にしざわの日記

オレの夏…

納涼について

 

暑い!

 あーあ。今年も失敗しました。今年もまた、僕らは、夏を僕らのものにすることができませんでした。今年もまた、浴衣姿で汗ばむあの子や、ぬるくなったサイダーや、ほかに誰も乗っていない電車の窓から見上げる入道雲を、僕らは掴み損ねてしまいました。そうやって僕らの手を逃れた夏は、いまやひとりでに暑さを増していくモンスター! ノスタルジックでもエモーショナルでもなんでもない。ただただ暑い。このままどれくらい暑くなってしまうんだろう? 38? 39? 40?

 ……50?

 

納涼すること

 50度にまで上がったらさすがにしんどい。やっぱりせめて37度。37度までだったらなんとか涼しくできる、気がします。だって僕らはさまざまな納涼術を知っています。なにしろ、「納涼」でググったら約7960000件、「夏 ライフハック」でググったら約1770000件ヒットする時代です。僕自身は納涼にそんなガツガツ取り組むわけではないけれど、それでも身の回りで労せずできることはやっているつもりです。臆面もなくハーパンを履くし、炭酸水をガブガブ飲んでグワグワげっぷするし、涼しげな游ゴシック体を使います。

 

 納涼術は、ほんとうに暮らしの隅から隅まで張り巡らされている上に、時代ごとの変遷というのもかなりあるようです。たとえば「アスファルトの上でいかに涼しく過ごすか」というテーマに関して詳しく見てみましょう。

 古くから「水を撒いてみる」という唯一無二のソリューションが他を圧倒してきたこの分野ですが、1960年代末からカルト的人気を誇ったのが「逆に裸足で歩いてみる」というもの。これは実際にやってみなくてもわかるのだけど、納涼でもなんでもなくて、ふつうに暑いし痛い。カウンターカルチャーでしょうか、時代を感じさせますよね。それから、80年代に台頭したのが、「いい感じに写真に収めてみる」。ファッション雑誌・カルチャー雑誌ブームの頃でしょうか。夏場のアスファルトの上の空気ってどことなく揺らぎがあって、それをカメラで捉えられたら、あれ不思議と涼しい! というわけですね。僕、これは結構好きだな。もちろんそんな写真くらいで涼しくなるわけはないのだけれど、なんとなくそんな気がする、ってやつ。言語化できない《なんとなく》を大事にしたい。

 はい、そしてバブルに突入すると「とにかく金で解決する」風潮が出てきますね。アスファルトが暑いんだったらそこら辺の土地一帯全部買い占めちゃえばいいじゃない、という力技です。でもこれ、さっきの写真どころじゃない。これこそ、ほんとうに何の解決にもなっていないんです。そういう支離滅裂・荒唐無稽をすんなり受容する空気があった。それがバブルだったんですね。しかし、それもはじけてしまう。そうすると人々とアスファルトの関係も停滞します。90年代の、特に後半は、「何もしない」期でした。

 ノストラダムスの大予言が外れ、無事に2000年代に入ると、様々な分野で原点回帰が叫ばれます。ほら、世界は滅びなかったじゃないか、俺たちまたゼロから始めようじゃないの、と。アスファルト納涼術も例に漏れません。長い混迷を経て人々がたどり着いたのは、原点、「水を撒いてみる」でした。そうして現在に至るまでアスファルトには水が撒かれ続けているわけです。

 人々はアスファルトの上でいかに涼しく過ごしてきたのか。そこには、時代時代のカルチャーを反映したダイナミックな変遷があったんですねえ。

 

 あったんですねえ(感慨)、じゃなくて、僕がしたかったのは、納涼とカルチャーは深く結びついている、という話でした。カルチャーあるところに納涼あり。カルチャー変われば納涼も変わる。さっき「納涼術は、ほんとうに暮らしの隅から隅まで張り巡らされている」と言ったのはそういうことです。逆に言うと、カルチャーや暮らしの外に納涼は存在しない。

 カルチャーや暮らしの外?

 

トイレ!

 カルチャーや暮らしの外?

 トイレ! うんこ!

