウトというのは、あとから特定の話題を抽出しようとする際の一覧性に著しく欠ける。その一覧性のなさが私の記憶力(あるいは思い出し力)の乏しさに繋がっているように思う。私の日記は、よくいえば、見、読み、聞きした作品が私じしんの生活となめらかに溶け合っているような書きぶりであり、よくいわなければ、あらゆる作品を真っ白なGoogleドキュメント上に平板化し収集してゆく作業だった。」──ということを二週間前の日記に書き、「ではどのようにレイアウトすればよいのか?」という問いを内心に浮かべておきながら、時の流れにかまけ、あるいはみずから入力した「あらゆる作品を真っ白なGoogleドキュメント上に平板化し収集してゆく作業」というフレーズの響きに満足しっぱなしで、今月の私は日記のレイアウト面でなんら挑戦をしていなかった。いや、レイアウトよりはむしろ内容の面において挑戦してるかも……、というのが私じしんの体感だった。たとえば何日か前の日記における「竹内涼真のことが好きになったよ、ツイッターに上がってたオールアップのときの竹内涼真もよかったなー、なんというか、健康的な男性性という感じがする、ツイッターといえば米津がアップしてたレゼのダンス動画、思わず何度も見ちゃったよなあ」という部分は、よしなしごとの羅列としての形式が珍しいだけでなく、私がこれまで書いてこなかったような内容であったという気が私としてはしていた。俗っぽい話題や率直な感想の吐露。いわばラップのフリースタイルのような……。これにはやはりラップスタアを見ていることやそれに伴っていまの日本語ラッパーの音源を聴いてみていることが作用しているだろう。今日出たSkippaの新譜もよかった。「FUCK HATER 裏」という曲における「勝手な使命感と数字の下心込みで ナイトクラブに持ち込む政治的正しさ 多分俺のそういうあざとさが気に入らないんだろ? 無自覚にやってこそ本物なんでしょ? 悪いけどそのレースは降りる 俺は養殖でメッキで偽善者でself-made industry plant」というくだりにはここまで吐くのかと驚かされるし、この正直さがあるからこそいいと思える。(ところで私はいまWorldwide SkippaのことをSkippaと書いたが、こうやって短縮形でネームドロップするのもラップ的な記法だといえた。)

 こうやっていろいろ書いてもけっきょく日記の一覧性の問題は解決していないわけだが、いまはもうこれでいい。なにも考えずに書く。昨日は寝るのが遅くなるので短くまとめてしまった、『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』のおもしろさについても書く。ゲームや映画におけるリミナルスペース的感性をもった現代の作品の羅列にはさほど興味をそそられなかったが、時間を遡行して過去の作品にもリミナルスペース的感性を見出だせるというのは楽しい。リミナルスペース的感性に一度とらわれると生活のあちこちにリミナルスペースが見えてくるようになる、というのは、私がマミアナの『翳りゆく部屋のリミナリティ』にたいして抱いた感想の逆であるといえるし、逆ではなく順であるともいえる。ある場所を見てリミナルスペースだと感じるのと、そこに誰かがいたのだろうと想像することは、逆ではなくむしろ非常に近しい感性かもしれない。また、リミナルスペースはストーリーではなくaestheticなものだから誰もが参入しやすく、それゆえにインターネット世界で爆発的に流行したという話もおもしろかった。散歩も同じだ、と、私はなんとなく思ったのだった。

 『青鬼』はなんといっても青鬼のビジュアルがよすぎる。顔だけで見たらむしろ可愛げがあるくらいなのに、全体の色味と、黒目の多さと、執拗な追い回し行為によって怖さが醸される。基本的に謎解きゲームであるはずなのに、クリアしてもべつにこれまでの導線がひとつに繋がるというような感覚があるわけでもなく、謎が謎のまま残るのもよかった。登場人物の「卓郎」がしゃべるたびにカミナリの二人がU字工事益子卓郎の真似をし、二人の背後に益子卓郎の姿がぼんやり浮かび上がるというYouTube上のふざけた演出も楽しかった。

 ……というのが昨日で、今日は日本語ラップの歴史について解説したYouTubeを見てから、『ナイブズ・アウト:ウェイク・アップ・デッドマン』を途中まで観た。話運びのテンポのよさと随所に見られる演出やライティングの遊びによって楽しく見られる。やっぱりジョシュ・オコナーはいい。なんとなくかわいいんだよなあ。それと、三宅香帆の新書における文章のおかしさを指摘したnoteがバズっていたので私も読んだが、指摘されている箇所のほとんどがいちゃもんに近く、愚かだと思った。バズっているnoteでほんとにいいものというのはほんのわずかしかない。この前の東出のnoteも東出が書いていると思えばおもしろいが内容じたいはそんな騒ぐほどものでもなかった。とうの三宅香帆は紅白の審査員になったことをツイートしていて圧倒的に強かった。

 

12/18

 『ナイブズ・アウト:ウェイク・アップ・デッドマン』を残り五十分くらいのところまで観た。話の運びがおもしろ。ジョシュ・オコナーもダニエル・クレイグも身体の動きとしてはわりとコメディをやっていて、その面でも楽しい。

 

12/19

 早起きして『ナイブズ・アウト:ウェイク・アップ・デッドマン』を最後まで見た。トリックにかんしては、まあそんなところか、と思ったが、全体的にはおもしろかった。二時間半と少し長めだが飽きさせない(といっても私は家のテレビで三日に分けて見たので飽きる飽きないの話をできる立場にないが)工夫に満ちた話運びと演出。なによりジョシュ・オコナーとダニエル・クレイグがよい。ジョシュ・オコナーはずっと大きな犬のようだし、ダニエル・クレイグもノリノリ。ダニエル・クレイグは『クィア』のときにもノリノリだったので元来がノリノリのひとなのかもしれない。私はシリーズを見てきているはずなのに、彼が演じるブノワ・ブランという探偵がどういうひととなりであったか覚えておらず、今回がほぼ初見のようなつもりで見たので、ノリノリっぷりがなおさらオモロかった。いっけん空気が読めないようで実は気づかいに満ち、皮肉屋のようで情があり、負けず嫌いだが引くときには引けて、なおかつそういう自分のことを俯瞰で楽しんでいるという人物造形はいかにも名探偵の類型のひとつという感じでもあるので、ひととなりを覚えておらずとも見やすいという側面もあった。ジョシュ・オコナーがはにかんで映画が終わり、私は仕事へ。金曜日らしい時間の流れのなかで働いてから夜に会社を出て、散歩した。住宅街を歩きながらきょろきょろしていると、どこからともなくペットボトルが弾け飛んできて、私と私の後ろを歩いていた二人組との間に落ち、私もその二人組もびっくりしていた。私がきょろきょろしすぎていたせいで近隣住民の怒りを買ったか。SkippaがSad Kid Yazとやっている「Go Taxi」という曲が心地よくて何度も聴いた。

 帰宅してしばらくすると同居人も帰ってきた。同居人は今日は業界の同世代のひとたちとの飲み会だったそうで、その内容を聞けばカルチャーカルチャーしていたようだった。楽しそうでなによりだった。水ダウの「名探偵津田」を途中まで見た。ブノワ・ブランと比べると津田は事件をあまりにめんどうがりすぎていてオモロい。

 

12/20

 もうすっかりただのインフルエンサーになってしまったと思っていたエイサップ・ロッキーが、ずいぶん前からリリースを予告していたアルバムの新たなジャケットとしてティム・バートンとコラボした画像を発表していて、私としてはそこまでティム・バートンに思い入れがあるわけではないにしてもどうしようもなくアルバムへの期待が高まる。最高にうまい、と思った。この上ないFLEX。しかしじっさいにアルバムが出るかどうかはまだわからない。出てからじゃないとなにもいえない。けっきょく出した者だけが評価を受けられるということでもある。今日の私は夕方まで仕事で、夜は松屋で食べてからルノアールで『置き配的』を読んだ。半ばわかり、半ばわからないまま読んでいる。文章中にときおり福尾匠じしんの日記が出てくるからというのもあるだろうが、私はこの本そのものが日記的であるような気もしている。(もとが『群像』における連載だったということもあっての)「第◯回」という区切りによって毎度仕切り直される感じを、日記っぽく感じているということかもしれない。同居人は私の仕事の間に家で『ラヴ上等』を見て、夕方からは友だちと会うために出かけていて、その帰りに私もルノアールから合流した。先に途中まで見ていた同居人から『ラヴ上等』のハイライトを見せてもらったのち、私も最新話を一緒に見た。ラップスタアのPxrge Trxxxperなどを見ていても感じたことだが、ヤンキーのひとたちというのは、みずからの素の部分と、やっている(=わざとそうしている)部分の両方によって言動を構成しているようなところがあって、『ラヴ上等』はそのどちらともを楽しむ番組だと思った。それからバキ童チャンネルを見た。ぐんぴぃが楽しそうでよかったし、ぐんぴぃと付き合ったら楽しいだろうな、とも思った。

 

12/21

 昼前に外に出たら想像以上に暖かく、かつ、雨上がりの草のにおいがおおいに漂っていて、春だ、と思った。

 毎年M-1の日は私と同居人のアパートに友だちを集めて見ているが、今年はそれなりの人数がいそうということがあり、また私たちの部屋が汚いということもあり、渋谷にレンタルスペースを借りて見るようにした。予約した部屋はユーロスペースの近くの、ラブホがたくさんあるのではない側の、O-Eastの裏あたりの一角にある雑居ビルのようなアパートのような建物の一室。テレビが大きくてうれしかった。一度部屋に入ってから近くのコンビニに買い出しに行くことで、もし私がそこの部屋の住人であったならばやはりここのコンビニに来ているだろうか、という生活への想像が広がり、うるさい土地ではあるだろうがユーロスペースO-Eastまで徒歩一分というのは悪くないだろうとも思った。坂を下りればフット後藤がいうところの最高の「クレイジー交差点」もある。そこのファミマで買い出しするも、デカいペットボトルが揃わず、ドンキにも行くことにした。私がその部屋に住んでいたとして、センター街のあんなに混んでいるドンキを日常の買い物に使うだろうか? いや、使わないのではないか。ここにかんしては私はやはり生活者になりきれていない気がした。ドンキへの道中に、白くてノースリーブのダウン、四角くてフレームの太いメガネ、そして斜め被りのキャップというスタイルの子たちがいて、Sad Kid Yazのようなチャラ男、への理解が深まった気がした。

あ、ここタメなんだ~!

 同居人の友だちやいとこ、友だちの友だち、私の友だち、後輩、など集まって、それぞれの近況の話もそこそこに、敗者復活からM-1をただ見る会。めちゃくちゃおもしろかった。全組おもしろくて、ほんとにすごい。たくろうの優勝は納得。あれは大喜利の強さというよりは即興のように感じさせることのすごさであるようにも思う。もちろん即興ではなくて練り上げられているとわかっているのに、そう見えるし、それでおもしろく感じられるというマジック。たくろうにかんしてはミルクボーイ駒場の審査コメントもすごくよかった。以前のたくろうは勝手に挙動不審になっていたが今回は巻き込まれて挙動不審になっているから見やすかった、みたいな。終わってから、ミルクボーイ駒場かまいたち山内とフット後藤の審査コメントが特によかったなあ、と思いながらツイッターを見たら、ネタや審査にたいして物を申しているひとが多くてへきえきした。もちろんネタや審査に物を申すことじたいは悪いことではないはずなのだが、へきえきしてしまうのはなぜなのか。今年のM-1に限っては粗品が作った空気といえるかもしれないが、その粗品だって時代の空気をうまくとらえて発信しているわけで、そもそも漫才を競技的に審査するM-1というシステムそのものによって内製的に生み出されてきたのが審査をも審査するノリであるともいえる。けっきょくはみんな自分の好みと合うか合わないかというところが焦点になっているのに、それをもっともらしくネタや審査への評価に接続しようとしているだけ。へきえきしてしまうが、かといってどういうやり方ならばいいのかはわからない。わからないながらも、やっぱりこうやってみんなで集まって楽しく見るというのはひとつ正解のように思えて、集まれる環境と集まってくれるひとたちがいるのがあらためてありがたい。M-1が終わってからはみんなでパパッと片づけて、別れのあいさつもそこそこに、さっさと解散した。雨が降っていた。私も同居人も疲れ果てて帰宅、とっとと入浴して、余ったのを持って帰ってきたオレンジジュースを飲んで、ココアも飲んで、寝た。もっといろんなネタの話も書いておきたいが眠すぎ。『国宝』や『鬼滅の刃』を素朴に参照したであろうオープニング演出についてもなにか思った気がしたが、もうそこらへんはどうでもいい。

 

12/22

 昨日のM-1はやっぱり楽しかったなあ、という気持ちに包まれたままなんとなくぼんやり今日を過ごして、夜はせいやがイニミニチャンネルに上げていた、せいやなりの視点でのM-1の感想動画を見ておおいに笑った。私はやはり粗品のチャンネルよりイニミニチャンネルのファンであるといえた。

 漫才におけるセンターマイクは、複数の人間が不意に現れてしゃべり始め、そのしゃべりのなかでいろんな世界に出入りすることを可能にする魔法の装置であり、まさしく漫才における自由の象徴であるといえるけれど、ヨネダ2000の二人はマイクという自由からも自由になっているのがあらためてすごかった。「私と愛さんの間に、メタル豆もやしみたいなものがあった」という誠の言葉が、二人にとってのマイクの意味のなさを見事に、端的にいい表している。そうやってセンターマイクを無意味にしてしまうのも含め、ヨネダ2000のネタというのは、周りのものから意味を取っ払って二人だけの「ハッピー」なゲームに変えるすごみに満ちている。点数発表すらもゲームにしてしまったのだからかなり一貫している。すべてを楽しんでしまおう、という動機で二人はずっとふざけているように思えて、同じくずっとふざけている真空ジェシカの川北とは動機が異なる。川北はやっぱり、自分たちにとって唯一続くレギュラー番組であるM-1を盛り上げよう、という(それじたいがふざけているような)気持ちでふざけているように思う。

 漫才におけるマイクにあたるのが日記における日付であるわけだが、ではヨネダ2000の漫才のように日記を書くとしたらどんなふうに書けるだろうか。日付を無視するということ? たとえばまだ今日なのに勝手に明日の日記を書いてしまうとか? いきなり三ヶ月前の日記を書くとか? 急に好きな小説を長尺で引用しながら自分の話に繋げたりしたら、昨日のめぞんのような日記になる? たくろうのような戸惑いや挙動不審を、ドンデコルテのような切実な情けなさを、エバースのような非常識な屁理屈を、日記で表すとしたら? しかし私の日記は競技日記ではないわけで、いまのところ私は正統派のしゃべくり日記を続けていくつもりでいた。(あるいは、このように日記のスタイルを考えることというのも、今月の私が繰り返している日記のレイアウト問題と直結しているのかもしれなかった。)

 

12/23

 また、漫才というのは(練習量の多寡にかかわらず)あたかも初めてしゃべる内容であるかのように互いの言葉に反応し、論を進め、ときに脱線し、観客の側もそれをおかしいとは思わない奇妙な会話の形式でもあって、ここにおいてもセンターマイクという装置がその奇妙さを支えている。マイクが立っているからこそ、初めてしゃべるかのようにしゃべっていいし、観客も目の前のしゃべりが初めて交わされているものではないことを了解しながら、初めてのものとして見聞きすることができる。というか、観客は目の前の会話が初めてっぽいかどうかなんて通常気にしていない。ヨネダ2000の百万円獲得を目指したドリブルのチャレンジ(と毎度のあややの乱入)を見ていて、私はそれが初めてっぽいかどうかなんて一秒も考えなかった。(そもそもヨネダ2000はマイクをメタル豆もやしだと思って無視しているので、マイクが支える初めてっぽさをも受け取り拒否しているのだった。)

 しかし反対に初めてっぽさが押し出されることによって笑いが増幅する例もある。今回のM-1の決勝においては、特にエバースとたくろうがそうだったように思う。ひとりが初めてっぽく話題を出し、それにたいしてもうひとりが初めてっぽくリアクションをとる。ここでしゃべり全体の初めてっぽさを担保するのはリアクションをとる側のひと、つまりエバースでいう町田、たくろうでいう赤木になる。エバースの町田というひとは平場だとたくさんイジられる側の芸人のようだが、漫才中では初めて聞いたかのようなリアクションがすごくうまい。間、発声、セリフ。このうちセリフは佐々木によるところが大きいとしても、間や発声は練習のたまもの、あるいは町田じしんのセンスなのではないかと思う。だからエバースの漫才を見ると、初めてっぽさがうまいなあ、と思う。運動神経がいいと思う。たくろうは違う。たくろうは初めてっぽさがうまいというより、ほんとに初めてしゃべっているように思える。ほんとに初めて厄介ごとに巻き込まれているような……。これを「練り上げられたネタと赤木じしんのニンが見事に重なっているからこそだ」と指摘するツイートを見て、私はいっぽうでは納得すると同時に、いっぽうでは、しかしそんなことがはたして可能なのか、と戸惑いをおさえられなかった。だって、

「まるでロブスターを食べているときのプリンセスだな」

 にたいして、

「……なんていった?」

 でなく、

「……あ、なにをいわれた?」

 と返すことが、初めてのしゃべりとしてではなく練り上げられた台本として可能なのか? こんなにも初めてっぽい発話を、あらかじめ決められたセリフとして発することが可能なのか? 相手のいったことを聞き直すようないかにもふつうの問いかけではなく、受け身受け身で反応し続ける身体をそのまま引き延ばしたような受動態・受動体のセリフ。これをあらかじめ台本に書き、じっさいにネタのなかで発話することが可能なのだとしたら、それはやはり赤木が赤木じしんにたいし当て書きしているからというほかない。赤木が赤木のまま受動であり続ける身体になっていないと書けないし発せないセリフ。そのように徹底的に自分じしんになりきり、自分じしんを演じることによって、「なにをいわれた?」といういい間違いみたいなフレーズがリアリティをもって爆笑を生む。……というところまで書いて、私はあらためて漫才とは演じるものであるということに気づいたのだった。あるいは、センターマイク──しゃべりの初めてっぽさを支え、いろんな世界に出入りすることを可能にする装置──を小道具としたコントであるともいえるだろうか。……ということを、私は今日、会社の同僚と飲んでくるという同居人を待ちがてらルノアールで書いていた。

 

12/24

 漫才とはセンターマイクを小道具としたコントである、と昨日は書いたが、べつにコントでなく演劇と呼んでしまってもいい。自分じしんを演じる演劇。しかしそうなると今度は、なにも漫才に限らず生活している時間すべてが演劇だといってしまうこともできるのでは、みたいな大きすぎ難しすぎる問いに当たることとなる。いや、寝てる間は演じてないかな? どうかな? ……というところまでいまの私には考えられないので、とりあえずM-1に話を戻すと、たとえばヤーレンズの漫才は彼らが月一のオールナイトニッポンでやっているバカ長いふざけを凝縮したようなネタであったわけで、まさしく彼らじしんを演じているような時間だった。カナメストーンの漫才は最高。ポップなグロさの随所から二人の仲のよさが滲み出てきている、そのニンごと楽しむような時間。仲のよさが上演されているということ? ドンデコルテは切実さを滑稽に増幅させたような演技であって、私小説的であるともいえる。今日は『ラヴ上等』の続きを見た。つーちゃんこと塚原の、ヤンキーをやりにいっている(=演じている)感じ。それも無理やり、というよりは、自分じしんを演じる感じに近そう。Sieroのアルバムも聴いた。ここまでみずからをさらけ出せるのかと驚かされ圧倒されつつ、これもやはりラッパーSieroを演じているようでもあって、そうなるとやはり、マイクの前に立つこと、カメラの前に立つこと、それすなわちなにか演じるということであるのか?

