日記(3月31日)

 …………そうこうするうちに3月31日になる。明日になったら新元号が発表される。平成から新元号へと切り替わるときより、むしろ今日のほうが平成最後の日だという感じがする。明日の昼前くらいに政府の誰かが白い紙を持って登場して、新しい元号はこれです、なんて言って掲げたところには

『卍』

 と書いてあって、うわ~ほんとかよ、とどうにか声をしぼり出したときにはすでに心のなかで平成は終わっている。残りの一か月は『卍』なんていう元号とこれからどう向き合っていこうかということで頭がいっぱいになって、卍元年か、や~さいあくだな~、とか言って騒いでいるうちにほんとうに平成最後の日になって、少しは感傷に浸ってみようとするかもしれないけれどやはり心はすでに卍で埋めつくされていて、あたふたしている間にもう卍へと突入してしまうのだと思う。卍は極端だが、しかしどんな元号であっても、それが発表されてからはもうそっちに意識が行っちゃうんじゃないかという気がする。だから、ほんとうは今日が平成最後の日。

 

 とは言ってみたものの、平成最後だからどうこうするということもなくて、僕にとっておそらくもっと重要なのは、今日が学生生活最後の日だということだ。おそらく、と付けたのは、あまり実感がないからで、どうして実感がないのかというとなんとなくぬるっと学生生活が終わろうとしているから。けっきょくたいした努力をすることなくぬるっと単位が揃ってしまったし、卒業式の日だって、忘れ物を取りに帰ったために全体の式には出られず、けっきょく学部の学位記授与式だけ出て、ぬるっと終わってしまったのだった。けっきょく学生時代にきちんとした努力をできなかったことや、全体の式に出られなかったことで、なんとなく、コンプレックスというほどではないにしろ、心残り、のようなものが生まれるかと思いきやそうでもなく、ぬるぬるしたまま学生じゃなくなってゆく。

 夕方、ピンク色に染まった遠くの雲を眺めているときに、今日が学生最後の日だということに気づいた。最後だからといって即席の感傷に浸るのもおかしな話だが、その夕暮れを家のなかで過ごすのもなんとなく嫌だったので外に出た。目黒駅のほうへ歩き、ここでふつうに日高屋とか食べたらおもしろいかな、と変なこころもちで日高屋に入る。バクダン炒め定食を食べながら、辛さも相まって寂しさのようなものが生まれてきてしまい、ああもしかしたらもう日高屋にも来ないかもしれないな、お会計680円です、これでお願いします、おつり20円です、ありがとうございますごちそうさまでした、しっかり大盛り無料券を受け取る。たぶんまた来る。そのまま高松湯という銭湯へ。平成ですらない昭和然とした銭湯。湯が熱すぎて笑ってしまった。笑ったまま帰宅し、このままだとけっきょくぬるぬるが取れないまま学生が終わってしまいますが、それもなんだかむずむずするので、今年に入ってここまでの3ヵ月で個人的によかったものをただ列挙することでなんとなくの締めとしたいと思います。ぬるぬる取れるかな。

 

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 今年に入ってからはそんなに映画を観ていなくて、その数少ないなかでも『バーニング 劇場版』と『サスペリア』と『ビール・ストリートの恋人たち』と『スパイダーマン:スパイダーバース』はおもしろかったです。あとは、きのう観た『運び屋』がほんとうにおもしろかった。話そのものももちろん素晴らしいのだけれど、もっと細かな部分の描かれるところと描かれないところ、その異様な編集のリズムに酔ってしまいました。今のところ、今年ベストかもしれません。劇場で観てないやつだと、以前日記で書いた『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』と、『ファニーとアレクサンデル』、『フェリーニのアマルコルド』(これも日記で書いたかな)、『赤ひげ』、『男と女』、『突然炎のごとく』がよかったです。

 

 音楽も正直そんなに聴けていないというか、これは映画もそうなのだけれど、そんなに気が向かないときはがんばって追いつこうとしなくてもいいなというこころもちになってきたので、たまに詳しい友だちと会っておすすめの音楽を仕入れ、あとはYouTubeのレコメンドに頼っているぐらいなのですが、しかしまあ柴田聡子はすばらしい! あとは、Toro y MoiとSolangeとYves JarvisとJames BlakeとHOMESHAKEとLittle Simzと毛玉とDeerhunterが好きです。BeirutやJulian Lynchを聴いて、多楽器インディーロックが流行るんじゃないかとも思ったのですが、そうでもないかもしれません。好きですが。あとは、友だちがついこの前教えてくれたVoVoとさとうもかが気になっています。Billie Eilishはまだそんなにハマっていません。MVはすごくかっこいいと思いますけど。

 今年今のところ一番かっこいい曲、Theophilus Londonの“Whiplash (feat. Tame Impala)”だと思っています。というかTame Impalaがかっこいい。この前出した新曲もよかった。

 

 今年はけっこう本を読んでいる気がします。あいかわらず小説ばかり読んでいます。去年から好きな多和田葉子は『飛魂』と『献灯使』を読んで、特に『飛魂』には文字に対する意識そのものを変えさせられました。「虎」という字の下半分の二本の線が伸びてそれぞれ臀部の穴と出産の穴に入ってくる描写とか、すごすぎる。あとは、朝吹真理子の『きことわ』と『流跡』が個人的にはすごく衝撃的で、漢字とひらがなのバランスとかももちろんなのだけれど、記憶も時間も感覚もあいまいに溶け合い、文字がひとりでに増えていくかのような描写のすばらしさに震えました。滝口悠生の『死んでいない者』の、地面すれすれをぬるぬる動き回って人も時間も自在に行き来する視点や、今村夏子の『こちらあみ子』の、すべてが主観で語られることの恐ろしさにも震えました。山下澄人の『鳥の会議』・『しんせかい』もべらぼうによかった。どういう書き方なのかがまだきちんと解明できていないのですが、遠いところへ連れていってくれる。『鳥の会議』は単純に青春小説としても最高でした。町屋良平の『青が破れる』もなんとなく似たような意味で好きでした。

 描写のありかたや文体が独特で、しかもそれが内容自体と相互に作用しあっており、ひとりよがりになっていないような小説に惹かれてしまいます。

 あとは、古井由吉『杏子・妻隠』、メルヴィル『ビリー・バッド』、ミランダ・ジュライ『最初の悪い男』、ミシェル・ウエルベック服従』、伊藤計劃虐殺器官』、アゴタ・クリストフ悪童日記』、東浩紀『弱いつながり』・『ゲンロン0』、舞城王太郎『短編五芒星』、村上春樹柴田元幸『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』、阿部和重ニッポニアニッポン』、本谷有希子異類婚姻譚』、穂村弘『絶叫委員会』がおもしろかったです。

 漫画ではpanpanyaさんの諸作と『凪のお暇』が好きでした。

 

 展覧会はあいかわらずそんなに行っていないのですが、東京都美術館でやっていた「奇想の系譜」展と森アーツでやっていた「新・北斎」展を見て日本美術すげえんじゃね?という気持ちになりました。これからは根津美術館などにも通います。あとは、恵比寿でやっていた「恵比寿映像祭」がよかったです。特に三宅唱監督のインスタレーション展示「ワールドツアー」。

 

 あとは、友だちたちと個人的な集まりをやったのがけっこう楽しかったです。自分たちでささやかな卒業文集を作ってみたり、焚き火をしてみたり。

 

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 ぬるぬるちょっと取れたかもしれません。おやすみなさい。