バナナ茶漬けの味

東京でバナナの研究をしています

ザ・ライズ・アンド・フォール・オブ・ウズシオブルー

 東に千葉のラッカセイント、西に福岡の明太番長、北に山形のちぇりちぇりレディがそびえ立つ、かつてないほどの群雄割拠のなかで、わが徳島のウズシオブルーがいかにご当地ヒーロー界の覇者となり、やがて鳴門海峡の泡のごとく消えたか。
 「鳴門の渦潮の力を操る女の子」。ヒーローの特徴というものは端的にひと言でいい表されるべきだ、という信条を持つ文子ちゃんによって、ウズシオブルーはそのように形容された。詳しい説明なんてのは気になったひとがあとから聞けばいいわけで、まず興味を持ってもらうことが大事。だからまずは端的にいわなくちゃ。それで、相手がもし詳しく聞きたくなったなら、こんな感じにいえばいい。「水星で生まれたウズシオブルーは、朝から晩まで元気はつらつな女の子。ひととおりの教育を受けたのち、広い銀河系のなかから武者修行の地として選んだのはここ徳島。ある日たまたま乗った観潮船のうえで、彼女は渦潮の力を手に入れて……」
 徳島出身でないどころか、地球生まれですらないんだ、とわたしは思った。これだと徳島である必然性がないし、渦潮の力を手に入れる経緯もただの観光客みたいじゃない? てか武者修行ってなに?
 そう、まさにそここそがミソなの、と文子ちゃんはいった。いわく、ヒーローは偶然誕生するべきものなのだ。特に深い意味のない武者修行で徳島にやって来て、たまたま渦潮の力を得る。ヒーローの誕生なんてものはそれくらいがちょうどよくて、宿命なんていらない。死んだ親から引き継いだ力とか、何千年も前から続いてきた神話的な因縁とか、そういう暑くるしいものが出る幕はない。伏線や文脈や意味があってはいけないの。
 水星生まれなのはなんで? なんか意味ありそうじゃん? とわたしが聞くと、文子ちゃんは、あたし実は水星好きなんだよね、とはにかみながら答え、しかしその笑顔をすぐに引っ込めて、でも、と続けた。あくまであたしが水星好きというだけであって、作中のウズシオブルーとはなんら関係はないから。そういうものか。週に一度、わたしたちはゼミ室に集まってこんなふうに会話をしていた。四月に先生が関東の学会に出るために休講になって、以来先生は戻ってこず、もともと学生もわたしたちふたりだけだったこともあって、こうやって毎週集まって自由研究をしているのだった。先生が戻ってこないなんてそれこそ意味ありげだが、わたしも文子ちゃんも現実の意味ありげなことにはあまり興味がない。「地球人の友だちに連れられて乗った観潮船のうえから、彼女はエメラルド色の飛沫を上げる水面を眺めていた。渦潮とよばれるその自然現象は彼女の目の前でいよいよ勢いを増してゆくようだった」それでこのあとどうなると思う? どうなるって、力を手に入れるんじゃないの? そう、あたしは力を手に入れる。あたしは目の前でぐるぐる回る渦潮に吸い込まれて、ぐるぐる、ぐるぐる回って、自分の部屋のベッドで目を覚ます。ベッドはびしょびしょに濡れてて、あたしは自分の手からエメラルドの水がどくどく流れ出してることに気づく。地球人なら慌てるところだろうけど、水星人は慌てないかな。すぐにその力にも慣れて、ウズシオブルーとして覚醒するってわけ。いや、手から水は変か。手っていうか、手首からかな。
 てことはスパイダーマンと同じ位置だね。
 しっ!
 どうやらわたしの知らぬ間に、文子ちゃんのなかでは文子ちゃん=ウズシオブルーということになっているようだった。現実の文子ちゃんと作中のウズシオブルーはなんら関係がないとさっき文子ちゃん自身がいっていたが、それでも文子ちゃんはウズシオブルーなのだった。ひとが物語の主人公になるとき、論理なんて必要ない。しっ、と左の人差し指を立てて古典的な仕草をしている文子ちゃんのその細くて白い手首をわたしは見た。ふれると簡単に裂けてしまいそうなきめ細やかな肌にうっすら透けて見える血管はたしかにエメラルド色にも思えた。けれど文子ちゃんがこの華奢な手首から螺旋状に渦巻く必殺技ウズシオトルネードを炸裂させる姿や、あるいはジェット噴射によって空高く飛翔してゆく姿は想像しがたく、わたしは思わず、ちょっとどんな感じかやってみてよ。
 一瞬の間があいたのち、文子ちゃんは背筋をぴんと伸ばして、やります、と宣言し、口の前に掲げっぱなしになっていた左手をほどくと、今度は中指と薬指を折り込んでアロハの亜種みたいな形を作った。その形は明らかにさっきのスパイダーマンということばに引っ張られていて、文子ちゃんが、しゃ、と振ってももちろんなにも出てこな、いや、なんかティーシャツ濡れたんだけど。え? しゃ! え、出てる? 出てる! しゃ! しゃ! しゃ! しゃ! しゃ! しゃ! そうしてわたしたちのゼミ室はあっという間に水浸しになった。