 

12/25

 明後日の餅つきの準備、プラス、ふつうに仕事が残りまくっていて、そこそこ働き、帰宅してからは滑落する登山者がみずからGoProかなにかで撮影した映像をYouTubeにアップした動画や、Sieroのフッドステージの動画を見た。Sieroのアルバムはヤバい。みんなで盛り上がるのではなくてひとりで聴くアルバムという感じがする。あとはSteve Tibbettsというひとのアルバムを聴いたりした。激ネムのため寝る。

 

12/26

 明日の餅つきの準備、プラス、ふつうに仕事が終わりそうになくて、そこそこ働き、今日もSieroのアルバムを聴いた。昨日とは逆で、ふつうにみんなで聴いて盛り上がりたい気もしてきた。OPNことDaniel Lopatinによる『Marty Supreme』のサントラも流した。流す前から予想できることではあったが九〇年代SF映画であるかのようなサントラで、ウケると同時に映画への期待が高まった。(ところで私はいまもなお「私」として日記を書いており、しかし特に昨日今日は多忙によって以前の「僕」の頃の日記のような質感が文章によみがえってきていると自覚もしていて、日記をきちんと書く時間がないことにより、かえって「私」としての日記と「僕」としての日記が違和感なく繋がってきているようにも思えてきていた。が、さっさと寝たいのでこれより先は書けない。)

 

12/27

 街には年末の空気が漂っている。家の近くの木もほとんど葉が散っていて、枝の上のほうに数枚のみ残った葉たちが、まるで『RRR』のナートゥ・ダンスの終盤のようだと思った。

 六時に起きて会社の餅つきへ。餅つきをうまくやるにはとにかく初動が肝要。分刻みで行動するみずからを、どこか客観的に見ている私は、これではまるでアシュトン・ホールのモーニングルーティンの動画のようだなあ、と思ったのだった。インスタをたまに見るとモーニングルーティン系の動画がけっこうあるなかで、私はやはりアシュトン・ホールばかりを見てしまうのだった。均整のとれたマッチョな肉体、なにをしているのかよくわからないがとにかく早朝から分刻みで行動している謎の生活、ときおりお礼をいうときの「テンキュ」という低く短い(=「男らしい」)発声、挙げればきりがないすべての要素がおもしろい。NGシーンをも映すことで愛嬌を確保しているのもうまい。私の餅つきの間、同居人は友だちに会ってスイッチ2を受け取っていた。帰宅してすぐにでも遊ぶかと思いきや、ソフトのダウンロードに思いのほか時間がかかり、その間に私は会社のひとから誘われて飲みに出かけた。先輩のお子さんの話を聞いて、いまの子はたいへんですねえ、といったり、私は私でオダギリジョーのモノマネなどを披露した。再び帰宅したのは夜。同居人には申し訳ないことをした。Netflixで『アドレセンス』を途中まで見た。激ネムのため寝る。

 

12/28

 午前中から同居人の友だちの家にお邪魔し、赤ちゃんをじろじろ見ながら飲み食い。赤ちゃんは夫さんに抱かれながら、ことあるごとにロングブレスのようなポーズをとっていて、なにをうったえているのか私にはわからなかったがとにかくかわいい。常になにかを口に入れようとする。眠くなると泣く。お腹のあたりに奇妙なスイッチがあるのか、友だちがそこを突くと何度でも笑う。私はあやし方がキモいとみんなにいわれてしまった。ピザ、春巻き、ポテト、タルトなど好き放題食べて、軽く飲酒もして解散した。そのまま渋谷へ行って、青山ブックセンター桜井晴也『愛について僕たちが知らないすべてのこと』や中村拓哉『日本語ラップ 繰り返し首を縦に振ること』を買い、同居人は登山メシの本などを買い、ユーロスペースで『ポンヌフの恋人』を観た。レオス・カラックスの『汚れた血』と『ポンヌフの恋人』といえば、私にとってはおよそ十年前に観てとてつもない衝撃を受けた二作であり、映画が好きになるきっかけとなったオールタイムベスト級の作品であるといっても過言ではないのだが、とはいえ思い出による補強も入っているだろうかとやや身構えながら観たら、とんでもなくよくて、ふつうに泣いてしまった。十年前はジュリエット・ビノシュの美しさに見惚れ続けていたように思うが、いまはドニ・ラヴァンの身体の雄弁さから目を離せず、彼の顔が大写しになるごとに私の目はうるんだ。直情的な物語と俳優の身体が、最も理想的な形で繋がっている。赤く染まった海を背景に、裸で楽しそうに走る二人のシルエット。そのシルエットにおいて、アレックス=ドニ・ラヴァンが激しく勃起しているのがわかる。この勃起こそが『ポンヌフの恋人』を特別な映画にしている。

 映画の終盤の展開が私の記憶にはないもので、こんなにいい終わり方だったか、とびっくりした。私はなんとなくバッドエンドだったように思っていたのだったが、今回の4Kリマスター版ではないもともとのポスタービジュアルの印象のせいか。それともあの展開をバッドエンドとして捉えていたのだとしたら、十年前の私はむしろ鋭いのかもしれない。帰宅してから、私はスイッチ2のソフトを買うために五反田のTSUTAYAへ。マリカとドンキーコングバナンザを購入した。バナンザは私の会社の先輩や同居人の友だちいわく微妙であるそうだが、バキ童チャンネルでぐんぴぃとラパルフェ尾身がバナンザのモノマネをしていたのがあまりに楽しそうだったから買ってみた。いまのところ、移動とジャンプの他はパンチしか操作のないゲームで、その極端さがおもしろい。ひたすらパンチで岩を砕いていってコインが貯まる、その岩の割れる音と「チャリン」というコインの音の快楽。やっているうちに眠くなってしまって、同居人は「風呂に入らずに寝るのも、いかにも年末年始……」などといいながら寝た。私も風呂に入らずにもう寝てしまおう。

「ナートゥ・ナートゥ」のダンスバトルの終盤のような

 

12/29

 年末らしく遅く起きて、朝は同居人のランニングに帯同し、昼の食材を買って帰宅、午後はこたけ正義感の『弁論』を見て、同居人も私もそれぞれひとに会う約束をしていたため外出、同居人は高校の先輩と、私はY、M、Kと忘年会をした。Yの今年に比べれば私の今年など微動だにしていないといっていい。エモい話を聞きながら焼き肉を食べたのちは、Mの家に移動して、最終的には売れているアーティストの悪口で盛り上がった。遅くなってタクシーで帰宅。寒かった!

 

12/30

 今日もやはり年末らしく遅くに起きて、うどんを食べたり、昼寝したりし、夕方からは同居人とNくんとKくんと飲んだ。一軒目は代々木上原のイタリアン海鮮ビストロ、二軒目は代々木八幡まで移動して以前HさんとKくんと行ったことのあるバーに入った。Nくんにお子が生まれたのでその話を聞きつつ、私は勝手に彼が『ひらやすみ』のヒデキのようになっていないか心配していたことを打ち明けた。それにしてもめでたい! Kくんにもまたいいことがあったようでよかった。バーには今度の春から社会人になるという女性がいて、なにかアドバイスを、という話になったときに、私は昨日Yが話していた、若いひとと話すときにおじさんのスタンスでいってしまうのをやめたい、というのを思い出し、多少意識しながらしゃべったが、けっきょく最後には「二〇〇二年生まれ! すご!」とおじさんぶってしまった。またNくんとKくんとの解散のときにも天気の話をしてしまった。出会い頭にする天気の話には会話のとっかかりとしての意味があるが、別れ際の天気の話は、それはもう天気の話をしたいからこその天気の話であって、完全にジジイ。しかしジジイぶることが楽しいというのもある。

 

12/31

 朝から『エディントンへようこそ』を観に行った。おもしろかった。アリ・アスターなりに時代に向き合いながらも、あくまで個人的な感触のある映画。個人的だ、と感じるのは、ホアキン・フェニックスが劇中で幾度となくスマホを見るからだろう。アリ・アスターがこのまま現代を描いていくのならおもしろい。帰ってきて、昼には蕎麦を食べ、バナンザで遊び、昼寝もし、夜はすき焼きを食べながら紅白を見た。

 乃木坂の番号の企画、どうしたらクリアなのか、そしてクリアしたらどうなるのかがわからない

 ORANGE RANGEマユリカ、今日は中谷より阪本のほうがキモかった

 M!LK、「so good…」まで行かず残念

 「錦を飾るのがいちばんいいことですからね!」

 純烈もいいなー

 aespa、クール

 福山と稲葉の時間なんなんだ

 けん玉成功してよかったー、もうやらないでください

 Vaundy、毎年煽ってくれてうれしい

 サカナクション、謎演出

 HANA、CHIKAでいつも笑ってしまう

 郷ひろみ、走りながら声出せるのすごい

 久保田利伸、揺れすぎているがうまい

 ユーミン山下達郎もソフトなシンセサウンドに帰着してるのって、彼女ら彼らの年齢のひとにとっての耳心地のよさによるところなのかな

 米津って愛嬌もあっていいな

 玉置浩二、白髪ではありえない毛量

 またバナンザをやりながらフットンダなどを見ていたが、スイッチ2に画面酔いしたのかきもちわるくなってきたので寝る。同居人はとうに寝ていた。

2025年よかったもの

 私が個人的に書いている日記。毎日書くことが習慣化され、もはや私が書こうと意識せずとも自然に書かれ続けるものだとすらいえる日記。そこにはしばしば、日記を書きながら日記そのものに言及するような記述が現れるのだった。たとえば昨年十二月三日の回において、私はみずからの日記を「よくいえば、見、読み、聞きした作品が私じしんの生活となめらかに溶け合っているような書きぶりであり、よくいわなければ、あらゆる作品を真っ白なGoogleドキュメント上に平板化し収集してゆく作業」であると評していた。自分が見、読み、聞きした作品について逐一記録するまめさをもちあわせない私にとって、ほとんど自動筆記的に書かれる日記というのは救世主的な記録媒体であるといえたが、私の書いているような文章型の日記においてはすべての作品が等しく「平板化」してゆき、あとから振り返ろうとするときの視覚的な一覧性にいちじるしく欠ける。なにをいつ見、読み、聞きしたかということが、私じしんが読み返しても即座にはわかりかねる。もちろん、きちんと読み返せばわかるだろう。二〇二五年に見、読み、聞きした作品のなかで個人的にどれがよかったかということを考えるならば、きちんと読み返すべきなのだろう。しかし私のようにまめでなく、かつ〝イマイキ〟な(=いまを生きている)人間にとって、たとえそれがみずからの日記であったとしても、きちんと読み返す作業というのは難儀さをきわめた……

 こんなふうにうだうだいうのならば、そもそも、見、読み、聞きした作品のなかで個人的にどれがよかったかを考えることじたいをやめてしまえばよろしいのだろうが、そうやっていわゆる年間ベストをまとめることというのはなによりまず自分のための備忘であり、日記を書くようになる以前から続けてきた年一の習慣であるからして、日記を読み返すのがめんどくさいからという程度の理由でやめるわけにはいかない。それならばむしろ日記のほうをやめて、もっと一覧性のある記録方法を検討するべきなのか? いや、たとえ私じしんにきちんと読み返されることがないとしても、日記を書くことには一定の価値がある。いや、べつに価値がなくとも──あるいはすべてを平板化する自動筆記であるとしても──日記を書くこと、あるいは日記を書いている時間そのものによろこびがある。日記は楽しい。であるから、一覧性のなさくらいは我慢するほかない。

 

■よかったアルバム

 

〈新譜〉

  • Bad Bunny / DeBÍ TiRAR MáS FOToS
  • caroline / caroline 2
  • FKA Twigs / EUSEXUA
  • Cameron Winter / Heavy Metal
  • Big Thief / Double Infinity
  • Oneohtrix Point Never / Tranquilizer
  • Dijon / Baby
  • Erika de Casier / Lifetime
  • Justin Bieber / SWAG
  • Duval Timothy / wishful thinking
  • kurayamisaka / kurayamisaka yori ai wo komete
  • Ethel Cain / Willoughby Tucker, I'll Always Love You
  • 曽我部恵一 / パイナップル・ロック
  • Alex G / Headlights
  • Geese / Getting Killed
  • Siero / THE GOAT TAPE 4
  • 落日飛車 / QUIT QUIETLY
  • Wednesday / Bleeds
  • Mac DeMarco / Guitar
  • Earl Sweatshirt / Live Laugh Love
  • Quadeca / Vanisher, Horizon Scraper
  • 水いらず / 水を捨てよ、内へ還ろう
  • MIKE / Showbiz!
  • Rosalía / LUX
  • 想像力の血 / 物語を終わりにしよう
  • 徳利 / 新生活 - EP
  • Whatever The Weather / Whatever The Weather II
  • 諭吉佳作/men / テーブルテニスのゲームのレフィル
  • PinkPantheress / Fancy That
  • Bon Iver / SABLE, fABLE
  • Kevin Abstruct / Blush
  • Black Country, New Road / Forever Howlong
  • Headache & Vegyn / Thank You for Almost Everything
  • Blood Orange / Essex Honey

 

〈新譜以外〉

 

 いちばんよく聴いていたBad Bunnyをマイベストとしたい。であるがBad Bunnyはこのアルバムしか聴いたことがない。保坂和志田中小実昌について書いた「小実昌さんのこと」という短編において「一作しか読んだことがなくてもそれが好きだったのなら好きだといっていいし語ってもいい」というような、まあよくある言説ではあるのだがそれをもっと説得力あるかたちで述べていて、私も、そうですよね、と思うので臆せずBad Bunnyが好きだといおう。Bad Bunnyの母国プエルトリコの歴史ごと背負ってスターであろうとする姿勢にも私は感銘を受けた。carolineやDijonのアルバムはリリースされた当初には二〇年代の道標となる音が出てきたと興奮したが、時間を経て落ち着いてきた気もする、とはいえかなり好きなアルバム。FKA TwigsやBig ThiefやOPNなど好きなひとたちが好きなアルバムを出してくれたのもうれしいし、GeeseとそのフロントマンであるCameron Winterという存在を知ったのもうれしかった。新しい音楽を聴くのはうれしい。また個人的にはいまの日本語ラップを知った年でもあって、最初は話題になっていたWorldwide Skippaから入って、ラップスタアを見、SEEDAを聴いたり、SieroやBABYWOODROSEという新しいひとたちを知ったりした。アメリカのメジャーなラップよりむしろおもしろいトラックも多いし、リリックの内容もわかる、であれば日本語ラップを聴いたほうがおもしろいのでは、という気持ちになってきている。

 

■よかった映画

 

 

 新作旧作を織り交ぜてでもアラン・ギロディの三作をトップに挙げたい。それほどよかったことを示したいというパフォーマンス的な側面もあるが、じっさいよかったので、いたしかたない。三作いずれも身体と性愛についてのとまどいを描いていながら、それぞれまったく別感触の(もっといえば別ジャンルの)映画になっているのがすごい。

 

■よかった本

 

 

 小説はおもしろい。もっと読みたいです!

 

■よかったドラマ

 

  • ホットスポット
  • 『ザ・スタジオ』
  • 『じゃあ、あんたが作ってみろよ』
  • 『ひらやすみ』

 

■よかった日

 

1/5 地元散歩:「今日も昨日とだいたい同じような一日を過ごすことになるかと思いきや、昼過ぎに母から「どこか出かけてくれば?」といわれ、たしかに散歩でもしたい気分だったので家の周辺を大きく二時間ほど歩いた。ひとからいわれてする散歩。

1/18~1/19 京都一泊

2/21 トリプルファイヤーのライブ(同居人と)

3/20 池袋~雑司ヶ谷~小石川植物園散歩:「(……)谷中霊園を横目に鶯谷の萩の湯に向かった。銭湯あるある;せっかくだからとサウナ付き入場券で入るが、めんどくさいのでサウナは一周しかしない。テレビで大相撲が流れている。裸眼だとそれぞれの湯船の説明が読めないので勘で入っている。こんな弱いあるあるしか出てこず、どうしたものかと考えあぐねていたところ、萩の湯を出て歩きながら聞いた真空ジェシカの「ラジオ父ちゃん」にて「濁り湯の壁;先に入ってたひとが足を伸ばしているかを当てる力」という、僕のやつよりずっと強いあるあるが読まれていて悔しかった。」

4/12 「Culture (that) Cultures」(同居人と)

4/25~4/27 アラバキロックフェス(同居人とKくんと)

4/29 マミアナ戯曲ワークショップ

6/27 西日暮里~上野散歩(同居人とMくんと)

7/12 品川~目黒散歩(Sと)~焼き肉(SとUとKと)

8/3 萩の湯:「(……)壁には山のシルエットが黒く描かれていて、視力のない目でぼんやり眺めれば、それがなんとなく富士山のようにも思えてくる。富士山の周りは濃い灰色に曇っている。昼も夜もないほど分厚い雲に覆われた冬の日に、浴場の窓にぼんやりと浮かび上がる富士山の影を見ている。外は雨が降っていて、今日はもうホテルの外に出ることはないだろう、と僕は思う。部屋に戻ったら夕食の時間まで『老人と海』を読んで過ごす。ベッドもカーペットもほんのり湿り気を帯びているように感じる。埃と芳香剤のちょうど真ん中みたいなにおいがする。元は和室のものだったのであろう、真ん中に大きく穴が開いている掛け布団。窓際に置かれた椅子の近くだけ剥げかけているカーペット。前に泊まっていたひとの筆圧が感じられるメモ用紙。二回チカチカしてからつくトイレの明かり。自分の家のやつよりひと回りでかいリモコン。テレビで野球か何かをぼんやり見るのでもいい。館内を歩いてみてもいい。ロビーにふかふかそうな椅子があった。あれに座って、やはり『老人と海』を読むのでもいい。……という想像はひとけのないホテルを舞台としたものだったが、それにしてはずいぶん多くのひとが僕と富士山の間を横切った。」

8/13 羽仁進(シネマヴェーラ)~フレデリック・ワイズマン(早稲田松竹)~『アイム・スティル・ヒア』(シャンテ)

8/16 特集展「記録をひらく 記憶をつむぐ」(東京国立近代美術館)~高円寺~渋谷(同居人と)

9/13 鴨川シーワールド(同居人とNさんたちと)

9/18 「JAZZ NOT ONLY JAZZ Ⅱ」(同居人と)

9/20 大江健三郎の自筆原稿の展示(「テクストよ眼ざめよ」):「それにしても大江健三郎のすごいのは、あれだけ圧倒的な作家でありながら、僕も書こう、となぜかこちらを励ましてくれるところにある。それは大江にとっての書き直しが、小説を整えるための推敲というよりは、テクストそのものが発する声に耳を傾け、ときに元のテクストとは印象がまるっきり異なるものへと書きかえてしまうほどの、きわめて創造的な行為だったからではないだろうか。残された原稿そのものに刻まれている、書き手の運動の痕跡。その痕跡は、しかし僕がふだん日記や小説の類いを書いているGoogleドキュメント上には現れないものであり、原稿用紙に手書きすることの大切さを感じるが、でもやろうと思ってできるものではない……」

9/23 天覧山~丸木美術館(同居人と)

10/10 サニーデイ・サービスZAZEN BOYSのツーマンライブ(同居人と)

10/12 大菩薩峠(同居人と)

11/15 吉祥寺(同居人とDとCさんと)

11/16 マミアナ『翳りゆく部屋のリミナリティ』~北千住散歩:『翳りゆく部屋のリミナリティ』について私が書いたアフターノートなる文章がnoteにアップされています。

note.com

12/6 渋谷~駒場~笹塚~方南町妙法寺~高円寺散歩:「(……)さらにくねくね北上すると、ふいに神田川が現れる。私は川をちらちら見ながら歩いたが、周りのひとたちは誰も川を見ない。それが地元のひと、川が日常になっているひとのすごさだと思った。しょせん通りすがりの散歩客に過ぎない私は、住宅街でもきょろきょろしてしまう。駅前の商店街で店々を覗きながら歩いているときの身体が、住宅街に入ってからも続いている。私がきょろきょろし、ここに豪邸があるなあ、などと思っているときも、周りのひとたちはスマホを見ながら歩いていたりする。その姿を見て、私は、歩きスマホはよくないよ、とは思わない。代わりに、毅然としている、と思う。毅然とした生活者。」

12/13 大野山(同居人と)

12/21 M-1グランプリ(みんなで)

12/31 大晦日

二〇二五年十一月の日記

11/1

 小説のようなものを書くときのみならず、日記においても「僕」と「私」のどちらを使うかによって書かれる内容がしぜん異なってくるということを強く実感していた私は、その実感に導かれるように今日から数日間にわたって「私」による日記を書いてみようと、ふと思い立ったのだった。月が変わるというキリのよさへの意識もあった。

 あるいはいよいよ今月に迫っている文フリに向けて、いまだどんな冊子を作るべきか定まっていない私にとって、「私」による日記を書くことがなんらかの打開策になるのではなかろうかという期待感も漂っているようであった。これまでと同じような冊子を作っても仕方がないという意識はあるいっぽうで、昨年と比べても明らかに筆は進んでいない。まあこの一年でちょこちょこ書いた短い小説のいくつかに合わせて日記を収録するのがいいかも、という、奥の手というよりは妥協案と呼ぶにふさわしい構成が浮かんではいるが、それだけでいいはずがない、という感覚も同時にまた、今度の文フリ東京のブース数が四〇〇〇を超えるという情報とともに脳内にこびりついていた。それで考えたのが「私」だった。ブログにアップしているという点においては既に世に出しているともいえる日記と小説をただ収録するだけでなく、そこに「テーマ性」のようなものも付加するとしたら、「僕」でなく「私」として日記を書いてみるというのはひとつアリ。じっさい私はこの一年で「私」が語り手の短い小説を書いていた。「私」として小説を書くにあたって感じた「僕」との違いを日記にも持ち込んでみるという試みは、あんがいおもしろいのではないかと思ったのだ。思い立つのが遅かったのは痛いところだが……

 しかし「私」として日記を書くことによって生活そのものが変わるということは(もちろん今日が初日であるからいまのところは)なくて、今日は三連休初日としてゆっくり過ごした。同居人が午前中から午後にかけて仕事のイベントに行かなければならなかったので、私はその間散髪に行き、すた丼を食べ、本を読んで待った。私はいまだ大学生のような生活を送っていた。こだわりではなく怠惰による現状維持がこの十年続いてきていた。だからなんだというのだ、とも思っていた。少なくとも本を読むのはいいことだと思えた。図書館で借りた待川匙の『光のそこで白くねむる』を読んでいた。題名に引っ張られてのことかもしれないがずっと眠りのなかにあるような文章や話の移ろいが心地よく、また久しぶりに訪れる地元の景色が白っぽく平板に感じられるという描写の的確さも相まって、これはいいかも、と思いつつ読み進めていたら、ちょうど真ん中あたりからすごいことが起こり始めて、今日で読みきれそうな長さの本だが終盤を明日に回すこととした。電車で読みながら同居人の仕事に合わせて私は日比谷へと移動して、ミッドタウン日比谷の前でなにか映画の屋外上映をやっている横で、スピーカーからの爆音を浴びながらもやはり読んだ。どこかで聞いたことのある劇伴が流れるその映画を、私は見たことがないようだったが、途中から見ても仕方がないし、第一こうした場所で見るのもしゃらくさい、という意識があった。

 同居人の仕事が終わり、先週SとMとも行った喫茶店でコーヒーを飲んだ。Sが六花亭のマルセイバターサンドの中身をアイス仕立てにしたような味だと評していたカッサータなるおやつを私は食べ、同居人はパンケーキを食べていた。今日は仕事の愚痴が溜まっていそうな同居人であったが、パンケーキになごまされたのか、途中からはただ眠そうにしていた。明日会社の同僚と山に登るというので、喫茶店を出てからはモンベルに行ってグローブなどを買い足して帰宅した。

