にしざわの日記

オレの夏…

ことの次第

「うーんと、そう、ですね。そうです。高校に入学したのが5年前ですね。5年前の俺は高校に入学したら何かスポーツを始めたいなーなんて思っていて、でもサッカーとか野球とか、テニスも、あとバスケとかもそうですけど、中学生の時からやってないとキツいみたいなのあるじゃないですか。ありますよね。すごい人なんかだと小学生の時点で地元のクラブチームに通ってますみたいな。だから俺にはちょっとシキイが高かったんですよね。しかも俺、中学の時なんて全然運動してなくて、あれだったんです、映画研究会っていうのに入ってて。身体動かすのはもう体育の授業だけ。しかも、走りも投げも蹴りも全部真ん中くらいで。だからどうしようかなって思ってたんですけど、俺が高校に入学した時って、ちょうど前の年にワールドカップで日本代表が優勝したタイミングだったんですよ。俺、それ家で見てて、すごく感動、感動? っていうかコウフンしちゃって、高校に入ったらなんかスポーツやるぞってことは決めてたんですよね。いや、決めてたっていうか、一応。だったらサッカーやればいいじゃんって話なんですけど、さっきのあれですけどやっぱり、ちょっとシキイが高かったんですよ。だから何かなーって。

 それでチャンパカタイ部に行っちゃうっていうのも急な話ですけどね。でも、そりゃ俺にとっても急だったんですよ。最初は選択肢にもありませんでした。もちろんチャンパカタイ自体は知ってたんですけど、俺にはちょっと違うだろうなってバクゼンと考えていたんでしょうね。チャンパカタイって、あれ、テレビとかYouTubeとかで見ても、ものすごく難しそうに見えるじゃないですか、3対3でなんだかわちゃわちゃ動いてて。たぶんそれで俺には無理だろうなって考えてたんですよ。ああ、それと、そうだ、そもそも、あんな田舎の高校にチャンパカタイ部があるとは思ってもみなかったんです。あれって設備がないとキビシイじゃないですか。

 でも、あったんですよ。体育館の隣に建物があって。うわーすげえ、チャンパカタイの設備あるんだー、なんて一人で見てたら、カワカミさんに声をかけられたんです。驚きましたね。あの高校にチャンパカタイ部があって、しかもすごい伝統校なんだって言うんですもん。何回も全国優勝してるんだよって。でも10年前まで指導してくださってた先生が退職して以来すっかり廃れちゃってて、カワカミさんが久しぶりの部員として去年から一人で活動してるんだって。うわーマンガじゃん、って俺も思っちゃったんですけど、カワカミさんは本気だったんですね。それで、今年の大会に出るのに部員を集めてるんだけど良かったら体験練習だけでも来てみないかって誘われちゃって。まあ経験として一度やってみるのもいいだろうって放課後に行ったんですよ。そこに同じ一年生として来てたのがあいつでした。タニザキ」

 

 

「入部してからはチャンパカタイ漬けになりました。カワカミさんと俺とタニザキでほぼ毎日。うーん、4月の終わりくらいまで他に一年生が5人いたんですけど、ぞろぞろとみんなやめちゃって。だって俺ら、ほんとに毎日練習してましたからね。それで、こう言っちゃジガジサンみたいになっちゃうんですけど、俺ら本当に筋が良かったんですよ。カワカミさんは小学生の頃からやってたっていうし。ちょっと普通じゃないですよね。あ、そうだ、そのカワカミさんのおじいさんが、さっき言った、昔チャンパカタイ部を指導してくださってた先生って人で、で、あのときにはもう亡くなってたそうなんですけど、若い頃? っていうともう40年前とか50年前とかですけど、その若い頃、本当に名プレーヤーだったらしいんですよ。たぶんウィキペディアとかにもページがあるんじゃないかな、カワカミなんとかさん。だからカワカミさん、ってあの、俺らの先輩の方のカワカミさんは、おじいさんの意志を継いで、あの高校でもう一回全国優勝してやるぞって本気で思ってらしたんですよね。そうやって一人でチャンパカタイ部を再興して一年経った頃に、奇跡みたいなんですけど、たまたま入部した俺とタニザキがめちゃくちゃうまくて、あれこれいけるな、という感じになったんです。やっぱりジガジサンになっちゃうんですけど、でも、客観的に見てそうだったんですよ。

 タニザキはほんとに運動神経が良いやつでした。一寸の隙もなかった。たぶん彼は生まれついたその瞬間から周りの赤ん坊とはイッセンを画してたんでしょうね。小、中と特に部活とかクラブには入ってなかったらしいんですけど、運動会の時なんかにはきっちりリレーの選手に選ばれたりして、うわー、タニザキめちゃめちゃ速いぞ、なんて騒がれるようなやつです。ってこれはタニザキと同じ中学だったやつから聞いた話なんですけどね。俺は違う中学でしたし、リレーなんて走ったことないです。さっきも言いましたけど、俺の運動神経はほんとに並みだったんですよ。なんでかわかりませんけどチャンパカタイだけは最初からめちゃめちゃできたんです。

