7/1
朝、じめじめ……
昼、じめじめじめじめじめじめじめじめ……
夜、やはり、じめじめ……
というこの気候のなかで少しでも快適に過ごすにはどうすればいいか。同居人によれば、霜降り明星の粗品は、お腹が空いて何かを食べること自体をダサいと捉えることによってダイエットを成功させたという。そんな感じで、このじめじめこそが気持ちのよいものであると自らにいい聞かせられはしないだろうか。
たとえば運動をしているときには、汗をかいたほうが気持ちがいいというフェーズが訪れる。散歩をしているときにもそれはある。歩いているうちにじんわり汗ばんできて、シャツが身体にぴたっとまとわりつくようになるのが最初は不快だが、そのまま汗をかき続けて、あるラインを過ぎればもうむしろたくさん汗をかくほうが気持ちがいいという、汗かきズハイとでもいうべき状態が訪れる。その延長線上に、じめじめした気候こそが気持ちがいいという世界観も立ち上がってきやしないだろうか。
でも、運動や散歩における汗は、そのあとに冷たい水を飲むとかシャワーを浴びるとか、報酬のようなものが用意されているからこそ気持ちいいと思えるのかもしれない。そうなると汗自体には気持ちよさは宿っていないのか。であればもちろん、その延長線上にあると思われたこのじめじめした気候にも、気持ちよさは含まれない。
別の方向から考える必要がある。
7/2
今日も今日とてじめじめしていて、これを気持ちのいいものだと捉えることなどできそうにないと確信しつつ、一方でそのうちこれに慣れることができてしまうのではないかという奇妙な予感も胸をよぎる。そしてそれともまた違う話で、今日はぜんぜん集中力がなくてちゃんと日記を書けそうにない。これもじめじめのせいではないかと思う。
インドで働いている友だちが牛の動画を送ってきてくれた。五月末に彼が日本に一時帰国したときに、インドには道に牛がめちゃめちゃいるという話を聞いて、じゃあそれを撮影してぜひインスタとかにもアップしてちょうだいよといったところ、インスタではなく僕個人のLINE宛てに送ってくれるようになった、その第一弾が一週間前くらいで、第二弾が今日だった。第一弾は接写ぎみの撮影だったので気がつかなかったのだが、引いた所から撮影されている今日の第二弾の動画では、僕の予想を遥かに超えて、「野良牛」といえる範疇ではない、「群れ」としか呼べないほどの頭数の牛が路上にいることが明らかになった。
牛たちは牛飼いに連れられるわけでもなく、ひとりでに列をなして、毎朝友だちの家の前を行進するという。
もしその光景が僕の家の前でも同じように毎朝繰り広げられるとしたら、いま僕が感じているこのじめじめによる不快感も吹き飛ばされるのではないか。牛ではなくて猫だが、以前僕たちの隣のアパートに猫を飼っているひとがいて、ちょうど僕たちのアパートに面した側の窓にその白猫がいたりいなかったりする、それを見て僕や同居人は心癒されていたのだった。平日仕事に行くときにはだいたい僕が先に家を出て、白猫が窓のところにいれば同居人に「猫アリです」とLINEをする。それが日常となっていたのに、いつの間にか白猫は姿を現さなくなった、というかその部屋のひとが引っ越してしまったようだった。それから僕も同居人も猫ナシの生活を送っている。今年じめじめを特に敏感に感じてしまっているのは、猫ナシになったことによる影響もあるのではないか。猫がじめじめを和らげる活力となっていたのではないか。それが代わりに牛アリになれば解消するかもしれない。いつものように僕が同居人より早く家を出て仕事に向かう、その道すがらたくさんの牛たちとすれ違う。牛たちは僕とは反対の方向に、鼻息荒く行進している。群れは、その始まりも終わりも見えないほど長く続いている。その途中には信号もある。牛たちは鼻息荒く信号待ちをしている。僕は彼らと一緒に信号が青になるのを待ちながら、同居人に「牛アリです」とLINEする。
7/3
生活のなかで牛や猫(、そしてもちろん犬!)を眺めることによってじめじめが軽減されるとするならば、牛や猫や犬がいない場合はどうすればいいのかというと、牛や猫や犬に代わる自分なりの何かを見つければいい。なんでもいい。たとえば鳩だ。鳩は当たり前のようにそのへんを歩いているが、そもそもなぜ歩いているのか。飛ばないのか。というかその大胆不敵な歩みはなんなんだ。この前の日曜日に僕と同居人は出かけた帰りに喫茶店に入って、案内されたテラス席でアイスコーヒーを飲みながら読書をした、そのすぐ足元を鳩が歩いた。鳩は僕たちが座っているテーブルの向かって左からトコトコと歩いてきて、僕のスニーカーすれすれを通り、右のほうへ抜けていって、そのままなんの前ぶれもなく飛び立った。鳩はほぼ同じ道のりをそのあと二回同じように歩いたが、同じ鳩だったかどうかはわからない。二回目の鳩は羽の色が違ったので確実に違う。でも一回目と三回目の鳩は羽の色が似ていたのでもしかしたら同じ鳩かもしれない。
そうやって文庫本のページを繰る手を止めて鳩に気を取られていた間、僕はおそらくじめじめを忘れられていたのではないだろうか。
何かに気を取られる、没頭する、集中する、陶酔することでじめじめを忘れることができるとすれば、あまり詳しくないのに例に出して申し訳ないがたとえば『鬼滅の刃』における全集中の呼吸みたいに、心のなかに気を取られる、没頭する、集中する、陶酔する何かを常に置いておけば、常にじめじめを忘れることができる。牛や猫や犬じゃなくてもいいし、鳩じゃなくてもいい。好きな数字や、好きなおにぎりの具でもいい。たとえば夏の日曜日の午後、短い昼寝から覚めたときにちょうど急な夕立がベランダに叩きつけるように降り始めたときのほのかな頬の火照り、でもいい。音楽でもいい。たとえばbloodthirsty butchersの「7月」の、アウトロの轟音に突入する前の時が止まったようなギターのアルペジオがずっと心のなかに鳴っていれば、じめじめを忘れられるのではないか。
7/4
じめじめしていること自体は最悪なのだが、朝から冷房のきいたオフィスで働いていて、昼休みにちょっと外に出てみるとあまりにじめじめしすぎていてウケる。
7/5
激ネムのため寝る。暑くて文章を書く気になれない、みたいなことがあるかもしれない。でも去年の僕は真夏にも毎日日記を書いていたようなので、暑さのせいだけにしてはならない。単純に仕事の疲れというのもあると思う。わからない。寝る。
7/6
洗濯物が乾く乾く。朝干したタオルやシャツや下着やズボンは、期日前投票に行って、そのあとロイホでモーニングを食べて帰ってきたときにはもうからからに乾いていた。これを干しっぱなしにすると逆に夕方に湿り気を帯びるようになってくる、特にタオルはやばい。というか今日はそもそも午後には雨が降ったので、朝早く干して午前中に取り込んで正解だった。僕は一日のうち朝起きたときと昼間と夜寝る前にスマホで天気予報を見ているので、今日の午後に雨が降ることは予めわかっていたのだが、それにしても我ながらかっこよかったのは、午後、空を見ながら「そろそろ雨が降るね」とつぶやいて、そのあと実際に降り始めたことだ。でも今日の午後の空模様を見ていれば天気予報を知らなくても誰でも雨が降ると予想できたはずなので、ほんとはこれはべつにかっこよくない。しかしほんとにかっこいいのはそのあとで、雨が予想どおり降り始めたとき、僕と同居人はちょうど外出していたにもかかわらず、うまいこと雨に濡れずに屋内通路や地下通路を駆使したり、ちょうど雨が激しいときに電車に乗ったりして、傘をさすことなく雨降る街を楽しんだということだ。いかにも都会っぽい。でもこれもべつに狙ったわけではなくて、たまたま濡れずに済んだというだけだ。
都知事選は蓮舫か安野たかひろかでけっこう迷っていたのだが、当選可能性が高いほうを取って蓮舫に入れた。