 一度帰宅してから、私が午前中に作っていたオニオンスープに合わせていきなりステーキをテイクアウトすべく自転車を走らせた。そういえば私は午前中にオニオンスープを作っていたのだった。一昨日HさんとKくんと一緒に行ったバーで、私たちと同世代だという店長がランチのカレーを仕込むために買ったが余ったということでいただいた玉ねぎ、それを同居人のリクエストでオニオンスープにしたのだった。バターとともに飴色になるまで炒め、水を注げばそれもすべて茶色く染まる、濃厚な旨みが凝縮されたオニオンスープができたと自信満々だったが、同居人によれば、逆に濃いかも、とのこと。しかしそのアドバイスはちょうどそのとき見ていた『じゃあ、あんたが作ってみろよ』における竹内涼真のパロディなのだった。しかしたしかに私の作ったオニオンスープはドロドロとも形容できた。『じゃあ、あんたが作ってみろよ』は四話まで来た。相変わらずいいドラマで、「化石男」にたいする教本的な側面もありつつそれにとどまらない作劇のおもしろさに満ちているし、なにより竹内涼真が素晴らしいのだった。私はこのところ電車内で流れるJRAのCMなどを見ても、長澤まさみより竹内涼真の姿を目で追うようになっていた。

 

11/2

 昨日の「私はいまだ大学生のような生活を送っていた。こだわりではなく怠惰による現状維持がこの十年続いてきていた。だからなんだというのだ、とも思っていた。」のようなくだりは「私」としての日記だからこそ出てきたともいえそうだが、じっさいはただ急に一人称を変えたからこそのハイのようなものに過ぎなくて、べつに「小生」だろうが「吾(あ)」だろうが同じことを書いていたのかもしれなかった。ハイによって長めに書いた昨日の日記は、三連休の初日ならではの余裕があったからできたことで、昨日くらいの文量を毎日の日記として書くとなると今度は逆に文フリ向けの他の文章が書けなくなりそうな気がした。それともこの「私」としての日記もすでに文フリを意識してのものだから、他になにか思いつくまではとりあえずこれを書いていればいいのかもしれない……

 今日は早朝から同居人が山へ行くので、私も同じタイミングで起き、駅まで一緒に歩いて、富士そばを食べて帰ってきた。駅前にはオールしたであろう若者たちがたむろし、ろれつの回らない大声を発したり車道を駆け回ったりしていて、私はそのなかをいかにも、毅然、という雰囲気を意識しながら横切ったが内心ビビっていた。私は自分自身にそういった遊びの経験が乏しいことからそういう若者たちにたいしビビっているのだった、おそらく私のほうが歳上であるにもかかわらず……。しかしこのビビりはもしかすれば歳を重ねるごとに増してゆく性質のものであるとも予感していた。

 徐々に空が明るんで、部屋の光も増してくる。『光のそこで白くねむる』を最後まで読んでから一度寝た。昨日読みながら抱いた、ずっと眠りのなかにあるような文章、という印象が最後まで続きながら、ちょうど真ん中あたりで明確にトーンが変わる。奥深くに封じられていた暴力の記憶が濃厚によみがえってくる。暴力は連鎖し、忘れ去られる。個人の暴力の記憶でありながらもっと巨大な暴力にも繋がっていきそうな不穏さ、それがまどろみ続けるような文体に見え隠れする。「わたし」の暴力の被害者であるように思える「キイちゃん」が、幾度となく「わたし」に向かって「おまえ」と語りかけるさまはある種告発のようでもありながら、すべて「わたし」の文章に包摂されてしまう。繰り返される「〜、とキイちゃんは言った。」という平板な文章が、暴力を眠りのなかに押し込める。すごい小説だった。

 寝て、起きて、私は散歩に出た。私は東京の細い路地を好んで散歩しながら、視線の先に大声でしゃべる若者たちがたむろしていれば立ち止まってなるべく迂回するようなビビりのジジイになっていくのだろう、と予感し、あるいはその萌芽を既にみずからの散歩のなかに感じ取りながら、今日も散歩した。やわらかな陽光がときおり地表に降り注いで建物や木々ごとを包みこむ秋めいた時の流れのゆるやかさと、ふっと冷たい風が首筋をなぞって知らせる冬の硬さが、サイケデリックな紋柄のように互いに混ざりきらないまま、その断層を見れば交互に繰り返されているような気候が私を惑わせた。曇りがちでありながら空気は乾燥していて、洗濯物のみならず私の口唇も乾ききっていた。今日は私の家族、すなわち両親と弟がこちらにやってきて、一緒にヱビスビールの工場を見学するという予定になっていた。今日は父の誕生日でもあり、父が好きな和菓子を買うべく早めに家を出、以前から気になっていた和菓子屋で購入し、そのまま散歩したのだった。

 散歩好きを自称する私であったが、散歩の仕方において特にこだわりがあるわけでもなく、街に詳しくなる気配もいっこうにない。散歩の際は少し上を見て歩くといろんな発見があっていい、ということにさいきん気がついたくらいだった。いまの季節の木々には青葉と紅葉の間くらいの、ちょうどさっき書いた秋のゆるやかさと冬の硬さの入り混じったような葉が風に揺られていて、歩きながらそれらを眺めるのもよかった。私はビルとビルの狭間に立つ細っちろい木のことも、山の樹木と同じように愛していた。いまごろ同居人は山中でたくさんの巨大な樹木に囲まれているだろう、と思った。

 駅前で両親と弟と合流し、予約していたイタリアンレストランへ行った。弟はアメリカの野球の決勝戦に心を奪われていた。私は大谷翔平と、弟は山本由伸と同い年であった。大谷翔平はもはや同い年という枠に収まっておらず、私と比べるべくもない。パスタやガレットを食べながら、地元のどの店がつぶれどんな店が新しくできただの、仕事がどうだの、気候がどうだのといったことをしゃべり、そのまま歩いてビール工場へ向かい、見学はそこそこ興味深く、そこで作っている特製のものだというビールも最後にいただいて、私はビールがそんなに好きではないのでアレだったがそんな私でもこれはおそらくおいしいのだろうと感じられるほどにおいしく、顔を赤くして解散した。アルコールに弱い弟はひとりお茶を飲んでいたが、なぜか顔を赤くしていた。帰宅して洗濯物を取り込んでから、また散歩に出、常夜鍋具材を買って、同居人が帰ってくる前に下準備を済ませた。

 同居人はほうほうのていで帰ってきた。これまでの登山における最長のコースを上り下りしてきた同居人は膝にすさまじい疲労を抱え、階段を上るのもやっとのことであった。特に下山の際に膝に負担のかかる歩き方をしてしまっているのではないか、という説を私は展開したが、そんなことをいまいってもしょうがない。とりあえず今日は湯船に浸かり、湿布を貼って、鍋を食べた。膝が痛くてなにも考えられない、といって、昨日のラップスタアとYouTubeの『あたしンち』を数話だけ見たら同居人はもう寝転がってしまった。『あたしンち』はおもしろいのだが子どもたちやお父さんのお母さんへの当たりがキツすぎる。しかしこれもやはり、そんなことをいってもしょうがない。ラップスタアはHood Stageというのが終わって、次のステージへの進出者が発表された。私はいまのところ27AMとSonsiというまったく異なる二人に心を奪われていた。Sad Kid YazとFisongがここで脱落したのは残念だった。

 

11/3

 ラップスタアといえば、Hood Stageまで勝ち上がったのになんらかの理由で辞退したKey Roozが、Farmhouseというラッパーの曲に客演で登場していたのは私としてもうれしかった。Farmhouseもどうやら有名なひとで、SUSHI BOYSといわれればたしかに名前は聞いたことがあった。Key Roozのラップは一語一語がはっきりと発声され、きちんと韻が踏まれ(韻が固い、というやつであろう)、声質も相まって早口で前のめりのようなフロウでありながら、ラップスタアのSelection Cypherにおける「アンジャッシュこじ、マァ」のようにふと抜いてくる感じが気持ちいい。かつリリックがあんがい叙情的なのも素晴らしい。そのフロウのよさが今回の客演でもいかんなく発揮されていた。

 これまで英語のラップを聴くにしてもそのリリックの内容までを逐語的に追ってこなかった私は、このところラップスタアを見ることでリリックの中身や韻の固さやフロウにも興味を及ばせるようになり、またフッド(地元や生い立ち)に重きを置いていそうな今年のラップスタアの審査にも影響されて、ラップというものへの(音楽的、という観点と対置するかたちでの)文化的関心を増しつつあった。ラップとは「誰が/なにを/どのように語るか」というきわめて当事者性の高い文化であり、それゆえにラップそのものの内容や抑揚や声質にも関心がいくのは自然なことといえた。もちろん「誰が」と「なにを」が存在するうえで、「どのように」もたいせつ。その点で、たとえばラップスタアで審査員がいう、このリリックならオートチューンかけてないほうがよかったっすね、というような評価にも私は首肯する部分が多かった。オートチューンも「どのように」の一手として有効ではあるが、使いどころというのがおそらくある。

 このようにラップをラッパーの個人的な心情や信条の吐露として捉えるのは、音楽として楽しむ方法とは異なるように私には思え、そこにいい意味での新鮮さを見出していたのであったが、その考えは今日の午後に三宅唱が監督したドキュメンタリー『THE COCKPIT』を観たことで覆された。新作『旅と日々』が公開されるにあたっての三宅唱監督特集がヒュートラ渋谷で開催されており、観たかった『THE COCKPIT』をついに観る機会に恵まれたのだった。ちょうどOMSBがラップスタアで審査員をやっていてアルバム『ALONE』を聴きなおしていたタイミングでもあった。カメラが捉えるのはアパートの小さな一室において主にOMSBがビートメイクし、リリックを書き、ラップする姿。大小さまざまなボタンのついたサンプラーをいじる姿はまさしくコックピットに座っているよう。ときに悪態をつきながらもキックやスネアのタイミングにこだわり続け、ラップで噛んだり詰まったりしたならば何度でもまた最初からやり直す様子が延々映されるようで、ふいに成功する瞬間が訪れると最高に気持ちがいい。なにかを作ることにおける楽しさ気持ちよさとクソめんどくささの両方が記録された映画であり、ラップにおける「誰が/なにを/どのように語るか」という、私が先ほど非音楽的側面であるかのように捉えた要素こそがまさしくラップの音楽的側面の根幹にあるのだということを思い知らせる映画でもあった。ややずれるかもしれないがこれは小説でも似たようなことがいえた。話の内容や展開だけでなく──あるいは内容や展開よりもむしろ──文体にこそ書き手個人のありようが現れる。文体こそが小説、とまでいいきってしまうとそれはそれで狭量な小説観に陥ってしまうが、「誰が/なにを/どのように語るか」という要素は小説においても根幹を成しているといえた。いや、これはやはり位相の異なる話題か……

 とにかく『THE COCKPIT』は観に行ってよかった映画だったが、昨日の登山によって膝をひどく痛めた同居人にとっては映画館への行き帰りの道さえも難儀であった。同居人は今日の早朝にトイレに行く際にも寝ている私に膝の痛みをうったえたそうだが、私はちょっと待ってねとつぶやくばかりで起きようとしなかった。そのくせ、せっかくの機会だから、といって半ば無理やりに映画へと連れて行くのだからタチが悪かった。とはいえ同居人も楽しく観たそうなので、総合的にはプラスだろうか、それともマイナスだったろうか……

 夜はキムチ鍋を食べながら登山系のYouTubeなどを見た。今日は昨日より晴れ間が多いが気温は低いようだった。空気が乾燥していて、冬の割合が高かった。

 

11/4

 昨日は『THE COCKPIT』のあと、夜にはカミナリのたくみくんがMPCをいじっているのをまなぶくんが横で見るというYouTubeも見たのだった。ドラムを入れる位置を間違えたといって何度もボタンを打ち直すたくみくんの姿が私にはOMSBと重なって見えた。たくみくんが何度打ち直しても大きく変化したようには思えないドラムを聞き続けたまなぶくんが、耐えかねてついに癇癪を起こしたのにはウケたが、まあたしかに関心の薄いひとからしてみればそれがふつうの反応のはずで、『THE COCKPIT』におけるBIMやHi'Specの忍耐力のほうがおかしいのかもしれない。あるいはべつにあれは忍耐のつもりではなくて、OMSBが紡ぐビートの行く末をみんなで見守っているに過ぎないのかもしれない。気持ちいいビートを作りたい、という志を一緒にする者どうしだからこその尊い時間……。観客である私までもがまるで彼らと志を一にし幸せな時間を共に過ごしているかのように感じられたのは、ビート作りという行為そのものの引力か、それとも三宅唱の編集の巧みさによる効果だったか……

 それにしても傍から見ればなにが違うのかよくわからないほどのビートの音色やタイミングへのこだわりは、OMSBが『ALONE』の冒頭「祈り / Welcome Back」において「たった一手間が曲の在り方を変える」とラップしているとおり作品そのものに影響するのだろうと、映画の最後に流れる完成した曲を聴いて私は思ったのだった。一音一音がどうしてそこに配置されているのか、その裏にひとつひとつの決断や偶然がある。それはヒップホップだけでなくどの音楽にもいえるし、たとえば小説にだっていえる。というような話を私は昨日もしていただろうか。

 日記においても、その日の出来事をどのように書くか、いくらでもこだわりようはある。ビート作りにおけるキックやスネアの配置が、文章を書くという行為における単語選びや語順決めであるとするならば、ウワモノを決めることというのはすなわち「なにを書くか」を決めるということに相当するだろう。日記におけるウワモノ決めとしてもっとも簡潔かつ妥当なのは、その日一日の出来事を時系列に沿って書いていくという手である。私も多くの場合そうしているが、しかし今日のように昨日の続きのような形で書き始めるとそれがうまくいかなくなってしまう。日記における日付というのはある種の仕切り直しの効能をもつのであり、その日付をまたぐ形で昨日の文章が今日の日記へと侵食してしまうと、今日の出来事をどのように書けばいいかがよくわからなくなり、迷ったあげく段落を変えて「さて、」というあまりかっこよくない接続を用いざるを得なくなるわけだった。いまだって変に引き延ばしてどのように今日の日記に入ろうか探っているわけだが、私はついにうまい合流地点を見つけられなさそうなのだった。

 さて、今日は仕事で、朝からやや怪しいと感じていた頭の重さが夕方にははっきり痛みへと転じた。一度帰宅してバファリンを飲んでから、Oとご飯を食べるために家を出た。モダンチャイニーズを標榜するレストランで、うまい具合にアレンジの効いたエビマヨや卵炒めを私たちは食べた。私が会うたびに違う仕事をしているOであったから、前回展開していた事業をもしかするとすでにやめているかも、と私はうっすら予想していたがやはり的中した。いまは他のことをやりながらも自分のなかでは過渡期と捉えていると話すOにたいし、私も珍しくみずからの仕事について長めにしゃべった。それから生活の話題にも移ったが、私の生活といえばこの数年とくに大きく変わることはなく、それが常に変化していたいOからすれば不思議なようで、「なんで生きてるの?」という鋭い質問を浴びせられた。もちろんこれは「いまはなにを楽しみにして生活してるの?」という問いの大胆な省略形であったわけだが、急に「なんで生きてるの?」と問われると、はっきりとした答えを私は持ち合わせておらず、ただへらへらと笑うことしかできなかった。なんで生きてるの? へっへ、散歩とかが楽しいからっすかね……。レストランを出てからOの家に寄って、私がOに貸していたという本を受け取った。なにを貸したかまるで覚えていなかったが、ウエルベックの『服従』やケン・リュウの短編集はたしかにこのところ家の本棚に見当たらないと思っていたので、やはり貸していたということなのだろう。貸した覚えのない本も三冊ほどあったが、Oが私から借りたというのでもらっておいた。

 ウエルベックの『服従』は同居人が読みたいといっていたのでちょうどよかった。同居人は今日も足の痛みにおそわれていたが、一昨日や昨日の膝の痛みは治まり、いまはふくらはぎやすねが痛いということだったので、風邪でいえば喉から鼻に移行しているような、治りかけの段階なのではないかと私は勝手な診断を下した。相変わらず山にハマっているために松永K三蔵の『バリ山行』を読み、かなりオモロかったといっていた。私も読みたいがまずは図書館で借りている服部文祥の『サバイバル!』を先に読む必要があった。

 

11/5

 ここ数日の日記が長いのは「僕」ではなく「私」として書いているから、といっても「私」であるからこその長さというよりは、たんに一人称を変えたことによるハイであるという気がやはりしていた。「私」ならではの書き方、のようなものに到達しているかどうかはいまのところわからなかった。わからないながらも、なんとなく一日二千字、みたいな目安が出来上がりつつあり、しかしむやみに字数を増やせばいいというものでもなく、たとえば今日のようにただ仕事をした日というのは書くことがないのだった。しいていえば……、ブルース・スプリングスティーンの八二年のアルバム『ネブラスカ』のエクスパンデッド・エディションというのが出ていた。私はスプリングスティーンのキャリアにかんしてさほど明るいわけではないが、『ネブラスカ』というアルバムの、どこまでも広大な地平線が広がっていながら閉塞感に満ちているような異様さは好きであるからして、しぜん、このエクスパンデッド・エディションというのも聴くことにしたのだった。ディスク2には『ネブラスカ』の曲を中心にバンド編成で演奏した「エレクトリック・ネブラスカ」というバージョンが収録されていて、アコースティックな原曲にたいしてのエレクトリック版、という意であることはわかっていながらも、「エレクトリック・ネブラスカ」という表現のかっこよさに私はまずしびれた。曲ももちろんかっこいい。しかしなんといっても「エレクトリック・ネブラスカ」という呼び名である。ネブラスカというのは地名であるから、もし仮にスプリングスティーンが日本に生まれ育っていたならばたとえば「エレクトリック・千葉」ということになっていた可能性だってあった。そうなると私も千葉生まれではなくエレクトリック・千葉生まれになっていた可能性があった。エレクトリック・千葉生まれの私はエレクトリック・常磐線に乗って通学していたはずだった。

 しかし常磐線というのはそもそもエレクトリックなので、逆にアコースティック・常磐線になっていたかもしれなかった。アコースティック・常磐線とはつまり人力によって駆動する常磐線であり、乗客みんなが線路に降り、力を合わせて車両を押している状態。南千住や三河島のあたりは高架になっているから、押すほうもきっと緊張するに違いなかった。

 ……この種の想像というのは書くほどにおもしろくなる場合としらける場合があり、今回がどうも後者であることに私は気がついていた。思いついたことをただ書けばいいというわけではないということを、私はかろうじて知っていた。日記というのは比較的なんでも書いていい場であるが、それにしたって、ほんとになんでもいいというわけではないのだった。

 あるいは、今日がただ仕事をした日だったとしても書くことはあるはずだった。同居人の足の痛みは治まったようだったが、なんとなく寒気がするということで、温かいスープを飲んでもアツアツの手羽先を食べても手や足の先が冷たいままなのだった。風邪なのか? その同居人と一緒に『じゃあ、あんたが作ってみろよ』のドラマの最新話を見て、今回も相変わらず竹内涼真がよくて、笑いながら泣きそうにもなった。『ひらやすみ』のドラマの一話も見た。主演二人ともよかった。夫婦それぞれの漫画が同時にドラマ化されるのはどんな気分だろうか、と非常に余計なことを私は思った。

 

11/6

 昼休みに会社の周りを歩こうという気持ちになったときに私がしばしば選ぶルート上にはクリーム色の三階建てのビルがあった。なんらかの会社の自社ビルのようだった。大通り(というほど大通りでもないが相対的視点においてそのように呼んでおこう)と大通りのぶつかる交差点の一角から、斜めに、しかもほんのり上り坂になる形で伸びている細い路地。その奥にそのクリーム色のビルはあった。なんの会社なのかはわからないが、入り口の横には社名が立派な銅板に刻まれ、いかにも業界シェアナンバー1、といった風情を醸しているのだった。主に一階と二階に明かりがついているようだが、どの窓にもブラインダーが下がっていて、中はよく見えなかった。ブラインダーが下がっているということはすなわち、中を覗くな、という会社側からのメッセージなのであろうが(あるいは、外の世界を見たくない、という内的動機に基づくものかもしれない)、それでも私はそのビルの前を通るたびブラインダーのわずかなすき間からその内側を垣間見ようとする悪癖を止められなかった。

 といっても私はオフィス内の様子やひとの姿を見たいのではなかった。そこがなんの会社なのか知らない以上、私の興味はその先へと進んでいきようがなかった。私はその会社の業務内容よりもビルそのものに関心をもっているのだった。細い路地に位置する、クリーム色で三階建ての自社ビル……。晴れの日には外壁の漆喰の、細かな波模様の一筋ごとに影が落ちるさまが美しく、見ようによっては南仏のような──とまでいうとさすがに見ようによりすぎてはいるが──なんとも夢見心地な雰囲気がビル全体を覆った。曇りの日にはその細い路地全体が明るさを失ういっぽうで、ビルのクリーム色だけはいっそう白に近づいていくように美しかった。そもそも私は街に存在する二階建てあるいは三階建てていどの自社ビル全般を好んでいたが、その私にとっても、このクリーム色のビルは他が比肩しがたいほどのたまらない魅力を放っていた。その魅力の一助としてブラインダーの存在があることはたしかに間違いないが、しかしやはり私はブラインダーによって秘されたオフィス内部を知りたいのではなかった。むしろブラインダーの奥の、そのさらに奥、とでも表現すればいいだろうか、クリーム色のビルの、私が歩く路地ではない側の景色にこそ興味があった。

 ビルの反対側にはおそらくふつうに住宅街が広がっているはず。しかしじつは違うかも、という期待を私にいだかせるのが、ブラインダーのわずかなすき間から覗く、景色、という言葉で表現できるものにも満たない、色、なのだった。

