はあ。疲れたね、なんか。
疲れたの? 疲れないよ。何にもしてないじゃん。
そうだな、疲れてないな、言われてみりゃ。
*
アンタさあ、どうすんの? 映画。
うーん? どうするって? 今からなんか観に行く?
違うよ、映画どうすんのって。撮るんでしょ、映画。
撮る? 撮んの? 僕。映画?
映画撮ることになったって言ってたじゃん! デ・ニーロと!
デ・ニーロ! デ・ニーロ?
デ・ニーロってったら一人しかいないじゃん。そのデ・ニーロだよ!
デ・ニーロが? 僕と? わかんないよ、なに?
言ってたじゃん! アンタの書いた脚本が採用されたって! 監督も任されたって!
え? で、主演がデ・ニーロなの?
そう。
え! そんなバカみたいな話なくない? 夢じゃん。ないよ。
そう、アタシもあり得ないと思ったよ、でも、アンタがいろいろ証拠って言ってさ、見せてきたんじゃん。なんか、書類とか、金とか。自慢してきたじゃん。
金?
札束持ってたじゃん。
え、現金なの? ふつうなくない? 知らないけど、ふつう口座振り込みじゃないの、そういう金って。
知らないよ。はあ、意味わかんない。自慢してきたじゃん。デ・ニーロと撮んだぜ、って。
そうだっけか。
そう。思い出しなよ。
*
そうだったな。思い出した。嫌すぎて忘れてた。
ほらー。どうすんの?
どうしよう。ヤバいんだよ、全然ノウハウがわかんない。何から始めればいいんだろう。
なんか誰かに聞けば?
誰に聞きゃいいかもわかんないよ。きみ、知ってる?
知らないよ、映画なんて観ないもん。
僕だってそんな観ないよ。はあ。
じゃあなんでアンタ監督任されたの。
デ・ニーロたっての希望なんだってよ。
へえ。意味わかんないじゃん。
ね。
なんでよ。
知らないよ。こわいよ。しかもさ、デ・ニーロさ、もう役作り、始めてんだって。
え! やるんだ、役作り。やっぱ。
しかも、三か月前から。もう。
三か月前? え、いつ?
今から、三か月前。から。映画化の話が出た直後から。
え、何の役なの?
僕。
は?
僕の自伝的な物語だから。
は? え? アンタ、そんな波乱万丈なアレなの?
違うよ、別に。ふつう。
ふつうなの? え、役作りしてんの? デ・ニーロ。
そう。
怖いじゃん。意味わかんない。
怖いよ。マジで。ふつうに過ごしてても、さ、ずっと誰かに見られてる気がすんだよ。
へえ!
だいたいデ・ニーロが僕の脚本を気に入ったわけがわかんないよ。マジでつまんないしさ、日本語だし。
英訳とかされてたんじゃない?
なことないよ。マジでつまんないもん。
マジでつまんないんだ。なるほど。
だからさ、わかんない。なんでですか、ってデ・ニーロに聞いても、ただ笑うだけなんだもん。
話すんだ? デ・ニーロと。
話すよ。ずっと僕の周りにいるんだもん。たまに鉢合わせてさ、挨拶してさ。
え、今もいる?
今はどうかな。年末だし、帰国してんじゃない? でさ、たまに鉢合わせて、なんでですか、って聞いても笑うだけなの。『マイ・インターン』んときみたいに。
あ、観た! あの謎の笑み!
そう。あれ。肩すくめちゃってさ。で僕、言うのよ、映画、ちょっとまだ撮れそうにないです、って。
なに、その言い方! どうしてやんわりなの? なんか、いずれは撮れる、みたいな。
しょうがないんだよ、怖いもん。
怖いか。怖いね。
怖い。
で、デ・ニーロ何て言うの? 映画まだ撮れません、って言ったら。
また謎の笑み浮かべんの。別にかまへん、みたいな。イッツオーライ、って言ってんの。
へえ! なんかもう。
ね。
その優しさが怖いじゃん。謎じゃん。
ね。もうここまで来たら断るなんてあり得ないからさ、たぶんいつかは撮らなくちゃいけないんだろうけど、なかなか無理。マジで嫌。
がんばってよ。貰ったお金もあんでしょ?
うん。だからやるしかないけど。
待っててもらうしかないね。
うん、役作りしててもらうしかない。まあいいや。
へえ?
なんかこの状況慣れてきたな。
へえ?
一生このままでもいいかもしれない。
ハハハ。