同居人はかねてよりYouTubeで見ていたラッコたちに会いに、この週末で友だちと鳥羽水族館に行くことが昨日急きょ決まったらしくて午後出かけていった。僕も同じタイミングで家を出て、ちょうど駅に着いたくらいで雨が降り始めた。僕はなにをするとも決めておらず、ただ土曜日の午後といえば出かけるものだろうというくらいの浅慮で外に出てしまったので、とりあえず電車に乗ったはいいものの、どういうわけか渋谷で降りてしまい、しばらく地下通路を右往左往したり、地下から直結で行ける「MAGNET」のレコファンに入ったりして雨をしのぎ、そのあと銭湯に行くことを思いついて、せっかくなので少し離れたところの、鶯谷の「萩の湯」へと移動した。山手線に乗っている間にどうにか雨が収まってきて、鶯谷に着いたころにはほぼ上がっていたので傘をささなかった。
萩の湯ではサウナを二周した。僕はたまに銭湯に行ってもだいたいサウナは入らないか入っても一周で終わらせてしまうのだが、サウナ→水風呂→休憩を二周してみるとやはりそのあとのとろーんとした感覚が倍増する感覚がある。僕は一周のときのとろーんでもそれなりに満足してしまう、というか二周も三周も入ってないで早く出て散歩でもしたいという気持ちになってしまうのだが、たしかに二周のとろーんは一周のとろーんよりすごい。三周すると当然もっとすごいことになるはずで、なるほどこれはハマるひとがいるのもわかる。でも三周目のとろーんはもはやとろーんではなくて
「びよーん」
や
「にょろーん」
のようなものになってしまうのではないか、と浴場内の椅子で伸びているひとたちの姿をぼんやり見て思った。とろーんとびよーんとにょろーんの違いはよくわからない。身体を洗いながら折坂悠太の『呪文』の曲を鼻歌で歌った。上がってから休憩所でコーラを飲みながら保坂和志の『未明の闘争』を読み進めて、読み終えた。文庫で上下巻ある、上巻の後半あたりからけっこうずっと感動していた。けっきょくどういう小説なのかわからないし、とりあえずページを最後までめくったというこの行為が果たして読み終えたということなのかどうかもわからないのだが、感動といっていいと思う。やはり最後は猫の話が続いてそのまま終わったのも保坂和志らしくて、ウケつつ泣きそうになった。萩の湯を出てからはさっきの折坂悠太を実際にイヤホンで聴きながら歩いた。折坂悠太といえば今日は立川のほうでやっているFestival Fruezinhoに出ていたみたいで、このFestival Fruezinhoというのは毎年行きたいと思いながらいつの間にかやっていて、いつの間にか終わっているやつだ。雨上がりだから外は少し涼しくなっていて、それでもじめじめはしているのだが散歩はできる。こういうときにこそ散歩しないと夏はやってられない。上野公園にはもうほとんどひとがいなくなっているなかで野口英世像がスポットライトで照らされていて、そういえば僕はまだ新札を見ていない。新しい千円札は誰だったか。北里柴三郎か。上野から電車で帰った。
そういえば僕はまだ新札を見ていない。の「そういえば」で思い出したのだが、そういえば昨日はマイケル・マン監督の『フェラーリ』を観た。主演がアダム・ドライバーだから観に行ったというのがでかい。けっこう不思議なトーンの映画で、エンツォ・フェラーリというひとやレースを過度にかっこよく描くでもなく、しかし批判的に描くでもなく、わりと冷静な視線で〝男の世界〟の輪郭が表れていたように思った。しかしなぜかその輪郭を掴もうとするとわからなくなってしまう。〝男の世界〟なんてものは虚像に過ぎないということをいっているのか、それとも意図していないところで虚像になってしまったのか。それとも単に僕が掴みそこねているだけかもしれない。
7/7
そういえば昨日の夜も部屋のなかに蜘蛛がいた。ついこの前も見たはずだが、日記によるとだいたい三週間前だ、そのときの蜘蛛と昨日の蜘蛛が同じ蜘蛛だったかどうかはわからない。でも間違いなくいえることとして、昨日の蜘蛛は僕のことをナメていた。僕が家蜘蛛を放っておくのを知っていたのか、三週間前の蜘蛛のようにそそくさと僕の視界から姿を消すようなことはなく、むしろわざと視界に留まろうとするかのように、壁や天井の中央付近を這い続けた。僕は何度か蜘蛛にたいして「おい」と呼びかけたが無視された。
今日は蜘蛛の姿を見ていない。今日はまず洗濯をしてから友だちとパンを食べに行き、彼が都知事選の投票に行くのに付き合ってから、なんとなくやったことがないことをしてみようということでLUUPに乗って渋谷のWINSに行った。今日は福島、函館、小倉の三会場で地方競馬がやっていて、まず福島1レース、僕は一番人気の6番デシマルサーガの単勝を千円買っていざ出走、レース序盤から二番手につけたデシマルサーガは途中で先頭馬に八馬身ほど離されるも、危なげなく落ち着いた走りを見せ──ここらへんで僕たちの近くを通ったおじさんが「こんな固いレース意味ないよ!」と大声を放ち──、終盤で一位に躍り出てそのままゴールイン。おじさんのいうように非常に固いレースだったようで、単勝は一・二倍、競馬巧者にとっては意味のないレースなのかもしれないが、僕からしてみれば千円が千二百円になったのでうれしい。あのおじさんの後をつけて、彼が「固いから意味ない!」といい放つレースの一番人気の馬ばかりを単勝で買っていけばうまくいくのではないかという気もする。しかし現実はそう甘くない。続く函館2レース、僕はまたしても一番人気の馬を単勝で買うつもりだったのだが、券売機のところで入力を間違えたようで、僕の手元に出てきた馬券は小倉2レースの7番ロンギングキイ、十番人気、オッズおよそ六十倍の馬で、間違えたなら間違えたでこのロンギングキイを応援すればいいと思って小倉2レースを見たが、そううまくはいかず、ロンギングキイは序盤から終盤まで上がってくることなく終わった。どんまいだ。でも僕はこれを三百円しか買っていなかったのでまだよかった。友だちは騎手が武豊だというだけで三番人気くらいの馬の単勝を一万円も買っていたが、外れていた。
しかし馬が走る姿はモニター越しにもやはり美しい。デシマルサーガは美しかった。ロンギングキイは上位に入らなかったのであまりカメラに抜かれることがなかったがきっと美しかった。
そのあと友だちが行ってみたいというのでパチンコ屋に入って有名な「海物語」というやつの台で千円だけ遊んでみたが、あまり楽しさがわからなかった。
僕たちがWINSを出てからも福島と函館と小倉の競馬場では美しい馬たちが走り続け、そのあいだに僕たちはパチンコ屋で千円分の玉をパチパチと打ったのち、下北沢に移動した。下北沢に用事があったわけではない。なんとなく行った。かなり暑くて日傘をさしながら歩いた。下北沢には僕が眼鏡を買っているマトイという眼鏡屋があるのでせっかくなので行って、僕は少し調節していただき、友だちはいろんな眼鏡を試しながら、レンズやツルの素材をあれこれと店員さんに質問していた。きっとその間にも馬たちは走っていた。それから本屋B&Bにちらっと寄り、カレーでも食べようかということで何軒か見たがどこも混んでいて、けっきょく駅から少し離れたところの蕎麦屋に行ったがそこもやはり並んでいて、一時間ほど待って入店した。汗をかいてから冷たい蕎麦を食べる、それは実質サウナではなかろうかという話をした。その間にもやはり馬たちは走っていたのだろうか。
それからまたLUUPに乗って帰った。外は暑いがLUUPだと風を感じながらスイスイと移動することができる、しかし大通りを走るのはやはり危険な感じがして、乗るならできるだけ路地を選んだほうがいいように思う。帰ってからは即座にシャワーを浴び、エアコンをつけて涼み、そのうち同居人が帰ってくる時間になったので、荷物も多かろうということで迎えに行って、また汗をかき、帰ってきてまたシャワーを浴びた。
