にしざわの日記

どうしろと…

僕らとバナナ

 我々の日常とバナナとの不思議な関係を巡るいくつかの語り。

 

 

木曜日のこと

 ホームで吉祥寺行きの電車を待っているときナオコから電話がかかってきた。アケミさ、今度の日曜って空いてる? アタシとユミとエリカちゃんでバナナ祭りに行こうと思ってるんだけど来る?

 ごめんナオコちゃん、日曜は空いてないや、とわたしは応えた。

 あ、そう、残念。また今度ね。

 うん、また今度。ナオコの方で通話を切るのを待ってから、わたしはスマホを耳からそっと離した。バナナ祭りがどんなものだかさっぱり見当もつかないけれど、そんなもののために貴重な日曜日を無駄にするわけにはいかない。

 

 

バナナと冗談

 バナナ使ってギャグやれって? そんなのできるわけないだろ。ないよ。ない。そんなニヤニヤして見られても何も出ないよ。ほんとうに何も思い浮かばないって。だってバナナだぜ? 無理だよ。絶対スベるって。ほら。

 

 

都市とバナナ

 すぐそこの交差点の僕らのオフィスビルがある側に、バナナ売りの屋台が来たことがあった。屋台はある朝忽然と現れ、交差点を拠点に定めたようだった。屋台は僕らが出勤する頃には既に交差点にいて、昼三時を回る頃にどこかへと姿を消した。こぢんまりとしていながらも、木張りの側面から、四つの車輪から、奇妙なくらい大きな看板、一枚布の日除けに至るまで、あらゆるパーツが真っ黄色に塗られた屋台の手押し車は、色彩の面でも、質量の面でも、この銀色で巨大なオフィス街において異質な存在となった。それに、匂いの面でも。見たところ、屋台はおよそ一万本ものバナナを搭載しているようだった。一本のバナナが放つ匂いは甘くトロピカルなものだが、一万本ともなるとそれは甘さやトロピカルさとはかけ離れたものになる。それは、ある種の圧力だった。一万本のバナナの放つ抗いようのない圧力が辺り一帯の空気構造を一変させ、オフィスビルの三階の高さまで薄緑の生暖かい靄がかかった。交差点を横切るだけで僕らのワイシャツは甘酸っぱい汗でびっしょり濡れた。すっかりのぼせ上がり、信号の青も赤も黄も、すべて平板な黄色に見えた。それだけ周囲に影響を及ぼしているにも関わらず、屋台は客引き文句を一切口にせず、ただ交差点の脇に構えていた。メニューもただバナナだけのようだった。チョコもかかっていなければ、焼かれても、ミキサーにかけられてもいない一万本のバナナが、こぢんまりとした手押し車の中に整然と並べられ、無表情で狭い空を仰いでいた。その交差点を利用する誰しもが、忽然と出現したバナナ売りの屋台とその一万本のバナナに気を取られたが、みな遠目に眺めるばかりで買う者はいなかった。しかし屋台は二日、三日と続けて出現し、オフィス街に一万本のバナナの圧力を振り撒いて僕らを攪乱した。三日目、バナナ好きを自認する僕らの同僚の一人が、真っ黄色のその屋台でバナナを一本購入した。おそらく彼は三日間を通じてはじめての客だった。すさまじく美味しいバナナだったぞ、しっとりとした口どけ、ものすごく強烈で、しかし度が過ぎるということもないような、身体中にゆっくり染み渡る甘さ、すべて飲み込んでしまってからも限りない多幸感が俺を包み込み、まるで大いなる母の腕に抱かれているようだった、と彼は鼻息荒く語った。それに見た目の美しさもこの上なかった、表皮の明るいイエローの発色も、内側の外光を柔らかく吸収する静謐な薄黄色も、一切あらのない滑らかな曲線美も、その反り具合も、俺が社会人になってから目にしたものの中でずば抜けて美しかった、と彼は恍惚の内に語った。へえ、それじゃあそのうち食べてみようかな、と僕らは口々に応えた。屋台はその後も毎日出現した。どういう仕掛けになっているのか、一万本のバナナは日が経っても完璧な美しさを保って積み上げられていた。毎日新しく入荷しているらしい。謎の粉を散布しているのでまったく腐りも痛みもしないらしい。そもそもあれは特殊なバナナらしい。様々な説が囁かれた。営業部一の美人で知られるスミノさんは毎日バナナを購入しているらしい。うちの部長は病弱な息子のために百本も買って帰ったらしい。あのバナナをマッシュして股間に塗るとあちらの具合が良くなるらしい。様々な噂が飛び交った。僕らは昼休みの廊下で互いの噂話を更新し、私見を交換し合い、そして毎回、そのうち買ってみたいよなあ、と締めくくって仕事に戻っていたのであった。ところがしばらく経つと、僕らの中で屋台の話題は徐々に下火になっていき、それぞれが思い思いに唱えていた説や噂はすっかり鳴りをひそめた。昼休みの廊下での議題はプロ野球や週末公開の映画やスーパー銭湯のことに戻っていった。奇妙なことだが、僕らは、交差点の脇に真っ黄色の屋台があり、辺り一帯に薄緑色の靄がかかり、交差点を横切るたびに汗だくになり、信号の色が見分けられないという状況に慣れつつあったのだ。バナナに興味がなくなったわけではない。是非とも食べてみたいと思っていたし、二十本くらい買って帰ってもいいとすら思っていた。そう、口には出さなかったが、誰もが思っていたに違いない。しかし、いつでも買えるだろうという判断が裏目に出たのだろうか、それとも屋台があまりに日常に溶け込みすぎたせいだろうか、僕らがバナナを購入することはついになかった。屋台のはじめての出現からちょうど一か月経った朝、交差点から屋台の姿が消えていた。あくる日も、またその次の日も屋台はなかった。生暖かい靄はきれいさっぱり晴れ、オフィスビルはふたたび銀色に輝きはじめ、空気は秋らしい風通しの良さを取り戻し、交差点に色彩がよみがえった。真っ黄色の屋台と一万本の美しいバナナはどこかへ移動してしまったようだった。どこか別のオフィス街へ、どこか別の都市へ。

