たぶん二月のどこかという中途半端な時期から書くようになった日記というものはけっきょくそのまま一日も欠かすことなく続いていて、書くことがない日やとにかく眠い日には「寝ます。」とだけ書いてよしとしているという一面はあるものの、しかしそれだけで僕がこんなにも習慣化できていることのえらさが損なわれるということはない。日記を書くこと自体はべつに少しもえらいことではないが、何かを習慣化するということには一抹のえらさがあると思うのです。
トイレに行ったら手を洗わないと気持ち悪いみたいな話と同じで、いまとなっては日記を書かないで寝ることができない身体になってしまっている。こういうのは一日でも途切れると途端に駄目になってしまうので、「寝ます。」だけでもいいから書くようにしている。とにかく毎日書く。もう三百日近く書いてきて、そろそろ日記を書くということについての一家言でも出てくるかと思ってこうやって文章を書き始めてみたけれど、特に何も出てこない。僕はまだ日記というものについて語る言葉を持っていないようだ。三百日程度ではまだ何にもならないということかもしれない。とにかくまだ書き続けなければならない。
ここからは、2023年よかったものを振り返っていくコーナーです。
■よかったアルバム
- Sam Wilkes "DRIVING"(聴くたびに風景が開けるような傑作!)
- Lil Yachty "Let's Start Here"(「ちょっとやってみました」の範疇を遥かに超える傑作。フニャフニャ声もクセになる。今年のLil Yachtyはアルバム以外のシングルも素晴らしくて、ワクワクしています)
- Sufjan Stevens "Javelin"(号泣)
- 君島大空 "no public sounds" / "映帶する煙"(2枚ともよくてすごい)
- Black Country, New Road "Live at Bush Hall"(今年はいくつかのライブに行きましたが、BCNRが最もよかった。音楽が生まれる瞬間に立ち会っているようなあの感覚が、このライブアルバムにも宿っている気がします)
- cero "e o"(リリース当初からいいと思う気持ちが続いているところに、秋~冬にかけてさらにもう一層のよさが乗っかってくる、2種類の塩を使ったポテチみたいな最高のアルバム)
- Metro Boomin "Spider-Man: Across the Spider-Verse (Soundtrack)"
- Tirzah "trip9love...???"(強風の夜に聴いた思い出あり)
- Yo La Tengo "This Stupid World"(ライブ補正あり)
- Lil Uzi Vert "Pink Tape"(リルウジさんの声が好きなので、いろんな声を出してくれてうれしい)
- Headache "The Head Hurts but the Heart Knows the Truth"
- NewJeans "NewJeans 2nd EP 'Get Up'"
- Sampha "Lahai"
- Oneohtrix Point Never "Again"
- King Krule "Space Heavy"
- ANOHNI "My Back Was a Bridge for You to Cross"
- PinkPantheress "Heaven knows"
- Mitski "The Land Is Inhospitable and So Are We"
- Wilco "Cousin"
- Travis Scott "UTOPIA"
- James Blake "Playing Robots Into Heaven"
- Noname "Sundial"
- Summer Eye "大吉"
- 北里彰久 "砂の時間 水の街"
- Hotline TNT "Cartwheel"
- ゆるふわギャング "Journey"
- Itallo "Tarde no Walkiria"
- スピッツ "ひみつスタジオ"
- never young beach "ありがとう"
- deathcrach "Less"
- Olivia Rodrigo "GUTS"
- Toro y Moi "Sandhills - EP"
- Animal Collective "Isn't It Now?"
- Buck Meek "Haunted Mountain"
- Disclosure "Alchemy"
- Joanna Sternberg "I've Got Me"
- boygenius "the record"
- Drake "For All The Dogs"(SZAさん頼みみたいなところがあるが……)
- George Clanton "Ooh Rap I Ya"
- くるり "感覚は道標"
- Lana Del Rey "Did you know that there's a tunnel under Ocean Blvd"
- John Carroll Kirby "Blowout"
- Daniel Caesar "NEVER ENOUGH"
- Wednesday "Rat Saw God"(ギタリストのMJ Lendermanさんのソロ作にハマってから聴き直すとかなりよかった)
- Overmono "Good Lies"
- Gorillaz "Cracker Island"
- Blur "The Ballad Of Darren"
- Eddie Chacon "Sundown"
- Nia Archives "Sunrise Bang Ur Head Against Tha Wall"
- Sam Gendel "AUDIOBOOK"
- Shame "Food for Worms"
- 曽我部恵一 "ハザードオブラブ"
- ML Buch "Suntub"
- Ogawa & Tokoro "Mutual Mutation"
■よかった映画
- 『メーヌ・オセアン』(旧作)(最高だった。日記より感想を抜粋:「ほんとに最高の映画で、終始にやにやし、ときに泣きそうになりながら観た。初対面同士のてきとうな口約束が果たされ、場当たり的に展開していく旅。物語の焦点はずれ続け、ひとがだんだん増え、サンバの即興合奏が延々と繰り広げられる最高の夜を境にだんだん減り、最後にはひとりになる。大橋裕之の漫画のような空気が漂っていると思った。途中でとつぜん現れて会話の中心に割って入ってくる怪しいアメリカの興行主とか、いかにも大橋作品のような人物造形だ。」(8/14))
- 『トルテュ島の遭難者たち』(旧作)(「愛すべき最高のグダグダ映画でほんとによかった。あ、ヴァカンスってこれでいいんだ、映画ってこれでいいんだ、という瞬間が常に訪れ続け、かと思えば急に現れる美しい瞬間に息をのまされる。グダグダといっても、いろんな計画や思惑が重なった結果としてすれ違いが発生するパターンと、なにも考えず行き当たりばったり的に行動して当然そのままなにもうまくいかずに終わるというパターンがあり、前者をブラックコメディ的に描くような作品はよくあるような気がするが、『トルテュ島の遭難者たち』は後者のようなノープラン系グダグダを描いたうえできちんとおもしろくしているのがすごいと思った。」(8/6)……自分の8月の日記を見ると『メーヌ・オセアン』と『トルテュ島の遭難者たち』の話が何度も出てきてしつこい)
- 『aftersun/アフターサン』(遠い昔の記憶と想像についての映画だったため、観てから日が経ち、この映画を観たこと自体が僕の記憶になっていくことで、さらによさが増してくるという魔性の性質がある)
- 『フェイブルマンズ』(これも記憶についての映画ともいえる)
- 『王国(あるいはその家について)』(旧作)(映画が映画に、物語が物語になる前の瞬間を映し出した映画だともいえて、だからこそその断片が徐々に物語を構成していくことで、観ている僕たちもそれを体験しているような気にさせられてくるすさまじい映画)
- 『首』(みんなで『首』のものまね大会やりましょう)
- 『TAR/ター』
- 『枯れ葉』
- 『ファースト・カウ』(『枯れ葉』も『ファースト・カウ』もよすぎる!)