同居人は今日朝の四時過ぎに起きて伊勢神宮と鳥羽水族館に行った。やはりなんといってもラッコは素晴らしかったそうで、写真を見せてもらうとたしかに鳥羽水族館の二匹のラッコたちには抜群のスター性があるように思った。ラッコやら馬やら蜘蛛やら、「手のひらを太陽に」的な世界観を感じる日曜日となった。しかし太陽は僕たちにたいして厳しい。都知事選も厳しかった。現職が勝ったことよりもSNS的な磁場のなかで票が動くと実証されたことがきつい。四年後がもっと怖い。希望もあるけど。
7/8
今日も蜘蛛が壁を這っていた! 今日は朝から頭が痛く熱も出たので会社を休んだ。午前中はだいたい寝て昼頃に目を覚ますと同居人から「午後休もらいました…」と連絡が入っていて聞けば会社で熱中症っぽい感じになっちゃって早退することにしたらしい。そんなわけで午後はずっと部屋を涼しくして二人して寝たりスマホをいじったりしていた。僕は今週末に友だちと会う約束をしているのでその友だちに借りている『カミュ伝』を読み進めたが頭が痛かったのと地面がなんとなく微かに揺れている気がして集中できなかった。微かな揺れというのは僕だけの気のせいかと思いきや寝転がっている同居人も感じ取っていたしテーブルにおいたコップの水もわずかに震えているしでやはり実際揺れていたような気がしたのだが調べても地震の情報はどこにも載っていない。実は地震として報じられるほどではない震度でいうと1にも満たないような揺れというのが日常のなかにあって今日はたまたまそれを感じ取ったのか。それとも僕も同居人も暑さのせいで具合が悪くなって家にいたので揺れている気がしたのか。あっという間に夜になってYouTubeで同居人の高校の名前で検索したらどんな動画が出てくるか見てみたりするうちに夜になった。会社を休んだ日というのはなんとなく夜になるのが早いように感じられるし夜になってからさらにもう一段階夜になるような感覚がある。
「あれ、もう夜だ」
と一度思ってからしばらく経ってまた
「あれ、もう夜だ」
と思うような感じ。
YouTubeで同居人の高校名で検索した結果をスクロールしていったら同居人の在学中のサッカー部の試合が上がっていて見てみたら同居人の友だちが映っていた。僕も一度会ったことのあるひとだった。「いけ!」と声を出しながら笑いながら見た。
7/9
「あれ、もう夜だ」
と一度思ってからしばらく経ってまた
「あれ、もう夜だ」
と思うような感じを今日も味わった。ちゃんと考えてみるとたぶん一つ目の夜は日が暮れて部屋の電気をつけるときに思う夜で、二つ目はそこからシャワーを浴びたり夕飯を食べたり諸々を終わらせてふと時計を見たときに思う夜だ。三つ目がもしあるとしたらおそらくだらだらとYouTubeを見たりして気がついたら二時とかになっちゃってたときに思う夜のことだろうが、今日はもう寝るので三つ目の夜は訪れない。今日は日中にも断続的に昼寝をしたのだがそれでももう眠い。曇ってたからというのもあるかもしれない。
7/10
今日も頭痛。同居人は今日も具合が悪くて会社を休んでいて、今週は二人してぐずぐずしている。夕方頃に同居人のお母さんがいらっしゃって梅干しなどをいただいた。都知事選のことなどを話した。あとは鳥羽水族館のラッコちゃんたちのYouTubeを見たりした。頭痛がまだある。経験上なんとなくだが頭痛を抱えたまま眠りにつくと次の日の朝に起きたときにもまだ頭が痛いままだったりするということがあるように思うので今日は寝る前になるべく頭痛を軽減すべくバファリンを飲んで湯船に浸かってゆるりと過ごしているが天気予報によるとこのあと雨が降るらしくそれに伴って気圧の変化もあるようで頭痛持ちとしてはむしろここからが頭痛が強まっていく時間帯だともいえるので僕のなかではいまこれ以上頭が痛くなるかならないか一進一退の攻防が繰り広げられている。というのを感じている。感じているというよりは、これを僕がいま文にしたことでそういうことになっただけで、実際には僕の頭痛は一進一退の攻防を繰り広げてはおらず、ただぼんやりと痛いだけの時間が続いている。
そもそも頭痛のときに湯船に浸かるのがいいことなのか悪いことなのかわからないまま、もう何年も、頭痛のたびに湯船に浸かったり浸からなかったりしている。浸かった場合、浸からなかった場合を体系的に記録していけばわかりそうなものだが、それをやらずにいる。こういうことが生活においてかなり多いように思う。体系的に生きる、あるいは自律的に生きるということができていない、むしろ避けているようにも思う。同居人もそれがあまりできないほうなので、「こんな二人で暮らしてたら泥船だよ」とよくいっているが、それを聞くたび僕はTOKIOの「宙船」を思い出す。
「おまえのオールをまかせるな」
と長瀬智也は歌っていたが、僕たちはむしろ僕たちのオールを誰かに任せたほうがいいのではないか。
7/11
今日も朝から昼にかけて頭痛がひどくなっていって、あわや会社早退の危機かと思われたが、午後にかけて盛り返し、最終的に夜遅くまで働いてしまった。日付が変わって、Clairoの新しいアルバムが聴けるようになっていた。ほんとによい。あなたがナンバーワンです。
ほんとにいい。これはほんとにいいです。ありがとうございます。
7/12
今日も遅くまで仕事をしたうえに、明日は朝から友だちと会う約束をしており、その友だちに返すべく『カミュ伝』を読み進めなければならないので今日はあまり日記を書かず明日の夜の僕に託そう。ほとんど仕事していた一日に書くことなんてないといいそうになるが、書くことなんてない日なんてない。明日の夜の僕が今日のことをきっと思い出す。(たとえば、という形で明日の僕のために今日の断片を書き残しておくと、今日は夕方頃に社内のiPhoneが一斉に鳴った。僕はAndroid持ちなのでそのムーブメントにノれなかった。けっきょくなんのアラームだったのか、iPhoneのひとたちは詳しく教えてくれなかった。Android派だとこういう形で取り残されることがある。今日あったことといえばそれくらいだが、これが日記に書くほどのことなのかはわからない。)(あとなんといってもClairoのアルバムが素晴らしい。ほぼ七十年代の作品としても聴くことができるが、このアルバムを二〇二四年たらしめている一番の要素といえばなんといってもClairoの声だ。)
7/13
夢;同居人と旅行に行こうとしている。鳥羽水族館みたいなところに電車で行くつもりで準備していた。行く間際になって二人ではなく八人(誰だったかは不明)になり、さらに最寄り駅までなぜか車で向かうようだったが、ふつうの乗用車だったため、八人乗り切れず。僕は乗り切れなかった組。同居人に車のなかから「レンタカーで来な!」と呼びかけられた。レンタカー屋を探して街を歩くが、やっと見つけたレンタカー屋では店員の女性に「会員登録していただいてから中八日空けないと貸し出しできないです」といわれ、乗れないのは仕方ないとしても中八日は長すぎる。そのあと店の奥から出てきた男性が、最初の女性とかなり顔が似ていて、親子だろうと推測した。そのあと僕はあてなく街を歩き、カフェなのかなんなのかわからないが暗くておしゃれな店を見つけた。そこはどうもとにかくおしゃれじゃないと入れなさそうだったので、僕は店の前で一度すべての服を脱ごうとしたが思い直し、ズボンにインしていたシャツをアウトするだけで事なきを得た。店の奥まで行くとリトルプレスやZINEが中心の本棚があって、ぼんやり見ていると同居人が隣から「それ取ってくれる?」と手を伸ばしてきた。同居人が指差した本を手にとってみると、かなり斬新な文字組みで、読むのに気力がいりそうだった。やがて店全体が上下逆さまになった。建物が海に浮いていて、それがひっくり返ったようだった。身体が宙に浮く感覚があった。そこで目が覚めた。
