バナナ茶漬けの味

東京でバナナの研究をしています

二〇二三年四月の日記(自選)

 四月に書いた日記のなかからいい部分を自選してまとめます。日付は省いています。

 

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 すべてを白っぽく光らせたような〝四月〟すぎる天気だったため、病み上がりとはいえ外に出ざるをえない。同居人が病院や歯医者に行くのに合わせて外に出て、待っている間はドトールで『季節の記憶』を読み進めた。ほんとうの春というのは、べつに屋外にいなくとも、ドトールで本を読んでいるときにすらしっかり陽気を感じられるのですごい。やはりすべてが白っぽいのだと思う。昼には家に帰って今日からNetflixで配信の『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』を観た。大瀧詠一細野晴臣の曲に被さる形で流れるサイケな映像も、ときどき入るまるちゃんのモノローグもよかった。一時間半の尺にも関わらずクラスメートの永沢くんや藤木くんのなにげない会話も漏らさずに描かれており、なんだかそれらも作者のさくらももこの思い出が語り直されているようでよかった。『フェイブルマンズ』もだけど、何が描かれているか、というところに、作り手が何を描きたいのかが表れる。それは当たり前か。夕方から軽く焼き肉を食べに外に出て(僕たちお得意のカジュアル焼き肉)、そのあと六本木のTOHOシネマズで『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』を観た。なぜか一番大きな7番スクリーンでやっていた。ボウイを浴びた。かなりコラージュ的で、伝記映画というよりは塊をぶつけられた感覚に近かった。何をやっても様になる、様になってしまう孤高なひとの姿があった。

割れ茶碗

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 仕事終わりに先週予約した整体に行って、背中に謎の注射をしてもらい、肩こりが楽になった。謎の注射というのは謎の注射で、半年くらい前にも打ってもらったときにおそらくきちんと説明されたはずなのだけどあまり把握していない。たしか水のようなものを筋肉と骨の間かどこかに注入して、くっついてしまっている部分を剥がすことでこり固まった感覚が軽減される、というようなことだった気がするが、ぜんぜん違うかもしれない。今日は診察室に入った瞬間に、

「久しぶりですね。

 肩こりました?

 頭痛くなった?

 じゃあ打ちますんで背中出してね」

 と僕がうむをいう間もなく打たれた。打たれるとたしかに楽になるのでおそらくいいのだろうが、筋肉注射なので打たれている最中は痛くて、しかし「痛い」などという雰囲気でもないので歯を食いしばる。よくわかっていない注射を背中に六箇所も打たれ、しかも背中なので針が触れるまでどこに打たれるのかもわからず、打たれたところでそこが背中のどこらへんなのかもよくわからない。背中というのは身体のなかでわりと広い面積を誇っているくせに自分では見えないし感覚も掴みにくい。不毛の地である。羽でも生えていたらまた違ったのだろうが、いまはまだ生えていない。終わったあと同居人に整体で注射を打ってもらった旨を話したら、「それって整体?」といわれ、たしかに整体というと人力のマッサージのイメージがあるのでもっともな疑問だったが、これは簡単な話で、僕が今日行ったのは整形外科で、僕が整形外科のことを整体と呼んでいたのでイメージのずれが生じたのでございます。言葉は正しく使うべし、というお話でございました。

 

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 Black Country, New Roadのライブに行った! 最高。超特大花まる大優勝です。まずそもそも演奏がうまくて曲もよくて、それだけでも優勝なのですが、ほんとにすごいと思ったのは、メンバー六人全員がそれぞれ自律した創造性を持ち寄って演奏していること。全員が自分の持ち味を最大限に発揮することが、同時にバンドの一体感を強めているという奇跡。それはおそらく、世界中を回ってライブをしながら曲を完成させてきたこの一年近くの彼らのプロセスそのものでもある。バンドそのものが生きている、と強く感じさせる最高の一時間でした。こんなにすごいのに、まだまだ成長途中だと感じられるのもまたすごい。興奮冷めやりません。BCNR, Friends Forever…