 トイレという空間や、うんこをするという営為自体が、ふだんカルチャーや暮らしの文脈で語られることはほぼありません。乃木坂46も、『風の歌を聴け』の「僕」も、ブラピも、ダフト・パンクもうんこしないんです。「うんこ」というワードこそキャッチーでポップってことである程度の社会的地位を得てはいるけれど、それは記号としてのうんこに過ぎません。「うんこ! うんこ!」とはしゃぐ小学生は、実際にうんこをすること=うんこingのことを思い浮かべているわけではないのです。そして当然、うんこingの場としてのトイレのことを口に出す人もいません。ふだん僕らが生活する中で、トイレの話は禁忌です。

 では、用を足す空間について話すことは、絶えず禁忌だったのかしら。いや、そういうわけではない。かつて、谷崎潤一郎は日本の「厠」を礼賛しました。

 

「……茶の間もいゝにはいゝけれども、日本の厠は実に精神が安まるように出来ている。それらは必ず母屋から離れて、青葉の匂や苔の匂のして来るような植え込みの蔭に設けてあり、廊下を伝わって行くのであるが、そのうすぐらい光線の中にうずくまって、ほんのり明るい障子の反射を受けながら瞑想に耽り、または窓外の庭のけしきを眺める気持は、何とも云えない。漱石先生は毎朝便通に行かれることを一つの楽しみに数えられ、それは寧ろ生理的快感であると云われたそうだが、その快感を味わう上にも、閑寂な壁と、清楚な木目に囲まれて、眼に青空や青葉の色を見ることの出来る日本の厠ほど、恰好な場所はあるまい。そうしてそれには、繰り返して云うが、或る程度の薄暗さと、徹底的に清潔であることと、蚊の呻うなりさえ耳につくような静かさとが、必須の条件なのである。私はそう云う厠にあって、しと/\と降る雨の音を聴くのを好む。殊に関東の厠には、床に細長い掃き出し窓がついているので、軒端や木の葉からしたゝり落ちる点滴が、石燈籠の根を洗い飛び石の苔を湿おしつゝ土に沁み入るしめやかな音を、ひとしお身に近く聴くことが出来る。まことに厠は虫の音によく、鳥の声によく、月夜にもまたふさわしく、四季おり/\の物のあわれを味わうのに最も適した場所であって、恐らく古来の俳人は此処から無数の題材を得ているであろう。されば日本の建築の中で、一番風流に出来ているのは厠であるとも云えなくはない。総べてのものを詩化してしまう我等の祖先は、住宅中で何処よりも不潔であるべき場所を、却って、雅致のある場所に変え、花鳥風月と結び付けて、なつかしい連想の中へ包むようにした。これを西洋人が頭から不浄扱いにし、公衆の前で口にすることをさえ忌むのに比べれば、我等の方が遙かに賢明であり、真に風雅の骨髄を得ている。……」(谷崎潤一郎『陰翳礼讃』より抜粋)

 

 涼しげ。

 谷崎さんは「厠」を、日本家屋や漆器や筆や紙や羊羹といったものとまったく同列に、日本の美として語りました。そのとき「厠」は確実にカルチャーや暮らしの内部に位置していたのです。

 でも、残念ながら、谷崎さんのおっしゃる「厠」は今や絶滅危惧種です。大抵は西洋式の「トイレ」に取って代わられ、「頭から不浄扱いにし、公衆の前で口にすることをさえ忌む」対象となってしまいました。

 しまいました、なんて言うと現代のトイレをずいぶん非難しているように聞こえてしまいますね。いやいや、トイレも悪くはないんです。たとえば、現代に生きる僕らの身体にとっては、和式便所にかがみこむよりは、洋式便所にちょこんと腰かける方が、はるかに用は足しやすい。問題は暑さです。(谷崎さんの美文を読む限り)一年中涼しげな厠と違って、夏場のトイレはほんとうに暑い。汗がだらだらだらだら。でも、その暑さはいかんともしがたい。トイレに関しての納涼術は聞いたことがありません。かといってふつうの納涼術をトイレに応用するのもなんともしっくりこない。試しにトイレに風鈴を吊るしてみましょう。フンッと踏ん張ると、カランと鳴る。涼しくも何ともなりません。

 トイレという空間やうんこをするという営為は、どうもやっぱり納涼とは結び付けられないみたいなのです。なぜなら、それらは今や、カルチャーや暮らしの外に位置してしまっているから。

 

 僕らは夏場のトイレの暑さを我慢するしかないみたいです。音楽でも聴きながら。

 

 プレイリスト

(↑ これで全曲30秒ずつ視聴できるみたいです)

https://itunes.apple.com/jp/playlist/%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%82%B3%E3%83%B3%E5%86%B7%E3%81%88%E3%81%97%E3%81%9F%E8%85%B9%E3%82%92%E6%8A%B1%E3%81%88%E3%81%A6%E3%83%88%E3%82%A4%E3%83%AC%E3%81%AB%E3%81%93%E3%82%82%E3%82%8B/idpl.7a70d47586df4fdf805a74a2fcdc1c93

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「エアコン冷えした腹を抱えてトイレにこもる」

  1. Fire Trail / Antonio Sanchez
  2. Robot Rock / Daft Punk
  3. ささやき / ミツメ
  4. Loomer / My Bloody Valentine
  5. Slow Slippy / Underworld
  6. Close To You / Frank Ocean
  7. Codex / Radiohead
  8. 疲れない人 / フィッシュマンズ
  9. Our Way To Fall / Yo La Tengo
  10. Say Yes / Elliott Smith
  11. A Certain Romance / Arctic Monkeys
  12. K2 / スチャダラパー
  13. GET UP AND DANCE / スチャダラパー