 一本の乱れもなく強固に閉ざされたブラインダーはそれ単体では鉄壁の防御を誇ったが、ブラインダーどうしの連なりにおいてすき間が生じ、その前を横切る私をしてこっそり覗かしめた。そこにはオフィス内の蛍光灯の白が浮かんで見えた。ひとの姿や書類の束は見えず、もっぱら白。かと思いきや、そのなかにときおり緑がちらついた。緑といえば私にとってはまず第一に樹木だった。もしかしてこのクリーム色のビルの向こうには、灰色の住宅街ではなく、鮮やかな緑の樹木たちが並び立っているのでは? 手つかずの森が広がっているのでは? そんな無稽な夢を、その緑のちらつきは私に見させた。なんの会社なのかはわからないが、ここの社員たちは、路地に面する窓のブラインダーを閉めきったうえで、反対側の広大な森を自分たちだけで楽しんでいるのではなかろうか? そうではない証拠はどこにもなかった、なにせブラインダーのすき間からは、なんであるとも判別しがたい緑色のみがちらつくばかりであったから。

 美しい建造物とその奥に広がる広大な森、といういかにも抽象的なイメージに具体性を与える根拠として、今年の私をとらえて離さないのが『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』という映画だった。私は同居人とこの映画を今年の二月に観ていた。記憶力の乏しい私にとって、映画の内容をいつまでも覚えていることはきわめて困難であり、現にいまの私は『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』の筋をおぼろげにしか思い出せずにいた。いまの私のなかには、これがいい映画だったという印象が残っているのみだった。いな、その印象とともに唯一残っているのが、作中でティルダ・スウィントンがみずからの終の住処と定めた、山あいの美しい豪邸の姿だった。よく開けた窓からは広大な森が見えた。バルコニーに椅子を出して木々のさざめきや鳥のさえずりに耳を澄ませることもできた。これらかろうじて思い出す姿さえもが、もしかすると私の記憶のなかでの改変を経たものかもしれないが、そうだとしてもあの豪邸と森の美しさは私の頼りない頭のなかで燦然と輝いていた。あの豪邸と森が、いま、このクリーム色のビルに重なっていた。やはりここの社員たちは美しい森を見ながら仕事しているに違いなかった。

 あるいは、この無稽な想像の現実的な着地として、じっさいにこのビルの裏には森がある、ただしとても小さな森が、ということも考えられた。裏にはビルの敷地として小さな庭があり、何本かの木が植えられていて、その緑がブラインダーのすき間から私にも見えたのだ。社員たちはその森もどきをときおり見ながら仕事しているのだった。それがうらやましいかといえば……、それでも私にはうらやましかった。私も小さな森を欲していた。私のオフィスは高層ビルの高層階にあり、展望はいいが、森はなかった。

(ところで私は今日の日記のなかで何度も「ブラインダー」という言葉を使っているが、一般的には「ブラインド」ではないだろうか? 私は自分で意識しないあいだに奇妙な言葉を使い続けてしまっていたのだった。)

 今日の私は展望がいいが森がないオフィスで夜まで働いて、終盤にはこの日記を書いていた。同居人は『愚か者の身分』という映画を観に行っていた。けっこうよくて悔しかった、といっていた。

 

11/7

 ここ数日の日記の量的充実が、「僕」ではなく「私」として書いているからというよりは、たんに一人称を変更したという事象そのものに由来しているという、ややそっけないともいえそうな感触をいだいていた私であったが、昨日のような日記は「私」として書いているからこそ書くことのできたものであると思えたのだった。たとえば「それでも私はそのビルの前を通るたびブラインダーのわずかなすき間からその内側を垣間見ようとする悪癖を止められなかった。」という箇所における「悪癖」という単語。これを私は「僕」としての日記では書かないだろうと思った。「僕」が書いていたならば「悪い癖」、あるいは漢字をカタカナに開いて「悪いクセ」としていただろうと思った。まさに私の「私」性──というものがあるとしての話だが──が滲み出ているような単語選びだった。

 そうした単語選びが、そのまま文体全体へと作用し、ひいては書かれる内容にも影響する。昨日の日記を書きながら、私は、スマホの画面上で盛んにフリック入力を進めるみずからの右親指が『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』という映画の話を持ち出すに至ったことに驚かされた。風が吹けば桶屋が儲かるように、序盤において「悪癖」という単語を入力したことが、巡り巡ってのちに『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』を思い出すことに繋がったのだという、奇妙ではあるがしかし(主に右親指の)肉体的感覚をも伴った直感を私はいだいたのだった。

 しかしこの量的充実が長くは続かないであろうということも私にはわかった。昨日の日記は、ここ半年ほど私が会社の昼休みに散歩を繰り返したことで徐々にまとまっていった「クリーム色のビル」への愛を綴ることで成立していた。そのように私じしんの生活のなかでふだん言葉にすることなくやり過ごしているものを選んで日記に書いていくとなれば、そう何日もしないうちに頭打ち、ネタ切れ、尻すぼみになることは容易に想像できた。次はなんだ? 同じく日常におけるお気に入りの風景や場所でいくならば、家のベランダにさす月明かりの異様な明るさについて書くか? その次は? ……私にはもうさほどストックが残されていなかった。量的充実が「私」によってもたらされているのだとしても、その「私」の書く内容がいまの私の生活をつまみ食いするようなものであったら、ひとつひとつは小さいようでもいつの間にか食いつぶされてしまう。いまの日記の充実をかりそめのものとしないために、適切な題材を見つける必要が私にはあった。

 そこで私ははたと気づいた。題材もなにも、その日の出来事をきちんと書いていくことで日記はしぜん充実するはずなのだった。それこそが日記なのだった。「クリーム色のビル」のようにいまの私の生活全体にかかる題材があるいっぽうで、今日の私には今日の私固有の生活の痕跡があるに違いない。そう……、まずは天気だ、今日はここ数日のなかでもっとも暖かい一日だった。陽光のやわらかさはまさしく秋のそれであり、真に秋の一日といえた。夜の肌寒ささえもが秋の感触を宿していた。そして……、今日は仕事だった。なんとなくお腹がゆるかったため、昼休みにはトイレに長く入った。金曜日の仕事はいい。次の日が休みであることに由来する余裕が、私に集中をもたらすのだった。合間にロザリアの新譜を聴いて、まことすさまじいアルバムだと思った。先人の音楽の歴史に敬意を表し、その力を大いに借りながらみずからポップミュージックを更新していこうとする姿勢は、バッド・バニーにも通じると私には感じられた。ジャケットの印象も相まってか、どこか『ベネデッタ』をほうふつとさせる大胆さや革新性に満ちている。こんな音楽がメインストリームのものとして違和感なく聴けてしまうのはすごいことだった。夜は同居人が友だちと飲んでくるというので私は家で文フリに向けた入稿の準備に取りかかった。この「私」としての日記も収録してしまえばいいと考えていた。私にとって日記というのは文フリがなかろうが勝手に毎日書いているものであるし、そもそも日記とはほんらいひとに見せるものではないという向きもあるくらいだから、これまでの私にとって、文フリの冊子に日記を収録することというのは余ったページを埋めるための付録としての意味しかもたなかったが、この一週間「私」としての日記を書くことで、むしろ積極的な方向性をもって収録できる意味づけがなんらかなされたように私は感じていた。しかしそれがなんなのか、いますぐいい当てることはできなかった。たんに自己満足であると指摘されれば反論するすべが私にはなかった。

「赤を連打!」かのような

 

11/8

 私はここ一週間の「私」としての日記を文フリの冊子に載せるために、多少なりともおもしろくなればいいと思って、それより前の七日間、つまり「僕」として書いていた十月下旬の日記と対置させ、ChatGPTに読んでもらい、分析をお願いすることとした。私は以前にもChatGPTにみずからの掌編小説の批評をお願いしたことがあった。そのときにも感じたがChatGPT(以下C)はなかなか独特の言葉使いをするのだった。なんであったか、Cが繰り返したおもしろい表現を私が知らなかったために、それは文芸批評の場ではよく使われる言葉なのですか、と私が訊ねると、Cは、そのような言葉が使われることもあります、という調子で明確には肯定しなかったのだ。そのときにも似た絶妙なラインの言葉が今回の分析にも散りばめられた。

「生活の密度と嗜好の偏愛が、文体の律動ときれいに噛み合っています」

「具体の運動エネルギーが強い」

「「私」期は語を選び、比喩のスパンが伸びる」

「モチーフ間の写像が綺麗」

 ……絶妙にありそう、かつかっこいい。意味もまあなんとなくわかる。私が「私」期に日記を書くにあたってていねいに語を選んでいたのは事実だった。そこをわかってくれるとはありがたかった。

 いっぽうでCは私の日記にたいし「改善ポイント」も提案してきた。日記というのはあくまで私が私の思ったように書くものであるからして、改善を提案してくるなんて差し出がましいのではないか。「「という」「……」「のだった」を場面ごとに役割固定すると締まります」……はて。私は私なりに「……」や「のだった」の使いどころをコントロールしているつもりであったから、Cの指摘はまったくもって余計なお世話だった。「「私」期は抽象に滞留しやすい。固有名詞で段落末を止めると、熱が残る」……これはわからなくもないがしゃらくさかった。けっきょく私は、私の日記に口出しするな、という高圧的な態度でCにたいし臨んでしまうのだった。私から分析をお願いしたにもかかわらず……。これはまさしく私の「悪癖」といえた。

 もうCに構うことはない。私には私の生活があった。今日は同居人が眉毛をやりに行ったり美容院に行ったりしている間に文フリの入稿の準備を進め、あとは今日の日記を足せばとりあえずよさそうな段階までもっていくことができた。朝は家で白米と納豆と味噌汁とコンビニの焼き鯖。NHKの『ひらやすみ』の何話かをいっきに見た。森七菜は素晴らしい。昼は外でスパゲッティを食べた。店内にはKポップが流れていて、やはり「Ditto」は格別であるなあ、と私はふいにNewJeansおじさんになってしまった。その後、同居人と辺りを散策していると見たことのない古着屋があって、馬が大きく描かれたスウェットを入手することができた。店員さんに聞けば不定期・期間限定でやっている古着屋であるそうで、私が見たことないのも無理はなかった。夕方にはイメージフォーラムへ『ネタニヤフ調書 汚職と戦争』を観に行った。イスラエルパレスチナ侵攻および虐殺にかんして、首相ネタニヤフの汚職と保身こそが原因のひとつであると看破する視点でのドキュメンタリー。映画の前半にはネタニヤフとその妻がいかにイスラエル内外の資本家たちから収賄し見返りとして便宜を図ってきたかという記録、および証言が出揃っていようとも否定を繰り返すネタニヤフの姿が映され続け、あまりの小物っぷりに辟易しつつ、イメージフォーラムの空気の澱みにもあてられて眠くなりさえしたが、後半、いよいよ窮地に立たされたネタニヤフが極右勢力と手を組んでからは、それまでの汚職や保身がいっきに繋がってくるようで目が離せず、怒りをおぼえるとともにやるせなくもなった。イスラエルだけでなく世界じゅうで同じようなことが起こりつつある、というようなことはいえるかもしれないが、それにしたってイスラエルの政権は底が抜けている。第六次ネタニヤフ内閣における財務大臣スモトリッチや国家安全保障大臣ベングヴィルなどは、極右と呼んでは右翼に失礼な、ほんらい政府の要職に就くことじたいがありえないほどの過激な差別主義者であり、その主張や発言はテロリストそのものでもあって、彼らと手を組まざるを得なくなったネタニヤフのなりふり構わない我が身かわいさが浮き彫りになると同時に、しかし彼らもやはり選挙によって国会議員になっているのだと思うと、そもそも民主制じたいに無理があるのではないかというところまで私の気持ちは向かってしまいそうになる。この考えも傲慢なのであろうか。私も同居人もげっそりして帰宅し、夜はラップスタアを見たが、同居人はけっきょく気分が上がることなく寝てしまった。

 

11/9

 私はなんらかの運動選手、かつ念能力のようなものをもっていて、その念でライバル選手の調子を狂わせたことが相手にバレ、彼とその仲間たちに追われることとなったが、大会の会場である広大な陸上競技場の客席に逃げ込んでしまえば見つかりようなどないのだった。彼らの追跡をやり過ごした私は、そのまま市街地へと戻った。私は福島市にいるようだった。大通りの中央分離帯に、露天でラーメンやチャーハンを食べられる屋台があった。私はカウンターの一席に座って、なにを食べたわけでもないのに、にわかに便意をもよおした。私が困っていると、横に座っていた荒れ地の魔女のような中年女性が「そのまま出せるよ」といい、椅子の下を確認すればたしかにちょうど真ん中に穴が空いていて、そのまま出せるようになっている。私は恥じらいながら、周囲に悟られないように尻を露出してそのまま出した。それから、帰りの新幹線までにまだ時間があることを思って、Googleマップを開き、どこへ行こうか思案する、その最中に目を覚ました。

 今日は朝から雨が降っていて、起きたときから頭がやや痛かった。私はふだんから同居人に、仕事の日はすぐ頭が痛いとかいうくせに休みの日にはいわないよね、とよく指摘されていた。そのとおりだった。仕事をするには耐えられないが休みの日に散歩するぶんには大丈夫、という範囲の頭痛があった。今日もそれだと思って、散歩に出たり映画を観に行ったりする可能性をふまえて私は同居人に頭痛を申告しなかった。どうせ外の空気を浴びれば痛みは軽減される。そう考え、私は午前中に文フリの入稿および紙本の発注を済ませてから昼前に家を出て、図書館に本を返却し、CoCo壱をテイクアウトして帰った。それだけでも数十分の外出になる。道中では「真空ジェシカのラジオ父ちゃん」と「マユリカのうなげろりん!」を聞いた。好んで聞いている番組ではあるが、いずれも男性による男性向けの番組であるということを強く感じるのだった。外は小雨。寒さを予想して厚着で出たが歩くうちに暑くなった。そうやって調節がうまくいかなかったこともあって頭痛はさほど軽減されず、帰宅後にカレーを食べて眠くなるとむしろ痛みが増すようでもあり、けっきょく私はそのあと昼寝した。同居人も今日は寒いと繰り返しずっとソファで毛布を被っていた。

 しかし私はこうしたときの昼寝をおよそ一時間ほどにとどめるためにアラームをかけるようにしているのだった。日曜日の午後の昼寝で、起きたらもう真っ暗、という事態は必ず避けねばならなかった。起きてなにをするわけでもないにしても……。今日もまだ明るいうちに目を覚ますことができて、昨日の『ネタニヤフ調書』でプロデューサーをやっていたアレックス・ギブニーというひとが監督した『無責任大統領と17人の告発』なる、第一次トランプ政権下におけるアメリカの新型コロナウイルス対応のお粗末さをまとめたドキュメンタリー映画を観た。まあトランプ政権がひどすぎるというのはあるのだが、ドキュメンタリーとしてはそれほどおもしろくはない。昨日の『ネタニヤフ調書』も衝撃的だったしひとつの視点や解釈を提示しているという点で意義深い映画だとは思ったが、いずれの映画も腐敗し堕落した政治やシステムにたいしての(一方的な)批判にとどまり、市井のひとびとの声が記録されていないとは感じてしまう。それにたいして、という観点で『ノー・アザー・ランド』のことを私も同居人も思い出していた。

 同居人が先に読んでおもしろいといっていた松永K三蔵の『バリ山行』を私も読み始めた。夜をおでんにするために具材を買いにまた外へ出た。頭痛もいつしか軽減されていた。おでんを食べてから、Netflixの『フランケンシュタイン』を観るにあたって映画館のポップコーンがあったらうれしいという話になり、また外へ出て、近くのTOHOシネマズまで自転車を走らせた。息切らし、小雨の粒を眼鏡のレンズに貼り付けたままコンセッションへ向かうと、今日はもう営業終了したとのことで、無念の帰宅となった。途中コンビニでポップコーンと三ツ矢サイダーを買ったが、けっきょく『フランケンシュタイン』は観ずじまいだった。私だけ三ツ矢サイダーを飲んで終わった。

 

11/10

 都内での一〇〇キロウォーキング大会に出場した私は、身体の軸をまったくぶらすことのない圧倒的に安定した歩行により、二位以下に大差をつけて単独一位をひた歩いていた。私はみずからの足がまるでスフレの上を歩いているかのような、ゾーンとでも呼ぶべき軽い感覚の極致にあるのを感じていた。私があまりに速く歩くものだから、私の前で大会の先導役を務める、いかにもガイド然とした姿の女性をひどく焦らせることとなった。女性の先導に従って私は山手線のどこかの駅前の、ひと通りの激しい繁華街に突入していた。女性はときおり私のほうを振り返り、誰かとトランシーバーで通話しながら、ひと混みをかき分けかき分け進んでいくのだった。私は安定感ある歩行でついていった。駅から少し離れたとたんに明かりが少なくなる。そのなかで唯一営業していた、古めかしいスーパー銭湯のような施設に私は吸い込まれた。私は早く先へ進みたいというみずからの意思に反して休憩をとろうとしているのだった。私は畳敷きの大食堂のような場所に通され、お膳を提供され、はっと気がつけば七時間ほど経ってしまっていたのだった。しまった、もう負けだ……、と思ったところで目が覚めた。

 先日同居人がYouTubeで見つけた、埼玉県川越市あたりでの一〇〇キロウォーキング大会の動画の影響をモロに受けた夢だった。「歩くのが好きならこういうの出てみれば?」と同居人は私にいうのだった。しかしどうやらじっさいの大会では音楽やラジオを聞くことも許されないらしい。もちろん耳になにもつけずに自然の音や街の音を楽しむことにもおもしろみはあるが、少なくともYouTubeで見た川越の大会の様子を見る限り、道中にさほど趣深い景色があるわけでもなく、一〇〇キロをなにも聞かずに歩ききるのは、よほど「歩行」そのものが好きでないと厳しそうであった。私はあくまで散歩が好きなのであって……、と同居人に反論した私だったが、今日の夢の調子だと、あんがいこういう大会を楽しめるかもしれなかった。

 しかもどうせ、こっそり聞いたってバレない。いまならロザリアやホイットニーの新譜を聴きながら散歩するのはとてもよかろう。ホイットニーの新譜はジャケットからして『つづれおり』であるわけだが、曲にもキャロル・キングのようなフィーリングが宿っている。彼らの原点に戻りつつ、ソングライティングの面にも充実が見られて、最高に心地のよいアルバムだといえた。ロザリアの新譜も何周も流すことでようやく曲ごとの構造やアルバム全体の流れがわかるようになってきて、あらためてそのすごさを実感している私だった。

 今日は『旅と日々』を観た。まずいろんなことをしゃべりたくなる映画であり、その時点で素晴らしいといっていい。すべてのカットが正しくスタンダードサイズのために存在し、夏と冬、それぞれの美しさを切り取る。スタンダードサイズだが「狭さ」を感じさせず、寄りと引きの反復によって旅の豊かさ、またその裏返しとしての世界に投げ出される感覚を打ち出し続ける。俳優陣の素晴らしさはいわずもがな。なんといってもシム・ウンギョンと河合優実の旅する身体であるが、堤真一と髙田万作の朴訥とした存在感もありがたい。

 Hi'Specの劇伴に合わせて車窓の風景が右から左へ流れる序盤のショットを目にすればどうしても先日の『THE COCKPIT』を想起せざるをえないわけだが、書いては消す脚本家の手つきはそれこそビート作りと遠からざる位置にあるといえるかもしれない。しかし『旅と日々』において、ビートメイカー=脚本家は部屋を出て旅に出る。作られたビート=脚本は俳優によって演じられ、身体が言葉を凌駕する。身体が言葉を超える瞬間、あるいは言葉の届かないところまで行く瞬間こそが映画の醍醐味であるが、言葉を生業にする脚本家からしてみれば素直に肯定しがたいところでもある。脚本家は自信を喪失しもする。その脚本家の主人公が錦鯉泥棒を通じて久しぶりに楽しく感じられるという一連において、まさしく旅の素晴らしさが描き出されている。日々の言葉の届かない景色を見ることこそが旅をする(そして映画を観る)理由。いっぽうで日々の言葉を否定していないところにこの映画のよさがあると私は思った。旅も日々も描くことができる装置として映画は強い。

 帰宅してつげ義春の原作を本棚から引っ張り出せば、「海辺の叙景」のラストコマがあまりに美しく映画のなかで再現されていたことに驚かされた。

 

11/11

 批評的視点を持ち合わせるでもなく、半分はただなんとなくおもしろいかもというだけで、そしてもう半分は文フリの冊子に向けて原稿の足しになるかもという小賢しい心持ちで、今月の私は「僕」ではなく「私」として日記を書いていた。最初の数日間には「私」としての日記の書き方の変化に言及することで量的な充実がもたらされ、またちょうど三連休と重なり書きがいのある日々だったおかげもあって、一日二〇〇〇字というのが目安として定着してしまった感じがあった。ほんらい日記とは自由に書かれるべきものであって、文字数の目安や指標があってはたまらないのだが、二〇〇〇字という具体的な数字が一度浮かび上がってしまったために、ふつうに書けば八〇〇字ていどになるであろうところを引き伸ばすように私は日記をがんばっていた。日記をがんばる、というのもはなはだ奇妙な事態ではあるが、「私」として書いているからには「僕」のときとは異なる質・異なる強度をもった文章が必要だという感覚があり、たとえば自転車で大通りに合流する際にギアを3から7へとチェンジするときのような心づもりで、若干の気合いを入れて取り組む必要があった。取り組む、といってしまっている時点で間違いなくがんばりだった。