 

 

かなしい話

 かなしい話、ですか。最近だとあれかなあ、久しぶりに会った昔の友だちがバナナダイエットにドはまりしてたのが一番かなしかったかなあ。あんな甘いもの食べて痩せるわけがないじゃないですか。なんでわからないかなあ。むかし、すごく仲良かった子なんですよ、磁石のエヌ極とエス極みたいに、映画でも音楽でも本でも、なんでも話が合ったのに、バナナになんてはまっちゃって。アンタも試してみれば、なんて言ってくるんですよ。それも、ものすごい熱烈におすすめしてくるって感じじゃなくて、気になるならやってみれば、みたいな素っ気ない調子で言ってくるの。ちょうど、高校のとき私にブラーの曲を教えてくれたみたいに。カート・ヴォネガットの本を貸してくれたみたいに。北野武の映画に連れて行ってくれたみたいに。素っ気なく。そういうところは変わってないんだなってなんだかおかしかった、けど、でも同時に、なんだかすごく遠いところに行っちゃったみたい。バナナだなんて。

 

 

バナナフットボール

 僕をドラフトで獲得した年のロサンジェルスラムズは、ひどく短いシーズンを過ごすこととなった。ラムズのみならず、ナショナル・フットボール・リーグ全体がシーズンを早々に中断することを決めた。それは、試合でバナナが用いられた最初で最後の年でもあった。その年、全世界でバナナが異常繁殖して生態系が大幅に崩れ、ナショナル・フットボール・リーグの大本営はチャリティの一環として、開幕戦から全試合、試合球としてバナナを用いることを発表したのだ。《試合球はすべてバナナ、長さや太さや反り具合や熟し具合に関わらず、審判団から見てバナナであると判断可能であるものであれば良しとする、また、プレー中、使用しているバナナが破損した場合は、ただちに別のバナナを用意する、ただし、破損したバナナは緊急時を除いてフィールド内に放置し、試合後にまとめて回収する。》大本営の発表した新ルールに基づいてロサンジェルスラムズ対サンフランシスコ・フォーティーナイナーズの開幕戦は行われ、僕は先発タイトエンドとして出場した。ラムズのオフェンスから始まった第一クォーターの最初のプレー、クォーターバックが僕に向かって放ったパスはフォーティーナイナーズのラインバッカ―にはじき落され、僕もラインバッカーもそのバナナに足を滑らせた。僕は両膝を開放骨折し、プロフットボールプレーヤーとしての短いキャリアを終えた。フォーティーナイナーズのラインバッカーは転んだ時に片肺をぺしゃんこに潰してしまったらしかった。その後もほぼ毎プレーごとにバナナは破損し、それに足を滑らせたプレーヤーたちが次から次へと怪我を負い、第一クォーターの終わり頃、ラムズ、フォーティーナイナーズ同時に棄権を申し出た。もうサイドラインにも誰も残っていなかった。フィールドはバナナだったものとプロテイン混じりの血で埋め尽くされていた。両チーム合わせて五十人の選手が引退を余儀なくさせられた。試合中に破損したバナナは約一万本、五台のトラックによってスタジアム外に運び出され、処理場を求めてロサンジェルスの街を駆けずり回った。その後一週間、街はぐちゃぐちゃになった大量のバナナのすえた腐臭に悩まされることとなった。ラムズ対フォーティーナイナーズの試合のみがこのような有様だったわけではない。全米中で同時に開始していたその他の試合も暗澹たる結果に終わった。各試合で、バナナのイエローと血のレッドと人工芝のグリーンがフィールド内に幻想的な模様を描き出した。フィラデルフィア・イーグルスニューヨーク・ジャイアンツの試合でも、タンパベイ・バッカニアーズミネソタ・バイキングスの試合でも、アトランタ・ファルコンズデトロイト・ライオンズの試合でも、フィールドにジャクソン・ポロックの作品が出現した。雪崩のごとく病院に担ぎ込まれていく選手たちはみなパブロ・ピカソの作品のように歪んでしまっていた。事態を重く見たナショナル・フットボール・リーグ大本営は、その年のシーズンの中断と非バナナ宣言を発表した。《我々はリーグからバナナを永久追放する。》でも、時すでに遅し。僕は自分のプロフットボールプレーヤーとしてのキャリアがバナナのせいで終わってしまったのがとても悲しいのです。

 

 

バナナ食べる?

 え、バナナあるの? じゃあいただこうかな。え、ないの? じゃあいいよ。そりゃ、あったら食べたいけど、なかったら食べないよ。