友だちたちと大塚駅前のシズラーでモーニングを食べようという約束をしていたので同居人と向かった。大塚駅の北口からはいくつかの道が放射状に延びていた。あとでマップを見てみたら南口も同じような雰囲気のようだった。南口には以前も降りたことがあったがそのときには気がつかなかった。いまは気がつく。街に興味が出てきたということか。
しかし興味に反して僕は街についての言葉を知らなさすぎる。「コンコース」と「ペデストリアンデッキ」と「ガード下」しか知らない。ほんとは駅を中心に放射状に道が延びている街並みにも名前があるのだろうが知らない。
友だち二人と僕と同居人の四人で、シズラーのモーニングサラダバーを食べながら、この先どういうおじさんおばさんになっていくかという話をした。「友だち」と呼べるひとも年々減っていき、新たな出会いもなく、記憶力も衰えつつあるなかで、僕たちはどのように立ち振る舞っていくべきか。今日話したなかでの結論めいたものがひとつあるとすれば、僕たちは〝変なおじさん/おばさん〟を目指していくべきだということだ。変なおじさん/おばさんというのは目指してなれるものではないかもしれないが、将来的にたとえば若者たちが僕たちのうちの誰かについて噂話をするときに、「あのひとおじさん/おばさんっぽいよね」といわれるよりは「あのひと変だよね」と笑われるほうがよほどいい。
それも嫌ならば、いっさい若者との接触も断ち切った環境で、徘徊と見分けがつかない散歩をひたすら繰り返すおじさん/おばさんになるしかない。
それか、もうひとつの道があるとするならば、友だちたちのうち、夫(という認識はあまりないのだが便宜的にそう呼ばせてもらおう)が妻(という認識はやはりあまりないのだが便宜的にそう呼ばせてもらおう)にいわれていた〝ガリ勉〟という言葉だ。妻いわく、夫は暇さえあれば読書や勉強をしており、その姿はまさしく〝ガリ勉〟と呼ぶにふさわしいものだそうだが、三十歳を目前にした彼がいまさら〝ガリ勉〟と呼ばれていることにウケつつも、〝ガリ勉〟こそいまの僕たちが目指すべき姿なのではないかとも思った。日常のなかに勉強を意図的に配置する。生きていること自体が勉強だというような中途半端な態度ではなく、しっかりと机に向かう。その勤勉さ、ガリ勉さこそが、いわゆるおじさん/おばさんっぽさに対抗しうる態度となるのではないか。
というのはいま日記を書きながら考えたことに過ぎず、シズラーからルノアールに移動しながら会話を続けていたときには〝ガリ勉〟という言葉の響きがおもろくてただ笑っていた。
ルノアール大塚店メモ;ルノアールといえば赤い椅子のイメージがあるが、大塚店の椅子は青い。壁にも青とターコイズの幾何学模様が張り巡らされている。というのも、メニューの表紙と裏表紙に記載されていた文章によれば、大塚店はいわゆる「銀座ルノアール」とは異なる「ルノアール会」というボランタリーチェーンに属しているそうで、ルノアール会は現在六店舗(恵比寿の二店舗はいずれもルノアール会)しか存在しないそうだが、それぞれが特色のある内装やメニューを展開しており、説明文からは「むしろルノアール会こそがルノアールの本家本元である」というような矜持さえ感じられる。実際、大塚店は先述の青を基調とした内装、漫画の数々、そして長居した際に出していただいたお茶が昆布茶だったなど、節々に独自路線が見受けられ、非常にいい喫茶店だった。
帰ってからはレタスと豚バラを茹でて水でしめた冷しゃぶにごまだれをかけて食べ、昼寝したり、読書したりして過ごした。
夕方からはまた外に出て、違う友だちたちと会った。そこでもやはりどういうおじさん/おばさんになっていくかという話題が(半ば僕と同居人から強制的に供される形で)出たのだが、今度の友だちたちは僕たちより一、二個年齢が下だったこともあり、おじさん/おばさんというあり方にまだピンときていない感じで、むしろ、もっと興味のある仕事に転職すべきかどうかとか、東京でない場所に住むべきかどうかとか、そういう具体的な話のほうが弾んだ。しかし僕と同居人のおじさん/おばさん問題にここでも一筋の光がさしたとすれば、それは「野球を見ろ」ということかもしれない。夜に会った友だち三人はみんな野球ファンで、うち二人はここ一年くらいで熱心に応援するようになったというが、チームの勝ち負けに気分が左右されるという現象が昔はありえないものだと思っていたにもかかわらず、さいきんでは実際に気分の浮き沈みがチームと連動していることを実感したそうで、そういう浮き沈みが生活にメリハリを生んでいることは間違いない。野球を見ることでシャキッとしたおじさん/おばさんになれる可能性があるのなら僕たちも見たほうがいいのかもしれない。
夕方に雨が降ったおかげでわりと涼しくなっていて、いい気分で帰宅したが、同居人はワインを飲んだせいでちょっと気持ち悪くなっていた。
7/14
曇りときどき雨、頭が痛いし、じめっとしているが、ぎりぎり過ごしやすくもある天気。
午前中はちょっと遅めに目が覚めて、昨日友だちにいただいたきんつばを食べ、ゆっくり過ごした。この「ゆっくり過ごした」というのが具体的になにをやっていたのか。同居人はけっこう寝ていたが、僕は起きていたはずで、起きている以上なにかをやってはいたはずなのだが、夜になって同居人に「きみ午前中なにしてたの?」と問われたときにも「わからない」としか答えられなかった。宮本常一の『忘れられた日本人』を少し読んだのは覚えている。これは僕の本棚における積ん読のなかでも最古の部類の本で、たぶん高校生くらいのときに父か叔父の本棚から自分の部屋の本棚に勝手に移動したのをずっと読まずに、ひとり暮らしを始めるときに一緒に持ってきて、さらにそこからも月日が経ち、いまようやく読み始めたがかなりおもしろそうだ。積ん読本というのはこんなふうにおよそ十年の歳月を越えていきなり読み始められることがあるのでずっと手元に置いておくべきなのだ、ということを同居人にいったら怒られそうなのでいわない。
昼頃にふたりで家を出てラーメンを食べてから区のプールに行った。
プールから帰ってきたあとの昼寝というのは最高に気持ちがいい。
しかしこの昼寝というのも僕はせいぜい一時間程度しか寝ていないはずなのに、気がついたらもう日が沈む時間になっていた。またもや、いったいなにをしていたのか。曇っていると時間の経過がわかりにくいというのもあるかもしれない。三連休の中日としては少し消化不良の感もあったため、夜は一念発起してまた家を出て、新橋の駅ビルの地下の立ち食い寿司で食べてから、ヒュートラ有楽町でホン・サンスの『WALK UP』を観た。舞台はひとつの小さなアパートだが、なんとなく散歩に近い感触を持つ映画だと思った。散歩をしていると様々なアパートや一軒家の前を通りがかる、そのベランダに置かれた植物や(あまり褒められたものではないが)干してある洗濯物を見て、どんなひとが住んでいるのだろうかと想いを馳せる。あるいは自分がそこに住んでいたとしたらどんなだったろうかと、別の生を想像する。そういう想像の延長線上にあるような映画だと思った。
ホン・サンスはひとりの人物の様々な生を、ギターの小曲とともに軽やかに行き来してみせる。同じアパートの地下一階、二階、三階、四階でそれぞれの生を生きる映画監督の姿は、はたしてひとつの時系列に沿ったものなのか、並行世界における暮らしなのか、それともあくまで想像の域を出ないのか。いや、そんなことはどうでもいい。どうせこれは映画に過ぎないのだから。しかし、ただの映画に過ぎないからこそ、各階で繰り広げられる会話にほんものの気まずさや口ごもりやその場限りの親密さが宿る。
7/15
あれ?