 それで、そうですね、3人でチームを組んで、県の新人大会に出場しました。6月? だったかな? 俺らはぶっちぎりで優勝したんですけど、そうしたら、先生方が騒ぎ出して。伝統校の復活だー、なんて言って、俺ら校長室にまで呼ばれてお話したんですよ。別に悪い気はしませんでしたけどね。そしたらそこでカワカミさんが、ボクらで絶対に全国優勝しますんで、なんて宣言しちゃって、校長は笑ってたんですけど、いやマジです、って。そのときには俺もタニザキも本当に優勝するつもりでいたし、実際できると思ってました。

 それで秋の本大会に出るはずだったんですけど、そうです、タニザキの事故。あれ、車が全面的に悪いわけじゃなくて、タニザキが全然信号見てなかったっていうのもあったんですよ。でもまあ、それで、ちょうど大会直前だったんですけど、右足切断しなくちゃいけないってなって。タニザキ本人も、ご両親もすごく泣いてたんですけど、それと同じくらい泣いてたのがカワカミさんでした。あの人にはほんとにナミナミならない思いがあったらしくて。それがどれほどのものだったのかとか、どうしてそれほどのものを持ってたのかとかみたいなことは結局聞きそびれちゃってるんですけど、まあ、すごくて。俺ももちろんめちゃくちゃ悲しかったし、悔しかったです。でも、とにかく、俺らのチャンパカタイはそれで終わったんです、いったん。

 それから、年越したあたりから本格的なリハビリが始まったんですけど、タニザキってほんとにすごくて。やっぱりこれも元々の運動神経がずば抜けてるからだと思うんですけど、あっという間に義足をジザイに動かせるようになっちゃったんですよ。そしたら3月頃ですかね、おい、俺、チャンパカタイできるぜ、って電話してきたんですよ。俺、一つのことにあんなに熱中したことなかったから、お前とカワカミさんとまたやりたいな、って言ってきて。えっ、タニザキ、えっ、って、俺もうなんて言っていいのかわからなかったんですけど、とにかくめちゃくちゃ嬉しかった。タニザキのご両親は反対なさるだろうなとか、そういうの一切考えてはいませんでした。コウフンしちゃって、泣くとかってよりはなんだか全身にびっちょり汗かいちゃって。カワカミさんは一応受験勉強始めてたみたいなんですけど、パパッと放り出しちゃって」

 

 

「俺とタニザキが高2、で、カワカミさんが高3の秋ですね。本大会が始まって、俺ら、県で優勝した後に、ブロック? の代表を決める段階があって、そこで下馬評ぶっちぎりの強豪校と当たって勝ったあたりからだったかな、だんだん話題になってきたんです、新聞の取材とか来るようになって。タニザキの足のことがあったし、カワカミさんのおじいさんがキダイの名選手だったってあれもあって話題性は十分だったから、地元の新聞とかテレビとか来たんです。俺らそういうのに対しては普通に嬉しくて、うわータニザキ有名人じゃん、とか言って騒いでたんですよ。

 で、全国大会に進むんですけど、そしたら代々木体育館なんですよね。しかも結構長いんですよ、2週間くらい。あれどうなってたのかな、大会側からお金出してくれてたのか、それとも俺らの学校から出してくれてたのかは知らないんですけど、俺ら品川のホテルに泊まってたんですよ。一応俺の母さんとタニザキのご両親も東京まで付いてきたんですけど、いや俺ら勝手にやるよ、って言って、ホテルは別々にしてもらって。昼は大会もあるし、試合がない日は設備借りて練習するんですけど、そんな一日中やらないじゃないですか、だから俺とタニザキは夜になったらちょっと出かけたりしてました。高校生だからそんなあれなことはしませんけど、いろんな場所まわって、すげーなー、って。正直ちょっと浮かれてたのかもしれないですけど。カワカミさんは、あの人はやっぱり真面目だし、なんだかんだ受験勉強もしなくちゃいけないとか言って、夜も結構部屋で勉強したりすぐ寝ちゃったりしてたんですけどね。あの人、チャンパカタイの推薦があったから受験なんてしなくて良かったはずなんですけどね。何だったんだろう。それも聞きそびれちゃってますね。

 それで……、俺らは順調に勝ち進んで、決勝まで残りました。準決勝と決勝の間が一日空いてたんですけど、さすがにちょっと緊張しちゃって、前日は午前中に練習してから午後はずっとホテルの部屋にいたんですよ。でもやっぱり落ち着かなくて、夕方になって3人で街に出たんですね。ちょっと外で食べようってカワカミさんが連れて行ってくれて。俺らは渋谷まで出て、大戸屋でした、大戸屋に入って、夕飯を食べながらいろいろな話をしたんです。大半はチャンパカタイの話だったんですけど、いろいろです、恋人の話とか、タニザキの事故の話とか、取材の話とか。その中で、タニザキが言ったんです。本当に何気ない感じで笑いながら、

 

『でもこれで俺らが優勝したら、映画化とかされちゃうんじゃねえかな』

 

って。

 未だに何でなのかわからないんですけど、俺、それ聞いて、俺、俺の中で何かが切れちゃったんですよ。その場では何にも言わなかったけど、3人で大戸屋を出て、渋谷から山手線で品川、それでホテルの部屋まで戻って、明日は頑張ろう、優勝しよう、ってそこはもう短く済ませてから2人が寝静まるのを待って、俺は、荷物をまとめて部屋を出て、そのまま電車で行けるところまで行って。それから2人には一度も会ってません