 文子ちゃんはそのあともウズシオブルーに情熱を注ぎ続けた。週に一度ゼミ室に集まって、文子ちゃんがウズシオブルーの物語を語り、わたしはそれに相槌を打った。ウズシオブルーは連戦連勝、挫折も敗北も知ることなく邁進し、徳島県内ではすぐにあるていどの地位を築いた。
 ウズシオブルーが勝ち続けられたのは、単にめちゃくちゃ強かったから。彼女が操る渦潮の力は常に敵を圧倒した。文子ちゃんの口から語られるウズシオブルーの戦闘シーン、ウズシオブルーが一度たりとも窮地に陥ることなく、必殺技ウズシオトルネード一発で敵を撃退する描写には、常にそうなるとわかっているのにも関わらず毎回カタルシスがあった。文子ちゃんの語り口には現場で見ているかのような臨場感があり、それは語りが進むごとに増し、ウズシオブルーとの距離は縮んでゆき、戦いの最後にウズシオトルネードを放つのは常に語り手である文子ちゃんになっているのだった。
 それでね、敵も火炎玉みたいなのを撃ってくるんだけど、そんなのこっちにかすりもしないわけ。当たりそうになったところでどうせウズシオにかき消されちゃうんだけどね。そしてやけくその火炎玉を撃ちつくしてぜえぜえいってる敵に最後にあたしは放つのです、必殺、ウズシオトルネード! しゃ! しゃ! しゃ! 文子ちゃんはウズシオブルーの戦いを気持ちよさそうに語り、聞いているわたしとしても気持ちがよく、週に一度、ゼミ室にただただ気持ちよい時間が流れた。週に一度、水浸しになるゼミ室でわたしたちはぷかぷか浮かんだ。
 楽しい時間は、しかし長くは続かない。気持ちのよい数週間が過ぎたのち、わたしたちの自由研究タイムはとつぜん終わりを告げた。水曜日の夕方、わたしがいつもみたいにゼミ室に行くと先にいたのはなんと先生。あ、先生、戻られたんですね。おや浦島さんじゃないですか、元気でしたか、見るからに元気そうですね、ところで単刀直入にお聞きするが、白石さんがウズシオブルーなのかね? あまりにも単刀直入だったのでわたしは思わず、え、はい、そうみたいですけど、と答えてしまった。やはりそうか……、ふふ、まさかこんなに近くにいたとはねえ、といいながら両手を後ろに組む悪役仕草で、ゼミ室をゆっくり歩き回る先生を前に、わたしは縛られているわけでもないのに手も足も口も動かせず、とにかく文子ちゃんが来ないことを祈った。しかしもちろん文子ちゃんは来る。バァンと勢いよくドアを開け、開口いちばん、きさまは千葉のラッカセイント! よくもすずりちゃんに! と縛られてもいないわたしの手や足を縛っていた紐をほどいてくれ、そこでわたしは自分が縛られていたことに気づいた。関東の学会に出席するといってそのままずっと留守にしていた先生が、千葉のラッカセイントとして戻ってくるなんて、ヒーローの物語に伏線はいらないといっていた文子ちゃんの信条に反するんじゃないの、とわたしは思ったが、先生と文子ちゃんはすでに戦いはじめており、わたしの疑問の差し込まれる余地はない。
 さすがに関東の守護神と呼ばれるラッカセイント、ウズシオブルーとも渡り合うかと思われたが、しかしよく見るとラッカセイントの放つ落花生はひとつもウズシオブルーには当たっておらず、たいしてウズシオブルーのウズシオは確実にラッカセイントの右ボディ左ボディを削ってゆき、必殺技ウズシオトルネードが放たれるまでもなくラッカセイントのギブアップで戦いは終了した。かのラッカセイントがこんなに弱いなんてにわかには信じがたいうえに、彼が戦いに突入する前に悪役っぽい雰囲気を出していたのもよくわからず、それにさっきはいえなかったけれどやっぱり先生の正体がラッカセイントだったなんてそんなべたな伏線、文子ちゃんらしくないよ、とわたしは思った。床にうつぶせてまだ起き上がれずにいるラッカセイントに尋ねると、やはり彼はラッカセイントではなく、ただ学会からの帰りが遅くなってしまっただけの先生だった。いくら文子ちゃんが先生のことを嫌いだからといっても、さすがにこれはやりすぎだとわたしは思った。文子ちゃん、このひとラッカセイントじゃなくてわたしたちの先生だよ、とわたしが振り返ったときにはもう文子ちゃんはゼミ室を飛び出していて、走れば文子ちゃんになんてすぐに追いつけただろうけれど、わたしはただ立って、長い廊下の向こうに消えようとしている細い脚や細い腕や長い髪を見ていた。窓からさす夕日がそのすべてを照らしていて、水星人みたい、とわたしは思った。