と拍子抜けしてしまうほどの涼しさ。しかも頭痛もない。夏は終わったのか。最後の花火に今年もなったのか。美容院に行く同居人と一緒のタイミングで家を出て、クレイロのLPを買いに行った。道すがらジョン・レノンの『マインド・ゲームス(ヌートピア宣言)』を聴いた。新しいミックスになったのもあってか、意外にクレイロと同じ流れで聴けるようにも思う。
同居人は今日はゆるめにパーマをかけるつもりで美容室に行ったが、予想より強めのパーマに仕上がってビビっていた。僕からすれば似合っていたが、僕からの「似合ってるよ」というのは同居人からしてみればさほど当てにはならない。
下高井戸シネマで『ラジオ下神白』を観るつもりで、なんならそのあとのペドロ・コスタの来日イベントも入れたらいいと思っていたのだが、ペドロ・コスタが下高井戸に降臨するというのにチケットが早く売り切れないわけはなく、同居人の美容室の前に僕たちがのんびり朝食を食べているときには既にツイッターでチケット完売の報が出されていた。それと、せっかくいつも行かない町に行くので知らない店に行こうということで事前に同居人が調べてくれたフォルクスというステーキ系のファミレスの高井戸東店は、よくよくマップで確認してみると下高井戸駅からはけっこう離れたところにあるようなので、行くのを断念した。ペドロ・コスタを見られなかったのもフォルクスに行けなかったのも残念といえば残念なのだが、「まあいいか」と思えたのは、今日がいつもなら仕事をしているはずの月曜日だからか(と強がってみたものの、いま考えるとやはりフォルクスに今度行ってみたい。今日は代わりに新宿のよくわからない場所にある焼き肉/ハンバーグ屋のようなところで食べたが、それだけではフォルクスへの憧れはやまない)。
『ラジオ下神白』は、東日本大震災で被災した人びとが暮らす下神白団地において伴走型支援を行う「ラジオ下神白」というプロジェクトを記録したドキュメンタリーだが、それ以上に感じ取ったのは老人の生のあり方のほうで、カメラの前でしゃべるひとたちの顔だけでなく全身に刻まれた何十年という時間の厚みや、しわがれ声で語られる個人史に圧倒される時間が続いた。そしてそうやって個人史に焦点が当たるからこそ、そのなかには震災という圧倒的な断絶が必ず出現し、それがあったことで彼らが下神白団地に暮らしているいまに繋がってくる。震災という断絶を乗り越えて昔といまを繋げるのは歌だ。だからこそ声を震わせながら自分たちの思い出の曲を歌うひとたちの姿に胸を打たれる。
昨日観た『WALK UP』が、いま・ここではない生に想いを巡らす映画だったとしたら、『ラジオ下神白』には圧倒的ないま・ここの生がある。もちろん映画である以上、映されているひとたちは監督や「ラジオ下神白」の皆さんによって選ばれ映され編集されてはいるはずなのだが、カメラに映されなかったひともたくさんいるわけで、そしてそのひとたちひとりひとりに個人史があるわけで、そういった意味でも射程の長い映画だと思って感動した。ちょうど同じ回を友だちも観ていて、よかったですねという話と、「ペドロ・コスタは当たり前のように売り切れてましたね」という話をした。帰ってからはクレイロを聴きながら冷やし豚しゃぶなどを準備して食べた。
7/16
今日が燃えるごみの日だったのでほんとは昨日の夜にごみ出ししておくべきだったのに三連休だったためにすっかり忘れていてさっき出しに行ったらごみ捨て場はすっからかんだった!
同居人が友だちからすすめられているらしく『海のはじまり』を二話まで見た。前々から似ていると思っていた大竹しのぶと池松壮亮が共演しているので、ついに親子の設定かと思いきや、血縁ではなさそうだった。
祖父の体調がよくないそうで心配だ。母に電話した。
7/17
予報だと曇り。となるとそこから転じて雨がぱらつく可能性もあると思って、洗濯物は浴室乾燥にした。オフィスの窓からときどき外を見てたけど、たぶん雨は一度も降らなかった。やられた!
秋の文フリ東京に申し込んだので、抽選に当たれば今年もまたブースを出すことになる、そうなるとなにか冊子を置くことになる、その冊子はもちろん僕によって作られることになる、すなわち僕は冊子にするための何らかの文章を書く必要がある。僕が日常的に書いている文章といえばいまのところこの日記くらいなので、そうでない文章を書く時間を設けるか、あるいは潔くこの日記を冊子にするか。日記を冊子にしたいというのは、たしかにある。ひとに読んでもらうためというよりは自分のためにまとめたいという感じ。でもまだ一年半しか書いていないのでもう少し貯めたい。そうなるとやはり日記の他に何らかの文章を書かなければならない。
そうなったときに、ちょうど『WALK UP』や『ラジオ下神白』を観て、いま・ここの生、あるいはいま・ここでない生というものを考えていたところでもあるので、そういうものをどうにか文章のなかに込められないか。かつ、気負いすぎず、気楽に書ける掌編の連なりのようなものをとりあえずは想定するとして、どういうものがありえるか。参考になりそうなのはアメリア・グレイという作家の『AM/PM』という、一日のなかの午前中(AM)の様々な出来事と午後(PM)の様々な出来事が交互に、それぞれ数十個ずつ、いろんな人物の視点から語られていくという形の掌編集で、何年か前に買って読んでよかった覚えがある、しかし誰かに貸しているのか手元にはない、ああいう形の文章を書いていくのはどうだろうかというぼんやりした考えだけが浮かんでいる。たとえば、一日のなかのランダムな時間を指定して、その時間に誰かが見ている風景を書く。それは、(文章中のその誰かにとっては)いま・ここの文章でありつつ、(文章を書いている僕や読んでいるひとにとっては)いま・ここでない文章にならないだろうか。散歩というテーマを設けてもいい。たとえば十五時四分だ。今日の十五時四分に僕はどこを散歩していただろうか。いや、僕は今日の十五時四分には会社にいた。じゃあ僕じゃなくてもいい。今日の十五時四分に、同居人はどこを散歩していただろうか。同居人も会社にいたか。じゃあ今日の十五時四分に散歩をしていたのは誰か。
7/18
会社の昼休みにちらっと本屋に行ったらアヴリル・ラヴィーンの「ガールフレンド」が流れていて、かなりポップな曲なのに、ペアレンタル・アドバイザリーな歌詞があるのか、Aメロの途中で声がちょっと飛ぶ部分があっておもしろかった。町屋良平の『私の小説』という新しい短編集がおもしろそうだった。
同居人がいとこと焼き肉を食べる回に急きょ招集されて、いつもより早く会社を出た。同居人にはいとこがまあまあ多くいるが、そのなかの大概のひとに僕はなぜか会ったことがある。今日会ったのは初めてのひとだった。歯科医をしているという彼女は、学生時代には焼き肉屋でバイトをしていたそうで、肉を焼いてくれながら、学生のときの解剖実習の話をしてくれて、僕も焼き肉の部位を強く意識させられることとなった。「この肉は人間の身体でいうとここ」というその話題が、しかし食事中に似つかわしいかどうかといわれれば微妙なところかもしれない。食事というのは不思議な時間で、他の時間にはしゃべれるようなことをしゃべってはいけなかったりする。僕の会社の後輩が前に食事しながら
「くそうまいっすね!」
といっていたことがあって、うまいのはいいが「くそ」はよくないと僕は思った。「くそかっこいい」はいいが「くそうまい」はよくない。食事にまつわる表現というのにはそういう特異性がある。彼女はさらに肉を焼きながらファンだというアイドルの話などをした。口角の上がり方が好きなのと、歯並びが好きだという理由でファンになったといっていて、着眼点が歯科医すぎてウケた。