 直近の二日間には奇妙な夢を見て、起きてからもその内容をおぼろげながら覚えていたため、両日とも五〇〇字ていどを稼ぐことができていた。私が日記を書くのはたいていその日の夜になってからであるが、夕飯や入浴を済ませ、ふっとひと息ついてスマホを手に取る時点までまだ夢の内容を覚えていられたというのはすごいことではないか? もちろん、夜になってやっと文章にする夢は、じっさいに見た夢とは少し(あるいは大幅に)異なっているかもしれなかった。日中に記憶の改ざんがなされたかもしれないし、「私」として文章にするための編集を経て、夢は加工されているのかもしれなかった。そもそも私は夢を「私」と「僕」のどちらとして見ているのか? あるいは「私」や「僕」ではないのか? それによっても日記への書かれ方は違ってくるはずだった。しかしいずれにせよ日記で五〇〇字を稼げるほどに夢の内容を覚えていられるというのはめったにないこと。もしかすると日記を二〇〇〇字書けるほどの出来事が起こりえないということを予期した私の身体が、私に強烈な夢を見させてくれたのかもしれなかった。

 しかしそんな都合のいいことは三日連続では起こらない。今日の私は夢を見なかったか、見ても忘れてしまっていた。であるから今日の私は自力で日記を書く必要があった。

 昨日の『旅と日々』はあらためて考えてもおもしろい映画で、観ている最中はどういう映画なのかわからず、まさしく言葉が置いていかれてただ目の前の映像を味わわせられる感覚があったのに、上映が終わって劇場内が明るくなってからはいろんなことをしゃべりたくなる。まさしく映画=旅が終わって、日々の言葉に戻ってくるような。河合優実と髙田万作による「海辺の叙景」が映画内映画として描かれ、それを観ていたシム・ウンギョンの顔が映され、今度はシム・ウンギョンと堤真一による「ほんやら洞のべんさん」が映画として描かれ、それを観ていた私たちの顔が映されるかのような……、そのように書くと私たちまでもが映画のなかにいるようだが、そうではなく私たちは私たちの日々や旅のなかにいる。タイトルそのものである「旅と日々」というテーマがそのまま映画を観た私たちの時間にも染み出てくるような広がりをもった映画だといえた。

 そんな私の日々……。今日は仕事の昼休みにまた外を歩いた。私がこの時期に着ていて同居人に「工作員」と呼ばれているアウターではすでに凌げないほどの寒さになっていたが、歩き続けていれば温まる。私は私の好きなクリーム色のビルのほうまで足を伸ばしたが、今日はその路地をあえて通らず、大通り沿いからクリーム色のビルを見ることでふだんと異なる印象を得ようとした。ところが、路地の絶妙なくねり具合や建物の配置によって、大通りからだとクリーム色のビルはほとんど見えないのだった。このこともまた私のクリーム色のビルへの好感を上げることとなった。路地に入った者のみが、そのビルを目にすることができるのだった。夜はNetflixギレルモ・デル・トロの『フランケンシュタイン』をあらかた観た。『旅と日々』に比べるとかなり、物語、という感じがする。悲しい話なのにところどころ笑ってしまったのはオスカー・アイザックの熱演のせいだろう。

 私たちの日々がもしリアリティ番組だとしたら、というような舞台設定は『トゥルーマン・ショー』という映画がすでに試みているし、同じくもし映画だとしたら、という仮定もおそらくなんらかの作品ですでにやられているのだろうが、映画内映画だったら、という想像はもしかするとまだ描かれていないかもしれない。私や同居人の会話が映画内映画であったなら、どこでカットが割られ、どこでシーンが変わり、どこでエンドロールに突入するのか。その映画を観ているのもやはりシム・ウンギョンなのか。それともデンジとマキマさんがつまらなそうに観ているのか。しかしエンドロールとは関係なく私と同居人は話し続けていて、映画内映画内の日々は続いていくのだった。

 

11/12

 仕事中の調べもので出会った「丁度可知差異」という言葉が私にはツボだった。ちょうどかちさい。ウィキペディアによれば「ある標準となる感覚刺激からはっきりと弁別できる刺激の最小の差異のこと」──たとえば百グラムの綿にさらなる綿を足していくとき五グラムていどでは気づかず二十グラム増えた段階でようやく「増えた」と気づくようなこと──であり、意味はわかるし、それなりに字面どおりでもあるわけだが、このような学術的にも使われているであろう語において、「ちょうど」という私たちがふだん口語的に慣れ親しんでいる単語が堂々と登場していることが私にはオモロいのだった。なんとなく場違いな、江戸感、とでもいおうか、「丁稚奉公」や「口八丁手八丁」の仲間であるかのような……。しかし「丁度」というのは音読み続きの、見ようによってはいかにも学術然とした単語でもあって、もしかすると足を引っ張っているのは後半の「可知差異(かちさい)」かもしれなかった。ひらがな一文字ごとに漢字一文字が対応する見た目からは「伊太利亜(いたりあ)」や「仏恥義理(ぶっちぎり)」のようなコテコテの当て字の印象も漂う。最後が「異」であるのも、どこか怪異感。そうなると先ほどの「丁度」の江戸感もよみがえってきて、「丁度可知差異」……見るひとの心理状態によって、豆粒ほどに小さくも、入道雲ほどに大きくもなりえる、口が八個、腕が八本のヒト型の妖怪。「カチサイ」は江戸中期に出島から輸入された食肉植物の名前が由来だとされる。というような想像も広がる。

 そんな(私の勝手な想像でなく本来の意味での)丁度可知差異を実感することが私の身にも起こった。私の住むアパートから会社までの道のりにある交差点周りで、平日はほとんど毎晩のように道路工事が行われていた。老朽化にともなう補修として来年の四月頃の竣工が予定されているその工事は、あくまで道路を全面封鎖することなしに行われるものだから、交差点の周りには毎晩一箇所ずつに規制が張られ、その部分は片側交互通行になる。交差点を中心に、たとえば私のアパート側の道を①とし、時計回りに②、③、④と番号を振ろう。これがわかりやすいかどうかは微妙なところであるが、とにかく、たとえば①側で工事が行われる晩には、①の道が片側規制となり、①から②、③、④いずれかの方向に向かう車、③から①へとまっすぐ走ってくる車、②から①に右折する車、④から①に左折する車がその規制の対象となる。いま挙げたうち、特に①から②、③、④いずれかの方向に向かう車と③から①へとまっすぐ走ってくる車は、同じ青信号における対向の関係となるため、工事現場のひとの裁量による交互通行の影響をモロに受けることとなる。交互通行である以上どんなに現場のひとの手際がよくてもふだんの通行には及ばない。そのためこのところ交差点周りには軽い渋滞が発生していた。

 ①、②、③、④のいずれで工事が行われるか、それが着工当初の毎晩の私の楽しみになっていた。工事は場当たり的ではなく、あらかじめ決められた工程表に従って進んでいるに決まっているのだが、部外者の私にはなんとなくランダムであるようにも思えた。多くの場合①か③、なかでも多いのが③の工事で、もともと交差点の③側には道を挟んで二軒のコンビニがあり、コンビニの隣には飲み屋もあるものだから、工事現場独特の異様に明るい照明も相まって、③で工事が行われる日にはその一角がものすごく賑わっているようにも見えるのだった。しかしそんな賑わいも毎晩続けば日常の風景へと落ち着いてゆき、交差点のどこで工事が行われるかという問いももはや私の関心ごとではなくなってきているというのがさいきんだった。着工当初は工事内容に興味をもち、現場のひとたちが穴を掘っていたら規制の外から覗き込んだりしていたものだったが、いまやそれもなくなっていた。

 工事の場所や内容が少し違うくらいでは、あるいは現場のひとたちの人数が少し増減するくらいではもはや驚かず、気づきさえしなくなっていた私を久しぶりに驚かせたのが、今晩の③の工事におけるクレーン車の導入だった。私が毎日通る交差点にクレーン車が! ビル建設の現場ならまだしも、ごくふつうの交差点でクレーン車が稼働しているのは未知の光景だった。けして広いとはいいがたい③の路上でクレーン車は器用に資材を動かしていた。私は思わずスマホで写真を撮って、「大クレーンありです」というメッセージとともに同居人に送った。いまの私にとっては、工事現場の変化に気づくための最小の差異、丁度可知差異がクレーン車だったというわけ。

coolな丁度可知差異

 

11/13

 ほんとうは昨日はギレルモ・デル・トロの『フランケンシュタイン』を最後まで観たのでそのことも書こうと思ったのだが、丁度可知差異の話でキリがいい雰囲気が出てしまったのと、ただただ眠かったので、私はクレーン車のくだりで日記を終わらせてしまったのだった。といっても『フランケンシュタイン』にかんして長く書こうというわけではない。デル・トロらしく「怪物」を「美しい生き物」として反転させる作劇であり、じっさい「怪物」がしだいに美しく見えてくるよう演出されていて、「怪物」と「創造主」のどちらがどちらを追っているのかがわからなくなるような終盤も含め、批評性を多分に含んだ映画だといえた。しかしそういう部分よりは、みずからの生み出した「怪物」に怯えるオスカー・アイザックの姿や、青ひげとあぶら汗でマユリカ阪本に見えるオスカー・アイザックの姿がオモロい、という、エンタメ的な側面において楽しめる映画であり、家で同居人とところどころ笑いながら観たのがよかった。

 だいたい私がこのように「批評性を多分に含んだ」などと書いているとき、私はその「批評」の具体的な中身にまで考えを及ばせているわけではなかった。さえぼうあたりがきちんと解説したブログを書いてくれるかも、という、きわめて無責任でひと任せな放言であった。いっていることのレベルとしては「よかった」や「エモかった」などと変わらない。しかしただオモロがっただけではございませんよ、という、かっこつけというか、イキがりというか、その種の浅ましい撫でつけをみずからに許容してしまっている私だった。そもそも私は自分に甘い。昨日の日記のおける交差点についての描写だって、きわめてわかりにくい文章を書いていることを承知しながら、たわむれに①、②、③、④などと番号を振り、数字が頻出することによるおもしろさで文章そのもののわかりにくさをごまかそうとしていたのだった。しかしそんなのは読むひとが読めばバレるだろう。たとえば未来の私が読み返したら一発アウトであろう。なぜなら書いたのは私じしんだから。

 かといって昨日の話をどのように書けばわかりやすい文章になっていたか私にはわからなかった。私は風景の描写が苦手だった。番号を振ったのだって半分はたわむれだが半分は苦しまぎれであった。散歩好きを自認しつつ風景の描写を不得手としていることに引け目を感じながらも、またたとえば乗代雄介がひたすら風景の描写を練習していたというような話を聞いて、それはたしかに小説を書くにあたって大切なことであるなあ、と思いながらも、私は特に練習をすることなく過ごしていた。私はさらに、読者としても風景(あるいは建造物やなんらかの機構)の描写を苦手としていた。数ヶ月前に楽しく読んだ『プロジェクト・ヘイル・メアリー』でも、ロケットの構造にかんしてはなにがなんやらで、巻頭に付されていた図解をいちいち見ないことには理解が追いつかなかった。そもそも風景描写というのはただ上手にやればいいというものではない。けっきょく小説的におもしろいかどうか。保坂和志の『未明の闘争』の中盤には、たしか横浜かどこかの港沿いのベンチに語り手が座って、周囲の風景をひたすら描写し続けるというくだりがあった。あれがおもしろかったのは、文章がうまかったからというよりは保坂の目がいいからだろう。そう、目だ! 私は目をよくする必要があった。そのために私はこのところ散歩中にずいぶんキョロキョロしていた。書くにはまず見なければならない。たとえば交差点についても、いっきに書こうとするから番号に頼らざるをえなくなったわけであって、もっと細かな単位で見て、書くべきだったのだ。

 昨日の日記でいうところの③の道、つまり交差点において私の住むアパートの方向とは逆に伸びてゆく道には、昨日も書いたように道を挟む形でコンビニが二軒あった。ファミマとセブンである。家と会社を結ぶ道にファミマとセブンがあるとなれば、ほとんど毎日のようにいずれかに吸い込まれざるをえない。……というような話を昨日の日記でも書けばよかったのかもしれない。しかしそれが文章としておもしろいかどうかはまた別の話……

 今日はセブンに寄ってから帰宅した。私はこのところ帰宅してから湯船に浸かることを毎日の楽しみのひとつとしていた。この時期の湯船はきもちよすぎた。これより寒くなると入浴そのものがおっくうになる。いまがちょうどよかった。風呂上がりには同居人とココアを飲んで、『じゃあ、あんたが作ってみろよ』の最新話を見た。ドラマも中盤に差しかかって、「あんたが作ってみろよ」なんてことをいわれるまでもなく毎日の手料理を楽しんでいる竹内涼真(勝男)がまぶしい。そのぶん夏帆(鮎美)のつらさが目立って、勝男が楽しそうなのはなによりではあるが鮎美がつらいのは違うよなあ、という気持ちになってしまう。同居人は鮎美がつらくなるたびに「刺せ!」と剣呑なことをいっていた。

 

11/14

 ラップスタアやカミナリのYouTubeを見ることで日本語ラップの世界にも徐々に興味が湧くが、いざ聴くとなると膨大。そこで私はひとまず名前を聞いたことのあるひとの新曲やYouTubeでサジェストされてきた曲から流してみていた。そのなかにはラップスタアで審査員をやっているBenjazzyさんの新曲「NOOFFSEASON」もあった。ノーオフシーズンというのはようするに休むヒマなしということで、私にはようやくわかりつつあるのだがラッパーにとっては常に忙しくしている(=みずからの曲を制作していたり、ひっきりなしにライブや客演に呼ばれていたりする)こともFLEXの一形態であるらしく、ベンチャーマインド的なものとも似かよっているかもしれない。あるいは個人事業主としての充実を誇るということかもしれない。考えてみれば金を稼いでFLEXするためにはそもそも仕事が多くないといけないわけで、まこと理にかなっている。

(しかしそのように懸命に働いて知名度を増し広く認められていくことで──きわめて俗っぽい話題ではあるが──仕事あたりの単価というのは上がっていくはずで、たとえば活動初期と比べて単価が百倍や千倍、あるいはもっと、という段階に突入したとき、それでも働いて働いて働いてまいることがラッパーとしてのFLEXなのか、それとも遊んで暮らして、たまにほんの四小節の客演でウン百万を稼ぐようないわゆる「上がり」の状態こそがFLEXなのか? アルバムの予告ばかりを続けてえんえんリリースせず、もはやなかばインフルエンサーのように暮らしているエイサップ・ロッキーはかっこいいのか? よくないのか? フランク・オーシャンはいったいなにをしているのか? Apple Musicの歴代アルバムベスト一〇〇のような企画において名だたる名盤をおさえ『Blonde』が五位に入ってしまったというようなことも、フランク・オーシャンを新作発表から遠ざけた一因であったりしないのか? 私はフランク・オーシャンの新作もエイサップ・ロッキーの新作も聴きたい……。そんなふうに話が逸れてしまったところでカッコを閉じる。)

 そういう24/7的な忙しさをアピールする「NOOFFSEASON」において客演しているMIKADOというひとの、軽やかにビートを乗りこなしながら楽しく技を繰り出し続けるようなラップがなんとも心地よくて、調べれば昨年のラップスタアに出ていたのだという。こういう感じでフックアップされていくのだとしたら夢がある番組。私は27AMが音源をリリースするのを楽しみにしていた。しかしいまはMIKADO。いままさに駆け上がり中、といった趣きのあるFLEX混じりのリリックを、どことなくブレイキンのような軽やかな身体性を伴ったフロウでカマしきっていて、この曲においては直前のWatsonを食っていると私には思えた。そのWatsonもいろんな喩えを繋げてゆくリリック、たとえば「保釈じゃないけど丸くなる 喘息じゃないのに税税ゆう」のようにポンポン出されるとおもしろい。「小栗じゃないけどいつでも旬だ」までいくとベタすぎやしないかと思わないでもないが、それにしても、「じゃない」のにどうして喩えるのか。比較するものでもないかもしれないが小説において「じゃない」のに喩えている場面などそうそう出会わない。ラップ独特のノリという見方もできよう。

 そもそも一般的に比喩というのはうまく内容とかかっていてこそのものであって、じゃなくてもいい比喩が許されるのなら可能性はいくらでも広がる。ラップというのは基本的にサンプリングの文化であり、トラックにおいてもリリックにおいても元ネタを脱文脈化して新たな流れのなかに配置しなおす、その配置の巧みさや意外性が評価される土壌が(おそらく)あるからこそ、じゃない比喩も許容されるのかもしれない。であれば今度は私が、私の日記において、ラップ独特のじゃない比喩のノリをサンプリングしてみるのはどうだろうか。塩麹みたいに長持ちするわけじゃないけど長引いてる交差点の工事。でもここは麹町じゃない、まさに工事待ち。セブンスヘブンじゃないけどセブンに寄りたい気分。健康にバイバイするわけじゃないけど思わずカップ麺をPayPayでBuy。……じゃない比喩というのもやってみると難しい。じっさい最後のカップ麺購入は健康にバイバイするわけじゃなくない行動であり、これでは私が日常会話においてもぞもぞした感覚を抱いている、「◯◯じゃないけど」という、ほんとは◯◯であるといいたいが明言を避けているようないい回しを地で行ってしまっているのだった。真の「じゃないけど」を使うには、ほんとに「じゃない」必要がある。私はまだその領域に遠く達していなかった。

 同居人は会社のひとと飲んで帰ってきて、あっという間に寝た。

 

11/15

午前中には文フリ用の新刊が届いた

 Dと会う約束をしていた。三日前くらいにどこで集まろうか決めるにあたって、高尾山はいかがかという同居人案もあったが、念のため私とDそれぞれの最寄り駅からちょうど同じくらいの時間で行ける駅をCに聞いてみると、吉祥寺です、といわれた。Dに高尾山と吉祥寺のどちらがいいか聞いてみたところ、吉祥寺いいね、ということだったので、今日の昼頃に私と同居人とDとその同居人であるCさんとで吉祥寺集合となった。DもCさんも散歩好きであるとのことで、今日の気候のよさも相まって、私は朝の時点から散歩への期待を膨らませていた。同居人は同居人で、今日ではなく明日に別の登山の予定を入れることで山への渇望を満たそうとしていた。

 私とDがあらかじめLINEで話していた中華料理屋に行ってみると、事前にGoogleマップで見て想像していた町中華的な佇まいとはかけ離れ、若い女性に人気の麻辣麺をメインとしたオシャレなネオン光る店舗で、なおかつ並んでいたため断念。次善の策を用意していなかった私があたふたしていると、Cさんが、おいしいピザ屋がある、と素晴らしいトスを上げてくれた。井の頭公園側のそのピザ屋まで行って、ボードに名前を書き、順番待ちのあいだ私たちは公園を歩いた。屋外ステージでは弾き語りライブをやっていて、ひとも犬もステージに釘づけ。ハンバートハンバートによる『ばけばけ』の主題歌をカバーしているひとたちがいた。『ばけばけ』は第一週がよかったのでそのまま続きを見ていればぜったい最高であろうと思いながら、見ずに録画が溜まってしまっていた。今期のドラマだと『じゃあ、あんたが作ってみろよ』がやはり最高だよ、とDたちにおすすめした。(じっさいにおすすめしたのはピザを食べ終えてからのことであったが、日記の文章の流れとしてはいま書いてしまうほうが楽だった。私はこのように時系列をときたま編集して書いているのだった。)すっかり冬らしい、白くて低い日の光によって、木々も水面も落ち葉も犬もすべて輝きを放っていて、なかでも長い尾の先に落ち葉をつけて歩く犬が私にはまぶしかった。このような公園が家の近くにあればいいのに、という話を私が同居人としていると、どうやらDたちの家の近くにはそれなりに大きく木々も豊かな公園があるらしい。DもCさんも後ろ手を組みながらその公園で散歩し、鳥や木の名前を当てることを日課としているそうで、かんぜんに老境に足を踏み入れている二人だといえた。私もよく後ろ手を組んで同居人に注意される。やばい、とは思いながらも、老境にさしかかることのなにが問題なのか、私にもDにもわからなかった。人生において「おじさん」期をできるだけ縮めて早く「ジジイ」になることができれば、それはそれで楽なのではなかろうか。そんな話をしているうちにピザ屋の順番が回ってきたという電話が私のスマホを鳴らした。

 ピザはたしかにおいしかった。いな、ピッツァ。「九十年代までピザしかなかった日本にピッツァが持ち込まれた」というようなことがその店のメニュー表においてうたわれていた。王道ではあるがけっきょくマルゲリータがおいしい。しかし私はピッツァを詳細に評するための言葉をもっていない。登山客、登山者、登山家のような分類でいえば私はピッツァ客であった。同じような分類でいえば、井の頭公園の池に浮かぶ鳥たちの名前をすぐさまいい当てるCさんは既に散歩客や散歩者の域を脱し、散歩家へと転じようとしているひとだった。老境の散歩家。いっぽう私は鳥にも木にも詳しくない。私なりに散歩家を目指すとしたら、それは知識の豊富さにおいてではなく、別の方法でなければならなさそうだった。たとえば散歩中に目にしたものをいろんなものに喩えまくるなど。しかし私は井の頭公園内の奇妙な形の木を視界にとらえても、なにひとつ喩えが浮かばないのだった……

 井の頭公園は、吉祥寺駅からまっすぐ向かったところのあのいかにも「井の頭公園」然とした、アヒルボートの浮かぶ池を中心に据える幸福な一画にとどまらず、じつは奥にも広大な敷地をもっている。そのことを私は今日まで知らずにいた。せっかくなので奥へと歩を進めれば、これまた私がいつか散歩してみたいと夢見ている玉川上水と交差し、そのさらに先には「小鳥の森(バード・サンクチュアリ)」と呼ばれる野鳥のための森と、代々木公園にも似た青空競技場が広がっているのだった。競技場で思い思いに遊ぶひとびとの姿もあまりに美しい。雲梯があったので私たち四人それぞれが試しにやってみると、みな二本目か、せいぜい三本目の棒を掴めずに断念するのだった。身体があまりに重い。肩や前腕が悲鳴をあげた。右手薬指の付け根の皮も剥けてしまった。私たちがもうおじさんおばさんであるがゆえのドイヒーな結果だといえたが、しかしそもそもかつて若者だった頃にも雲梯などできたのだろうか。もうおじさんだから、を弁明に使ってはならない。むしろおじさんだからこそやっていくべき。おじさんだから友だちとお茶すべきだし、散歩に誘うべきなのかもしれない。理由も目的もいらないのかも。そんな話をした。