- 『君たちはどう生きるか』(まじで2回目観に行きたいと思っていたが時は流れ……)
- 『EO』
- 『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
- 『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
- 『ノースマン 導かれし復讐者』
- 『ジョン・ウィック:コンセクエンス』(階段落ちすぎ!)
- 『アル中女の肖像』(身勝手でまったく倫理的でもないが美しくあり続ける姿のかっこよさ)
- 『ベネデッタ』
- 『エドワード・ヤンの恋愛時代』(旧作)
- 『パリ13区』
- 『Rodeo ロデオ』
- 『ザ・キラー』(冒頭、ためてためてからのオチが最高)
- 『バーナデット ママは行方不明』
- 『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』
- 『雨にぬれた舗道』(旧作)
■よかった小説
バルガス・リョサ『緑の家』、町田康『告白』、フォークナー『響きと怒り』、乗代雄介『それは誠』、リチャード・パワーズ『オーバーストーリー』、保坂和志『季節の記憶』、井戸川射子『ここはとても速い川』、レアード・ハント『優しい鬼』、アンダソン『ワインズバーグ・オハイオ』、リディア・デイヴィス『話の終わり』、ジョン・ケネディ・トゥール『愚か者同盟』がよかったです。小説についてはなにもいえないです。昨年より読んでいない気がするし、昨年は一昨年より読んでいなかった気がします。年々読む量が減っていっている。でも小説というものは好きで、心を動かされる度合いでいえば音楽や映画よりも小説かもしれないとすら思っています。それなのに読んでいないとは、これいかに。それと今年は映画美学校の「ことばの学校」の聴講生にもなったのですが、これが実はまったく受講できておらず、溜まりに溜まってしまっています。なんでも後回しにする僕の性分が、こと小説という分野において遺憾なく発揮されてしまっているようです。積ん読ももちろん解消されていません。家のなかの本をすべてリストアップして読んだ/読んでいないで仕分けをし、それを月一なり四半期に一回なり更新していくということをやったほうがいいとは思っているのですが、思っているだけです。思っていることがすべて実現できるのならそもそも小説なんてものも必要がないのかもしれません。──なんてふうにそれっぽいことを書いてみたところで積ん読は減らない。
■その他よかったもの/こと
ライブ:Phoebe BridgersとArctic MonkeysとBlack Country, New RoadとTHE 1975とあらばきロックフェスティバルとSONICMANIAとYo La TengoとサンボマスターとAlex Gのライブに行きました。なかでもBlack Country, New Roadのライブには〝音楽が生まれる瞬間〟みたいなものが明確に何度も存在した感じがして、ずっとへらへら笑いながら泣いていました。
文フリ:また文フリに出店できたのはよかったです。(でも準備の仕方は明らかによくなくて、次に出すときにはもっと早めに入稿する。もし一週間前までに手元に製本されたものが用意できていなければ出ないくらいの気持ちでやろうと思います。それはさておき、)今回も初めてのひとに手に取っていただいたこと、そしてなにより、前回、前々回も買って今回も探してきてくださったひとがいたことにグッときました。読むひとが少なかろうと勝手に書いていたつもりでしたが、やはり「読んでいます」といってくれるひとがいるというのは実はかなりうれしい。その心の動きが僕のなかにあったということにもあらためて気づかされて、「来年も出るのでぜひ」といってしまいました。
遠出:旅行というほどのことはできていないものの、ドライブで遠出するのは楽しかったです。台風が近づく夜に静岡のほうに行った日が特によかったです。海沿いの駿河健康ランドという最高の宿泊施設に泊まって、がらがらのサウナに入り、屋外の椅子で台風の気配を感じながらぼんやり座っていた時間。「海風は台風の気配を多分に含んでいて、目を閉じてそれを全身に受けていると、荒廃した世界に唯一残された大昔の施設で、人類最後のととのいを経験しているような気がしてきた。ここに住むひとたちは外の世界との交流を断って来る日も来る日もととのい続けていたが、あるとき外から来た僕たちによって、世界がまもなく滅亡しようとしていることを知らされてしまうのだ。」(日記より抜粋)