にしざわの日記

どうしろと…

あこがれ

 小学校に入り、学年が上がっていくにつれて、だんだん身の回りのあれこれが見えるようになってきた僕は、自分の住む町に少しネガティブな感情を抱きはじめた。もしかしたら自分の住むこの町は、この世界においても第一線級につまらない場所なんじゃないか。なぜって、高くてガラス張りのビルがないから。

 当時の僕は、幼心に「未来都市」への憧れを抱いていた。ガラス張りのビルが建っていて少し開けた場所はすべからく「未来都市」だった。自分の住んでいる第一線級につまらない場所を脱出し、ガラス張りのビルが建っていて少し開けた場所に行くたびに、僕は「未来都市だ!」と叫んでいた。未来都市だ! ビルがある! 人がいっぱいいる! ……ところが地元に帰るとどうだ、ビルなんて360度どこを向いても見つかりゃしない。

 

 そうした「未来都市」への微熱のような憧れとは別に、僕には「田舎」への、……何と言えばいいのだろう、そうだ、あれも憧れかもしれない。広大な田んぼの中にまばらに存在する家々。鉛筆でスッと引いたようなあぜ道をすれ違うどこかのお婆さんと僕。自転車の前かごから突き出した虫網に自分から止まりに来る赤とんぼ。昼寝から目覚め姿を変える白い雲。どこからか来て、どこかへと去っていく一両列車。僕は、裏山にある小さな社の石段に腰かけ、木漏れ日に手のひらを翳す。揺れる葉を見ているとどうしても眠くなる。まどろみから醒めると林の中はすでにひんやりしている。ミンミンゼミやアブラゼミの声がやみ、ヒグラシやコオロギが鳴き始める。僕は裏山を駆け降りる。西日に照らされる家々は映画館のスクリーンの前の観客のようだ。やがて太陽が山の向こうに隠れる。どこかで赤ん坊が泣いている。ふきのとうの煮物のにおいがする。

 ……これらは使い古されたイメージばかりだけれど、良くないですか? 当時の僕は、(あるいはもしかしたら今でも、)そういう「田舎」の心象風景にノスタルジックな憧れを持っていたのだ。そして、僕にとって、そういう「田舎」はなぜだかいつも山村だった。単純に海に馴染みがなかったからかもしれないし、もしくは、僕はもしかしたら山派なのかもしれない。とにかく、僕は自分の住んでいる第一線級につまらない場所を抜け出し、東京に背を向け、「田舎」で暮らすことをぼんやりと夢見ていた。

 

 「未来都市」と「田舎」だと後者の方がタチが悪い。なぜなら僕の住んでいた“第一線級につまらない場所”が既に田舎だったからだ。僕の住む家からちょっと歩けばもう田んぼだったし、その傍にはちょっぴり汚い沼があったし、夜11時にもなるとセブンイレブンと街灯以外に明かりがなかった。しかし、この程度では僕の憧れていた「田舎」には程遠かった。僕の住んでいる田舎は中途半端だった。ほんとうの「田舎」には街灯もセブンイレブンもない。代わりに、満天の星空がある。巨大な月が輝いている。もしかしたら、ホタルだって飛んでいるかもしれない。あーあ、ほんとうの「田舎」はいいなあ。

 ……タチが悪いでしょう?

 

 こういう、「田舎」へのタチの悪い憧れと、「未来都市」への微熱じみた憧れの両方を持っていたあの頃の僕がどうしていたかというと…………、毎日おとなしく家に帰っていた。何の行動を起こすこともしなかった。巨大なビル群のある街へ繰り出すこともなかったし、なだらかな山々に囲まれたあの山村を探し求め旅に出ることもなかった。つまらないなあと思いながら下校し、つまらないなあと思いながら就寝し、つまらないなあと思いながら次の朝を迎えていた。自分から行動を起こすのはちょっと怖かったし、面倒だった、のかもしれない。僕の側からどうにかするのではなく、もっと何か巨大な、謎の力が働いて、この町が刺激的な場所に変わるのを待っていた。

 

 

 そんなあの頃の僕に教えてあげたい。いま、きみの住む町はバナナ園になってしまっているよ、と。見渡す限りのバナナ。駅前も、一丁目も二丁目も三丁目もバナナだ。かつて田んぼや沼だったところもバナナに覆いつくされてしまった。人もすっかりいなくなってしまった。駅前にあった、あのみょうちきりんな中華料理屋も崩れ去ってしまったし、セブンイレブンも街灯もなくなってしまった。街の明かりと呼べそうなものはおおよそすべて消えてしまった。かといって、満天の星空があるわけでもない。異常成長したバナナが視界を遮っているからだ。

 僕は町に残った唯一の人間です。いま、僕は、唯一バナナの手を逃れている自分の部屋からこの文章を書いています。誰か助けてください。欲は言いません。せめて、あの頃の“第一線級につまらない場所”に戻してください…………