バード・サンクチュアリ

バードと人間、はたしてどちらの仕業か……

 スティールパンのような、似ているようで違うような楽器をもった若者が競技場の芝生の中央に現れておもむろに演奏し始め、もうひとりの若者がその姿をカメラに収めているようだった。

 四時のチャイムで公園を出て、駅のほうへ戻り、本屋「百年」にみんなで寄ってから解散した。私は『バナナの世界史』という本とゼーバルトの『アウステルリッツ』を買った。同居人は『日本百名山』の文庫本を買っていた。日本百名山というのはもともと深田久弥というひとが独自に決めたものが広まったもののようで、その深田さんが書いた『日本百名山』の地図を見ると明らかに中部地方に偏っており、東北や関西や四国九州からはほとんど選ばれていないので私は思わず笑ってしまった。その後私と同居人はモンベルパタゴニアを巡り、アーケード内の五右衛門でタコのペペロンチーノを食べた。いつか「ざっくりYouTube」で小籔がいっていた、「森でマイナスイオンを浴びてから五右衛門のタコのペペロンチーノを食べる」というような話を、図らずも体現することができたのだった。同居人が明日の登山に持っていくための行動食をスーパーで買ってから帰宅した。

 明日山で食べるかもと思って井の頭公園近くの和菓子屋で買っていた餅の消費期限が今日までだったので、食べた。

 

11/16

 同居人は日帰りで天城山へ行く。天城山といえばかの「天城越え」や『伊豆の踊子』で知られ、昨日買った『日本百名山』においても深田久弥が「天城のいいことの一つは、見晴らしである。煙を吐く大島を初め、伊豆七島がそれぞれの個性のある形で浮んでいる海が眺められるし、いつも真正面に富士山が大きく立っている。全く大きい。」と記すとおり眺望のいい名山。しかし行くまでが遠い。同居人は朝五時過ぎの電車に乗り、途中でお母さんと合流し、伊東駅からバスも使って、九時頃入山という計画だった。山から駅への帰りのバスは一日にわずか三本。ふつうのコースを標準タイムで辿れば、二本目のバスにはとうてい間に合わないが、三本目まではだいぶ時間を余らせる。さてどうしようか、というのが昨日の夜の段階での悩みだった。

 天城山中にゴルフコースがあって、おそらくそのレストランに入れるのではないか。「山の客がきたねえ靴で入ってくるんじゃねえ!」と怒鳴られなければの話だが……。まあ行ってみるよ、といい残し、まだ暗い街を駅まで歩いて同居人は出発した。同居人が山に行くときは私も早朝の駅までついてゆき富士そばを食べて帰宅するというのが私のこの頃のルーティンであった。富士そばでは昨日の夜の酔いを引きずったおじさんが店員さんに絡んでいたが、店員さんたちは全面的に無視していた。帰宅して、夜が明ける頃に眠りについた。

 休日の晴れた日には洗濯をして外干ししないと気が済まないおじさん、通称「せんおじ」として鳴らしている私であったから、寝坊はせず八時半には起きて洗濯機を回した。しかし眠い。午前中にはYouTubeをぼんやり見ていたが、「カミナリの記録映像」に目を覚まさせられた。まなぶくんが母校を訪れ、同級生や後輩とともに伝説の美術の田村先生について語るという回で、普通科高校の美術の授業として期待されるものから大きく逸脱した圧倒的にオリジナルの授業におおいに笑わせられ、泣かせられもした。知らない学校の知らない先生なのに楽しく見られるのは、エピソードの強さや話術の巧みさもあるだろうが、まなぶくんや後輩のひとがじっさいに使っていたスケッチブックが紹介されることでナマの感触が加わったのも大きい。コメント欄に田村先生を知る卒業生たちが集っていたのも素晴らしかった。

 昼前に家を出て、電車で田端駅、そこから歩いて旧小台通りという商店街を進んだ。通りがY字に割れるところにおぐセンターという建物があって、そこの二階で成田くんたちの演劇を見るのだった。私の通っていた中学・高校からそう遠くない場所であるこのあたりを私はそれなりに歩いているつもりであったが旧小台通りは初めてだった。そのことがまず私を奇妙な心持ちにさせた。日曜日だからか個人商店の多くは閉まっていて通りは閑散。公演タイトルにもあるリミナリティとはもしやこのことか、と思いながら、早く着きすぎたので一度おぐセンターを通り過ぎて、あたりをぐるぐる歩くと、開いている店は開いているし、ひとも入っている。一箇所にだけ設置されたスピーカーからはミスチルの「終わりなき旅」が流れている。ほんの一度通っただけの私が、閑散としていてほんのり不気味、と勝手に感じた商店街の印象は、二度、三度とぐるぐる歩くことで覆されるのだった。この感覚が『翳りゆく部屋のリミナリティ』という公演にも繋がっているように思えた。リミナルな空間にもひとがいた(いる)と想像することによって体温を見出そうとするような、日記的な想像力とでもいえばいいか。

 そうなると、おぐセンターを出てから隅田川を越え荒川沿いの土手を行き、やがて河川敷まで降りて歩きながら流したOPNの『R Plus Seven』というアルバムまでもが、いかにも人間味にあふれ、西日に照らされる街並みとも不思議と合っているように思えるのだった。荒川の河川敷といえば私が高校生の頃の持久走で走らされた場所でもあった。そのことを思い出しての郷愁までもをOPNが吸収してくれた。もっといえば『翳りゆく部屋のリミナリティ』を観たおかげといえた。

 日記的な想像力、と書いたが、じっさい『翳りゆく部屋のリミナリティ』においては、照明の転換が交互に昼と夜を表し、朝の訪れを示すチャイムが日記における日付の役割をおっている。規則正しく流れる時間のなかで次々と部屋を訪れるひとたちは異質なようであるが、そのうちにそれぞれが独自の規則性をもって登場し退場しているようにも感じられてくる。最後まで異質さがぬぐえないのは「持主」と「おばあちゃん」ということになろう。「大癇癪」によってこの世ならざるもの(これを簡単に幽霊といいたくない気持ちが私にはある)になった「持主」は劇中の誰にも見えていないが観客席に座る私たちからは見える。ときおり目が合う気もする。この異質性をどう捉えればいいのか、私はまだ考えなければならなかった。

 また「持主」を演じる永野さんが、俳優たちのなかでもっとも大きな身体をもつひとであるというのもおもしろい。大きいひとが観客からしか見えておらず、「計測師」たる井上くんに取り憑くときを除いて誰ともぶつからないように俳優たちが互いに絶妙な位置関係を保って演じているのは、アフタートークで成田くんがいっていたようにスポーツのようでもあった。「持主」がおぐセンターの壁にもたれかかると私の真後ろの窓が揺れる。誰にも見えない存在が空間を揺らすというのは、リミナルな空間にも誰かがいた(いる)という想像力の、まさしく具現化ではないか。

 そんなことを考えながら北千住まで歩いて、電車で帰った。同居人が帰ってくるまでの間に鍋を準備した。同居人は先日の鍋割山登山の日ほどは困憊していなかったがそれなりに疲れてはいて、鍋を食べてウーンとうなっていた。けっきょくゴルフコースのレストランには入らなかったという。ラップスタアを見て、Sonsiにシビれた。それとは別に、今日見た「カミナリの記録映像」の動画は、まなぶくんのHood Stageということになるのかもしれないなあ、と私は思った。

道中のナイスなマンション

おぐセンター

こういう鉄塔にも日記的な想像力を見出ださないわけにはいかなくなった

 

11/17

 オフィスの誰かの椅子がときおり軋む、そのキッキッという音がヒッチコックの『サイコ』のシャワー・シーンで流れるあの有名な曲に似ていて、私はひとりでこっそりウケていた。

 オフィスの窓からは遠くのビル群が見える、そのビルに反射した西日が私たちのオフィスに射し込んでくる。冬にだけ射し込んでくるのでやはり夏と冬では太陽の軌道が違うのだと実感するし、射し込んでくるたび、小学校の理科で習った入射角/反射角の話を私は思い出す。理科ではなく算数だったか。どちらでもかまわない。とにかくこの時期には西日が射し込んできて、私のデスクのモニターを照らし、わずか五分ほどモニターが見にくくなる。その見にくさを私は楽しんでいた。

 ……私がふだん会社の話をしないことが同居人にとっては不思議であるそう。しかしいわれてみればたしかに私の生活において会社にいる時間というのはそれなりの割合を占めているわけで、その話をまるっきりしないというのはバランスの面でもおかしい。だから今日は会社であったことを日記にも残そうと思って、冒頭から何連発いけるだろうかと書き始めたが、結果、二発。もうひとつ絞り出すとしたら、今日の昼に会社の周りを散歩した際に、すさまじい量の落ち葉が落ちていたことであるが、これは会社の話というよりは散歩の話なので先ほどは書かなかった。落ちたての落ち葉はよく乾いていて、かさかさ音を立てながら舞っているし、思わず踏みつければ韓国のりのように気持ちよく割れるのだった。

(私が今月の頭から続けている「私」としての日記は、かっこよくいえば「僕」と「私」でなにが変わるのかということを探る試みであった。「私」として書くと日記が長くなるというのもひとつの違いとして浮かび上がってきていつつ、私はこのところ日記を自覚的に長くしようと必死であり、何日か前にも書いたように一日二〇〇〇字というなんとなくの目安まで出来上がってきてしまっていて、特に書くことのない平日にはその目安に苦しめられていた。一昨日や昨日の日記で明らかなように、土日には書くことに苦労しなかった。しかし今日はなにもなかった。だからいまもこのようにして日記を引き伸ばしているのだった。

 一日二〇〇〇字ということは、今日十七日の時点で三万四〇〇〇字に達していれば順調だといえた。この土日の充実があったため、いまここまでの段階ですでに三万四〇〇〇字は超えることができていた。だから今日はもう終わらせてもよい。ほんとうはこの土日の充実によって生まれた字数の面でのリードを、平日五日間かけてゆっくり消費していくつもりであったが、月曜日からいきなり使い果たしてしまうことになる。しかしそれでもよかった。明日以降のことは明日以降に考えればいよい。そもそも日記に字数の目安など不要なのだ。好きに書けばよかろう。)

 今日はもう眠いので寝る。

 

11/18

 私の誕生日ということもあって同居人と合わせて休みを取った。同居人も合わせてくれたのはありがたかった。朝から曇っていて、夕方には雨の可能性もあるとのことであったが、休みゆえの楽観もあって洗濯物を外干しした。結果、午後には雨が降って濡れてしまったのだった……

 いくつかの懸案事項を前に進める日でもあって、まずひとつはETCカード。たまにタイムズのカーシェアを借りるたびに、首都高の現金入り口の数が減っていっている事態に直面して怯えていた私たちであったが、そもそもETCカードがあれば解決する話ではないかということに同居人が思い当たり、一週間ほど前に申し込んでくれていたのが今日の午前中に届いたのだった。これがあればもう高速の料金所が近づくたび「ETCカードが挿入されていません、ETCカードが挿入されていません、ETCカードが挿入されていません」と繰り返す自動音声にうなされることもないはず。こんな簡単であるのならもっと前に申し込んでおくべきだった。

 同じく《こんな簡単であるのならもっと前に申し込んでおくべきだった》シリーズではあるのだが、私も同居人もマイナンバーカードをいまだ持っていなかった。政府の進め方に強く反対するようなはっきりとした意志があるわけでもなく、ただ怠惰で申請をしていなかった私たちであったが、保険証が使えなくなるとのことでついに動かざるをえない。私はマイナンバーの通知カードさえも部屋のなかで紛失していた。とりあえず身ひとつで行ってみてダメだったらダメで出なおそう、という休日ゆえの楽観をここでも発揮したまま、私たちは区役所へ向かった。マイナンバー窓口は意外と混んでいて、順番を待っている間に食堂で昼食を食べた。すべてのテーブルと椅子が同じほうを向き、かつ券売機から受け取り口までを決められたラインに沿ってスムーズに動くことが期待されているストイックなスタイルの食堂の、いかにも役所らしい効率重視のあり方を楽しめたのもやはり休日ゆえの余裕。私が注文したBランチはメインのハンバーグの皿を手渡しで受け取ったのちに好きな小鉢をみずから選ぶ形であったが、慌ただしいカウンターの流れにおいては小鉢を二つ取っても見過ごされそうだと思った。役所に勤めているひとはそんなことをしないのかもしれないが……。しかしなかには毎回小鉢を二つ取るひとがいて、本人は周りにバレていないつもりであるが、食堂のひとたちにはお馴染みの光景となっていて、べつに告発などすることはないが影で「小鉢二個取りおじさん」、略して「コバおじ」と呼んでいたりするのかもしれなかった。マイナンバーカード交付の申請じたいはスムーズに終わった。係のひとに撮ってもらった写真のうち一枚を「記念に」ということでいただいた。同居人も同じく写真を一枚いただいたそうだが、役所を出るまでのどこかで紛失したらしく、それを拾った誰かが大量に印刷して『女の園の星』のクワガタボーイのように街のあちこちに貼ったりしたら怖かろう、という話をした。

 午後はケン・ローチの『石炭の値打ち』を観るつもりだったが間に合わなかった。同じくル・シネマでやっていたマノエル・ド・オリヴェイラの『アニキ・ボボ』を観た。映画の教科書のように素晴らしい映画で、この前の『旅と日々』といい、スタンダードサイズこそ正解なのではないかという気持ちにさせられた。「子どもとは危なっかしい」という一つのテーマばかりを追求したように子どもたちの運動性と残虐性に満ち、それがキレのある編集にも顕れていながら、みずからを映画史のなかに位置づけようとするような映画的に正しい文法に全編貫かれていた。映画には正解がある、ということを感じさせられもした。たえず駆け回る子どもたちのいっぽうで、街の大人たちはいちように暗い顔をしているのが印象的だったが、時代のせいか。この先に『ふつうの子ども』や『海辺へ行く道』や『旅と日々』がある、とも思った。ル・シネマを出てからは青山ブックセンターへ行って、Nくんが演劇を作るときに参照したという『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』を買った。それからコメダに入って、私はまず『バリ山行』を最後まで読んだ。おもしろい小説だった。先に読んでいた同居人がいっていたとおり、後半のバリにおいて主人公が喜怒哀楽すべての感情を味わうのがおもしろいし、山の話と職場の話が並存するのもおもしろい。

「会社がどうなるかとかさ、そういう恐怖とか不安感ってさ、自分で作り出してるもんだよ。それが増殖して伝染するんだよ。今、会社でもみんなちょっとおかしくなってるでしょ。でもそれは予測だし、イメージって言うか、不安感の、感でさ、それは本物じゃないんだよ。まぼろしだよ。だからね、だからやるしかないんだよ、実際に」

(松永K三蔵『バリ山行』(講談社)p.115)

 それからセンター街にあるバンドTシャツ屋さんに行ってみて、私はデヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』のTシャツとプライマル・スクリームの『スクリーマデリカ』のTシャツ、同居人はシステム・オブ・ア・ダウンフー・ファイターズという懐かしのラインナップを選んだ。店主の女性は業界がずいぶん長いそうで、会計しながらのマシンガントークに私たちは心を打たれた。ずっとやっているひとはすごい、という素朴な感動。最寄り駅に戻って焼き肉屋で食べ、以前から気になっていたバーにも入ってみた。誕生日ならではの思いきりのよさともいえた。バーではビートルズが流れているなかで一曲だけスタイル・カウンシルが流れて、不思議だった。いい雰囲気の店だった。私も同居人も久しぶりに二人で飲むことができたようでうれしかった。帰宅してからYouTubeでいろんな懐かしいバンドの曲を流したり、『RRR』の予告編を観たりした。

 

11/19

 生活圏にミスドができたのは、信じれば夢は叶う、というテーゼのもっとも卑近な例だといえた。その第一報はもう二週間ほど前であろうか、近隣住民のLINEオープンチャットに入って情報収集をしている同居人からもたらされた。私も同居人もその場で小躍りしたものだった。生活圏にあったらうれしい二大巨頭であるところのコメダミスド、その一角が現実にできあがる。(この勢いでコメダもできるのではないかという期待もあった。これもまったく無根拠というわけではない。私たちの家の近くになにやら新しく建物が完成しつつあって、その一階はいかにも飲食店が入ってしかるべき雰囲気を醸していたのだ。しかしその淡い夢は、昨日バーのマスターにあれがただの低層分譲マンションになるらしいと聞いたことで打ち砕かれた。しかし少なくともミスドはできる。まずはそのことを喜ぶべきだった、)こんなうれしいことがあろうか。しかし、いつ開店するのかということまではオープンチャット内の事情通にもわからなかったらしく、ミスド情報ははっきりしない噂、という印象におおわれて、私は日々の過ぎるのにまかせ、あろうことかそのまま忘れてしまっていたのだった……

 ところが今日、仕事を終えて駅前を散歩していた私が見つけた、ひときわまばゆい光を放つ店舗。それがミスドであることと、すでに営業時間外であることに同時に気づき、私は喜と哀を一挙に味わったのだった。ミスドは私が知らない間に開店しており、しかしその営業時間は十一時から十九時、あまりにも短い。朝の出社する前には買えないし、夜だって油断しているうちに閉まってしまうだろう。買うことじたいがきわめて困難。とはいえ、ミスドは、ある。あるのとないのとではまったく違う。あるだけ感謝するべきだった。

 ミスドのある街……

 かつてRADWIMPSの大ファンだった同居人であったから、トリビュートアルバムを聴いて楽しんでいた。やはりいま売れているひとはカヴァーにおいても勢いを感じさせる。私も同居人もほとんど聴いたことのないミセスだったが、今回のアルバム中では一、二を争うほど圧倒的。米津もおそらく原曲に忠実でありながら魅力的なヴォーカルを響かせている。北村匠海上白石萌音の歌声は素直で伸びやかでいい。あとはVaundyも売れようとしていてよかった。同居人はこのところたまに用いる「売れようとしている」という表現を私は気に入っていた。さいきんもっとも売れようとしているのはやはり『じゃあ、あんたが作ってみろよ』における竹内涼真であろう。ドラマでいえば『ひらやすみ』の森七菜も素晴らしいのだが、売れようとしている感じがない。ありのままの素晴らしさで画面に映っているように見えるのだった。

 

11/20

 寒くて、朝、暖房をつけた。同居人は私たちの家が外気温にたいして従順すぎる──つまり夏には暑すぎるし冬には寒すぎる──ということを以前よりうったえていた。というか、外より暑かったり寒かったりするんじゃないの? ……私はそこまでは思わなかったが、このところ夜中から朝にかけて部屋が極度に冷え込んでいるのは事実だった。極度冷却(しなさい)。私はそれを天井が薄いせいだとにらんでいた。私たちの部屋は三階建てアパートの三階にあって、最上階、といえば聞こえはいいが、べつに屋上に上がれるわけでもないただの三階に過ぎない。その天井が薄いのではなかろうかと私は疑っていた。夏には屋根が直射日光にじりじりと焼かれている感覚を室内にいても感じた。雨が強い日には、雨粒が天井に当たって砕ける音がまるで増幅されているかのように激しく室内に響き渡り、同居人との会話においてお互いが声を張り上げないことにはなにも聞き取れないほどであった。そして冬にははるか高い空から一晩じゅうかけてゆったりと下りてきた寒気が、天井なんてなかったかのように透過して室内に侵入する。それで明け方、極度に冷えるのだ。同居人は毎日寒い寒いと繰り返していた。私はこれくらいの寒さならまだ平気だった。夏の暑さを思えばずっとましだった。

 日中は日光を浴びればあたたかい。昼休みには外に出て、オフィスの近辺のベンチに座った。冬の太陽は低い。私に向かってまっすぐ照ってくるのだった。座っているベンチに落ち葉が相席してくるのを私は快く受け入れた。『ツイン・ピークス』のサウンドトラックを聞きながら座っていると、私の周りの落ち葉たちはかさかさ動いた。そのなかに風に吹かれてではない、小さなものが飛び跳ねたような印象を認めて、私はバッタかなにかかと思って目を凝らした。するとまた、視界の隅になにか飛び跳ねる。すかさずそちらに目をやれば、なんとどんぐりだった。私はどんぐりが木から落ちてくる現場に居合わせたのだった。どんぐりももちろん木から落ちるのだ。これはこの秋(あるいはすでに冬か)いちばんの出会いといってもよかった。

 ひとつ見つけたとたんに、他にも数えきれないほどどんぐりが落ちているのが見えるようになった。見えるようになればどんぐりの勢いは止まらず、ベンチを立ってオフィスへ戻る道中にもころころ転がっていたし、風に吹かれてか、どういう因果かはわからないがビルの自動ドアの真ん前にも落ちていたし、なんとなれば自動ドアの内側にも、エレベーターの端っこにも、私のデスクの下にも、トイレの便器のなかにも、ウォシュレットのボタンの上にも、帰りに福尾匠の『置き配的』がどんな本なのかをちらっと見てけっきょく今日は買わなかった本屋の床にも、今日も盛んに工事が行われていた交差点の中央にも、私がもう二ヶ月ほど行けていないチョコザップの傘立てのなかにも、そしてもちろん私のアパートの階段やポストや玄関、ベランダ、シンク、浴槽、洗濯機、……夜には『じゃあ、あんたが作ってみろよ』の最新話を見た。今回の竹内涼真はずっとうるんでいるように見えた。

