バナ男の人生

 へえ、ご実家、バナナ園なんですか! すごい! 彼に出会った人はみな感嘆した。すごい! すっげえ! 大したもんだ! マジっすか! ヤバいっすね! へえ! ほお! グルーヴィ! 表現は様々だったけれど、みな一様に大きな声を上げ、身を乗り出した。日本に暮らしているなかで耳馴染みのない「バナナ園」というフレーズ、その得体の知れなさに興奮した。ほとんどの人にとって、バナナ園の息子と出会うのは彼が初めてだった。正確に言うと、ほとんど、ではなく、すべての人。彼がこれまで出会ったすべての人が、彼のほかにバナナ園の息子を知らなかった。売れない作家や絵が描けなくなった画家や30秒より長い曲を書かない音楽家のことは知っていても、バナナ園の息子は知らなかった。中南米の小さな国の大統領や、一年に一回宝くじを当てて暮らしている慎ましい超能力者や、スーパーマーケットのレジ打ちが日本で一番速いおじいさんのことは知っていても、バナナ園の息子は知らなかった。人々は身を乗り出し、目の前に座っている人当たりのよさそうな男が語り始めるのを待った。なにせ相手はバナナ園の息子だ、これまで聞いたことのないような類の人生を送ってきたに違いない、と人々は胸を躍らせた。

 しかしバナナ園の息子はその期待に応えられない。

 彼の実家のバナナ園は千葉県にあった。かなり大きなバナナ園だった。彼は両親が30代の終わりに差し掛かった頃に生んだ一人息子だった。幼い頃から、バナナの木と木の間を駆けずり回って遊んだ。もちろん食卓には毎朝バナナが並んだ。素バナナ。バナナ入りヨーグルト。バナナシェーク。バナナチップス。マッシュバナナ。また、母の創作バナナ料理を試食させられるのも彼の役回りだった。バナナパスタ。バナナ鍋。バナナの肉詰め。クレイジーバナナ。しかし、彼は多くの寓話の主人公とは異なり、実家で育てているものを嫌いにならなかった。彼の好物はカレーライスとバナナだった(が、母の作ったカレーバナナとバナナカレーはどうもいけなかった、と彼はのちに僕に語った)。バナナをかじり、サッカーとゲームボーイをやり、少年ジャンプを回し読みし、そしてバナナをかじって彼は育った。小学校5年のときから彼のあだ名は「バナ男」になった。バナ男はいつもバナナを持っていた。バナ男は明るく朗らかで歯のきれいな少年だった。バナ男の両親は、息子がバナナのせいで虫歯を作ったり、過度に贅肉をつけたりすることを良しとせず、きちんと育ってくれることを願い、ゆくゆくはバナナ園を継いでくれれば嬉しいと考えていた。そこでバナ男は中学受験をし、都内の中高一貫の男子校に入学する。小学校の友だちとは別れることとなったが、たまたま、彼は中学校でも「バナ男」になった。よく覚えていないけれど、自分でそう名乗ったのかもしれないし、周りの誰かが勝手に付けたのかもしれない。バナ男はサッカー部に入り、中学3年生のときにやめ、そのまま大きな抑揚のない思春期を過ごす。彼はバナナが下品な喩えに使われるのを嫌がった。教師の悪口や最近のロックの話やおっぱいの話で友だちと盛り上がるのも面白かったけれど、一方で、ひとりで映画を観に行ったり、でかい本屋をうろうろしたり、ちょっと背伸びをして種々の展覧会を覗き込んだりすることにひそかな楽しみを見出すようになった。実家のバナナ園がそのときまだとても大きかったので、彼はお小遣いをそれなりに貰っていて、ひとりであちらこちらを探索してみるのに不自由しなかった。学校が休みであっても、小さい頃のようにバナナ園の手伝いはせず、池袋まで出てきてジュンク堂を下から上まで這いずり回り、サンシャイン通りをおろおろ歩き、新文芸坐に2本立てを観に行き、うとうとして帰った。あるいは友だちと昼前に集まり、路上のあれこれにいちいち声を上げて笑いながら散歩をし、サイゼリヤミラノ風ドリアを食べ、カラオケでスピッツを歌って帰った。バナナは相変わらず好きだったし、バナナ園の向こうに沈む夕日の美しさに胸を詰まらせることもしょっちゅうだったけれど、自分がバナナ園を継いでいる姿はあまりイメージできなかった。イメージできないまま、やがてバナ男は国立大学の法学部へ進んだ。大学生になってからも当然「バナ男」だ。バナ男は文芸サークルに属し、そこではじめて恋人ができた。カールがかったショートヘアの女の子で、バナ男と同じようにビートルズのアルバムだと『ラバー・ソウル』が一番お気に入りで、そして、無類のバナナ好きだった。気恥ずかしいので両親には内緒で、バナ男は彼女を実家のバナナ園に連れていき、甘い映画のワンシーンのように木々の間でかくれんぼをしてはしゃぎ、これじゃ甘い映画のワンシーンみたいだね、と笑いあった。しかしその後の二人は甘い映画のようにはいかなかった。バナ男にとっての最良の日々は終わり、冬が来て、春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ、また冬が来て、いつしか彼は大学を卒業しようとしていた。彼は両親にバナナ園を継がない旨を告げる。作家になりたいんだ。そうか、何年かやってみて、駄目そうだったら戻ってきなさい。さすが、巨大なバナナ園を治めてきただけあって、バナ男の両親は寛大だった。バナ男は田端に小さな部屋を借り、小さな出版社でバイトをしながら、小さな短編を書き続けた。やがて同じ作家志望の若者たちとも交流するようになり、互いの文章を見せ合い、褒めるべき箇所は褒め、苦々しい箇所に対しては曖昧な笑みを浮かべた。バナ男の短編のたいていは、矮小化された人と人とのすれ違いを三人称で描いたものだった。愛し合う男女がやがて別々の道を辿ったり、仲良しだった二人がいつの間にか互いに気づかない振りをするようになったり、互いを知らない男女が結局最後まで知り合うことなく終わったりするような。あまり出来がいいとは言えない。いくつかの小さな文学賞に応募したが、選考を通過する気配はなかった。バナ男の短編を、光るものがあると思う、と評してくれた友人はどこかの新人賞を受賞して遠くへ行ってしまった。それとは別の何人かの友人はいつしかいなくなってしまった。バナ男の両親はときおり息子の田端の小さな部屋を訪れたが、訪れるたび、目に見えて白髪が増えていくようだった。最近、バナナ園はどうなの? 息子は父に訊ねた。それがなあ、バナナ園、そのうち閉めなくちゃいけなくなるかもしれん。そうなの。すまんな。いや、こっちこそごめんなさい。バナ男は27歳になっていた。バイトをしていた小さな出版社でそのまま社員として働くことになった。仕事上、いろいろな人と話をすることになる。彼と出会った人はみな彼の話を聞きたがる。へえ、ご実家、バナナ園なんですか! すごい! 人々は身を乗り出して彼が話し始めるのを待つ。彼は期待に応えられない。彼は少しおどけてこう言う、「あ~、いや、そのテンションで来られると困っちゃうんですけどねえ~」