7/19
(……)ところが、ある朝のことでありました。目がさめて何気なく見ると、あの家に後光がさしているではありませんか。わたしはおどろきましてな。それも実は何でもない事で。ここは西をうけて東に山があって日のあたるのがおくれる。和さんの家は東をうけて日のあたるのがはやい。わたしの家と和さんの家の間にはひろい田がある。わたしの家にまだ日のあたっていないとき和さんの家にはあたります。朝日が出て、その光が水のたまった田にあたって、和さんの家へあたります。朝日が直接にもあたります。つまり両方からあたりましょう。それがあの家をかがやくように明るうして、中二階のガラス障子がそれこそ金が光るように光ります。どういうものか、昔はそれほどキラキラしなかった。まァとにかくおどろきましてね。この家はこれからきっとよい事があると思いました。
そうして、あるとき、あの向うの大道をあるいていると和さんにばったりあうたものでありますから「あんたのうちは後光がさしている。いまにきっとよい事がある。しっかりやりなされ」といいましたら喜びまして、「じいさん朝早ういくから、一ぺんあんたの家からわしの家を見せて下され」という。おやすい事だとまっておりますと、朝早くやって来ましてな、二人で日の出をまちました。
空があんたまっ青にすんでいましょうが、パーッとこう西の山に日があたってだんだん下の方までさして来る。和さんの家にもあたる。前の田圃にもあたる。和さんの家のまわりの草の露にもあたる。「なんともええもんじゃないか」といいますと、和さんも「ほんに、あれがわが家でありますか」としばらくは声もでません。そうしてあんた「わしは自分の家をこのようにして見たことはいままでなかった。何とよいもんでありましょう。おかげで元気が出ました」と喜んでかえりました。
たしかに僕も散歩中に通りすがったアパートの側面に西日が反射して美しく輝いているところなんかを見ると、ここに住んでいるひとたちは自分たちのアパートがこんなにも美しいことを知っているのか、知らないなら教えてあげようか、と思う。べつに西日に限らなくてもいい。和さんの家のように朝日が後光のようにさして輝くのでもいいし、真っ昼間にまばゆいほど光が照りつけるのだっていい。日の光に照らされた家々というものが美しいのだということを僕たちは知らないといけない。かくいう僕たちのアパートも、南東向きのベランダからさしてくる朝の光は部屋の内側にいる身からするとあまりにまぶしい。しかし内側にいてまぶしく感じるということは、アパートの外面にはとてつもない光が降り注いでいるということでもある。僕は一度、朝に外に出て、少し離れたところから自分たちのアパートを眺めてみるべきなのかもしれない。物事には必ず内側と外側がある。アパートにも内側と外側がある。
7/20
日記を書く際の、手の付け方というか、書き方というか、〝書き筋〟のようなものはいくつかあるように思うが、たとえば今日のように映画をいくつか観たり本を読んだりして書くことが多く、かつ眠いので早く書いてしまいたいという事情があるならば、ひとまずあったことを時系列どおりに並べていくのがいい;エアコンの除湿をつけたまま寝ていたが、明け方ごろに同居人が悪寒がしたとかで電源を切ったらしく、そのあと僕は暑さで目が覚めて寝ぼけながら「暑い! 暑い!」とわめいてまた除湿をつけた。とにかく暑い。朝はベーコンエッグ、オートミール、納豆、味噌汁という奇妙な食べ合わせ。洗濯。そのあと暑かったが散髪へ。待ち時間には『忘れられた日本人』を読み進めた。帰宅してからも読んで半分以上まできた。午後、取り込んだ洗濯物をソファに置いたときに寝転がっていた同居人の足にふれ、「熱いね!」といっていた。たしかにタオル類は熱くなっていた。そのちょっとあとにぱらぱらと雨が降った。雨が降ることを予想して取り込んだわけではないが、予想して取り込むよりもむしろ満足感があった。バーデン・パウエルというギタリストのLPやクレイロの『チャーム』のB面を流しているうちに眠くなって一度寝た。そういえば「ザ・トゥナイト・ショー」のクレイロのライブ映像は素晴らしかった。口トランペットの衝撃。長谷川白紙の「ザ・ファースト・テイク」もすごかった。昼寝から起きるとちょうど同居人も長い昼寝から目覚めて、そうなると夜どうするかという話になるが、まず候補に上がるのは映画である。『墓泥棒と失われた女神』を観たい。あと『化け猫あんずちゃん』というのも気になる、そういえばその原作の漫画が家にあって、映画になるような話ではなかったような気がして読み返した。数ある漫画のなかから映画化するような作品なのかといわれるとわからないが、おもしろくていい漫画ではある。けっきょく『墓泥棒と失われた女神』を観に行くことにして、家を出て駅ビルの牛タン定食屋に入ったら時間ぎりぎりになったがどうにか映画には間に合った。自由で、楽しく、美しく、先が読めない、映画を観ることのうれしさに満ちた、かなりいい映画だった。帰ってきてからはネトフリで『ブラックベリー』を観た。楽しかった。
というのが今日のことを書き並べた日記になり、あとは眠気と相談をしながらこれに細部を書き足していくことになるが、書き足すというか、書き漏らしたのがひとつあった、昨日のことだ、インドに住む友だちからまた牛の動画が送られてきた。片側三車線の大きな車道を牛が闊歩している。車やバイクも盛んに往来するなかを、牛たちはあたかも車の一種であるかのような素振りで走る。他の車やバイクも牛たちをことさら避けるふうでもなく、やはり車の一種として扱っているような感じでふつうに走っている。僕がまったく知らない日常が映っている。僕も僕で日常風景を送ろうと思って、夜道を歩きながら動画を撮影したが、車もひともいない、ただ僕の鼻息が荒いだけの動画になってしまった。
あと書き足すならばやはり『墓泥棒と失われた女神』のことだろう。現実と幻想が入り交じるフェリーニ的なイタリア映画を正しく継承しており、また監督インタビューによればこれまでの映画の様々な手法に敬意を表して取り入れたとのことだが、そういう背景知識をなしにしてもとにかく楽しい映画だった。美しく遊び心のあるショットにあふれ、にぎやかで、騒がしく、話の先行きも読めない。今年ベスト級だった。今年ベスト級といえばやはり『チャレンジャーズ』もだが、これら二つともに出ているのがジョシュ・オコナーというひとだ。ずっと観ていたい俳優だと思った。映画にとって、ずっと観ていたいと思える俳優が画面に映っているというのはそれだけで幸運なことではなかろうか。
いまは雷混じりのすごい雨が降っている。
7/21
昨日の夜から27時間テレビをちょこちょこ見ていた。いかにもテレビという感じがして、なんだか楽しかった。霜降り明星の二人はやっぱりすごいと思った。それで昨日の夜は夜更かしをして、今朝は何時に起きてもいいと思っていたが、八時くらいに目が覚めた。
昼間に出かけるのはバカだというふうに結論づけて、今日は夜に友だちとご飯を食べに行くまでは家にいようという計画だったが、祖父の容態が悪いそうで、もしものときに備える必要が出てきて午後に一度外出した。あまりしたくない買い物だし、そもそもこんなふうに事前に備えてしまうこと自体にも気分が乗らないため、同居人も付き合わせてしまったが、いま考えると付き合ってもらう意味はよくわからなかったかもしれない。同居人も最初は快くついてきてくれたが、途中から暑さにまいっていた。申し訳ないことをした。帰ってきてからはシャワーを浴びて少し昼寝。