 どこぞの差別主義者の市議のツイッターの投稿を誰かが引用リツイートしたのが私のおすすめタイムラインにも流れてきたのを見た。駅前で街宣をしていたら左翼に脅されましたというような動画付きの元の投稿にたいし、ひとりで抗議しているこの「左翼」はかっこいいという形で引用がなされていたので、音なしでその動画を再生してみると、私より年下くらいの若者がひとりで、非暴力で市議に迫っているのだった。そのままその投稿は流れてしまったがしばらくしてからまたツイッターを開くと元の投稿がもう一度現れたので、今度はイヤホン付きで音声も流すと、若者は私の想像よりはるかに大きな声で「差別をやめろ」と繰り返している。その声の大きさに私は驚いた。同じようなことが私にできるかといわれればできないだろう。この前吉祥寺に行ったとき、駅前にはパレスチナへの連隊を示すダイ・インをやっているひとがいて、その姿にも私は驚かされたのだった。私は驚いてばかりで、なにもしていない。

 

11/21

 同居人は明日もまた山に登る。その前日である今日は夜にモンベルに行って耳当てのついた帽子などを買おうとしていたようだが、仕事がまるで終わらなかったそうで、先に仕事を終わらせていた私が代わりに買いに行くこととなった。渋谷のセンター街の奥、東急ハンズの向かいあたりにモンベルがある。そこに行って、帽子と膝サポーターを買った。私がモンベルを出たときにも同居人はまだ会社にいるようだったので、私は渋谷から歩いて帰ることとした。ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの新しいアルバムを流しながら歩くと、渋谷の駅周りの工事風景もなんとも美しいものに見えてくる。それにしても素晴らしいアルバム。気の向くままに歩いていたら、これまで何度となく歩いているはずの渋谷〜代官山エリアにおいて知らない道に迷い込むことができた。散歩においてまだ知らない道に出会ったときに私は非常にうれしく思う。地図も見ずに胸を高鳴らせながら進んで、やがて知っている道に合流したときの快感。霜降り明星がM-1で優勝したときのネタのどこかで、死ぬ間際の人間が見る走馬灯の一シーンとしてせいやが「この道に出てくんねんな〜」という台詞を展開し、それにたいして粗品が「しょうもない人生!」とツッコむのだが、私からしてみれば「この道に出てくんねんな〜」というのは散歩のまさしくサビであるし、散歩とは私の人生を五角形だか六角形だかで表現したときの一角に必ず位置するであろうものであるから、走馬灯に登場してもなんらおかしくないものなのだった。それがたとえしょうもないとしても……

 ザ・ストーン・ローゼズも久しぶりに聴いた。あらためて全員がすごいバンドだと私は思った。「アイ・アム・ザ・レザレクション」を初めて聴いたときの衝撃を超えてくるバンドが今後現れるだろうか。現れないだろうとも、現れるだろうとも思っている。

 

11/22

 「フールズ・ゴールド」において、イアン・ブラウンのぼんやりした歌声が曲名を連呼する後ろで、それまで跳ねるようだったベースが一音を分厚く繰り返すようになるところ。ベースという楽器の真骨頂であるなあ、と思う。楽器をやったことなどない私がなにをいうのか。しかし私がなにをいってもいい、放言が許されるのが日記という場なのであった。

 同居人は今日もまた山に行っていた。今日は会社の同僚、しかし前に鍋割山に行ったのとは別の同僚たちと登っていて、同居人の会社にたまたま山好きのひとが集っていたという可能性もあるが、それだけでなくやはりこの年齢になるとみんな山に魅せられるのだろうか。私は今日は文フリの準備をするために一緒に行こうとしなかったが、そもそも私が同居人ほど山に熱を持つことができているかといわれればそうではないのかもしれなかった。山歩きのよさはもちろん認める。しかし私はもしかするとたんに木が好きなのであって、木が多く生えているのであれば山でなくてもいいのかも。しかし──と繰り返すが──山といえば木が多く生えている場所の代表例なのであって、木が好きであれば山に足が向くのは自然なことなのかもしれなかった。放言が許される日記の性質に甘えて、なんの実りもないことを書いてしまった。

 そんなわけで今日の私は午前中には文フリで配布するためのフリーペーパーのようなものを作っていた。昼前に家を出て、『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』を観に行った。素晴らしい映画だと思った。存命の偉大なミュージシャンのキャリアの一部分を切り取る形での伝記映画、という点で、観る前からどうしても『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』と比べたくなってしまうわけだが、ボブ・ディランの周囲を置き去りにする天才性にたいしてスプリングスティーンはかなり等身大。今作で描かれる『ザ・リバー』発表後~『ネブラスカ』制作の時期というのがいまの私とほとんど同年代だということもあって、スクリーンに映る青年と話したくなるような映画だった。しかし私と話すまでもなくスプリングスティーンにはジョン・ランダウという素晴らしい友だちがいる。スプリングスティーンのマネージャーとして曲作り以外の面倒なことをすべて引き受け、相談に乗り、どうすればいいかわからないときには自分の妻にも話を聞く。自分では対処しきれないと感じたら「すぐに手配するから、プロに話を聞いてもらってくれ」と導く。思い返すほどに素晴らしい友だち。そのジョン・ランダウをジェレミー・ストロングが演じているのがうれしいし、最後にようやく涙を流すジェレミー・アレン・ホワイトの姿もほんとうに切実で、二人のジェレミーによって強く支えられている映画だと思った。

 三十歳前後のスプリングスティーンは山に惹かれるでもなくみずからのホームタウンと幼少期のトラウマに囚われている。抑うつ状態のなかふとテレビで見た映画『バッドランズ』(!)に刺激されて「ネブラスカ」を書き上げる、その歌詞の「he」を途中で「I」に変える(=みずから連続殺人犯の視点に立つ)シーンのすごさ。そのようにのちの『ネブラスカ』収録曲に集中して取り組んでいる時間以外、ほとんどずっと虚ろな目をしているのが印象的で、『フォーチュンクッキー』に引き続きジェレミー・アレン・ホワイトは目が魅力的なひとだと感じる。それにしても映画のなかのスプリングスティーンとジョン・ランダウはよく映画の話をしていて、それが二人のノリなのかもしれないが、映画が共通言語となる時代だったのだろうとも思う。前回か前々回のオードリーのラジオで、『ノーカントリー』の「あいつ」の話が出たときに「『ノーカントリー』の「あいつ」で話が伝わるの、俺たちがTSUTAYA世代だからだよ」ということを若林がいっていて、変な表現だと思ったが、いまになってなんとなくわかった。

(それにしても、今日の『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』でも前の『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』でも、女性が置き去りにされるという展開が共通しているのは興味深い。べつにそれがいい悪いではなく事実としてそうだったのだろうし、女性側の視点がまるで抜けているわけではないから作品として成立しているように思うが、いっぽうでいま思い出してもおかしいのは『国宝』における森七菜の退場だ。)

 映画館を出てからしばらく散歩した。もちろん『ネブラスカ』を流しながらも歩いたが、ふとイヤホンを外すと、それぞれ赤と緑のアウターを着た若い男性二人が「おまえと俺で今日クリスマスみたいだね」という会話をしているのを耳にすることができた。私も今日は緑のアウターを着ていたので、二人に交じって「私も緑だから、ツリーが多めですな」といってみたらよかったのかもしれないが、それこそスプリングスティーンとジョン・ランダウの会話に割り込むような、野暮なことだったかもしれない。

 同居人も疲れつつ無事に帰ってきて、夜はラップスタアを見た。若いながらも何年もひとりでやってきて「なんで誰も俺に気づかないんだ」と息巻くVERRY SMoLがポスト・マローンばりに歌い上げるいっぽう、27AMは相変わらずテンションはドライながら「ラップ好きかもっす」とはにかみ、誰よりもかっこよく「ゆうこりん」で踏む。名試合だった。

 

11/23

 朝早くから同居人が起き出して、洗濯をしてくれていたようだった。私は昨日遅く寝たのもあってしばらく寝ていた。目が覚めてから、着替えて外に出、近所のカフェのようなところで朝食を食べた。ゆで卵やパンのプレートにキャロットラペがついていた。それから私は文学フリマに出るため東京ビッグサイトへ向かった。道すがらOPNを聴いていた。昨年もOPNを聴きながら向かっていたように思った。ビッグサイトという建物の構造や、内部に広がる圧倒的空間の印象が、私にOPNを聴かせるのかもしれなかった。新しいアルバムはほんとうに素晴らしかった。あたたかみに満ちていると思いながら何度も聴いている。

 隣のブースのひとたちに挨拶をしつつ、簡単に設営をして、開場を待った。私のバナナ倶楽部の既刊1〜3を買ってくださっているという男性が早々にブースに来てくださって、「ファンなので、ここ目がけてやってきましたよ」といっていただき、たいへんありがたかった。じっさい私としても見覚えのある方だった。「大好きなんですよ」といってくださるその方は私より年齢がずっと上で、正直私の本のどこをそこまで気に入っていただいているのか私としてもわからないが、わからなくともとてもうれしい。このひとのためにずっと出店し続けよう、と思えるほどこみ上げるものがあった。もっとお話しすればよかった。ありがたさとはべつに、たとえば他にどんなものがお好きなのかということや、なにをされている方なのかということに興味がある。それはこの方だけでなく私のブースに来てくださったひとそれぞれに興味がある。だから今日は、買っていただいた方それぞれに、どうして来てくださったのか聞いてみた。私の既刊を持っていて好きだったからというのはこの上なくうれしい。他にも、表紙を見て好きだったからというひと、たまたま通りかかってというひと、別のブースで「バナナ」をタイトルに入れた本を販売していたところ「向こうに「バナナ倶楽部」っていうブースありましたよ」とお客さんにいわれたので来てみたというひと……。はてなブログ仲間のGさんや、私の会社の先輩が寄稿している文芸誌「Daisy Chain」の方にも来ていただいて、たいへんうれしかった。全体を通していえば私のブースに来たひとは少なかったといわざるをえないが、それはまあ仕方ない。来ていただいたひとたちを抱きしめるしかない。

 隣のブースの方がとてもいいひとで、ぽつぽつと会話したり、私が離席するあいだブースを見ていただいたりした。いぬのせなか座の山本さんが日記について書いた文章をまとめている本などを買った。両隣のブースの本もおもしろそうだったので買った。私もほんとうは、初見でおもしろそうだと思える本を作るべき。というか、ひとことでこういう本です、といえないのはやはりよくない。次に出すときはもっと手に取ってもらうことを意識すべきだと私は反省した。近くの本谷由希子さんのブースが会場後すぐから飛ぶように売れていて私はウケた。

 帰ってくると自分が疲れているのがわかった。Uber Eatsで松屋のうまトマハンバーグを注文することとしたが、それを同居人にいうときの「うまトマにしようかな」といういい方が、いかにも「しゃあなし」という感じになってしまい、しかし私は実のところうまトマをまっすぐ食べたがっていたのであって、それが同居人にもバレ、ちゃんと食べたそうにいい直しなさい、という指示を受けた。そこで私があらためて発した

「うまトマにしようかな」

 という言葉は、文字で書けば先ほどの「うまトマにしようかな」と同じように見えるが、イントネーションや重心の置き方によって意味するところはまるで違ってくる。しかし、だからといってこれをわかりやすくするために、たとえば一回目を「うまトマでもいいかもなー」、二回目を「うまトマにさせていただきます!」というように加工し、ニュアンスの違いをわかりやすくするとそれは嘘になる。日記はここのあんばいが難しい。かといって、小説なら自由に加工できてしまう、というのも違う。小説においても、ここは一回目も二回目も「うまトマにしようかな」だよなあ、そうじゃないと嘘になる、という感覚はある。私は小説を書くのであって嘘を書くのではない、という感覚とでもいおうか。

 日記と嘘、という話でいうと、いま書いていたような場面とは別に、便宜上嘘をつくこともある。たとえば今朝カフェで食べたモーニングプレートの卵。私はそれを「ゆで卵」と表記したが、じっさいはゆで卵と半熟卵の中間のような、半々熟卵というか、半ゆで卵というか、北北西、や、南南東、のような絶妙な卵だったのだ。そのニュアンスを省略して私は「ゆで卵」とした。こういう嘘を私は日記においてつき続けている。日記というのはなにを書きなにを書かないかという取捨選択を常に迫られ続ける文章形式だともいえるし、嘘と省略によって輪郭づけられる文章だともいえるのだった。

 

11/24

 M-1の準々決勝の動画が出てみんなが好き勝手いう時期になると、奇妙な祭であることだなあ、といつも思うのだが、私も好きなので見てしまう。奇妙な祭であるところのM-1を逆手に取り、真面目に茶化すかのようなラパルフェは昨年に引き続きすごい。えらい、とすら思える。内輪ウケであろうがなんだろうがウケたもの勝ちであるし、そもそもこういうローカルな祭において内輪ウケであるからダメというのもおかしい。十九人も素晴らしかった。キテレツでありながら理路整然、という、前代未聞の領域に達していないだろうか。ゆッちゃんwの炸裂する勢いは変わらずに、以前は静観することの多かった松永さんが声を張り上げ両手をわちゃわちゃさせるシーンが増え、ネタ全体が尻上がりにおもしろくなる構成もよく練られている。あとは私と同居人の好きなダンビラムーチョを見た。元気そうでよかった、と私は思った。

 今日は三連休の最終日だというのと十一月下旬にしては暖かいというので私も同居人もゆっくりしていた。私には文フリの疲れも残っていて、午前中はぼんやりとスマホレトロゲームふうのアメフトのゲームをプレイしていた。試合ごとの勝ち負けでファンからの支持率が上がったり下がったりする、そこがゲーム性の一部であるようだったが、一試合負けるごとの支持率の下がり幅が大きすぎるいっぽうで、強豪チーム相手に大勝しても支持率はさほど上がらず、どうも割に合わない世界観だと私は思った。NFLのファンというのはこんなに理不尽なのか? 私は現実世界でいうとロサンジェルスラムズのファンを続けているつもりであったが、ラムズが勝とうが負けようがそこまで大きな気持ちの上下はない。私はよほど不真面目なファンなのであろう。しかし今年のラムズは現時点でリーグ優勝候補のひとつに挙げられているほどに強いので不真面目なファンたる私からしても少しうれしい。クォーターバックのマシュー・スタッフォードは三十七歳のベテランでありながらキャリアハイであるような好調を維持し、いまやリーグ随一のワイド・レシーバーであるプカ・ナクアや、今年移籍してきたベテラン名レシーバーであるダヴァンテ・アダムスとの相性も抜群によろしい。それにしても、ツイッターを見ているとときおり流れてくるラムズの試合ハイライトの動画において、スタッフォードが得意としているノールックパス──つまりディフェンスを撹乱するためにレシーバーのほうを見やることなく投じるパス──のシーンを見ると、その正確性に驚きつつ、私はどうしても笑ってしまう。顔の向く方向とはてんで異なる方向にボールを放るスタッフォードは、本人としてはいたって大真面目。しかし見ようによってはちぐはぐなことをしているみたいでもあり、思わずウケてしまう私はやはり不真面目なのだろう。

 昼には『ひらやすみ』の先週分をいっきに見、相変わらず森七菜のくにゃくにゃした存在感に魅了された。岡山天音の雰囲気はほんのり私の友だちのSっぽくもある、と同居人もいっていた。そのあとはキヨが『カービィのエアライダー』をゲーム実況している動画を見たが、画面内の情報量が多すぎ、あらゆる動きが速すぎて、私と同居人にはなんのことやら。キヨはわからねえと叫びつつついていけていてすごいと思った。とにかく刺激刺激のゲームで、私はつい「ドパガキ」という言葉を思い浮かべた。「ドパガキ」はたんなるネットミームなのだが、批評性をもっている雰囲気があるのと、響きのよさで私は気に入っていた。『弍番目のタフガキ』の仲間のような顔をしているのもよい。(「ドパガキ」が『弍番目のタフガキ』をほうふつとさせるという話を私は以前にも日記に書いたような気がするが、同じ話をしてはいけない理由などない、ということをオードリーやマヂカルラブリーのラジオが私に教えてくれていた。)

 そんなことを考えていると同居人がふいに「走ろうかな」といい出し、私も暇だったので自転車で伴走することとした。「走ろうかな」というのはいかにも走り慣れているひとの言葉であるようだが、同居人がジョギングをするのはここ数年で、いな、ここ十年で初めてのこと。しかし山を登るにあたって心肺機能を高めるためにはけっきょく走るしかない、という結論に至ったそう。外は陽気もありながら紅葉のなかにもあって、ひたすら気持ちがいい。ついでになにか目的があるといいと思って、洗濯バサミを買うことにし、武蔵小山の商店街を目指した。途中で通った林試の森公園はこの季節、あまりに素晴らしい。武蔵小山のアーケードもたいへんな賑わいを見せていた。洗濯バサミを買ってから上島珈琲店で休憩して帰ってきた。

 私は自転車をゆっくりこいでいるだけだからのんきなものだったが、同居人は走り、歩き、走り、歩きを繰り返して困憊していた。走り方や呼吸のコツをchatGPTに相談すると、なかなかの長大な返信をくれて、きみは走らないのにありがとう、と思った。武蔵小山から私は自転車で、同居人は電車で帰り、スーパーで買い出しをして、鍋を食べた。スーパーからの帰り道、交差点の付近で若者たちがやたらたむろししゃべっていて、さてはサイファーか、とも思ったが、なんなのかはわからなかった。その横を通り過ぎるとき、なかの一人が「エロがってさあ、」といっていて、「エロがる」をリアルに使っているのを生で聞けたので私はうれしかった。

 

11/25

 なにかを定義するときはできる限り簡潔なほうがかっこいいと考えている私にとって、たとえば漫才は「中央にサンパチマイクが立っているステージ上で二人以上の演者がなにかをやること」であり、日記とは「一日一日がなんらかわかる形で区切られている文章」であった。しかし漫才も日記ももっと短く定義できるような気がしていた。「二人以上」というのは必要なのか? 一人では漫才はできないのか? いっそのこと漫才とは「サンパチマイクのある場でなにかをやること」としてしまったほうがかっこいいかもしれなかった。日記の定義だって、仮に極限まで簡潔にすることを目指すならば「なんらかの文章」としてしまうのがかっこいいのだろうが、私はどうしても一日一日が区切られていることを欠かしてはいけないというふうに考えていた。私などたかだか数年日記を続けているに過ぎない若輩者のくせに、どうしたって区切りは大事だよね、という保守的な姿勢を早くもとってしまっているようだった。

 もちろん、一日一日の区切りというのが日付である必要はなく、区切られていることがわかりさえすればいいので、空行でもいいし、明らかに違う日のことを書いているのであればただの改行、あるいは改行すらなく句点で区切られているだけでもいいのかもしれない。もっと先鋭化すれば読点でもいい。私はそのように「区切り」のあり方に寛容さを見せることによって、ただの保守派ではないことを示そうとしている。私がここでさらにクールな改革派を気取るならば、そもそも日記って「文章」である必要があるのかね、という投げかけに舵を切ることもできる。じっさい、写真を上げることで日記としているKくんの日記を私はたしかな日記として捉えているし……。そうなると日記を「一日一日が区切られているなにか」というふうに定義することもありえる。これくらい簡潔になると、先ほどは保守的に思われた「区切り」のくだりもかえってソリッドでクリティカルな雰囲気を醸していやしないだろうか。

 日記が「一日一日が区切られているなにか」であるならば、一日一回必ずコンビニに行く生活をしているひとにとっては入店音が日記になりえるし、一日一回必ず大便をするというひとにとってはトイレの「大」のレバーを押す行為が日記になりえる。もっといえばそもそも朝が来て夜が来てというこの生活そのものに一日一日の区切りが内包されており、生きていることじたいが日記、ということにまでなってしまう。しかしそれではあまりにも広すぎる。日記というのはどんな形態をとるにしてもそのひとにとっての表現行為であり、表現をしているという意識が伴ってはじめて日記と呼べる。つまり日記とは「一日一日が区切られている表現行為」ではないだろうか? これはなかなか妥当な定義のように思える。同じく漫才も「サンパチマイクのある場での表現行為」としたほうがいい。

 日記とは表現行為であるから、なにを書いてなにを書かないかという取捨選択が常につきまとう。私の日記には仕事の話が少ない。私にとって仕事とは日記的ではないものなのかもしれない。あるいはたんに秘密保持的な観点から書かないようにみずから抑制しているというのもあるだろう。しかしじっさい日記を書くときにはそこまで考えずに書いている。あるいは考えずに書かないでいる。たとえば……、私は今朝トイレに入ったが小便が出るのみで大便が出なかったということも、長袖のニットTシャツの表裏を逆に着たまま出社してしまいトイレで直したということも、昼ごはんを食べてからトイレに行ったということも、考えずに書かないでいる。つまり私はトイレ関係のことを日記に書かないし、書くか書かないかの判断すらしていない。しかしもし私がトイレ関係で日々悩まされていたならば、日記にもトイレ関係の文章が並ぶのかもしれない。

 私はつい先日、奥歯の歯茎が腫れているのに数日間悩まされていた。しかし私は腫れている最中からそれがたいしたものではなく数日も経てばすっかり引くであろうと予期していたために、日記には書かなかった。あるいはもう二日か三日腫れが続いていれば書いていたかもしれないが、結果的に、予想どおり腫れは引いた。そのような形で、日記には表れないていどに小さくすぐに解決する悩みというのが、他にも生活のなかには存在しているのだった。それをいちいち日記に残しておくというのもおもしろいかもしれない。たとえば私は……、考えてみたがいまはちょうど悩みがなかった。あるいはこの思いつきの乏しさこそが私の悩みだといえるかもしれなかった。

 

11/26

 今日の私は仕事で疲れて眠くなっているので日記を手短に済ませようとしていた。書くこともさほどなかった。同居人は昨日も今日も遅くまで仕事をしていた。私は来年のOPNのライブに申し込もうと思っていて、同居人のことも誘ったところ、まず聴いてみるとのことで、聴いてみたところ悪くない、少なくともこの前のFloating Pointsよりは楽しく聴けるし、映画の劇伴っぽい、と思ったらじっさい劇伴もやってるんだね、ということで夜はサブディ兄弟の『グッド・タイム』を途中まで流した。あらためて観るとOPNが非常に躍動している。引きの画の使い方がうまい。サフディ兄弟といえばそれぞれの監督作の公開が楽しみだが、どちらがどちらを作ったのか、私にはまだ区別がついていない。