 

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 同居人の誕生日なので仕事のあと海鮮居酒屋に行って、とりあえず刺身の盛り合わせととろたくと鶏の唐揚げを頼んだら、唐揚げのひとつひとつが想像のふた回りほど大きく、それで満腹となってしまい、他の刺身や焼き魚を注文することなく、一時間も経たずにお会計となった。教訓;唐揚げの大きさは店によって違う。〝とりあえず〟で注文するべからず。

 

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 朝、同居人がものすごいしかめっ面をして寝ていたので、無事かどうか訊ねたら、寝ながらも「嫌な夢見てる」とちゃんと答えてきて、そのまましかめっ面は継続した。「嫌な夢見てる」と答えているあいだもその嫌な夢は続いているのか、それとも着ぐるみから顔だけ出して深呼吸するような一時停止状態になっているのか気になるが、もちろん本人は「嫌な夢見てる」と答えたことも僕が無事かどうか訊ねたことも覚えていないのでわからない。

 昼、仕事。

 夜、友だちとジムに行く約束をしていたので会社を出てから区民センターに向かった。友だちは室内履きを持っていなくて、外履きを靴箱に入れるふりをしてそのまま履く、という悪ガキスタイルで乗り切ろうとしたが、係員のひとに見つかってしまい、室内履き持ってないならだめですね、とあえなく帰らされてしまった。「厳しいね…」とLINEして僕はひとりでトレーニングをした。今日はJames Blakeの"The Colour in Anything"を聴いた。僕は鍛えたくてトレーニングをしているというわけでもないので、毎回やめどきがわからない。マシンをひととおりパカパカやって、とりあえず一時間経ったので切り上げて帰った。帰ったら同居人がスター・ウォーズのエピソード3を観ていて僕も合流した。同居人は、オビ=ワンがメンターとしてよくなかったのではないか、コミュニケーション不足だったのではないか、と指摘し、「だいたいユアン・マクレガーってそんなに強そうじゃなくない?」ともいっていて、ユアン・マクレガーがかわいそうだった。

 

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 恐怖! 風呂上がりパンいち皿洗い男、爆誕! 暑くてついパンいちで皿洗いをしてしまいました。四月なのに……

 

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 大学のサークル同期の結婚パーティーに行き、何年も会っていなかった友だちにも会えて話したり、クイズにぜんぜん正解できず景品にかすりもしなかったり、デザートビュッフェを取りに立ち上がるタイミングがわからなかったり、そういう、結婚式の類いに参加するたびにやるやつをやった。そしてこれまた毎度のことであるが、会場中がめでたさに包まれていてよかった。めでたいことなんて何回あってもいいですからね。サークル仲間で固められたテーブルで、結婚した同期のアホエピソードを振り返ったりして「そんなあいつが結婚を……」とみんなで感慨に浸っているときに、ひとりが「でもこういうパーティーで久しぶりに集まって も、けっきょく近況報告が済んだら、あとは昔の思い出を擦り続けるしかないんだね」と斜に構えた発言で水を差し、しかしそれはそれで「おまえまじで変わんないな」と別の思い出話に繋がるのだった。思い出話といっても、大学を出てからまだ十年も経っておらず、きっとこれからも続いていく人生で、うまくいけばこれからも何回か集まるであろう仲間たちのなかで語り直されるそれらはまだまだ鮮度が高く、わりと細部まで思い出して笑うことができるが、これが十年後集まったときには半ば思い出せないようになっているはずで、そのときにどういうふうに笑い合うことができるのだろうか、となんとなく先のことに思いを馳せるには結婚パーティーという場はなかなかふさわしい気がした。春のやわらかな日の光も感傷に拍車をかけた。帰ってきてから選挙に行って、ソニックマニアの入金を済ませ、同居人とその友だちたちと会った。同居人の友だちたちも結婚するらしい。ひとつひとつの結婚は個別のものであるが、「も」といってしまう。

いかつ雲