にしざわの日記

オレの夏…

ちぢれ毛

 ブックオフ谷川俊太郎の『二十億光年の孤独』を買った。

 僕は文庫108円の「た」のコーナーにいた。おそらく谷崎潤一郎か誰かの本を探していたのだけど、谷崎潤一郎みたいな文豪かつヘンタイの本がそんな108円なんかで叩き売られているはずはなかった。だから代わりに谷川俊太郎の詩集を買ったのだ。もっとも、谷川俊太郎レベルの人のデビュー作の、しかもなかなか最近の刷が、108円ラベルを貼られてせせこましい本棚に縮こまっていることもおかしかったのだけど。

 僕はこれまで詩にも谷川俊太郎にも明るいわけではなかった。「世の中には詩という一大ジャンルが存在していて、なかでも日本の詩人界には谷川俊太郎という巨人が存在している」くらいの、なんとも薄暗い知識しか持ち合わせていなかった。そんな僕が『二十億光年の孤独』を手に取ったのは、単に、ネームバリューと、すでに確立している高評価と、値段と、その瞬間のなんとなくのあれに惹かれてのことだった。それに、ちょっと開いてみると冒頭の一編がなんとも素敵だったのだ。

 それは「生長」という詩だった。

 

「生長」(※)

 

三才

私に過去はなかった

 

五才

私の過去は昨日まで

 

七才

私の過去はちょんまげまで

 

十一才

私の過去は恐竜まで

 

十四才

私の過去は教科書どおり

 

十六才

私は過去の無限をこわごわみつめ

 

十八才

私は時の何かを知らない

 

 素敵じゃありませんか?

 だから僕は潤沢な資金で巨人を買収した。

 家に着いてからあらためて目次から目を通してみると、なんとも素敵そうなタイトルが並んでいる。「わたくしは」、「霧雨」、「停留所で」、「かなしみ」、「地球があんまり荒れる日には」、「警告を信ずるうた」、「一本のこうもり傘」、「日日」、「それらがすべて僕の病気かもしれない」、「曇り日に歩く」、「初夏」、……素敵そうじゃありませんか? そうしてそのままページをペラペラめくっていると、真ん中らへんのページにちん毛が挟まっていた

 

 

 

「まったく恐れ入った! この世のありとあらゆる場所にはちん毛が落ちているのです!」

 というのはハムレットの著名なセリフだ。

 21世紀の日本に暮らす僕はこの言葉をさすがに度が過ぎると感じてしまうけれど、シェイクスピアの生きていた16世紀イングランドにおいてはちん毛との共生が常態化していたのかもしれない。

 あるいは後世の誰かがシェイクスピアの作品を勝手に改竄したのかもしれない。

 でも、僕らの日常にちん毛がまあまあ多く出現することはたしかだ。もちろん彼らの大半は「もともといる場所」に収まっているのだけど、ときに人為的な力によって、ときにパンツの具合によって、そしてときに彼ら自身の気まぐれで、そこから抜け落ちる。抜け落ちたその場所で誰かに回収されるまで絶望的な時間を過ごす引っ込み思案な毛もいるが、一方である種のちん毛は広い外界への冒険アドベンチャーに繰り出す。僕らが財布の中に、地理資料集の北アメリカのページに、GINZA SIXのエスカレーターの手すりに発見するのは、後者の類のちん毛だ。

 そしてときに、彼らは「もともといる場所」に戻ってこようとする。さながら鮭の遡上のように。

 僕はすね毛に交じってもがく彼らをつかまえて質問するのだ。

 

「どうだった?」

「いやあ、駅前の中華料理屋に行ってきたんだけど、とってもいい場所だったよ。老夫婦が経営してる店なんだけど、とってもいい感じなんだ。麻婆豆腐をごちそうになった。これまた山椒がきいていて、とってもいいお味なんだ」

 彼は駅前にある中華料理屋に行ってきたようだった。まっとうな中華料理屋らしく赤看板に黄字で「ナントカ房」と書かれたその店は、いかにもおいしそうな雰囲気を醸していた。僕も以前から気になっていたのだ。でも、こういう中華料理屋の常として、(というよりこれは僕の側の問題でもあるのだけれど、)最初一人では入りづらいという問題を抱えていた。おそらくおいしいのだけれど、なんとなく入れない。家族や友人と行けばいいのだけれど、いやあ、なんとなくまだ行けていない。そんな中華料理屋にちん毛が行ってきたというのだ。