 LEXの『Original』という新しいアルバムも聴いた。これまでLEXを聴いてこなかった私だったが、このところ日本語ラップに興味をもっており、また先行曲がよかったこともあって、若手のスターたる彼のアルバムをついに聴いたのだった。きわめて素朴ながらフックのあるリリック、バラエティに富んだトラック、そしてなによりボーカリストとしての華に満ちている。発声のコントロールも素晴らしいし、これはスターであるなあ、と思った。アルバムの曲をラップ寄りとロック寄りに大別するならば、ラップ寄りの曲はトラック含めておもしろいいっぽうで、ロック寄りの曲は真正面から歌い上げている、てらいのなさもかっこいい。しかしそのバンドサウンドは無個性で無記名なもので、ギターがもっとうるさければよりおもしろくなりそうだと思いつつ、この「ロックっぽさ」がスターたる証しであるのかもしれないとも……(それでいえばLil Uzi Vertの『Pink Tape』のバンドサウンドはうるさくておもしろかった。)

 

11/27

 先週買った『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』を、私が買ったその日にしか読んでいないのではないか、という疑惑を同居人が口にした。じっさいその通りではあって、もっといえば、べつに『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』に限らず、私はこの一週間ほど本を読んでいないのだった。平日には仕事があり、先週末の土日には文フリの準備と本番があった。それに加えて私は毎晩、日記を書くという行為に追われていた。「僕」ではなく「私」で書くことを試みている今月の日記。その内容がはたして「私」性を獲得できているのかはわからないが、量的には充実しているといえた。しかし月の下旬に至ると、その量的充実がかえって私を追い詰めることとなった。月の前半にたまたま一日二〇〇〇字近く書く日が続いてしまったことによって、その字数が暗黙のノルマのように私を縛ることとなり、毎晩懸命に絞り出しつつ、週末に字数を増やして平日の字数不足を補おうとがんばってきたものの、ここにきていよいよ平日の負債が週末の充実によっても回収できないほどに膨らんできてしまい、一日二〇〇〇字、一日二〇〇〇字、とうなされるようにつぶやき続けながらも、昨日の私は一〇〇〇字ほどしか書けなかった。一昨日の日記にも書いたように仕事のことをあまり日記には書かない私であったから、しぜん、平日には書けることが少なくなる。「私」として書くことによって「僕」のときには書かれなかった、たとえば今月六日の私が魅了されているクリーム色のビルの話のような生活の一面が日記上に表れた。月の前半にはそのような一面を書くことによって平日の日記においても字数を重ねることができていたが、「私」としての日記が一ヶ月も続く頃には私は私の生活をすでに食いつぶしてしまっており、いまや窮地に陥っているのだった。

 そのような日記を書くという行為における苦労もあって、ここ一週間ほどの私は読書をしていなかった、という先ほどの話に戻る。文フリでもいくつかの本を買ったのに。なかでもいぬのせなか座の山本浩貴さんがこれまで日記について書いた文章をまとめた『フィクションと日記帳──私らは何を書き、読み、引き継いでいるのか?』は日記を書く私としては必読書という感じがしていて、じっさい冒頭を読んだ感じでは非常におもしろそうではあるのだが、自分の日記を書くことに時間をとられて読めていない、という妙な状況ができあがってしまっていた。短い本はまだ文フリ当日に読むことができていた。たとえばはてなブログ仲間のGさんの新刊『コンプラ悪口』は、収録されている悪口のいくつかに自分が当てはまる感じもあり、しかしそのことで居心地が悪いというよりはむしろ愉快な気持ちがし、悪口というものの可能性を感じさせる企画だと思った。ほんらい個人的なものであるはずの悪口を集合知のように収集することで、誰もが必ずひとつは当てはまるようになり、そのことが奇妙な居心地のよさというか、内輪ノリとも異なる連帯感のようなものを醸成する。自分も刺されることによる安心感というか。しかし悪口というのはGさんの企画のひとつに過ぎず、ほんとうにありがたいのは札幌・小樽の私的ローカルガイド本である『SASSON』のほうだという気もする。私は自分の父が付近のどこかの出身であることもあって、札幌・小樽はいつか巡ってみたいと思っている土地であった。しかしそんな私の事情とは関係なく『SASSON』は美しい本だ。製本も明らかに気合いが入っている。Gさんの作る本の魅力は、その私的・個人的な感覚にあると思った。

 それで、今日の私は同居人から指摘を受けたこともあって『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』の続きを少し読みながら、GoogleのGeminiに搭載されている画像生成AIであるNano Bananaで「二〇一〇年代のiPhoneで撮影した雰囲気の、日本の郊外のショッピングモールの駐車場のようなリミナルスペース」の画像などを作ってもらったりした。巷で騒がれているとおりNano Bananaはすさまじい。〝ない記憶〟がおそろしいクオリティで生成され、それがいつの間にか私にとって〝ある記憶〟になってしまうような不気味さを感じさせた。私が指定していないにもかかわらず、完成した駐車場の画像は雨上がりの質感をもっていて、それが余計に郷愁を加速させるようでもあった。私はたしかに雨の日にショッピングモールの駐車場を歩いた記憶をもっていた。もしかすると曇り空や雨上がりの地面というのもリミナルスペース的な感性に含まれるのかもしれない。そういう話も『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』に書いてあるのかもしれないが、そこまて読んでいないのでまだわからないのだった。

この画角もまた素晴らしいのだ

ここまでいくと過剰かも……

 

11/28

 オフィスビルのファミマのセルフレジで会計をした際に、自動音声として流れる「ご利用ありがとうございました」のトーンが、私の記憶にあるものと比べていくぶんか感謝の念が強そうに響いて、私を驚かせた。私がそのセルフレジで会計をしたことが心底ありがたかったかのような……。日常のなにげない風景においてもまだまだ驚くことのできる余地があることが、私をいい気分にもさせるのだった。オフィスビルでいえば、一階のエレベーターホールの天井の高さに私はいまだに驚かされる。エレベーターを待っているときにふと見上げると、想像よりもずっと高い位置に天井がある。このことをこれまで私は会社の同僚何人かにも伝えてきたが、みんなさほど驚かないのだった。高い天井に慣れているのか? もうひとつオフィスビル関連でいえば、何日か前の昼休みに会社の周りを歩き、会社に戻ってゆく際に、ふと見上げると、私の会社のあるオフィスビルだけが周りのビルと比べて妙に靄がかって見え、私を驚かせたのだった。まるでオフィスビルだけが幻の世界に半分入り込んでいるかのような……

 オフィスビルにかんして挙げた二つの驚きは、二つともオフィスビル関連であるのは前提として、もうひとつの共通点として、ともに見上げたことによる発見であるということがいえた。私の日常においてなにかを見上げる機会というのは意外と少ない。見上げるという動作は意思が伴っていないことには発生しがたい。それゆえに、ほんの少し見上げるだけでいくつもの驚きに出会うことができるのだった。私がふだん生活しているのが、まっすぐ前ばかりを向いているいわば一段目のレイヤーにおける世界だとすれば、視線を少し上にやることで二段目のレイヤーの世界が見えてくる。この二段目の世界にエレベーターホールの天井があり、靄がかったビル全体の印象がある。セルフレジから発せられる「ご利用ありがとうございました」に感謝の念の強さを感じたときにだって、もしかして私は少し上を向いてはいなかっただろうか?

 『じゃあ、あんたが作ってみろよ』において竹内涼真がときおりなにかを見上げるような仕草をするのが、私と同居人にとってはツボだった。今週の最新話を見て、やはり竹内涼真がなにかを見上げるシーンがあって私はウケた。相変わらずおもしろいドラマだが、竹内涼真演じる勝男が周囲の全員から好感をもたれるに至っており、ときメモの終盤のようだと思った。同居人としては、勝男がここまで周囲からの好感度の高いキャラクターになってしまうとかえって気に食わない、というか、ほんらい勝男より鮎美(夏帆)のほうこそが幸せになるべきなのに、鮎美はなにもない部屋でタコスを作る練習ばかりをさせられている……

 この二日ほど私はLEXとOPNばかり聴いていて、同居人にもおすすめし、同居人もLEXいいかも、というので、LEXは顔がほんのりジャルジャルの福徳に似てるよ、とミュージック・ヴィデオを見せたが、似ていない、とのことだった。それと同居人が今日通勤の際に聴いてよかったというOPNの曲のミュージック・ヴィデオを見てみたら、おじさんが目から赤いビームを出して何枚ものCDを焼き尽くしていくという内容で、最後のCDだけがおじさんの赤いビームに対抗する形で白いビームを発射し、赤と白が拮抗したのち、最後にはCD側の白いビームが打ち勝って、おじさんが目から白い液体を流しながら転げているシーンで終わり、オモロいヴィデオではあったのだが、同居人からしてみれば解釈違いとのことであった。しかしそれがOPNの公式ヴィデオであるからして、おじさん対CDのビーム対決というのが公式解釈ということになろう。

 

11/29

 朝から今週の『ひらやすみ』を見て相変わらずの森七菜の素晴らしさに感銘を受け、洗濯物を外干ししたのち、会社へ行った。今日は仕事の日だった。仕事のあとは同居人とその友だちと一緒に夕飯を食べて帰宅した。夜はラップスタアを見た。今日の二人はどちらも強くて、ともにファイナルに進出するのはまあ順当、という感じではあるが、個人的には27AMが落ちたのは残念だった。しかしここで落ちても27AMは活躍するだろうとも思った。あるいはこのまま音源を出すことなく文字どおり音沙汰がなくなるかもしれない、そういう可能性をも感じさせるのが27AMだった。……このように一日のことを書きながら、私は今日の日記が短くなることに焦りをおぼえていた。なにか書けることはないか。しかし日記とは基本的にはあくまで「日記」なのであって、その日のことで書こうと思うようなことがないのであればそこで終わらせるのが自然であるはずなのだった。あるいはなんらか出来事でなくとも、その日考えたことであれば書く材料にはなる。しかし今日の私にはそれもなかった。今日の私はなにも考えていなかった。

おじいさんが描かれることで、ピーポくんというキャラクターに厚みが生まれる

 

11/30

 さいきんの私が外出の際によく選ぶ、オレンジ色のナイロン製ミニショルダー。そのオレンジ色は先日会ったDをぎょっとさせたほどにある政党を想起させる鮮やかさを放っていたが、私としては、むしろオレンジを身につけることで、彼らのものではない、というメッセージを発しているつもりでもあった。……というのは後づけで、じっさいそこまではっきりとした意思をもって選んでいるわけではない。「私」として日記を書こうとすると、どうしても私は、私が歴然たる意思とともに行動しているかのような書きぶりを選んでしまいがち。そのいっぽうで、意思をもたない行動であることをみずから開示してしまえる素直さをも併せ持っているのは、「私」のいいところであるといえた。

 「素直さ」? このような日記における自己開示が「素直さ」からなるものではないことを、私は承知している。それを承知しているなら最初から「素直さ」などと書かなければよかっただろうに、一度書いてしまったのちにこのような訂正を試みる、この一連じたいが素直さからほど遠い。そもそも自己開示とはいいつつ芯を食った話はしていない。あくまで明るく書ける範囲での開示。ようするにこれは自己開示ふうの「おどけ」でしかないのだった。私は回りくどくおどけてみせることで、字数を増やそうともしていた。それが私にとっての「私」なのだった。

 ……そのオレンジ色のミニショルダーを身につけて、私はお台場へと向かった。仕事で関わりのある会社がお台場でイベントをやっていて、どんな感じなのか見に行ってみたのだった。スティーヴン・ローズという八十年代に活躍したというオーストラリアのイラストレーターのスウェットを購入し、会社の同僚とも出会って、一緒にハンバーガーを食べてから解散した。行き帰りの電車では大江の『「雨の木」を聴く女たち』を読もうとしたが、いまいちページが進まず。このところの私は読書における停滞に突入しているといえた。文フリで買った冊子も相変わらず読めていない。この数日は日記の内容・量もともに停滞していた。今日はこの停滞を破れそうな雰囲気で書き出せたように思えたが、その勢いもすぐに弱まってしまった。しかしこの勢いの衰えには、夜、私がキムチ鍋を食べすぎて腹が膨れ、日記に本腰を入れるほどリラックスできず、眠気ばかりが押し寄せているといういまのこの状況も大いに関係しているかもしれなかった……

 午後には再び私ひとりで家を出て、同居人がジョギングや登山のために欲しいといっていた骨伝導イヤホンを買ってから、『WEAPONS/ウェポンズ』を観に行った。徐々に真相が明らかになっていく群像劇式のホラーで、(劇中のジョシュ・ブローリンよろしく)点と点に線を引いていく気持ちよさがありながら、同時に余白もあり、先が読めないようにていねいに積み上げられた展開が終盤で爆笑へと昇華される感じ。ネグレクトやアルコール中毒を直接的にも間接的にも描き、そもそもの事の真相も戦争の比喩だといえそうではあるのだが、それだけではないというか、物語が比喩に奉仕せずに生きている、とでもいうようなおもしろさに満ちていた。その読めなさゆえに、期待した方向とは別の形で着地した感じもあるにはあるが、いずれにせよおもしろい。みんな笑っていて、ワーナーの日本支社の最後の作品としてこれはこれでいい形ではないかとも私は思った。それで、帰宅後はまず同居人が骨伝導イヤホンを試しがてらジョギングに出て、私も自転車で帯同し、そののちにキムチ鍋としたが、走ったせいなのか同居人はかえって食欲があまり湧かないといって、ほとんどを私が食べることとなった。

 あらためて考えると、『WEAPONS/ウェポンズ』において登場人物ひとりひとりにたいして起きていることは悲劇ばかり。それなのに終盤の子供たちの姿は喜劇的な躍動感にあふれ、スクリーンの前の私たちを大いに笑わせる。この倒錯こそが映画だとも思う。子供たちの躍動は、劇中の広い田舎町において、ごく少数の近隣住民にしか目撃されない。しかし今日ヒュートラ渋谷に集まった私たちが目撃したし、おそらく同時刻に日本の他の場所でも、そして世界じゅうでも多くのひとが目撃しただろう。登場人物が悲劇的な結末を迎えることの多いホラー映画というジャンルにおいてこそ、観客としての「目撃」の感覚が強まる、という言説を打ち立ててみるのはどうだろう? 今年でいえば『罪人たち』の奇跡のような夜にも私たちは居合わせたし、『近畿地方のある場所について』の最後の異形のもののことも私たちは目撃した。そしてここ数年でもっとも「目撃」の感覚が強いホラーといえば『NOPE/ノープ』を思い出さずにはいられない。『NOPE/ノープ』こそがIMAXカメラによる撮影をもっとも効果的に使った映画であると、私は思っているのだった。

SRYG in da house

 クロヤギよ、私がきみに宛てて何度も書くなかで、ときに過度な熱を帯びるにいたっても、どうせ読まれないだろうと考えることによって無謀な投函をみずからに許してきた手紙。当初はたんに近況報告をつづるにとどまっていた便箋を、きみが読まずに食べているということが流行り歌によって知らされたのちは、その噂にむしろ励まされるように、あの日のことを幾度となく語りなおしてきた手紙。その記念すべき五十通目を、いまこうして書き進めていく。

 私があらためて語ろうとするあの日のことは、しかし、これまでの手紙をきみが食べるごとに私の記憶の一部までもが咀嚼され消化されてきたかのごとく、元には戻りようもなく変質しているように感じられる。これらの便箋がきみの喉を通りやすいよう、クロヤギよ、ある時点から植物性インクのものに変えたボールペンの、過剰になめらかな書き心地も、あの日を振り返ろうとする私を上滑りさせる。もはや私には、私たちがただの一度だけ顔を合わせ、言葉を交わしたあの日の総体を振り返ることはかなわない。だからこそ今回の手紙においては、あの日きみが発したうちの、たったひとつのフレーズについて、私がいまなお抱えている戸惑いをうち明けながら、いま一度きみに問いなおしたいのだ。

 しかし、そのフレーズがいまの私には思い出せない、あたかもきみに食べられてしまったかのように。ここにまず第一の戸惑いがある。あるいは、もともとフレーズそのものに戸惑いを覚えていたわけであるから、そちらを第一とし、フレーズが思い出されなくなってしまったことによるいわば副次的な戸惑いのほうを第二とすべきだろうか。その順序がどちらであるにせよ、失われたフレーズの手がかりをつかむために、やはりあの日のことを懸命に振り返る必要が私にはあるようだ。話し言葉をもたない種族の一員であるところのきみが、あの日に限って饒舌に語った古今東西ポップカルチャーの数々にたいして、私は自分との趣味の近さを強く感じ、素晴らしい知己を得たものだと快哉を叫んだわけだったが、きみがとめどなく挙げる膨大な作品名のそれぞれについて即座に了解したのではなかった。特に小説の類いにかんして…… しかし、クロヤギよ、きみだって紙の本には──少なくとも読み物としては──親しみがなかったのではないのか? 私と性質を同じくして、紙と見ればまっさきに口に入れてみようとする種族の一員であるところのきみが、いかにしてあれほどの小説を読みえたのか? そして私が戸惑いを覚えたフレーズというのも、やはりきみの小説の類いにかんする不可解なほどの知見の深さが披露された場面において、発せられたものだったのだろうか?

 もちろん私はこれらの問いを、回答を期待しないまま便箋に書きつけている。私ひとりのなかで何度もこねくり回し、きみに一方的に送りつけ、そしてそれをおそらくきみが読まずに食べるという、いまやルーティンと呼ぶべき一連を毎回経ることで、これまでの手紙にもすでに何度か登場していたかもしれない問い。しかし一連の流れを繰り返すことで、奇妙にも、きみから教えてもらうまでもなく、おのずと答えが浮かび上がってくることがあるというのを、私はこれまでの四十九通において体験している。じっさい今回こうやって書き進めながら、あるひとつのフレーズが便箋の上に浮かび上がってくるのを私は感じる。そしてそれは、この五十通目の手紙もやはりきみに食べられてしまうのだろうという想像のなかから、逆説的に浮かび上がってくるのだ。

 きみはあの日、好きな小説について話す局面において、冗談混じりに「食べきれない」といったのではなかったか。

 そしてそれが、プライドの高い私たちの種族において禁句とされてきたフレーズだったからこそ、私を戸惑わせたのではなかったか。

 だが、クロヤギよ、私と趣味の近いきみが、冗談にせよそのような禁句を発するにはきっとそれなりの理由があったのではないか。ここからは私の想像である。まず前提として、私からの手紙を毎回読まずに食べていると流行り歌によって伝えられるきみの食欲が、紙の本を目の前にして制御可能なものであると私には思えない。それゆえにきみが「食べきれない」といったからには、たんなる比喩表現や冗談にとどまらず、じじつ、きみをしても食べきれないほどの大量の紙の本がどこかに存在したのだろう。かつて地上に暮らしたある種族が、大量の紙の本を一箇所に集めた施設を地表に点在させたと聞いたことがある。昨今の気候変動に追いやられる形で遊牧型へと移行したきみたちの群れが、ある月明かりの夜にそのような遺構のひとつへとたどり着き、うだるような熱帯夜ゆえの湿り気を一ページごとに帯びた大量の本をむさぼり食うも、ある段階で顎が止まってからは、「食べきれない」まま仕方なく読み始めた小説たち。それが、きみの不可解なほどの知見を形作ったのではなかったか。そしてあの日、私に向かって小説というものを語るにあたって、まさに「食べきれない」ほどおもしろいものである、という軽口めいた表現においてきみは禁句を発したのではなかったか。しかしそのようにして小説というものの魅力を知ったきみが、どうして私からの手紙は毎回読まずに食べてしまっているのか。手紙も小説ではないのか、というのは驕りだろうか? それとも流行り歌による伝承のほうが間違っていて、じっさいのきみは私の手紙を読んでくれているのか? そして、いつも私が読まずに食べているきみからの手紙のなかに、クロヤギよ、きみの返事がつづられていたりするのだろうか? まだまだ暑い日が続きますので、お身体ご自愛ください。追伸・お返事いただける場合はEメールですとありがたいです。

(了)

 

文学フリマ東京41」に出店します

 今週末12/23(日)に東京ビッグサイトにて開催予定の「文学フリマ東京41」に出店いたします。サークル名は「バナナ倶楽部」、ブース位置は【V-27】、5回目の出店となります。

 

  • サークル名:バナナ倶楽部
  • ブース位置:【V-27】
  • 出店者カタログはこちらからご覧いただけます

 

 バナナ倶楽部は都内でバナナの研究をしているクラブです。僕もメンバーとして活動させていただいているなかで、研究のフィールドを文学の分野にも広げたいという思いが強くなり、4年前から文学フリマ東京に参加させていただいております。

 今回の新刊『BNNCLB5』には、昨年の『BNNCLB4』に引き続き、「青春」特集と題して掌編をいくつか収録しています。(青春には終わりがないため……)

 なお、今回の「青春」特集に収録している掌編の多くは既にこちらのブログでも公開しております(下記リンクは抜粋となります)。また、本投稿の前半部に掲載しております「SRYG in da house」も同じく収録作となります。正直にいってしまえば、ブログに公開していない新作は1つのみとなってしまっています。しかしブログで読むのと紙で読むのとでは体験として異なる、というのもあるので……。お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りのうえ、お手に取っていただけますと幸いです。

 

hellogoodbyehn.hatenablog.com

hellogoodbyehn.hatenablog.com

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バナナ倶楽部の新刊『BNNCLB5』の表紙

バナナ倶楽部の新刊『BNNCLB5』の目次

 文学フリマ東京41については、下記リンクより詳細をご確認いただけます。

bunfree.net