 その後のウズシオブルーの活躍は広く知られるとおり。若くして徳島一、ひいては四国一のヒーローに上りつめたウズシオブルーは、山形のちぇりちぇりレディ率いるガールズチームに合流。ここ三百年で最も大きく凶悪なダークゲートが長野に開いてしまったときには、ウズシオを逆回転させることで時を戻し、闇の勢力をみごと封じ込めた。不仲説が囁かれていたラッカセイントとも茨城事変の際に共闘してファンを大いに沸かせ、初の単独主演ドラマ『水星にも渦潮はあるか』がファンと批評家筋の双方から絶賛された年、史上三番目の若さで人気総選挙第一位に輝いた。名前を呼ばれ、照れくさそうに壇上に上がってトロフィーを受け取るウズシオブルーの姿を、わたしはスマホの割れた画面で見ていた。あの、みなさんほんとにありがとうございます。トロフィーけっこう重いね。えっと、あたしがいいたいのは、あたしだけの力じゃここまで来られなかったということです。まずはファンのみなさん、そしてちぇりちぇりレディ、そして、……と名前が列挙されていくお決まりのくだりの最後に自分の名前が呼ばれたので、わたしはびっくりしてスマホをラーメンの上に落としてしまった。
 最後に、もちろん、すずりちゃん。きみがいなければあたしは地球での暮らしのことなんてなんにもわからなかっただろうし、きみがあの日観潮船に誘ってくれたから、いまこうしてウズシオブルーとしてここまで来られました。ほんとにありがとうね。すずりちゃん、ねえ、久しぶりに会わない? 明日の夕方、あのゼミ室で。明日の夕方ってそんな急な、と思いながらわたしは残りのラーメンをすすり、オフィスに戻って私用で早退すると告げてその足で羽田空港に向かい、その三時間後には徳島阿波おどり空港にいた。二年ぶりの徳島だった。勢いで早く来たものの、このままでは明日の夕方までやることがなく、わたしは文子ちゃんに、もう徳島着いちゃった、とラインした。すぐに既読がついて、あたしも笑。もう集合する? どこ? 銅像のところにする? はーい。阿波踊り銅像のほうに向かって歩きながら、ゼミ室集合じゃなくていいのかい、とわたしは笑った。
 ねえすずりちゃん海行かない? 文子ちゃんはわたしの顔を見るなりそういった。何年かぶりの文子ちゃんは相変わらず透き通るように白く、相変わらず華奢な手首にはエメラルド色の血管が流れていた。どこかで飲むのもよさそうだと思っていたけれど、別に海に行かない理由もなかったので、いいね、と答えた。あたし実は渦潮見たことないんだよね、と文子ちゃんはいった。そんなことだろうと思った。
 濃い橙色の海のうえを観潮船は走った。なにも考えずに、海きれいだねー、夕日きれいだねー、なんてつぶやいているわたしを尻目に、文子ちゃんは渦巻いているところがないか、波と波の間に目を凝らしていた。ねえ、すずりちゃんも手伝ってよ、といわれて、わたしも仕方なく探しはじめたらすぐにそれっぽいのが見つかって、ねえ、文子ちゃんあれじゃない? え、どこ? どこってほらあそこじゃん、ほら、わたしのところから見てさ。え、どれだ? え、あれ? あれ渦潮? うお、え、やばいすずりちゃん、渦潮だ! え、やば! こわ! すずりちゃん、こわい! 吸い込まれそう! やばい! と文子ちゃんはびびりにびびり、わたしは笑いをこらえるあまりちょっと泣いた。それから数日後、ウズシオブルーはとつぜん引退を宣言する。人気絶頂のヒーローが引退するなど前例がなく、無数の憶測が流れるが、ウズシオブルーは引退に至った理由をついに明かすことなくあっさりと表舞台から姿を消してしまう。しかしそれはいまこの瞬間よりもう少しあとのこと。いまウズシオブルーはわたしの腕のなかで震えている。渦潮やばかったね。

 

(第五回阿波しらさぎ文学賞落選作)