「へえ、そりゃ結構なことだ。僕も今度、お礼がてら行ってみようかな」、僕はそう言って、彼をパンツの中に戻す。

 

「どうだった?」

「クラブに行ってきたんです。西沢さん、前からクラブに行ってみたいと思ってたでしょう、だから私が偵察してきてやりましたよ。すごくね、楽しい場所でしたよ。高揚感? って言いますか、多幸感? って言いますか。それに、一人で来ている人も、内気そうな人も、一人で来ていてなおかつ内気そうな人もたくさんいましたよ。とにかく、行ってみりゃあいいじゃありませんか」

「へえ、そりゃ結構なことだ」、僕はそう言って、彼をパンツの中に戻す。

 

「どうだった?」

「アタシはハリウッドを見てきたわ。この前地理資料集で目にしてから、実際に行ってみたいと思ってたの。やっぱりすごいのね。桁違い。いくつかオーディションも受けてみたんだけど、全然ダメね。『また連絡するよ』って言ってたのに、あの人たちったらすっかりオトサタなしなの。それから、有名な人たちも見かけたわ。ビル・マーレイがトボトボ歩いてた。あの人意外にトボトボ歩くのね。それと、なんと、レオナルド・ディカプリオがトボトボ歩いてたんだけど、アタシ、すっかり慌てちゃって、『ジャック・ニコルソンさん!』って叫んじゃったの。ほら、レオ様ったら最近ジャック・ニコルソンそっくりになってきたじゃない。だから間違えちゃったんだけど、そうしたらレオ様ったら笑って許してくれて、しかも『シャイニング』のときのジャック・ニコルソンの顔真似までやってくれたわ。最高! アタシすっかりまいっちゃった。でも、もしかしたらレオ様じゃなくてジャック・ニコルソンご本人だったかもしれないわね」

「へえ、そりゃ結構なことだ」、僕はそう言って、彼女をパンツの中に戻す。

 

「どうだった?」

「僕はポール・マッカートニーのワールドツアーに、サポートのパーカッショニストとして随行していたんです。ステージ上の僕のすぐ近くでポールのパフォーマンスを見ていたんですが、やっぱり『タックス・マン』のサビのベースはイカしますね。いやあ、やっぱり彼はとんでもなく偉大なミュージシャンですよ」

「へえ、そりゃ結構なことだ」、彼をパンツの中に戻す。

 

「どうだった?」

「私は北野武監督の『アウトレイジ』の続編にちょい役で出演させてもらいました。すぐ撃ち殺されちゃうチンピラの役で、そのシーンの撮影自体はすぐ終わっちゃったんですけど、それからも毎日撮影所に通って見学さしてもらってたんです」

「へえ、そりゃ結構なことだ」、パンツの中に戻す。

 

「どうだった?」

「俺は今年のスーパーボウルを観に行っていたんだ! トム・ブレイディのサインはさすがに無理だったけど、怪我でフィールド外に立ってたグロンコウスキーのサインならもらったぜ!」

「へえ、そりゃ結構なことだ」、パンツ。

 

「どうだった?」

「僕は、月の裏側に行ってきたよ」

「月の裏側?」

「真っ暗で、何も見えなかった」

「うさぎはいた?」

「ううん、真っ暗で何も見えなかったんだ」

 

 僕は彼らの報告をいつも楽しみに待っているのだ。

 

 

 

 この『二十億光年の孤独』に挟まっていたちん毛も、どこかの、誰かの「もともといる場所」を飛び出して冒険アドベンチャーに繰り出したのだろう。だとしたら、そのどこかの誰かは報告を楽しみに待っているはずだ。僕にはこのちん毛をどうにかして懲らしめてやる権限はないし、もちろん、どこかの誰かの楽しみを妨害する権限もない。

 僕は部屋の窓を開けて、開いたままの『二十億光年の孤独』に息を吹きかけ、そのちん毛を外へ飛ばした。

 春の夕暮れ時の風は優しい。ちん毛はふわりと舞っていった。彼、あるいは彼女は報告するのだろう、「私は谷川俊太郎の詩を見てきました」

 

 

 

 

 

 

※引用文献

谷川俊太郎著『二十億光年の孤独』(1952年)(集英社、2010年)