夜は友だち二人と僕と同居人でご飯を食べた。鴨のすき焼き(というがやっていることはしゃぶしゃぶに近く、単に「鴨しゃぶ」より「鴨すき」のほうが語感がいいためすき焼きという呼び名にしているのではないかといぶかしんだ)の店でおいしかった。友だちの一人は僕と同居人を出会わせてくれたひとでもあって、それゆえに僕は彼にずっと元気でいてほしいと願ってやまないわけだが、ここ一年はニューヨークに留学に行っていて、インスタを見るかぎり楽しそうではあったが、今日実際に話を聞いてみるとやはり楽しいとのことで、それならば非常によろしいことだった。店を出てからはもう一人の友だちの家に行ってカタンをやった。カタンはパッケージにキャッチコピーみたいなのが書いてあって、それがなんとなくツボだった。なんだっけか、「資源で未来を開拓するロマン」だったか、そんな感じの言葉がゴシック体で載っている。いま調べたら合っていた。覚えられているということはいいキャッチコピーということなのだろう。カタンといえば、僕のなかでなんとなく見たことはあるがルールを知らないゲーム第一位の座に君臨していたが、やってみるとけっこう楽しかった。友だち二人が熟練プレーヤーで、僕と同居人にアドバイスとお褒めの言葉をたくさんくれたのがよかったのかもしれない。盛り上げ上手というのは素晴らしいことだ。僕も盛り上げ上手になりたい。と書いたがほんとはそこまでなりたいと思っていない。母からのLINEが来ていないかときどきチェックした。
7/22
出社して働いていたが母から「じいさんがもう山場だそうです」という連絡が来たので昼前に早退して病院に向かった。一ヶ月前には元気にうなぎを食べに行ったといい、二週間近く前に介護付きホームに入所する際にも元気よくあいさつし、ホームのカラオケで高得点を取ったという祖父は、僕が病院に着いたときには呼吸も浅く意識の混濁した状態にあったが、僕が話しかけたときにちょうど唸った、それとも唸ったときにたまたま僕がいたのかもしれない。いずれにせよ唸った。いったん病院を後にして、そのまま父の運転で祖母のいる介護付きホームへ。祖母ははじめ僕を認識できていないようだったが、思い出してからは「この子は〇〇大に行ったのよ」と周りのひとに吹聴していて笑ってしまった。そのまま僕はまた父の運転で実家に行って夕飯を食べてから都内に戻ってきた。電車で読もうと思って実家の僕の部屋にあった『空の怪物アグイー』を持ってきたが、久しぶりに読む大江健三郎は文章がひたすらおもしろくて感激した。夜にはまた雷雨が降って、ちょっと涼しくなった。
7/23
ちょっと遅れて出社した。祖父は昨日と今日が山場だといわれていたがまた少し安定したらしい。昨日顔を見ることができたし大往生といっていい年齢でもあるので僕のなかではあるていど気持ちの整理ができたつもりではあるが、仕事中にふと、いま祖父は浅い呼吸を繰り返しながらときどき唸ったりしているのだろうかなんてふうに思ったりもする。祖母の「お父さんが帰ってこないの」という小さい声も頭に残っている。祖父と祖母は二週間ほど前に一緒のホームに入所したがそのあと祖父だけ病院に搬送された。祖母はホームで友だちができないということもいっていた。これまでは夫婦で一緒にいたから周りも話しかけにくかったのかもねと母が祖母に聞こえるようにゆっくり大きな声でいっていた。僕が帰り際に手を握ると祖母は「あったかいね」とまた小さい声でいっていた。祖母の話し声は以前よりずっと小さくなったようだった。祖母の手は少しひんやりしていてすべすべだった。
そんなことをときおり思い出したりしながら仕事して、帰宅してからはYouTubeでDOMMUNEの長谷川白紙特集を見た。新しいアルバムから一曲ずつ聴きながらトーク、その後長谷川白紙本人によるミニライブ。アルバムはとんでもなく美しかったし、ライブもかっこよかった。同居人は今日はまた先月一緒に泥酔女性を助けた女性と飲んで帰ってきた。そこで仲よくなっているのがおもしろい。帰ってきてシャワーを浴びてあっという間に寝た。「きみも早く寝なね」といわれた僕は日記を書いてから寝ようと思う。
7/24
夜遅くまで会社で仕事をしようとも思っていたが、頭が痛くなったので帰ってきた。帰り際にコンビニでバファリンプレミアムDXを買った。バファリンAやバファリンプレミアムを買ったことは以前にもあるが、バファリンプレミアムDXを手に取るのは初めてだった。たしかに頭痛はわりと早く治まったようにも思う。「プレミアム」に飽き足らず「DX」まで冠しているだけある。長谷川白紙の『魔法学校』を昨日の夜というか今日の日付が変わってすぐの時間に一周聴いて、今日仕事の後にももう一周聴いた。すごくエモーショナルなアルバムだ。終盤の「ボーイズ・テクスチャー」~「えんばみ(「えん」は正しくは火が三つ)」~「外」の流れは聴いていて涙すら浮かんできてしまう。「えん」の漢字が出なくて「草なぎの「なぎ」は弓ヘンに前の旧字の下に刀」みたいな書き方をしてしまう。最後の「外」の
外がだいすきだから外に出たいのだ
外はとても広くてだいすきだ
外がだいすきだから外に出たいのだ
外は色が変わってだいすきだ
(長谷川白紙「外」)
というところをみんなで合唱したい。
7/25
もし秋の文フリに出るとなれば何かを書かなくてはいけない、という話は既に一週間くらい前の日記にも書いたとおりなのだが、何かを書くためには当たり前だが書き始めなければならない。書くことと書き始めることは実は違う。書き始めることのほうがいまは大事だ。ということで、しばらく前に途中まで書いてほっぽりだしていた短い話の続きを、昨日の夜からちょっと書いている。
『デッドプール&ウルヴァリン』を観たいがマーベルのあれこれのことをすっかり忘れている気がするし、そもそもX-MENにかんしてはほぼ知らないしで、とりあえず予習をしようと思って『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』を観始めたらあまりに二〇〇〇年代っぽい──なぜか思い出したのはリンキン・パークのミュージックビデオだった──質感すぎて楽しい。
7/26
夜まで仕事をして帰ってきてからフジロックの配信を見ようと思ったら終わっていた。ツイッターを見たら行ってるひとたちのツイートが流れてきたのでいったんそれを見て満足した。僕はけっこう簡単に満足する。キング・クルールさん、ぜひ単独での来日もご検討ください。
7/27
今日も今日とてフジロックは楽しそうだが、僕は仕事だった。帰ってきてから、パリ五輪の開会式のハイライトを少し見た。ああいう明るさを欺瞞だと感じる一方で、楽しく見てしまう僕もいる。日本側の実況のひとたちの、まるで実家で見ているかのようなほわほわ具合がおもしろかった。実況によれば開会式は十二個のテーマに沿って次々と演出が繰り広げられるというプログラムだったそうだが、そのなかの「自由」のパートにおいて、三人の若者たちが図書館で小説を手に取りながら意味深な目配せを交わしあう映像が差し込まれる。小説のタイトルはフランス語なので僕にもわからないのだが、たぶん「アモール」っぽい単語や、英語でいう「シンプル・パッション」っぽい単語(これはアニー・エルノーの『シンプルな情熱』だと僕にもわかったが、僕は先日序盤だけ読んで入りこめずにやめているので、あまりはしゃぎきれなかった)が書かれていて、さらに若者たちの服には大きなハートがあしらわれていたので、実況のひとたちがそれを見て、
「これは何をやっているのかよくわかりませんが、おそらく愛寄りのものですかね」
とコメントしていてかなりウケた。