 

 これは謎のおじいさんが僕に送ってくれたApple Musicのプレイリストで、「エアコン冷えした腹を抱えてトイレにこもる」という題が付いています。その名の通り、エアコン冷えした腹を抱えてトイレにこもるとき用のプレイリストでしょう。13曲で約47分。たしかに、夏場にエアコンで腹が冷えてトイレに駆け込んだ時って、それくらい時間が経っちゃうこともありますよね。それで、またそのトイレがクソ暑いんですよねえ。直前まで涼しい部屋にいた分、余計に暑さが身を焦がします。あちいあちい言いながら、便座に腰かけるわけです。しょうがないなあ、納涼になるわけじゃないけど、音楽を聴こう。

 どんな曲が並んでいるのか、謎のおじいさんが軽い解説のようなものも合わせて送ってくれていたので転載します。

 

  1. Fire Trail / Antonio Sanchez

 これは映画『バードマン あるいは(うんたらかんたら)』のサントラから持ってきたトラックです。アントニオ・サンチェスさんは南米のどこかのジャズドラマーです。『バードマン』のサントラはこの人のドラムソロと、数曲のクラシック曲から構成されています。全編長回しで撮影したかのように見せる演出と、それに乗っかるドラムが奇跡のように嚙み合った素晴らしい映画でした。孫もとても喜んでいました。

 

  1. Robot Rock / Daft Punk
  2. ささやき / ミツメ
  3. Loomer / My Bloody Valentine

 ここは繋がりを意識しました。1から2への入り方はもちろんバシッと決めたつもりですし、その後の流れで、当初の腹痛が徐々に収まる様子を描いたつもりです。2→3→4と続くにつれ、なんとなく音像がぼやけていくでしょう?

 

  1. Slow Slippy / Underworld

 これは『トレインスポッティング』の続編として今年公開された『T2』の中で使用されていたトラックで、後半にかけてあの名曲「Born Slippy」の亡霊が漂ってくるような構成になっています。映画自体も、20年前の自分たちの亡霊を振り払うことができないまま、それでも物語は続いていく、といったような素晴らしい続編でした。孫もとても喜んでいました。

 

  1. Close To You / Frank Ocean

 当代きっての天才フランク・オーシャンが昨年発表した大傑作アルバム『Blonde』から、カーペンターズのカバーを。というより、正確にはカーペンターズをカバーしたスティービー・ワンダーのそのまたカバーなんですね。スティービーが何かの番組でトークボックスを使って歌った部分が、実はこの曲の最後にもサンプリングされています。

 
Stevie Wonder Talkbox Medley (Close To You / Never Can Say Goodbye)

 

  1. Codex / Radiohead

 レディオヘッド

 

  1. 疲れない人 / フィッシュマンズ

 そういえば、実は私、フィッシュマンズの最後の方のアルバムを聴きそびれてこの歳まで生きてきました。どなたか貸してください。

 

  1. Our Way To Fall / Yo La Tengo

 前の曲で「疲れない人を呼んでるさ」と呼ばれて飛び出たのは、私的に疲れないバンドランキング上位のヨ・ラ・テンゴです。彼らのバンドとしてのスタンスにも由来するのでしょうが、彼らの曲は聴いていて疲れません。この曲と、この曲が入ったアルバムは特に。

 

  1. Say Yes / Elliott Smith

 稀代のソングライター、エリオット・スミスさんですが、私が彼の曲を知った頃にはすでに彼は他界していました。

 

  1. A Certain Romance / Arctic Monkeys

 アークティック・モンキーズの曲の中ではまだこの曲が一番好きな気がします。どんなことを歌っているのだろうと昔調べたときの頼りない記憶ですが、たしかこの曲は「ガキの頃は仲良かった友だちも、お互いずいぶん変わって、遠く離れてしまった」というような歌詞だったような。『スタンド・バイ・ミー』的な世界観ですね。ちなみに私の友だちはもう皆他界してしまいました。

 

  1. K2 / スチャダラパー

 「メッセージフロム小泉でした。ピース!」

 

  1. GET UP AND DANCE / スチャダラパー

 最後にこのどんちゃん騒ぎを聴きながらうんこを終わらせてトイレを出ましょう。トップバッターを飾るANIがほんとうに何を言っているかわからなくて、もういとおしくてたまらないわけです。ちなみにこの曲の元ネタもYouTubeのどこかにありました。YouTubeを教えてくれた孫にはとても感謝しています。