にしざわの日記

オレの夏…

井の中

「『ラ・ラ・ランド』は観た? あれはとっても良い映画だったと思うんだ。たしかにあの映画の脚本には緻密さが足りない部分だったり、つながりが弱い部分だったりがあったかもしれないけれど、いくつかのシーンは涙が出るほど素晴らしかったし、その素晴らしさは映画の欠点を補って余りあるものだった。大げさだけれど、“ああ、映画を観るってこういうことだよ”と感じさせるマジックが存在した。そうは思わない?

 とにかく、あの映画にはエマ・ストーンが出ていたね。僕は『ラ・ラ・ランド』をきっかけに彼女の過去の作品を観た。『バードマン』とか『アメイジングスパイダーマン』よりも前に、エマ・ストーンはうんとコメディ寄りの映画に出ていたんだ。『ゾンビランド』とか、『小悪魔はなぜモテる?!』とか、『スーパーバッド 童貞ウォーズ』とか。それで、『スーパーバッド』を観ていて思ったことがある。

 『スーパーバッド』は、高校生の青春を描いたとても良い映画だ(ウィキペディアによれば、あのエミネムはこの映画をもう200回くらい観たんだって!)。3人のサエない男子が高校卒業より前に童貞卒業を目指すっていう内容なんだけど、3人のうち太っちょな少年が狙っている女の子をエマ・ストーンが演じているんだ。このときの彼女はとてもキュートだし、あのハスキーボイスももちろん健在だ。それで、彼女が最高の女の子だってことは間違いないのだけど、でも、ここで僕が言いたいのはもっと違うことなんだ。エマ・ストーンがかわいいってだけの話ならわざわざ話題にする必要もないしね。『スーパーバッド』を観ていて思ったことというのは、青春の過ごし方に関して、日本とアメリカでは何かが決定的に違うってことなんだ。

 もちろん僕らが日本で育って感じることと一致する部分もある。たとえば、映画の終盤で少年たちは友情を確かめ合ったけれど、そこにはほのかに一つの青春の終わりとでも言えるような予感が漂っていた。大学に入学してから、彼らは、あるいは仲が良いままかもしれないし、あるいはなんとなく疎遠になってしまうかもしれない。磁石のN極とS極みたいに仲良しだったやつらが、なんとなく疎遠になってしまうなんてことは全く起こり得るんだ。日本でもアメリカでも起こり得る。そういうことがどうして起きてしまうのかはわからない。たぶん高校卒業というのが一つの区切りになっているのだろう。あの頃のような友達はもう二度とできないって、『スタンド・バイ・ミー』でも言われていたよね。そういう切なさっていうのは、普遍的とまではいわないけれど、あまねく通用することなのかもしれない。

 どうも話が長くなってしまうな。ここからが日本とアメリカとの違い。『スーパーバッド』にしても、他のハリウッド産青春映画にしても、日本の高校とは明らかに違うのが、生徒たちを取り巻く環境だ。つまり、もっと簡単に言うと、ノリが違うんだよ。男子と女子はロッカーの前で目配せを交わすし、男子の会話の内容と言ったらもっぱら“やったか”とか“やってないか”とか“やりたいか”とかってことだ。いたってノーマルな子でもタバコを吸っているし、不良はドラッグまでやっている。マッチョはオープンカーで学校に乗り付けてくる。ブロンドヘアーの子は今年に入っておっぱいがデカくなったと注目を浴びる。

 それで僕が思うに、こうした諸々の違いの根源は、ホームパーティーの存在にあるんだ。アメリカの青春映画においては、毎週ホームパーティーが開かれている。先週はシンディの家、今週はジェイムズの家。ホームパーティーにはさっきみたいな諸々のすべてが集まる。そこにはダンスがあり、ヒットソングがあり、目配せがあり、健康的な性欲があり、タバコも酒もドラッグもあり、オープンカーがあり、マッチョとブロンズがいて、おっぱいがある。

 一方で、日本の高校生はホームパーティーなんてやらないよね。だから、日本の青春映画においては、青春のキラメキは廊下とか屋上とか土手とか自転車二人乗りとかあぜ道とかに、とにかくシンディやジェイムズの家じゃないようなところに現れるんだ」と僕は言った。

「フーン」、彼女は言った。「でも、私たちもホームパーティーはやってたけどね」

「え?」

「やってたじゃん。タクヤん家とかリエん家とかでさ。そりゃもちろんドラッグなんてやりはしないけれど、ときどきカナがビールを持ってきてくれてさ、苦いねえなんて顔をしかめながらみんなで飲んだりしたじゃん。きみはいま、日本にはホームパーティーの文化がない、日本の高校生はホームパーティーをやったりしない、っていう言い方をしていたけど、でも私たちが毎週やっていたのもあれはあれでホームパーティーって呼べるんじゃないかな」

「ええっと、うーん、その“ホームパーティー”に僕はいたかな?」と僕は消え入るような声で彼女にたずねた。あたりの空気がものすごいスピードで冷えてきたみたいだった。6時間も正座をした直後にムーンウォークをさせられるようなぎこちなさがあった。

「ウーン、あれ、きみはいなかったかもしれない」と彼女は思い出すように目を細めて言った。僕らの青春がいま、新たな局面に差し掛かっている。