バナナ茶漬けの味

東京でバナナの研究をしています

『ひよっこ』について

 『ひよっこ』(http://www.nhk.or.jp/hiyokko/)、ねえ。良いですよねえ。最近の朝ドラじゃ一番じゃないかなと思うわけです。有村架純は作品に恵まれている感があるし、良い女優になってきた感もあります。

 さて、このドラマの良さについていくつか考えたので、今回は3つ発表します。

 

 まずひとつは、物語が進まないこと。

 このドラマ、もちろん細かい部分は常に動き続けているけれど、大筋としてはずっと「行方不明になったお父さん(沢村一樹)を探している」状態で止まっているんですよね。なんでそんなことになるか。それは、主人公・谷田部みね子(有村架純)が“待ち”のヒロインだからなのです。彼女は、お父さんを探すといっても、血眼になって東京中を捜索するわけではない。電柱にポスターを貼ったりもしない。「お父さん、どこにいますか」と心で問いかけながら、彼女は、東京の街で懸命に彼女自身の生活を送っているのです。

 この“待ち”の人物像が、物語全体のペースメーカーとなっていることは間違いありません。『ひよっこ』がどれくらい遅いか。去年の『べっぴんさん』と比較してみましょう。『べっぴんさん』では早くも4週目くらいにはヒロインは結婚して子供までいたのですが、『ひよっこ』においては、10週経過した今も、ヒロインのみね子にはまだカレシすらいないんですよね。遅い。

 物語が進まないことによって、周囲の人々とみね子とのコミュニケーションが密になる。話が大きく動かない分、会話が密に描かれることになるのです。『ひよっこ』においては、人々が輪になって語らうシーンが幾度も描かれます。奥茨城の谷田部家の居間において。乙女寮のあの夕日差す部屋において。すずふり亭裏のたまり場において。あかね荘の共同キッチンや漫画家の青年たちの部屋において。そこでは、ときに語り手が声を震わせながらそれぞれの物語を明かし、思いをぶつけ合います。みね子と時子(佐久間由衣)は悪口をぶつけ合い、ケンカし、最後には「あんたが好きだよ!」なんて怒鳴り合います。あかね荘の住人たちはお互いの悪口をあげつらい、みね子の「お互いのことよくご存じなんですね?」にハッとします。

 そして、ときに語り手は、声が割れるまで叫ぶ。腹の底から発声された叫びは、テレビの前の僕らのはらわたにまで届きます。トランジスタ工場閉鎖の時の豊子(藤野涼子)の閉じこもり事件、あの長ゼリフ、涙なしには見られませんでしたよね。先週の、宗男おじさん(峯田和伸)とみね子の叫びも!

 

 ふたつめは、ナレーション。

 『ひよっこ』においては、全く異なる2種類のナレーションが混在します。片方は、みね子によるお父さんへのパーソナルな語りかけ。作中の様々な場面で、彼女は「お父さん、」と語りかけます。「お父さん、どこにいるのですか」、「お父さん、みね子は東京で生きています」、「お父さん、この年の瀬に、私、失業者です」、「お父さん、みね子は東京に自分の部屋を借りました」、……娘から父への極めてパーソナルな報告が、テレビのこちら側の僕らと共有されます。それは切なく響く。いまここにいない人に向けての語りかけを、有村架純は目を潤ませ、けれどしっかり前を見つめて繰り返します。

 もう片方のナレーションは、マラソン解説などで活躍する増田明美による実況。彼女がこのドラマでやっていることは完全に実況であり、その視座は僕らと同じ現在=2017年に置かれています。「今とは全然違うんですねえ」、「おや、この青年、要注目ですね」、「あら! 今日は部屋の中だけで終わってしまいましたね」、「こういうおかしなおじさん、いましたよねえ」、「ビートルズ、大変な人気だったんですねえ」、……増田明美は絶妙なタイミングで物語の実況をし、感想を述べ、場合によっては解説を入れます。その視線は、僕らと同じくテレビのこちら側からの視線です。彼女は、僕らの代表的視聴者として、持ち前の明るいトーンで『ひよっこ』を彩るのです。

 この、パーソナルとコモン、切なさと陽気さ、対照的な2種類のナレーションが全く並列的に立ち現れるのが、『ひよっこ』の大きな魅力の一つなわけです。

 

 そしてみっつめ、生き生きとした暮らし。

 『ひよっこ』は時代設定が主に60年代以降なため、現在にも通じる戦後カルチャーがさまざま登場します。みね子たちは奥茨城で東京オリンピック聖火リレーを走り、上野駅は老若男女でごった返し、向島電機の乙女寮ではカレーやナポリタンを食べ、仲間たちと銭湯に出かけ、メロンソーダを飲み、爽やかな御曹司の慶應ボーイが登場し、薬局の前にはマスコット人形が置かれ、夜の赤坂には色とりどりのネオンが煌めき、やがてビートルズが来日します。そうした生き生きとした暮らしを、みね子は逐一お父さんに報告し、増田明美は今と繋げて僕らと共有するのです。そうして僕らは毎朝15分間だけ60年代を覗き見ることになります。それを、「古き良き時代」ではなく、この2017年と確実に陸続きになっている暮らしとして体感しているのは僕だけでしょうか。

 ああ、それに、そう、あの赤坂のセットが大変良いんですよねえ。

 

 以上です。今回発表した3つの他にも、有村架純をはじめとする演者それぞれの魅力、「東京」の描かれ方など注目ポイントはさまざまあるのですが、今回はこれでおしまい。もう寝ます。