愛寄りのもの。
たしかに、愛寄りでないものよりは愛寄りのもののほうがいいかもしれない。
文脈を理解していたり、背景知識があったりする実況のほうが望ましいが、気軽に見る程度であればこんなふうにほわほわしていても楽しい。
「これはすごいですね!」
「これは……、誰でしょうかね」
から話が広がらない実況。そのなかでもう一箇所僕がウケたのは、おそらく開会式が終盤に差し掛かったところで、メタル製の馬にまたがった人物が水面を渡ってくるという描写で、もちろんこの演出についても実況のひとは詳しく知らないし、僕も知らないのだが、実況ではそのメタル製の馬のことを「メタルホース」と呼んでいて、その呼び方が実況で使うほど一般的なものなのか僕にはわからなかったので、実況のひとが即興で作った単語かと思ってウケたのだった。しかしTVerの見出しにも「メタルホース」の語が使われていたので、僕が知らなかっただけで実は一般的な単語なのかもしれない。僕は他のひとが当たり前に知っている単語を知らないことがあるので油断ならない。この前も会社で、弁当に入っていたごま油風味の太巻きがおいしかったので「この太巻きおいしいですね」といったところ、「え、キンパですよね」といわれたことがあった。キンパを僕は知らなかった。「え、キンパって有名ですか?」と僕はその場にいた何人かに聞いたらみんな知っていた。ちょうど昨日も同じようなことがあった。なんだっけ、マラサダだ。マラサダも僕は知らなかった。でもこれは知っているひとと知らないひとがいるようだった。もうひとつ、バクテーも僕は知らなかった。これも同じように知っているひとと知らないひとがいるようだった。しかし、マラサダを知らないひともバクテーは知っていたり、その逆のひともいたりで、どちらも知らないひとというのは少数派のようだった。僕はもっとたくさんのことを知っていかないといけない。
7/28
夜中、寝ているときに、東南向きの寝室の窓の、少し開いたカーテンのすき間から月明かりが差し込んできて、すやすやと眠っている僕の顔を照らした。そんなふうに書くとなんとも牧歌的な感じがあるが、当の僕はその眩しさに目を覚まし、そのあと蒸し暑さでしばらく寝られなかった。だから朝再び起きたときにもなんとなくぼんやりした感覚が続いた。午前中に同居人がネイルの予約をしていたため、僕も同じタイミングで家を出てカフェで読書した。この前実家に帰ったときに持ってきた『空の怪物アグイー』を読み進めた。その後帰ってきてそうめんを食べ、『虎に翼』や高校野球を見たりしているうちに眠くなって昼寝した。起きてからは再び『空の怪物アグイー』を読み進めて読み終えた。たまたま実家で手に取った本だったが、やはり大江健三郎はおもしろいと思った。だから次は『個人的な体験』を読み始めた。
夜、同居人は友だちと飲むというので、僕はたまたま見たオモコロのYouTubeでおすすめされていた秋葉原の近くのラーメン屋に行くことにした。なんとなくどこかに行きたい気分だったし、あわよくばそのあと散歩したい気持ちもあった。ラーメン屋で並んでいるときにも『個人的な体験』を読んだ。これを書いたときの大江健三郎がだいたいいまの僕と同じくらいか一つか二つ下くらいの年齢だった。そうなるとなんだか「大江……」と思えてきた。ラーメン屋ではせっかくだからライスも頼もうと思って、食券機でラーメンとライスを押して、あと「チャーシュー散らし」みたいなのが、なんだかわからないけどたぶんラーメンの上にチャーシューの欠片が散らされるのだろうと思って押したのだが、席についてから「ライスと、こちらチャーシュー散らしです」といわれて提供されたのはライスにチャーシューの欠片が散らされているもので、ようするに僕の前にはちょっと種類は異なるものの、ライスの茶碗が二つ並んでしまったのだった。でも僕はあくまでそういう頼み方をしている通なひとっぽい感じを醸して、先にチャーシュー散らしを食べ、ラーメンを食べ、ライスを食べた。そういう通なひとというのは、食べるのも早いと相場が決まっているので、僕はどうにか素早く食べた。腹がふくれた。
ラーメン屋を出てからは秋葉原のブックオフに行った。昨日パリ五輪の開会式のハイライトをちらっと見たときにポンヌフ橋(と書くのはほんとは間違いで、たしか「ポンヌフ」という語のなかに「橋」という意味が既に含まれていたはずだが日記なのでべつにいい)が映ったのを見て、『ポンヌフの恋人』を思い出していたのでブックオフで探してみたらブルーレイがあったので買った。あとは文庫本を何冊か買った。電車で帰る途中で同居人もちょうど解散したとの連絡があって、最寄り駅からは一緒に帰った。
7/29
何か目的があって動き始めたが、その目的を達成するのに必要なものを持たずにいることに途中で気がつき、その時点で中止するなり引き返すなりすればいいところを、どういうわけか歩みを止めることなくそのまま進んでしまい、しかしいくら進んだところで目的が果たされることはないため、ただうろうろして、けっきょく何も成さないまま帰る。ということがある。たとえば今日の昼である。僕はオフィスビルの一階にあるコンビニで飲み物を買うべく、自分のオフィスのある階のエレベーターホールまで行ったところで、支払いをするためのものを何も持っていないことにはたと気がついたが、それならそれでしょうがないと考えてそのままエレベーターに乗って一階まで下り、しかし何も買えないのでコンビニには入らないでそのへんをぷらぷらしてから、またエレベーターに乗ってオフィスに戻った。「それならそれでしょうがない」というのはいったいどういうことなのか。気がついた時点でオフィスに戻って財布を持てばよかったではないか。けっきょく僕は下まで行ってぷらぷらしてからオフィスに戻って、Suicaを持ってまた下に下りたのだ。なんという徒労か。だいたいいま書いているこの文章だってなんなんだ。最初に一般論っぽい形で「何か目的があって動き始めたが、」と書いたはいいが、そのあとその一般論をなぞる具体例を出しただけで終わったではないか。一般論というのは議論を深めるために持ち出されるものであるべきで、一般論→具体例という順番で書いただけでは意味がない。
7/30
朝方に変な夢を見ていた気がする。休日であれば夢の内容をメモっていたと思うが、今日は平日で、仕事まで時間の余裕がなかったため、文章にできなかった。こうして夢の内容が失われた。思い出せる範囲で書いておこう。新幹線か何かに乗ってどこかに行こうとしていた。しかし夢のなかでも平日だったので、僕は仕事を無断で欠勤しているようだった。僕は会社に電話をかけないといけないと思いながら新幹線に乗ろうとしていたはずなのだが、気がつけばどこかの部屋にいて、そこは知らない部屋だったが僕の部屋のようだった。意味がわからないがこれは夢だ。いずれにせよ僕は会社に遅刻していて、やはり電話をかけようとしていた。というところで目が覚めて、少しの間、何が現実かわからなかった。
現実の僕はちゃんと会社に行った。午前中から卵かけご飯を食べることにとらわれていて、夜、帰ってきてからご飯を炊いて、茶碗に盛り、卵を割り、醤油をさっとかけて、軽く混ぜてかきこんだ。おいしかった。おいしすぎて二杯食べた。同居人がウケていた。
「きみの一日の情報量少なくない? 今日の出来事といえば、『卵かけご飯が食べたくて食べた』くらいじゃない?」
といわれたが、たしかにそれくらいかもしれない。しかしそれだけでは悔しいので朝方の夢の話を引っ張り出してきた。同居人は僕よりよほど情報量の多い一日を送っていた。
7/31
今日も卵かけご飯を食べてしまった!